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 ごめん 嘘をついた 【 7 】



「武蔵っ! あんた何言い出してんのよっ!? 」


 コウの相棒を止めると言い出した武蔵に、琥珀よりも先に反応したのは理子だ。

 気を失っているコウを抱えたままで武蔵を叱り飛ばす。だが武蔵は今の発言を撤回しようとはせず、さらに酷い台詞を口にした。


「そんなに欲しけりゃくれてやるよ琥珀。俺はもうコウの顔を見るのはうんざりだ」

「言ったわね!? あんた確かに言ったわね!? いまさら撤回は許さないわよ!?」


 大興奮している琥珀を横目に、武蔵がフンと鼻を鳴らす。


「誰がんなみっともねぇことすっかよ」

「そうと決まればこれから一度漸次様のところに戻るわ!! そしてお暇をいただいてくるからその時はあんたは漸次様のところに戻りなさいよ!? いいわね!?」

「あぁそれでいいぜ。おい、俺との伝送路(チャネル)開けておけよ? お前いつも遮断(カット)しちまってるから連絡が取れねぇじゃんか」


 そう命令された琥珀は露骨に嫌そうな表情を見せた。


「あんたと直にコンタクトを取るなんて死んじゃいたいくらいイヤだけど今回は仕方ないわね……」


 その発言を聞いた武蔵の視線に剃刀のような鋭さが加わる。


「琥珀、お前さっきも言ってたが、死ぬなんて言葉を軽々しく使うな。その言葉を使っていいのはこいつら人間だけだ。俺らは機械だぞ? 死ぬ事なんてねぇんだ」

「動けなくなったら同じようなことでしょ!」

「全然違うだろ。俺らは何度でも再生可能でその度に動ける。だがこいつらは心臓が止まっちまえばそれで終わりなんだぞ?」

人工知能(コア)が完全に壊れちゃったら私たちだってオシマイじゃない!」

「それが完全に壊れる事なんて普通はねぇだろ。多少の不具合ならメンテ一つで簡単に解決するじゃねぇか。コアが完全にイカれるなんてのは、粉々になるぐらいにまで物理的にぶっ壊されたような超レアなケースぐらいだろ」


