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二十三丁目 ぼくと魔王

「あー、はい…はい…できるだけ早くお願いします…え?今から調合するんですか?は?一時間ごとに効力が上がる!?聞いてないですよそんなこと!もしもし?蘭さん?、蘭さん!………切れた…」


リビングで手に取った受話器を置き、ため息をつく。自分にはとにかく人間として最低必要な生活の権利が無いと、今更ながら思う


「今のだれ〜?」


隣には雨が、正確には隣ではなく下だ。腕にしがみついているので見下ろせる位置だ。じとっとした目で俺を見つめている


「あはは……出前だよ出前…」


「うそ」


即答だ。目を吊り上げ、頬を膨らます。


「なぁ雨、いい加減離れてくれないか?動きにくいんだが」


「や」


ダメだ……さっきからもう二時間は経っている。やばい…


プルルル…プルルル…


ガチャ


「はい、浅岡です」


『あ、三丁目くん?言い忘れたけど三時間経ったらレッドラインよ〜』


脳天気な声が機械の向こうからした


「どういうことですか?」


『三時間経過後には行動に移り始めるからー』


「……行動?」


『うん、えっとね〜?あ!アニマ!ダメ!それじゃなくて右の…!…ッキャァァァァ!』


ツー…ツー…ツー…


「………」


少なくとも俺に都合の良いように事が動くとは思えない


「…女の人の声だった」


「いや、蘭さんだから、知ってるだろお前も」


「……知らないもん」


ついには目にじわりと涙を浮かべる雨、この薬、下手な麻薬よりタチが悪い


「だ、誰か助っ人を…」


今この状況で誤解せず、かつ役に立ちそうな人は……


三丁目は受話器を再び手に取った



――――――


―――







「む?着信だ。もしもし?」


「弟さんから?」


「ああ、三丁目とかいう奇抜な」


ここはとある大学の食堂、三人は遅い昼食をとっていた。


「ちょっと安田くん、弟さんに悪いよ…」


「いやいや、それより見たかよ昨日の『スクープ!首相御乱心?驚異のカポエイラ!』日本はどうなっちまうんだろうな、くくく…」


「まああれはビックリだったよ、首相官邸でいきなりカポエラしだすんだもん……」


「ああわかったわかった、それじゃあまた」


ピッ


「誰からだったの?」


「どうせまたツチノコ発見とか胡散臭い内容だろ…」



「いや、非通知だった」


「ほら見ろ」



「浅岡くんも相変わらずだねーー」




…………



『非通知ィィィィィ!?』


――――――


―――




「…と言う訳で、すみませんね」


「いえ、姉さまと渋谷さんはあとでキツく叱っておきますから」


「………」



いつもと同じ無表情で淡々と言い放つ桃恵さん。その後ろに隠れるようにして四谷紫苑さんがいた


「……あの…そ…の…」


「なんですか?」


「四谷さん、隠れてないでしっかり挨拶しないと伝わりませんよ」


子どもを叱るお母さんのようなセリフだが、抑揚が無いため、脅迫のようにも聞こえる


「……この前は…助けて…くれ……て…あり…がとう……」


もじもじと照れながら御礼の言葉を言う四谷さん。だが、はて?俺は御礼を言われるようなことを何かしただろうか…


「すみません、孝太郎様が以前開いた硝子の披露宴のことです」


トーリュ生誕のときか、そういえば暴走状態のトーリュから助けたような記憶がある


「いえいえ、いいんですよ…と、忘れてた…」


背中に激しい痛みが走る。雨がシャツの上からぎりぎりとつねっていた。


「う〜〜〜」


歯を食いしばり、明らかに桃恵さんと四谷さんを威嚇している


「…聞いてはいましたがこれはまた……」


「…かなり…重傷……きっと…蛍惑星…の……せい……」


「けいこくせい…?」



聞き慣れない言葉だ


「四谷さんは薬品に詳しいんです」


「…蛍惑星……は…火星の異名……人の心を…惑わす……から…そういう名前が……つけられた……の…でも……もう…この世には……無いと…思った……んだけ…ど……」


本当にぼそぼそと喋るから聞き取りにくいが、ようは危険な薬だということだ


「それでその、蛍惑星の解毒薬は作れないんですか?」


「作れ…る……よ…?お台…所……借りて……いい……?」


「ああどうぞ、お願いします」


