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十六丁目 GlassHeart…

前フリが長くなってしまいましたが、お付き合い下さい…

来たる今日、4月22日(日)に、ついにあの名匠、紫雲寺孝太郎氏が『食べられる硝子』を発表する。発表場所はもちろん紫雲寺家、時間は夜の8時だ。俺達浅岡家も招待にあずかりこの上なく光栄なのだが、母には紫雲寺メイドさんの赤坂さんと四谷さんがつくことになった。招待状には長々と体良くその理由が書かれていたが、ようは見張りだろう。


…まあそれはさておき、実を言うと、俺はひそかに楽しみにしている、食す方はごめんだが、こういうイベントは不思議と心が踊るものだ。

それは雨も同じらしく、朝からどこかそわそわしていた、着飾る服をウキウキしながら選ぶ姿を見ると、自然と温かい気持ちになってくる。それに対し親父と兄貴はと言うと、精神統一のために滝にうたれてくるとか言って朝から姿を消しやがった。いっそそのまま出家すりゃいいのにと思う俺はひどい人間だろうか


…公開時にはたくさんの報道陣が詰め掛けるらしい、いつもより緊張して我が家を見ていなければ…


――――――


『GlassHeart…』


―――




「はっはっは!ただいま諸君!」


「ただいまママ、準備はできたかい?」


白装束で帰って来たアホ二人に理不尽なパワーボムを喰らわせた浅岡小春は、現在進行系で怒りのボルテージが上がっていた


「なんで私に見張りがつくのかしら!失礼しちゃう!」


ぷんぷんと年甲斐もなく怒る母に、やめてくれと叫びたくなるが、口惜しいほどに違和感が無いため何も言えない


「サンお兄ちゃん!これどうかな?」


雨が俺の前に立ち、ひらひらとしたプリーツスカートの裾を持ち上げる。黒を基調としたシックなドレスだ


「いいんじゃねぇの」


テーブルに頬杖を突きながらテレビのリモコンをいじる俺の気の無い返事に腹を立てたのか、雨はぷうっと頬をふくらませる


「もう!ちゃんと見てよ!」


確かにもっともな怒りだ……が…


「…あのな…さっきから何回目だと思ってる?」


「え〜っと…8回目…くらいか…な?」


引き釣った笑いで頬をかく雨


「18回目だッ!」


「ご、ごめんなさ〜い」


半泣きの雨は、パタパタと二階の部屋へ戻っていった


「ったく…」


白装束二人を気絶から覚醒させて、番組を変える。だがどこもガラスガラス…とどんぐりの背くらべ状態だ。そんなに有名だとは思わなかったな…俺達すげぇ所に普通のガラスを作らせてたのか…


……


ぼうっとそんなとこを考えていると、テレビに映し出された時刻が目に入った



「っと、俺も準備しなきゃ…」



今日の浅岡家はいつにも増して賑やかである…


――――――


―――




「やぁ、こんばんわ浅岡さん」


報道陣の塊で正面からは入れそうも無かったので、俺達お隣さんは裏口から入った。紫雲寺廉介さんがにこやかに迎えてくれる


「こんばんわ廉介さん、いつもウチの子達がお世話になっております〜」


にっこりと俺達の頭を掴み礼をさせる母さん。ちょっ!痛い痛い!


「あ、雨ちゃん!」


「きららちゃん!」


駆け寄った二人は、お互いの服装についてキャアキャア騒ぎ出した


ああ…癒されるなぁ…。


…それもそうだ。後ろにいる仰々しい程の紋付の親父と、気持ち悪いくらい糊が効いたタキシードの兄貴と比べたら、月とスッポン、いやスッポンに失礼だ。月とカマドウマ以上の差はある


