十九丁目 天才科学者蘭蘭/迷子の迷子のシャウルちゃん
蘭蘭さんは科学者です。あくまでも
「こんにちわ〜」
古びた千軒堂の引き戸を叩く。こんな昭和の駄菓子屋みたいな容貌で商売になるのかどうか、大きな疑問だ
カーンカーン…
「何だこの音…」
ノックの代わりに返ってきたのはハンマーかなにかで貴金属を叩く音だった
「勝手に入りますよ蘭さん」
三丁目は引き戸を引いた。そしてその3秒後に後悔した
「うふふふふふ…」
カーンカーン…
明かりもつけないまま、千軒堂内部は地獄と化していた。ぼんやりとろうそくが燈り、それが囲む円の中で蘭さんはアニマを修理している。……般若の面を被り、白装束姿でだ
『蘭、三丁目がおるぞ』
アニマは現在首のみでこちらを見ている。お前はア◯レちゃんか、と安易なツッコミもできない。リアルすぎて怖い
「あら三丁目くん、こんにちわ」
作業を止めてこちらに向かってくる蘭さん
「お面外してください蘭さん」
「え?ああ、いけないいけない…」
気付かないほど被っていたのか…、般若の面を取ると、げっそりやつれた蘭さんの素顔が現れる。ある意味初見より驚いた
「やっぱり昨日のことですか?」
「何の事かしら?私はなん……ッにも気にしてないわよ〜〜ほほほ…」
これほどわかりやすい人も珍しいな…
「でも表ざたにはならなかったでしょ?」
「そうですね、効果覿面みたいです。清浦さんも気にしてなかったし」
「んふふぅ、欲しい?この『ああ…あの夏の日に戻れたら…!』!」
蘭さんはポケットから銀色に輝く万年筆を取り出した。
無論ただの万年筆ではない、ボタンがついていて、押すとフラッシュがたかれるのだ。その光を見たものは一定時間の記憶を失くすらしい。蘭さんは、失くすという表現は間違っていると言っていた、特殊な光が視覚に作用し、脳内のニューロンをどうたらこうたらするそうだが、嵐のような専門用語のラッシュに、いまいちよく覚えていない
「てか映画でしょ?」
「わかるー?見てたら便利だなーって思ったの」
「何に便利なんだか…」
「なんか言った?」
「いえ何も、アニマの調子はどうですか?」
手術台の上に乗ったアニマの体を見る。すっぽんぽんなので目を合わせにくいが、首が無いのでホラー映画的要素の方が強い
『あまりじろじろ見てくれるな、わらわとてこのような不様な様相は恥ずかしいのじゃ』
「あ、ああゴメン」
「ふぅ…しょうがないわアニマ…、三丁目くんは思春期なんだもの、女の子の体に興味津々……」
―――バシュッ!
「…あれ…私何してたのかしら…」
「アニマの修理ですよ蘭さん」
『…むぅ…そちもなかなか酷いことをするのう…』
放心状態の蘭さんを近くにあった椅子に座らせ、奪い取った『ああ…あの夏の日に戻れたら…!』をアニマの首の前まで持って行った
「なぁ、これ壊せるか?」
『たやすいことじゃ、だがいいのか?』
「ああ、確かに昨日は助かったが、このまま存在させとくとあの人誰かに売りそうだ」
『ふむ』
納得したのか、アニマは目からレーザーを放ち、一瞬にして『ああ…あの夏の日に戻れたら…!』を灰にした
「ついでに蘭さんにはあまり映画を見せないよう気をつけてくれ」
影響されるとお前も何されるかわからないぞ、と念を押し、半ば強引に承諾させる
『ところで三丁目は何をしに来たのじゃ?』
「あ、本来の目的忘れるとこだった。蘭さん、ハイ」
「ほぇ?何コレ…」
まだ放心状態から覚醒しきれていない蘭さん、少し至近距離でやりすぎたかな…
「なんかウチの校長が蘭さんに渡しといてくれって」
「ああ、あいつが…、なにかしら…」
校長と蘭さんがどういうつながりがあるかはよくわからないが、類友というやつだろう
「ん〜、なになに?借りていたDVD返しますよ?あたしあいつになんか貸してたっけか…」
「DVD…」
なにかイヤな予感が…
「あ〜、そういや貸してたわ」
小堤から出てきたのは…
『日本沈没』
「あ!今なんかきたッ!インスピレーションがァァァッ!」
頭を両手で抑え、蘭さんの目がまばゆく光る!
