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十八丁目 幹春の浮気(?)

十八丁目のお話とサブタイは直結していませんが、このお話全体を通してのタイトルだと御了承ください

その日の朝はいつにも増して清々しい朝だった。起きたばかりの町並みにぼんやりと朝霞がかかり、透き通るような肌寒さが身に染みる。そんな平和な朝、千軒町交番巡査部長、清浦圭吾(42)は朝も早くから職務につこうとしていた…


――――――


『幹春の浮気(?)』


――――――




「…ッん〜…いい朝だ!」


交番の前に仁王立ちする清浦氏、まだひとけの無い駅前のロータリーを臨みながら大きく伸びをする


「う〜ん昨日は何故かぐっすり眠れたから気持ちいいな、うん」


ふと、清浦氏は自分の言葉に疑問を感じた


「あれ…?昨日って何してたんだっけ…」


確か夕方までは交番に勤務して、そこから紫雲寺さんの家の警護に……


ダメだ…どうもそこからの記憶がない。まだ寝ぼけているのか、頭も少しぼんやりしていた。



「コーヒーでも飲んで目を覚まそう…」


額を抑えながら交番の奥に入り、コーヒーメーカーをセットする


「でもおかしいなぁ…新聞でもニュースでも表立ったことは無いから事件は無かったと思うんだが…」


コーヒーメーカーをセットしたのち、清浦氏は自分の机に腰掛け、中から帳簿を取り出した。パラパラとそれをめくってみる。昨日の日付のページを指でなぞりながら確認するものの、やっぱり夕方からすっぽりと記述が抜けている。


「う〜〜〜ん……」


帳簿を閉じて立ち上がり、腕を組んで唸る。しばらくそうしていると、ふと背後に気配を感じた。振り返ってみたが、誰もいない…と思ったら、やっぱりいた。


「お嬢ちゃん、どうしたんだい?こんな朝早くに」


清浦氏が視線をおとしてしゃがみ込む、それでやっとこさ目線があった。粟い栗色の髪を頭の両側で縛り、なにやらここでは…というか日本では見ない服装をしている。ドラマやドキュメンタリーで出てくる中国の農村の少女のような白い麻の服、と言えばわかるだろうか。


「アノ…聞きタい事があるノデす…」


女の子はまだまだ幼い声で独り言のように呟いた。これが近所の子どもなら丁寧な話し方を褒めるところだが、今は状況が違う


「なんだい?聞きたい事って」


迷子だろうか…。しかし何だってこんな朝早くから…


「コノ辺にアサオカさんというおタクはありマスカ?」


「浅岡さん?ああ浅岡さんなら有名だからね、この先のスーパーを曲がったらすぐだよ。スーパーは目立つからわかると思うけど…、上腕二頭筋の盛り上がったマークがトレードマークだから」


ある、と聞いた時点で、少女の顔がぱあっと輝いた。


「良かっタ…」


胸のあたりでぎゅっと両手を握り締める少女。目には涙が溜まっている、よほどのことがあったのだろう、よく見れば、少女の服装は所々薄汚れていた


「お嬢ちゃん、名前はなんていうんだい?」


「ハイ、シャウル言いマス。中国は広東のコウワンチュウから来まシタ」


「まさか一人で…ってことは無いよね…?」



もっともな疑問だ。見たところまだ二桁にも達してなさそうな歳である



「ハイ、炎泪サンと一緒デス」


「『えんるい』…?」


それがシャウルの保護者の名だろうか、だが指し当たってそれらしき姿は見えない。というかいたらすでに気付いているはずだ


「アノ…どうかしまシタか…?」


心配そうな目で清浦巡査部長を見つめるシャウル、清浦氏は慌てて手を振った。


「い、いや、なんでもない。それよりおじさんが案内しようか?」


「イエ、大丈夫デス。こンナ朝早くカラお手数をおかけして、申し訳ございまセンでシタ」


ぺこりと頭を下げるシャウル。いい意味で親の顔が見たくなるような礼儀正しさであった


「そうかい?」


まあ保護者がいるなら大丈夫だろう。そう思ったが、交番を去ろうとするシャウルはやはり一人だった。


「デハ、失礼いたしマス」


再び頭を下げ、交番を後にするシャウル。そこで清浦氏は気付いた


「な、なんだアレは…」


さっきまでは陰に隠れて見えなかったが、シャウルはゴロゴロと自分の背丈ほどもあるトランクを押している。まさかあれが炎泪…?