「まか…せ…て…」


四谷さんは心なしか得意げにキッチンへと向かった


「……ちっこいのがいいの?」


それを目で追いながら不満げな雨


「は?いや違うから、てかお前も充分小さいだろ」


「…じゃあおっきいの?」


今度は桃恵さんを見る雨、確かに大きい。と言っても俺と同じくらいだが。175くらいだな


「…困りましたね」


全然困っているようには見えないのだが…本人が言うからには困っているのだろう


「む〜〜〜〜」


雨がじろじろと舐めるように桃恵さんを睨みまわしている。実に居心地が悪そうだ。


そもそも妹がこれほどまでに扱いにくいとは思わなかった。他の変態どもならいざ知らず、雨に否はまったく無いのだから




「出来た…よ……」


「早いですね…」


「う…ん……原料…さえ…あれ…ば…簡単に…作れる……から……はい…」



「どうも……うわっ…」



果たして受け取った湯飲みは見事に危険な色合いだった。虹色?いや違うな…


「雨、つらいだろうが飲め」


「いや」


「気持ちはよくわかるが飲まないと俺もお前も困るだろ」


「サンお兄ちゃんは私のこと嫌いなの…?」


「だから、そうじゃなくて……」


「本当?」


「ああ」


焦っていたせいか少し乱暴な口調になってしまったかもしれない。だが早く飲まないと時間が!







「じゃあ口移しで飲ませて」









「……」


無言で桃恵さんを見る。桃恵さんも無言で首を横にふった。諦めろ、逃げ場は無い、ということか


今度は四谷さんを見る。こっちは最初から目を反らしていた。何も知らないから早く、と言いたげだ




「いや…無理だろ…」



至極当然の意見だ。

無理だ!無理無理インポッシブル!なぜ兄が妹に口移しなどせねばならんのだ!無理だ無理無理無理無理ィ!ああもうこんなことならエセポー◯ョンなんか受け取るんじゃなかった!だいたいあのモヤシ科学者がいけないんだ毎度毎度トラブルを引き起こしてくれやがって!そういえば清浦さんの薬の効き目はどうなったんだろうか、まだ走り続けてるんだろうか、どこまで行ったんだろうなーアハハハハハ……


「……三丁目さん…」


「まさか青森まで?ハハまさかどっかの猫型ロボットじゃあるまいし……、あ、はい?」


ようやく現実に返ってきた三丁目が見たもの、それは……



3時00分




蛍惑星の効き目が現れてからちょうど三時間




「あ」


『三時間経過後には行動に移り始めるから…から…から………』


蘭さんの言葉がエコーのように三丁目の頭に響く


「うっ!」


雨が突然うずくまった


「お、おい!」


「大丈夫ですか雨さん」


駆け寄る三人、うずくまる雨の近くまで来るとかすかに声が聞こえた


「…けな………だ……」


「はい?」


「……サンお兄ちゃんがいけないんだァッ!他の女の子のお尻ばっかり追い掛けてるからーーーーッ!!!」


「なんのことだーーーーッ!!!」


雨が全身から闘気をほとばしらせ、ついに完全にぷっつりとキレた。立ち上るオーラの凄まじさとは裏腹に、表情の方は放心状態のまま、涙を流している


「ふふふ……サンお兄ちゃん……大好きだよ……だから!あなたを殺して私も死ぬ!!!」


「だから、なんでそーなるんだッ!?」


雨の華奢な体が信じられないことに宙に浮いている。浮いているところだけ床が凹んでいた。壁を超えてしまったらしい


「蛍惑星……は…愛しすぎて…それが……憎しみに……変わってしまう……薬……これまで…すごい…の…は……はじめ…て…!」


雨を中心に巻き起こる突風から必死で体を支えながら四谷さんが呟く


「薬でタガが外れて完全に脳のリミッターが解除されています、これは…危険です…」


どこのバトル漫画だ、とツッコミも入れられない。孫◯飯と同じくらいに感情爆発タイプだ


「アァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」



ファイティングポーズで宙に浮きながら力を溜める妹。やめてくれ……お前まで……そんなんになってしまったら……


「三丁目さん!」


「は?」


ジュッ!


頬が熱い、いや痛い。つつっと血が流れるのがわかった。


「なななな……」


カクカクと首をひねり、後ろを振り向く


おや?大穴は補修しているはずだが?


