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奇天烈家族

―チュン…チュン…


陽光差し込む二階の窓の外で、二羽の雀が愛を囁きあっている。朝からお盛んですな…。鳴る前の目覚ましのスイッチを切り、ベッドから半身を起こすと、欠伸をしながら大きく伸びをした。小気味よい音を奏でて背骨がロンドをふむ



「さて…と」


今日は日曜日だ。ならばやることは一つ


「寝よ…」


目覚ましはまた雨がセットしたんだろ、いいじゃないか、休日くらい二度寝させてくれ。ベッドの中で毛布をひっかぶり、再び無意識の世界へ飛び込もうとする。が、しかし、階段を駆け上がるエグゼキューターの足音が俺の首ねっこを掴んで現実へと引き戻そうとした


「雨か…?悪いが俺はもうダメだ……親父とお袋を頼む…」


ベッドの中で体をひねり、招かれざる来訪者にあくまで抵抗の姿勢をとる。ところがどうしたことだろう。いつもなら問答無用で俺の相棒を剥ぎ取る雨が、今日は何も言わずに立っている。気配はするからおそらくそこにはいるはずだ


「………雨?」


返事が無い。不審に思いながら顔を起こすとそこには…


「う、うわわわわ!!兄貴!?」


「ふふふ…グッマーニン、マイブラザー!」


浅岡幹人、不肖の、いや負傷した兄がそこに立っていた


「なんだよ兄貴!その顔は!!!」


言ってからしまった、と思う。どうせこの兄貴だ、三日間徹ゲーしてハイになったとか抜かすんだろう


「はっはっは!いやー、友達の家に泊まって三日間徹ゲーしててさぁ」


快活に笑いながらさもなつかしげにうそぶいた。ほれ見ろ


「それでな、どっちがマリ◯カートのヨッ◯ーを使うかで揉めちゃって、はっはっは」


く、くだらねぇ…てかネタが古い…


「おっと、マイシスターにも朝のスキンシップを取らねば!」


そう言うと、徹夜の疲労を感じさせない優雅な足取りで、隣にある雨の部屋まで歩いていった


……


―キャァァァ!み、幹人お兄ちゃん!?


―はっはっは!おはようマイプリティガール!


―な、なにその顔!


―いやー、友達のドラ◯エ3で勇者以外のパーティーの職業を軒なみ戦士に変えたら友達から手厚い抱擁を受けてね!


おい、さっきと言ってることが違うぞ


―おっと白か!うん、いいぞ!少女はいつまでも清純でないぐぼぇあぁ!


珍奇な叫び声が隣の部屋から響き、鈍い音が3発聞こえた。ふむ、上、中、下の三連コンボと見た。我が妹ながら見事な手際である


―ばかぁぁぁぁ!


妹の悲鳴に次ぎ、耳をつんざくようなガラスの割れる音、ここは二階なんだが…まああいつがこの程度で死ぬとは思えない


「アホらし…」


すっかり目が覚めてしまった少年は、ベッドに別れを告げ、パジャマのまま部屋を出た


「はぁ…はぁ…」


廊下に出ると、水玉模様の可愛らしいパジャマを汗で乱し、激しく肩を上下させる雨がいた


「よ、よう、大変だったな雨」


「あ…、サンお兄ちゃん、おはよう」


「おはよ、飯できてるみたいだぞ?」



「ごめん、先いってて、ガラス片付けてから行くから、はぁ…またキララちゃんに頼むのかぁ……」


雨はくしゃくしゃの髪をそのままに、両腕と頭を力無く垂らしながらぶつぶつと呟き、部屋に戻っていった。


階段を降りて右に曲がると、すぐに居間があり、その隣につながるキッチンがある。

広いスペースにゆったりと置かれた四角い大テーブルにつき、いつものように新聞の片手間にコーヒーを飲む父、浅岡幹春がいた。この男、平日だろうが休日だろうが関係なく、最近は毎朝決まった時間に起きてはこうして朝のひとときを有意義に過ごしている。休日だと言うのにバカ丁寧にワイシャツを第一ボタンまでしめ、紺色のタイトなパンツを着用に及ぶ様は、紳士そのものだ。もちろん誰が言うでも無い、自称だ。本人に聞くところによると、これが貴族のたしなみらしい。もう一度言おう、彼の名は浅岡幹春、バリバリの日本人である


「やあおはよう、三丁目」


俺に気付いたらしく、丁寧に新聞を四ツ折にし、母にコーヒーのおかわりを要求した。



「ああ、おはようおや……ダ…ダディ……」


慌てて訂正し、不本意ながらも横文字で自らの父にこたえる。勘違いをしないでくれ、そうしないと…


「あ、おはようお父さん」


階段からパタパタと降りてきた雨が俺の努力を無駄にした


ダンッ!