 自分の発言を論破された琥珀がムッとした顔で頬を膨らます。


「いちいち揚げ足を取らないでよ! 相変わらず嫌味ったらしい男ね!」

「お前が死ぬなんて言い出すからだろ。それよりこれから伝送路は常に開けておけよ?」

「イヤよっ! あんたと個人的に話なんかすることないもん!」

「そう言うなって。他の奴に聞かれちまったらヤバイことなんかを連絡することもあるかもしれねぇだろうが」

「そんなことをあんたと話すなんて一生ないわよ! 開けておくのは今回だけだからね!?」

「ったくつくづく可愛げのねぇ女だなお前は」

「うるさいわね! とにかく漸次様のお許しが出たらすぐに連絡するから待ってなさい!」

「あぁ。そうしてくれ」 


 電脳巻尺同士の間で着々と操作者交代(マスターチェンジ)の話は進んでいく。

 慌てた理子は武蔵の背に向かって再び声を張り上げた。


「武蔵! あんた自分が何言ってんのか本当に分かってんの!? コウのエスカルゴを止めるなんてバカなこと言わないで! そんなことしたらコウが悲しむじゃない!!」


 だが武蔵は理子の言葉を聞く気はないようだ。こちらを振り返ることすらしない。

 そこまでの強硬な武蔵の態度を目にした理子は、急遽その説得先をここから立ち去ろうとしている琥珀へと切り替える。


「ねぇ琥珀! 武蔵はコウのことを誤解しているだけなの! 今のはただの言葉の綾なんだからそれをあんたが本気にしたらダメだってば!!」


 しかしその説得は理子を恋敵と認識している琥珀の態度をますます硬化させてしまっただけだった。


「うっさいわね! あんたこそ関係ないでしょ! 私たちのことに首を突っ込まないで!」

「関係あるもん!」

「ないわよ!」

「ねぇ琥珀! あんただってコウが武蔵を大切に思っているのを知ってるんでしょ!? コウのことが好きならコウのことを一番に考えなさいよ! あんたワガママ過ぎよ!」


 立ち去ろうとしていた琥珀の細い脚が、理子のその言葉で止まった。



「……あんたに、コウ様に大切にされているあんたに、何が分かるってのよっ!?」



 琥珀はそのまがい物の瞳に本物の嫉妬の炎を浮かべて理子を睨みつける。


「あんたはいいわよ! 貧乳のくせにコウ様に大切にされてさ! 私はあんたよりずっと前からコウ様をお慕いしているのよ!? でもどんなお慕いしてもコウ様は私を見て下さらない! それならせめて少しでもコウ様のお側にいたいと思うことの何がいけないのよっ!?」



 ──  雑木林の中に束の間の沈黙が流れた。

 自身への惨めさで悔しげに下唇を噛んでいた琥珀は、強く頭を振ってその感情を振り払う。



「……ムカつくけど今はあんたに時間を使うのが惜しいわ。漸次様に許可をいただくのが先だから今回は見逃してあげる。でもコウ様にそれ以上ベタベタ触るんじゃないわよ。いいわね?」

「まっ待ちなさいよ琥珀! 武蔵! あんたも何黙ってんのよ! 早く琥珀を止めなさいってば!」


 しかし武蔵は変わらず動かない。無言で自分が投げ捨てたバスク・ムルのパーカーを拾ってくると丁寧に汚れを払い、傷んだ袖に再び腕を通している。

 どちらのエスカルゴも自分の話をまったく聞いてくれないその苛立ちで、理子は今にも歯噛みしそうな表情だ。そんな理子に冷めた口調で琥珀が言う。


「リコ、あんたもう戻ったほうがいいわよ。あんたを探している声が聞こえる。あんたの友達があんたの名前を叫んで探してるわ」

「嘘ッ!?」

「そんなウソ言ってどうすんのよ。せっかく教えてあげてるのに感謝ぐらいしてほしいわね。……あ、また聞こえたわ。かなり焦ってるわね。もうすぐ移動時間なのにあんたが見つからなくてどうしよう、って言ってる」


 理子は素早く自分の腕時計に視線を落とした。


「いけない! あと少しで自由時間終わりだ!!」

「早く行ったほうがいいわよ。じゃあね」

「あ! 待ちなさいってば琥珀!」


 しかし琥珀はこの場から走り去ってしまった。


「武蔵! 琥珀を追いなさいよ早く!!」

「……大丈夫だ、たぶん俺らが交換されることはねぇよ」

「え!?」

「俺らが希望してもおそらく漸次さんが許さねぇと思う。こいつの面倒は俺、と決めたのはあの人だからな」

「なんだ良かったぁ……。もうっ、おかしなこと言い出して驚かせないでよね!」

「おかしな事なんかじゃねぇよ。もし漸次さんが許可を出してくれるんなら、俺は喜んで琥珀と代わってやるぜ? こいつの相棒なんて即行で止めてやるよ。それに元々俺はあの人のエスカルゴなんだ。こいつがどうなろうと知ったこっちゃねぇ」

「だからそんなヒドい事言うのは止めなさいってば!! コウに聞こえちゃったらどうすんのよ!!」


 うっすらとスニーカーの靴跡がついたフードを目深にかぶり、「また殴りかかってくるかもな」と武蔵が自虐的に笑う。


「元に戻ったらもうそんなことしないよ!」

「でもお前のおかげで助かったぜ子雌。お前のあの黒子ネタで揺さぶりをかけられなかったら、多分俺はこいつにやられてた」

「あんたの方が強いんじゃないの!?」

「……今まではな。だがこいつが覚醒したあの瞬間から俺の優位は完全に崩れちまったよ。性能(スペック)を限界ギリギリのラインにまで昨日漸次さんに上げてもらったってのに、こいつの攻撃をもろに喰らっちまった。たぶんもう勝てねぇ」