「ははは…まさかな…」


清浦氏は額をおさえ、帳簿に書き込んだ。


『午前五時。中国広東省から来た少女、シャウルと、その保護者、『えんるい』に浅岡さん家の道を教える』


………


「………いいのかな」


清浦氏はどさりと椅子に腰掛け、釈然としないまま、すっかり冷めてしまったコーヒーをぐいっと飲み干した


――――――


―――




ジリリリリ…!


その二時間後、浅岡家二階では、目覚まし時計がけたたましく鳴り響いていた


ガチャン!



「ん…う…7時…か…」


ベッドからのそりと這い出す浅岡家次男、三丁目。まだ少し早いが、二度寝は禁物である


「うぎッ!」


毛布を手で払おうとして、ようやく腕が悲鳴を上げていることに気付く。昨日は火事場の馬鹿力でなんとかしたものの、そのツケが今日になってまわってきたのである


「痛たた……やっぱり二人はつらいよな…」


いくら軽いと言えども人二人を引っ張ったのだ。反動がすさまじいのは自明の理と言えよう


「湿布湿布……ああ一階か…」


痛む両腕をだらんと垂らしながら、ゾンビさながら、三丁目は部屋を出た。



――――――




「おはよう三丁目」


「ん、おはようケン」


「ケンじゃない、殿下と…」


「母さーん、湿布どこだっけ?」


昨日の彫像暴走事件のことなど微塵も感じさせぬ浅岡家の朝餉。優しく差し込む陽光と、けだるさがリビングを支配していた。


「湿布なら今ちょうど切らしちゃっててないわよ〜」


一番治療が必要と思われる母は、平然とキッチンで家族の弁当を作っていた。腹は大丈夫なのだろうか…



「サンお兄ちゃんおはよう、湿布ならあたしの部屋にあるかも」


「マジで?あー、じゃあ後でくれないか?」


「いいよー」


三丁目は雨と同じようにパジャマのまま食卓につき、新聞に手を伸ばした


「……やっぱり無いな…」


新聞には昨日の騒動のことなど、三面にすら載っていなかった。当然と言えば当然なのだが…


「昨日は何かあったのかい?マイブラザー」


「何もねぇよ」


唯一浅岡家で役立たなかった兄が横から新聞を覗き込んだ。いろいろとうるさそうなので、話す気などない。てか何やってたんだこいつ


「はっはっはっ!警備員さんにつまみ出されたあといやにその警備員さんと気が合っちゃってね!長々と談笑してしまったよ!」


「そうか…良かったな…」


こいつ孝太郎さんの作品楽しみにしてたんじゃなかったのか?まああんな形になった後では何も言えんが


コトッ


「ん、ああサンキュ」


新聞に目を通している三丁目の前に無言で緑茶が置かれる。用を果たすと、置いた主はすたすたとキッチンへ戻っていった


「母さーん!僕の時計知らないかい」


「ちょっと手がはなせないの!」


ん?手がはなせない?じゃあ今、茶置いたの誰だ?