さっきまでの朝のさわやかさはどこにいったのか、父がテーブルをひっくり返さんとばかりに両手を叩きつけたのだ。うなだれた頭から不気味なオーラが沸き立つ


「…雨…?もう一度言ってみなさい……」


そこで雨も自分のしてしまったことに気付いたらしい。ぎこちない動きで首を俺に向ける。残念ながら助けぶねは出せは出せん、朝から災難だったろうがやってしまったことは仕方がない


「ご、ごめんなさいダ、ダディ…?」


雨がそう言うのを確認して、父の顔は打って変わってほころんだ


「ハハハ、謝ることなんてないさ、ちょっと寝ぼけていたのかな?」


俺と雨は同時に胸を撫で降ろす。


「はっはっは、すっかり目が覚めちゃったよ!朝から元気だなぁマイシスター雨!おっと、この香りはアールグレイだね?お父さん!」


ああもう、死ねばいいのに、このクソ兄貴


「我が子達よ、そこに座りなさい」


『はい』


俺達三人は素直に席についた。心なしか、兄貴が笑って見えるのは気のせいだろうか


「まず、ダディの名前を言ってごらん?」


『ディグラス=ミキハルト=A=アサオカです、ダディ』


仲良く唱和する我が子を見て、無表情のまま頷く


「我がアサオカ家の家訓は?」


『いつ何時も男性は紳士、女性は淑女であれ、ですダディ』


再び幹春は頷く


「今朝家訓を実践したのは三丁目だけだったよ」


『おっしゃる通りですダディ』


「家訓その2!」


『兄弟はいつ何時も仲睦まじくいること、ですダディ』


「うむ、そういうわけでダディはひとりだけ仲間外れにするのは嫌い……」


ふと妙な殺気を感じ、自称紳士の幹春が後ろを振り向くと、浅岡小春、つまりは俺の母が、フライパンを手にしたまま腕をくみ、満面の笑みで夫を見下ろしていた


「…まままま」


明らかに幹春が動揺する。ちなみに家訓その3はいつ何時も冷静でいること、だ


「片付かないわよね?」


甘い声で夫に囁く


「は、はい…」


もう威厳なんて気にしてる暇はない。命が惜しい。横を見ると兄貴が両手を合わせていた。おい、めったなことするもんじゃねぇよ


「誰が後片付けをするのかしら?」


「ママです、はい」


小春は満足げに頷いた


ああ、もうだめだな親父…17年という短い月日だったが、まがりなりにも育ててくれてありがとう、大丈夫、我が浅岡家ならあなたがいなくてもたくましくやっていけるさ


「ま、待ってくれ小春ちゃん、僕は我が子達の将来のために紳士としてのたしなみをぶっ!!!」


浅岡流、てか小春流丸鉄板落としが幹春の脳天に炸裂する


「まったく…」


机の上に沈む夫を見て、頬をぷうっとふくらます母。普通子どもを三人も養っている母親なら、結構な年齢に達しているはずだ。だがうちの母親ときたらまったく老けない。栗色のショートヘアに、張りのある肌、俺と並んで町を歩けば姉弟、へたすりゃ兄妹。夫婦で歩けば親父が性犯罪者に仕立て上げられそうである。きっと妖怪の類いだ



「ちょっと妖怪は酷いんじゃない?三ちゃん」


心を読むな、妖怪め


「三ちゃん、あとでちょっといらっしゃい♪」


小春は口に手を当て上品に笑うと、すたすたとキッチンに戻っていった


……はぁ



さて、我が家族の変態ぶりが露呈されたところで、この朝の出来事を振り返ってみよう。


まず我が家の大黒柱、浅岡幹春。一言で言うと、感化されやすい。今朝のなんちゃって紳士のやりとりも、一週間前に借りてきた『ダァディハリー』とかいう、いかにも嘘臭いB級映画の影響だ。俺が覚えているかぎり、これで8回目の紳士状態である。他にも父のバリエーションは多々あるが、数え上げたらキリがないのでやめておこう。


そしてそれをいいように扱うのが兄、幹人である。息子にいいようにされる父親とはいかがなものなのか、仮にも息子として少し悲しくなるが、それ以前に、とても恥ずかしい



さらにそれを鎮静化するのが母、小春。

流し目ひとつでどんな男も落とせる魔性の女、この女が俺と妹に奇天烈な名前をつけた張本人である。俺の名前の由来は、三丁目で産気づいたからつけられたといういいかげんきわまり無い理由で、どうして俺は太郎町で産まれようとしなかったのか、今でもそれが悔やまれる。妹は……言わずともわかるだろう。齢は…命が惜しいので、悪しからず



「サン兄ちゃん、ごはん食べよ?」


「あ、ああそうだな、いただきます、と」


食パンにジャムを塗りたくり、ベーコンに手を伸ばした。変態家族と戦う俺の、奇妙な休日がはじまる…、いつものことだが、ため息を漏らさずにはいられなかった

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