「まだ時間まで30分ほどありますが…大丈夫でしょう、こちらへどうぞ」


廉介さんのご厚意に甘えて、浅岡家一行は紫雲寺邸へと案内された、今日は何も起こらなければいいんだが……


――――――




「すごい人だな…」


紫雲寺邸の庭は、様々な人間で埋まっている。所々にテーブルが置かれているのは、立食パーティにでもなるからなのであろう


「あ、あの人テレビで見たことあるよ!」


雨が指差す先には熟年の老人がいた。言われてみれば見たことあるかもしれない


「サインもらって来ようかなぁ〜…」


「やめとけ、ああはなりたくないだろ」


「え?」


三丁目の指差す先で、親父と兄貴があらゆる人間に話し掛けている、たまに警備員につまみ出されたりもしていた


「そうだね…やめとく」


それを見て苦笑しながら呟く、雨にとっても、この程度のことは苦笑レベルなのだ。これがさらにエスカレートしなければ良いが…


「あ、私きららちゃんとまわってくるね」


「おお、人様に迷惑かけんなよ」


「は〜い」


なんと素直な返事だろうか、雨は手を振りながら、きららちゃんの元へ歩いていった




「さんちゃん助けて〜」


そしてここに情けない母が一人


「すいません、私もせっかくの記念にこんな無粋な真似はしたくないんですが…」


「……諦め…て…くだ…さ…い」


赤坂さんと四谷さんが母さんを挟むようにして立っていた。それを呆れたように見ていると、黒髪を頭の後ろにバレッタで止めたメイドさんとふと目が合う


「あ、いけない申し遅れました。私、赤坂藍華と申します、以後お見知り置きを三丁目さん」


にっこり微笑む、そばかすがかった顔には美しい、というより人懐こさがある


「……四谷…紫苑(しおん)……よろしく…」


赤坂さんの影に隠れるようにして立つポニーテールの少女が、やっとのことで聞こえる声で呟く。背は雨より低いんじゃないか、と思ってしまうくらいに小さかった


「ごめんなさい、この子人見知り激しくて」


「いえいえ」


赤坂さんの穏やかな物腰を見ていると、青山さんよりこの人の方が婦長に相応しいのでは?とか思ってしまうのは自分だけだろうか。きょとんとする赤坂さんと、頭に浮かぶかぎりの青山さんの姿を比べてため息を漏らしていると、ぽんぽんと後ろから誰かに肩を叩かれた


「こんばんわ、三丁目くん」


「え?蘭さん!?」


振り向いたそこには、真っ黒なドレスに身を纏い、悪戯っぽく、というか悪戯小僧っぽく笑う蘭さんがいた。何も…持ってないな…よし…


「あたしも呼ばれちゃった〜」


「なんでまた…」


「あれ?三丁目さん知らないんですか?」


お姉さんの変わりに赤坂さんが取り次ぐ、知り合いなのか?


「彼女、蘭蘭さんは、その手の分野で世界的に権威のある学者さんなんですよ?」


「嘘ッ!?」


「ランランじゃないわよ〜あららぎよ、あ・ら・ら・ぎ」


手をひらひらさせて、空気の抜けたようなだらしない顔の蘭さん、その手の分野がちょっと気になるが、人は見掛けによらないものである


「あ、そういやアニマのやつはどうしたんすか?」


「ああ、アニマねー、小春ママに手ひどくやられちゃって、今日はお留守番なのよ〜」


悔しがる顔が容易に想像できるな…


「…そろ…そ…ろ…はじまる………よ?」


四谷さんが…ちゃんて言った方がいいのか…、三丁目の袖を引っ張り、庭の中央にある布が掛けられたオブジェを指差した


「なんか小さくなってねぇか…?」


前見たときはもっとデカかったはずだ。今はそうだな…俺の身長くらいある台の上に、俺と雨の背丈を足した程度だ


「ふん、あのもうろくジジイの作品なんか見たくもないわ!」


なんだかアニマ化している母さんはさておいて、絶妙なタイミングで辺りの照明が一斉に消えた。


『レディースエーンジェンッットルメーンッ!!』


正面にあるステージにスポットライトが当てられる、今度は青山さんだ、メイド服にフリフリを付け加えたようなドレスを着ている、黙ってりゃ充分に美人なのに、神様は振り分けを間違った、と思う


『本日は紫雲寺孝太郎プロデュース!今世紀最大の感動!!!『食せるガラス』お披露目だァァァァッ!!!』


強烈にハウリングするため、招待客はみな一様に顔をしかめて耳を塞ぐ、具合が悪くなって運ばれていく人もいた


『…皆様申し訳ございません、不肖の姉が大変お騒がせいたしました。変わってわたくし、中目黒桃江が司会を続けさせていただきます。本日はお忙しい中、我々、紫雲寺家主催、紫雲寺孝太郎氏の作品発表会のために御足をお運びいただき、誠にありがとうございます』


桃江さんはほんのりと薄化粧をしていた。綺麗…なんだがこっちは逆にもう少し愛嬌を持った方がいいかもしれない


「あはは、二人を足して二で割ったらちょうどいいんですけどねー」


赤坂さんがのんきに笑う、実に言い得て妙だ


ジャコン


布が掛けられたオブジェにスポットライトが浴びせられた


『ちょっとマイクよこしなさい!それでは発表です!どうぞッ!』


青山さんが無理矢理桃江さんからマイクをひっぺがし、オブジェの傍で待機していた渋谷さんに合図を送った


バッ!


布が剥がされ、食せるガラスの全容が姿を現す。


こ、これは…



出現したガラスの像は人魚の形をしていた。尾ひれを抱きしめるように悩ましく体をくねらせ、長い髪があたかも水中にいるときのように無造作に広がっている。まるでさっきまで大海原を悠々と泳ぎ回っていたかのように、得も言われぬみずみずしさがあった


息を呑んだ。素晴らしい…兄貴じゃないが、本当にそう思った。360°からライトアップされ青白く透き通るその肢体は、ただのガラスというには美しすぎた。価値的にも美的にもダイヤモンドをはるかに凌駕すると言っても過言ではない