「……」


目の前には雨がむぐむぐとトーストをかじっているし、横では兄貴がテレビを見ている…


『………』


「ん?」


おそるおそる後ろを振り向くとそこには…


『ギギギ?』


「うわァッ!!!」


三丁目が奇声を上げた。それもそのはず、目の前にはあのガラスの彫像がいたのだ。


「な、なななな…!」


「コラさんちゃん、静かに食べなさい!」


「そうだよサンお兄ちゃん、びっくりして牛乳こぼしちゃったじゃない!」


「いいかいマイブラザー、一つの米粒には七人の神様が…」


「三丁目、お父さんは…」


「だぁぁッ!違うだろッ!なんでいるんだよッ!ここにッ!」


家族の説教をまとめてなぎ払い、息せき切って怒鳴る三丁目、彫像は状況が掴めてないらしく、くねくねと身をよじらせた。人魚の姿でそんなことをするので、なまめかしいと言えなくもない


「ああ、トーリュね。紫雲寺さん家から借りたの」


「トーリュ?」


「お母さんがつけたの、等粒状組織を私が略してトーリュ」


雨がため息混じりに呟く、母のネーミングセンスに呆れてもじったのだろう。それでもだいぶ無理はある


「いやぁトーリュはいいぞマイブラザー、なんだって『変幻自在』だからね!」


「……頼むから犯罪には使うなよ」


『ギギギ?』


見た感じ危害を及ぼすようすはない。コミカルに体をうねらせるトーリュに尋ねる


「なぁ、お前なんでそんなんなったんだ?」


『ギギギ…』


うつむいて悲しそうに鳴く(?)トーリュ。そりゃそうか…。こいつもいきなりたくさんの人間に見られてびっくりしたんだよな、まあそれにしちゃ暴れ過ぎだとは思うけど


『ギギギ』


「なんだよ『トーリュ』」


髪の毛が触手のように伸び、何かを指している


「あ…」


「遅刻だよ!サンお兄ちゃん!」


「やばいッ!間山さんに殺される!」


とりあえず彫像…トーリュのことは置いておこう。帰りに千軒堂でも寄ってみるか…


「いってきまーすッ!」


三丁目はトーストを加えたまま、近衛高校へと走った


すでにアニマやらなにやら、超常的なものを見てきた三丁目は、ちょっとやそっとのことでは動じない、鋼の包容力を持っていた……


――――――


―――




キーンコーンカーンコーン…


ガラッ


「はぁはぁ…セーフ…」


「アウトよ、浅岡くん?」


「あれ?営宮先生?間山先生は?」


「ふふ…浅岡くん、と・け・い」


言われて時計を見る。二分ほど過ぎていた


「え?でも鐘が…」


「着席よ?浅岡くん」


「あ、はい…」


和服の裾で口を隠してにっこりと笑う営宮先生がとても恐かったので、三丁目はおとなしく席についた


「はい、というわけで間山先生は本日お休みです」


営宮先生は、教卓に両手をつき、柔和な笑みを浮かべて間山先生不在の理由を暴露しだした


「間山先生は昨日の晩、少々頑張り過ぎて腰を痛めたそうです」


クラスが凍りつく。いや凍りつくとかそのレベルを超えていた。あれだけ三丁目の胸をバクバクとたたいていた心臓も、今では動いているかどうかもあやしい


「あの…先生…それはどういう…」


勇気ある革命児、神海杏奈がおそるおそる手をあげた。


…余談だが、彼女はこの後、その勇猛果敢な姿勢から、2―6のジャンヌダルクと呼ばれるようになる



「…ぷっ!やぁねぇ!間山先生はお仕事を頑張り過ぎちゃっただけよぅ、何を想像しちゃったのかしらぁ」


クラスが解凍されぬまま、営宮先生はひとりコロコロ笑っている


シャレになってない



「あら、そろそろ時間ね、じゃあホームルーム終わり!」


営宮先生はまだ笑いを噛み殺しながら、教室を出ていった


………



2―6がヒャ◯ルコから目覚めるのには、もうしばらくかかりそうだ…


――――――


―――



『ピンポンパンポーン』


昼休み、三丁目は一宮を含めた数人の友人とともに、昼食をとっていた。放送が流れているようだが、どうせ部活動のミーティングか何かだろう、三丁目は気にすることもなかった