「や、やめてくれ蘭さんッ!沈没はダメだァッ!」
放心状態から完全に覚醒した蘭さんを取り押さえる三丁目、そんな寸劇を横から見ていたアニマがぽろりと一言
『わらわの体はいつ直るのかのぅ…』
アニマが店の中で暴れ回る二人に瞳レーザーを放つのは、そう遠くない未来だった…
――――――
―――
「…なんだありゃ」
スターウォーズと化した千軒堂からこっそりと抜けだした三丁目は、特に用も無いので、帰宅しようとしていた。ミスターパワフルの前にある交差点を右に曲がった所に目を引くものがある
「トランク…ケース…だよな…」
にしてはだいぶ大きい、一ヶ月近くの海外滞在でもこれほどの荷物は持ち歩かないだろう。その隣に座っている少女を考慮に入れると、寝袋かと錯覚してしまうほどだ
「あ」
目があった
「…君…どうしたの?」
無視するわけにはいくまい、我ながらキトクな性格である
「エ、えと、スコシ道に迷ってしまッテ」
イントネーションが微妙に変だ。外国の子だろうか、だが日本語は通じるらしい
「行きたい場所の名前は?案内できるかも」
「え!?」
少女が目を見開いて三丁目を見つめる、逆に三丁目が驚いた
「な、なんかおかしい?」
「イ、いえ!日本のヒトはミナ冷たいと聞いテイたのデ!」
少女は慌てて手をぶんぶん振り、そんなことない、との意志をあらわす
「まあ確かに…でもそんなもの引いて歩いてたら誰でも何事かと思うぞ」
「あ、炎泪サンですカ、やっパり目立ツのですネ…」
「えんるいさん?」
中に犬か猫でも入っているのか?それにしちゃ完全密閉だが…
「炎泪サンは私の恩人デス。デも、一緒ダと飛行機乗れマせんカら少し大変でシタ…」
犬とかって飛行機乗せれなかったっけ…?トランクケースを見ながら三丁目が思考を巡らしていると、少女は思い出したようにぺこぺこと頭を下げた
「あ、アノ!お言葉ニ甘えさセてもラってヨロシイでしょうカ?」
「ん?ああ道だっけ、いいよ、この辺なら大体案内できると思うし」
「あ、ありがトウゴざいまス!今朝も親切ナおマワリさんに教えテいただいたのデスが、日本語読めナいと苦労シマス…」
頭をかきながら苦笑しているが、交番ならここから見えるぞ?日本語わかるわからないとかの問題じゃねーなコレ
「まあいいや、んでどこ行きたいの?」
「ハイ!アサオカさんというおタクなんデスが!」
「は?」
「エ?」
路上のど真ん中で固まる二人、不機嫌な自転車のベルの音でようやっと我に返る
「え〜っと…ここなんだけど…」
そう言って巨大な豪邸……の隣にある、ごくごく普通の一軒家を指差す
「あ…」
呆けたように口を開けて我が家を見上げる少女
「ちなみに俺ん家」
「ッ!」
少女はこれ以上ないくらいに驚きをみせた、浅岡家と三丁目をかわりばんこに見てガクガク震える
「じゃ、じゃあ……」
「?」
完全に目が泳いでいる少女を見て、三丁目は首をひねった
「あ、ただいまサンお兄ちゃーん」
あまりのショックで言葉を紡げないでいる少女の後ろから、学校帰りの雨がテクテクと歩いてくる
「おう、おかえり」
「うん、それでこの子は?」
「いやそれが俺にもよくわからな…」
「それデはあナたが私の父サマなのですカッ!?」
『え゛?』
いたって真剣な少女、シャウルを残し、浅岡家の二人は、そのままの姿で物言わぬ石になった