「そういえばさっき言ってたよね。コウが今までのステータスを超えた、って」

「あぁ、こいつあの土壇場で自分の限界値を完璧に超えてきやがった。お前ら人間の中に、窮地に陥ると内に眠る力が発動するタイプがいるってのは聞いたことがあるが、まさかコウもそのタイプだったとはな。だから形勢が逆転しちまったあの瞬間に今まで俺が取って来たデータなんてクソ同然さ。さすがの俺様もあの時はちょいとビビッてたぜ」


 武蔵はまだ理子の腕の中で気絶しているコウに視線を向けると、フードの隙間からやるせない声で今の気持ちを口にする。


「漸次さんならコウにあんなひでぇことを言われても、きっと何も言わないで笑って許しちまうんだろうなぁ……。でも俺はダメだ。危うく回路がバーストしかけるところだったぜ。漸次さんのようにはいかねぇが、俺もこいつの親代わりの気持ちでいたんだがな」


 武蔵は穿いているスニーカーのつま先で気を失っているコウの頭を二度グイグイとつつく。

 理子は慌ててそれを手で押しのけ、武蔵をキッと睨みつけた。


「何てことすんのよ! やめなさいよ!」


 武蔵は素直にスニーカーの先を引っ込めるとまた理子の隣に腰を下ろした。


「あんなヒドいこと、ってさっきコウが言ってた “ トキシック ” ってこと?」

「……あぁ」

「トキシックって何? 監視がどうとか言ってたけど、あのお父さんってコウの本当のお父さんじゃないの?」


 武蔵は後ろに手をつき曇天を見上げているだけだ。

 

「あっ、そういえばコウの許可なく大切な情報は喋れないってこの間言ってたもんね……。ごめん、今の質問忘れて!」

「……漸次さんとこいつは血は繋がってねぇ。身寄りがない幼いガキだったこいつを漸次さんが引き取って育てたんだよ。こいつはその恩を忘れて漸次さんを自分を監視している存在だと思ってやがったんだ」


 個人的な重要情報をあっさりと口にしてきた武蔵に、聞かされた理子の方が焦る。


「い、いいの!? そんな大切な事を勝手に喋っちゃって!」

「いいんだよ。漸次さんにあんなこと言いやがったこいつなんてもうどうでもいい」

「だからそういう言い方止めてって言ってるでしょっ!? それにさっきのコウは本当のコウじゃないってば!」

「何度も言わせんなよ子雌。いつものコウも豹変したあいつも同じなんだ」

「違うってば! 絶対に違う! だからコウのパートナーを止めるとかバカなこと言わないで! コウはあんたのことを自分の家族だって言ってたんだよ!?」

「お前の前でカッコつけただけじゃねぇのか」

「コウはそんな人じゃないっ! ねぇ信じてあげてよ! さっきのコウといつものコウは違う! いつもの優しいコウはお父さんのことも武蔵のことも好きだよ!」


 それを聞いた武蔵は理子から顔を逸らした。



「……お前ら人間っていつもこうなのか?」



 俯いた武蔵の横顔が、フードの中に隠れる。


「エ?」

「なぁ、お前らはいつも何かある度にこうして悩んでるのか? 辛い事や苦しい事や絶対に許せない事を自分の中で噛み砕いて必死に消化してんのかよ?」

「な、悩むっていうか……、うまくいえないけど自分の中で折り合いをつけようと頑張ることはするよ?」

「ありえねぇよ! こんなことを毎回やってたら身が持たねぇ!」


 武蔵は急に大声を出すと、手の下にあった枯れ草をブチリと千切りそれをやけくそ気味に前方に投げ捨てる。そしてその枯れ草がすべて地面に落ちきった後で理子に再び顔を向けた。


「子雌、本能(リビドー)化したこいつが色んな建物をぶっ壊している映像をお前見せたことがあったろ?」

「あたしの部屋の壁に映したやつでしょ? 小さかったコウの手、血だらけで痛そうだった」

「痛い思いをしてんのはこいつだけじゃねぇよ。俺らみんなが似たような思いをしてるんだ」


 曇天の下で救われない思いが語られる。 


「今まではこいつがあの暴走を始めれば漸次さんがいつもそれを抑えてきた。だがもし漸次さんがいない時に何かのきっかけでこいつが本能化しちまった時に備えて俺にもある程度の沈静手段は持たされてる。だからそこらのエスカルゴと俺は完全に別物だ。通常のエスカルゴはただ女の胸や尻を測るだけ。極端な話、挨拶と計測とデータを記録できる機能がありゃあいいんだ。でも俺にはそいつらが搭載しているよりも遥か上のクラスのAIが組み込まれてる」