「…だから三丁目、なんでも赤くすりゃ3倍になるわけじゃねぇんだよ」


「なんの話だよアホの宮」


「ったくお前は…、いいか?そもそもザクってのはだな……」


『――2―6、浅岡三丁目――』


「ちょっと待て、なんか俺呼び出しくらってる」


箸で一宮を制し、耳をそばだてる


『今から校長室に来なさい』


「なにィィィッ!!」


クラスの視線が一挙に三丁目に集まった。校長に呼び出しをくらった人間などこれが初めてかもしれない、よっぽど良い事か、その逆だ


「サ、サンチョ…短い付き合いだったけど…」


「浅岡…」


「大丈夫さ、浅岡はいつでも僕たちの胸の中にいるんだから…」


なんだか涙目のアホどもにニーパッドをお見舞いしたあと、三丁目は教室を出て校長室に向かった。


………


……これはどこの学校にも共通したことかと思うが、校長室という場所は普段まったくと言っていいほど行くことの無い場所である。よって生徒の中にはどこにあるかさえわからないという輩もいることだろう。しかしこの学校はその通念を軽く逸していた。なぜならば…


「あ、営宮先生」


「あら浅岡くん、お兄さんは元気かしら?」


廊下で和服の営宮先生に会う。今日はやわらかい色合いの振袖である


「はい、もうウザいくらい。ところで『今日の』校長室はどこですか?」


「そういえば浅岡くん呼び出しくらってたわねぇ…。そうね…今日は校長先生なんだか機嫌が良かったから四階じゃないかしら」


そう、変わるのだ。校長室が、校長の気分次第で


「ありがとうございます」


「あ、合い言葉は『オラなんだかワクワクしてきたぞ』よ〜」


走り去る三丁目に向かって手を振る営宮先生、転校しようと思ったのは、今にはじまったことではない


――――――




「オ、オラなんだかワクワクしてきたぞ〜……」


三丁目は合い言葉を唱えた。ちなみにこれで五回目である。二回目なんて『若者の乱れる性』について語り合っている会議中の部屋の前で言ったもんだから物凄く恥ずかしかった


「入りたまえ…」


「……失礼します」


ガラッ


「くじびきは君を…」


「いいからさっさと用件を話してください、昼休みあと五分です」


辛辣なボケごろしだと思った人は、昼休みを全て使って校舎中を走り回ってみればいい。きっと有無を言わさず殴りかかりたくなるはずだ。俺は相当やさしい態度をとったと自負している


「さすがは浅岡家のツッコミ係、いきものがかりもびっくりですね…」


「言ってる意味がまったく理解できません校長先生」


三丁目は無駄に大きい机のそばまで歩み寄った。何故か薄暗い校長室には、もちろん校長先生と、その後ろには女教頭先生が立っていた


「今のネタ最高でした、プリンシプル」


「そうだろう?ミス・ティーチングヘッド…」


この二人でよく学校成り立ってるな、冷めた目でそのやりとりを見ていると、教頭先生が三丁目に小堤を手渡した


「なんすかコレ」


「それを千軒堂に届けて欲しい、ほら、私は忙しい身だろう?」


マスクの位置を直しながら不敵に微笑むなんちゃってオペラ座の怪人


「………」


「どうしたんだい浅岡三丁目くん?」


「お言葉ですがプリンシプル、彼には荷がおもすぎるのでは?」


「ふむ、そうかもしれないな…。いや、三丁目くん、無理なら他の人でも…」


校長先生はそこでようやく気付いた。三丁目の肩が小刻みに震えているのを


「んなことでわざわざ呼び出すんじゃねぇぇぇぇぇッ!」


前言撤回。俺はそこまで優しくなれなかった


「ま、待ちたまえ!三丁目くん」


「スカウターが壊れました。プリンシプル」




このあと校長室にてさんざん暴れた俺だったが、たいした騒ぎにはならなかった。それもそうだ。うまくやったからな…

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