大穴は見事にリセットされ、昨日よりさらに巨大な穴がぽっかりと開いていた。それだけでは無い、雨のエネルギー砲は貫通を続け、お隣り紫雲寺邸のコンクリート塀をも玉砕している。母を超えたかもしれない


「ままままま……」


がくりと腰が抜け、動けなくなる三丁目


「おとなしく当たって!!!そうすればお兄ちゃんはずっとあたしのものだから!!!」


「そんな重い話じゃねーだろッ!」


こんなときでもツッコミを忘れない三丁目、常日頃から培ってきた条件反射的能力だ


「うわっ、何コレ!?」


粉々になったコンクリートを見てきららちゃんが現れた。凄まじい物音の正体を確かめに来たのだろう


『お嬢様!お逃げください!』


桃恵さんと四谷さんが同時に叫ぶが、間に合わなかった


「サンお兄ちゃんに近づく女はァァァァ!!!」


覚醒状態の雨が手をきららちゃんの方へ向けると、手の方にエネルギーが集中してくるのがわかる


「え?え?何なのコレ?」


「きららちゃん!事情はあとで話すから早く逃げてくれ!」


「さ、三丁目のお兄さん」


きょろきょろしながら状況を懸命に理解しようとするも、この惨状を理解することは、たとえアンサートーカーの力があったとしても無理だろう



「喰らえ!」


雨の手から高密度のエネルギー弾が放たれ、高速できららちゃん目掛けて飛んでゆく


「キャァァァァ!」


「きららちゃん!」



けたたましい直撃音と共に爆風が巻き起こった、桃恵さんも四谷さんも間に合わなかった…


「お、お嬢様……」


力が抜けてその場にへたり込む桃恵さん。いつもの無表情からは信じられないくらい動揺しきっている……




だが次の音を聞いた瞬間空気は一変した



『ギギギギギギ!』


「トーリュ!」


煙の中から現れたのはトーリュ、ショックで気を失ったきららちゃんを抱えている。透き通った体を勇ましく震わせ、金属が擦れ合うような音を響かせる。しかしさすがに無事では無いようだ、四分の一ほどが欠けてしまい、バランスを取るのも難しく見える


「でかしたトーリュ!」


『ギギギギ!』


「おのれおのれェッ!」


だが激昂しているのは雨も同じだ。髪を逆立て、肌がだんだん浅黒くなってゆく



さっきの言葉を訂正したい。これは、蛍惑星は…下手じゃない麻薬よりも危険だ



「四谷さん何か他に方法は!」


「う……え…と…」


『ギギギギギギ!』


「うわっ!」


トーリュの破片が飛び散る。雨の愛情表現、もとい攻撃がだんだんと激しくなっているのだ



「ある……に…は…あり……ま…す……」


「マジすか!?」


「で…も……」


もったいぶる四谷さん。激戦地に目をやれば、トーリュも桃恵さんも大分まいっているようだ



「なんでもいいです!とりあえず死ななければ!」


「…わか…りま…した……」


降りしきる硝子の破片を避けながら、四谷さんは一本の瓶を手渡した



「ポ、ポ◯ション……」


「ち、ちが…い…ます……」


「ここにきてまだ引っ張るのか!おのれス◯ウェアエ◯ック◯!」


完全に濡れ衣である。三丁目にもあまり余裕はなさそうだ


「これ……を…飲め…ば…でも…」


「飲めばいいんですね!いただきます!」


「あ……ちょっ…と…」


四谷さんからポーシ◯ンを引ったくり、迷わず飲み干す。ええい!この状況がなんとかなるならなんでもやってやる!


グビ…グビ…グビ…



「ぶはーーーッ!」


後先考えず完飲した。いや、してしまった。


「…ちょっと待て、俺が飲んでどうする!」


後悔は後から悔いると書く


ドクン!