………


「なによその解説、どこの料理漫画?」


「あ、いや…つい…」


「でも確かにこりゃすごいわ、世界を変える芸術って言葉もあながち………あれ?」


「どうしました蘭さん?」


横に立っている蘭さんを見ると、眉をむむむ、とよせていぶかしげにガラスの彫像を眺めていた。つられて三丁目も見る


「ねぇ…今アレ動かなかった…?」


「は?何言ってんですか、さすがにそりゃナイでしょ」


「う〜ん…でもさっき…。あ!ほらッ!今動いたッ」


懸命に彫像を指差す蘭さん、だがもうそんな必要は無い。なぜならば…


「………嘘だろ?」


動いている

ギシギシと氷の溶けるような音を鳴らし、半透明な体が、おおよそ人間では不可能な角度で関節を曲げる



周りの招待客も声にならないうめき声をあげ、全身硬直状態になっていた。一番はじめに頭に浮かんだ言葉は気色悪い、だろう。二番目にはドッキリか、である。だが孝太郎氏がそんなことをする人では無いとみな知っている。だから何もできないのだ


「ら、蘭さん!なんなんすかアレ!」


「わからないわ…、液体金属…?まさかね、ターミネーターじゃあるまいし…」


蘭さんでもわからないとなると、どうやら科学で説明できるようなものではないらしい。となるとアニマのときと同じだ。一体この町に何が起こっているんだ…


『ギシギシ…ギシシ…』


だんだんと動きがスムーズになっていく彫像に、ふらふらと歩み寄る人影が見えた、あれは…


「た、魂だ…魂が宿りやがった…」


「孝太郎様!危険です!あれが何なのかわからない限り近寄らないでください!」


「うるせェッ!」


暴れる孝太郎さんを紫雲寺メイドさん総出で押さえ付ける。気付けばさっきまで隣にいたはずの赤坂さんと四谷さんも、それに加わっていた


「魂…ね、科学者としてあまり認めたくないけど、あれほどの作品となるとそんな感じの超常現象が引き起こるのかもしれないわ」


「そんな馬鹿な…」


ガンとして信じたくないが、目の前で動いているからには受け入れなければいけない。常識よりも現実の方が信用に値するのだ


『…ギ…ギギ…』


まだぎこちない首をもたげ、不可思議な動きで周囲を見渡す。映画で見たミュータントをほうふつさせた。一体彼女…いやアレは何が目的なんだろうか…


「こ、こいつは…ッうぉ!」


「孝太郎様ッ!」


『ギギギギギギギギ…』


彫像がその手を水飴のように伸ばし、傍にいた孝太郎さんの足を掴んだ。勢い良く上げられた孝太郎さんは、宙吊り状態になり、いつ落とされるかわからない身だ


「やばいっすよコレ!」


「…ッ!やっぱりアニマも連れてくるべきだったわ…!」


蘭さんが悔しそうに爪を噛む


「…いいえ、そんなの必要ないわ…」


「え?」


そう、この人がいた。


「あのおじいさんを助けるのは勺だけど」


史上最強の主婦


「壊す」


浅岡小春!よんじゅ…


ボゴォ


「オガァッ!」


「十の位までバレちゃったじゃない、さんちゃん」


「……いいから早くいっては?」


蘭さんの一言で小春ママは大地を蹴った、人混みのはるか上空を有り得ない跳躍力で飛び越え、彫像目掛けて猛襲する


ガィン!


「くッ…硬いわね…」


『ギギギ…』


彫像も殴られて黙ってはいない。所構わず透き通るボディから触手のようなものを放射し、外敵を捕らえんとする。


「キャァァ!」


「うわぁぁぁ!」


とばっちりを喰らったゲスト達も孝太郎さんと同様に高く吊り上げられる。そういや遊園地にこういう乗り物あったな……なんて馬鹿なことを考えてる場合じゃない、俺にも何かできることは無いか…


「仕方ない、奥の手だ…」


「奥の手?」


コクリと蘭さんに頷き、持っていたトートバッグから一冊の漫画を取り出す


「親父ッ!受けとれッ!」


傍のテーブルでのんきに酒をかっくら呑んでいた親父にそれを投げつける。酒が入ったか…好都合だ!


「おいおいパパに向かって何を…」


真っ赤になった顔で漫画を開く、すると、みるみるうちに顔色…てか顔が変わった。これは予想外だ


ドドドド…


「お前らに明日は無い」


「ああ…なるほどね…」


親父も地面を蹴った。蹴った場所がベコリと凹む。


ズサッ


「加勢するぞ」


「あなた…いや…ケン…」


なんか身長も伸びている気がするが、今はどうだっていい、酒が入ることによっていつもよりタガが外れ、倍以上作品にのめり込むことができるのだ


「相変わらず変な人達ね…、興味深いわ…」


「いつも迷惑かけられてる分こういうところでは役に立ってもらいますよ」


「てか三丁目くん、日に日に扱い方上手くなってるわね…」


「………」


さて、そうこうしているうちにガラスの彫像VS変態夫婦という前代未聞のバトルが繰り広げられようとしていた。結末やいかに!


………



「……壊したらツケは浅岡家にまわってくるのかな…」


「さぁ……」

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