「う!」


今の三丁目がまさにそれだ


「何コレ…?」


「そ…の……それ…は────」


あれ……?聞こえませんよ四谷さん…それに……なんだか……頭がぼーっと…す…る……



世界から音が消え、口パクする四谷さんをスローモーションのように見たあと、三丁目の意識はコンセントを引き抜くようにぶちっ、と途切れた……




――――――


―――







「おわっ!」


突然跳ね起きる三丁目。


「……よく眠れた…?三丁目くん……?」


服も髪もメチャクチャな、何故か蘭さんが恨みがましい目で三丁目を見ていた。三丁目の横に、腰に手をあて仁王立ちし、下から見れば口元がひくひくと痙攣しているのがわかる。


「あれ?なんで蘭さんが……ってなんで俺パンツ一丁!?」


自分の体を見ると、妙に寒いと思ったらトランクス一丁のあられもない姿である。


「てかここどこ?」


家じゃない。この風景は……


「千軒神社?」


「……そうよ」


わけもわからぬまま周囲を見回して見ると、さらにわけのわからない光景が広がっていた



どこから持ってきたのか、巨大な十字架にはりつけにされている親父、ぶらぶらと洗濯物のように物干し竿に干されている兄貴、境内で力尽き、土鍋を抱えたままぐったりと倒れている母、さらに酷いことには




…神社の屋根が無くなっていた




「…なんですかコレ」


「…なんだと思う?」


蘭さんのテンションが限りなくゼロに近い。腕を組み、質問に質問で返した


「……ドッキリ?」


「………」


ついに口を閉ざしてしまう蘭さん。


「あ。雨は……」


「ん」


蘭さんの指差す方向を見ると、いた。


「………なんで?」


真っ赤な夕日に照らされて、雨は幸せそうにすやすやと眠っていた







巨大な御神木のてっぺんで……




――――――


―――



―――翌朝



む?あれは…




「神海!」


朝の通学路、前を歩く神海に走っておいつく。ギクリと固まる神海


「なぁ、お前蘭さんからなんか聞いてんだろ?あの後何があったかみんな話してくんないんだよ」


「さ、さぁ?何の事だかわからないわ〜、あ、あははは……」


動作がぎこちない、目も完全に泳いでいる


「…なにがあった、頼む、正直に話してくれ」


「だ、だからわからないって言ってるでしょ!」


「嘘をつくな」


「あ!遅刻しちゃ〜う、いっそがなきゃ〜」


「おいコラ待てッ!」


三丁目は真相を聞き出すべく、脱兎の如く逃げる神海を追い掛けた…


――――――


―――







「おお!おはようサンチョ!いかんぞ?◯ーションの飲み過ぎは」


「うるせぇ一宮、サンチョ言うなってんのに」


「かっかっか!気にすんなサンチョ、ん?神海どうした?顔色がやばいぞ」


「そ、そんなことないわよ!」


朝のホームルーム前、なんだかいつもより騒がしいような気がする


「なあ、なんかあったのか?」


「え?ああ今朝ニュース見なかったか?」


「あ、ああ寝坊してな」


「うっわ、お前ダメだな〜、今朝は凄かったぞ?昨日さ、なんと千軒神社に『魔王』が降り立ったらしいんだよ!で、その報道やってたんだけど、そのことに触れた瞬間『しばらくお待ち下さい』って出てさー、画面が変わったと思ったらキャスターも変わってんの!いやー傑作だった!」


「………」


魔王?



「神海」


首だけ神海に向ける


「な、なによ?わ、わわ私は何もし、しし知らないわわわよ?」


こうもわかりやすいと逆にわかりにくい


キーンコーンカーンコーン


「あらいけない!ホームルームがはじまっちゃ〜う!」


カクカクと自分の席に向かう神海


ガラッ!



「おーっすてめぇらおはよう!」


我が担任、間山裕子がガニ股で威勢よく入ってきた


「お?三丁目!風邪は大丈夫か?」


あ、ああそうか、そういうことにしてたんだ。




む?待てよ忘れてることが…




「ん」




にっこり笑って手を差し出す間山先生


「え?お手?」


「違うわ阿保、課題だよ課題!お前昨日休んだろ、お前だけだぞ?このクラスで出してないの」



そ れ だ




「……忘れました」


「そうか」




拳をパキパキと鳴らす間山氏、後ろを振り返ると一宮と天草がにやにやして見ている。穂村さんは哀れみのこもった目で俺を見ている。神海は……俺を見ていない




「覚悟は?」


「……いつでもどうぞ」







拳を固めた間山氏を半笑いで見ながら


いっそのこと全ての記憶を飛ばしてくれたらいいのに…




三丁目は歯を食いしばった

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