 それを聞いた理子は、「だから武蔵って行動が人間そっくりなんだね」と呟いた。

 すると武蔵は鋭い視線で理子をギロリと睨み、かけられたその言葉を弾き返すかのように右手で(くう)を大きく払う。


「でもよ、俺こんな特殊な機能なんていらねぇよ! 言われた事にだけ答える脳味噌(スペック)さえあれば充分だ! こんな面倒くせぇ思いをするぐらいなら、いっそのこと何も載せてくれなきゃよかったぐらいだ! 女どもの胸や尻をただアホのように計って、トリガラみたいな体型の女には 『 スレンダーですね 』、すげぇデブった女には 『 グラマーですね 』 ぐらいの適当な世辞を言うだけの頭で充分だったよ俺は!」

「武蔵……」

「ヘッ、機械に人間らしさを吹き込むっていう名目で開発された、“ 揺らぎ ” って感情に重点を置いたご大層なプログラムがあってよ、俺や琥珀にはそれが新たに組み込み直されてる。だがそのせいで琥珀はコウに対して異常なほどの執着を見せやがるようになったし、俺はこんな面倒くせぇ反応(きもち)と向き合わなければならなくなっちまった。実際に組み込まれた俺に言わせりゃこんなモンは揺らぎじゃねぇ! 歪みだ!!」


 自分の苦悩を洗いざらいさらけ出した武蔵は、尚も変わらないある一つの事実を理子に轟然と告げる。


「子雌! コウを信じろとお前は気安く言いやがるが、俺だって出来るモンなら信じたいさ! でもな、どっちも同じコウなんだ! それだけは絶対に変わらない事実なんだよ!」

「だから違うって言ってんでしょ! そんなことないってば!」


 理子は叫ぶ。そして精一杯否定する。


「だっていつもの優しいコウに言われた事あるもん! “ もしどうしても僕のことが嫌ならその時はあなたのことを諦めます ” って! でもさっき甘酒を飲んでおかしくなっちゃったコウは、何があってもどんなことがあってもあたしのことを絶対に諦められないって言ってたわ! ね!?  だから違うんだよ! いつもの優しいコウとさっきのコウは同じじゃない! だからいつものコウはお父さんのこと、自分を監視しているだなんて思ってないよ!!」

「…………」


 フードの奥に隠れているまがい物の瞳がわずかに揺らいだ。

 そして「気休め程度だがそれを聞いてホッとしてやがる自分が情けねぇよ」と気の抜けたような笑みを見せた。


「そろそろ行けよ子雌。俺にはお前を探している声は聞こえないが、琥珀が言ったんなら間違いない。あいつ、聴覚能力(オーデトリィ)だけはケタ外れにいいからな。つーか、それと記憶操作(パペット)ぐらいしか能力のねぇ奴だあいつは」

「うん、きっと真央たちがあたしを探しているんだと思う」

「早く行けよ。コウはここに置いていけ」

「コウが目を覚ますまであんたちゃんとここにいてあげてよ!?」

「…………」

「武蔵!!」

「分かったって。本当にぎゃあぎゃあとうるせぇ女だなお前は」

「ほっといてよ! それとコウが目が覚めたら伝えておいて! 勘違いしてごめんねって! 修学旅行から戻ったらすぐ謝りに行くからって!」

「あぁ分かった。早く行けよ」


 理子は頷くと急いで自分のマフラーを外し、もう一度コウの首元にそれを綺麗に巻きつける。


「絶対伝えておいてよ武蔵!! 頼んだからね!!」


 理子がいなくなった後、その場に残った武蔵は足元に倒れているコウを冷めた視線で眺める。そして巻尺の先を無残に千切り取られた自分の分身を手に、


「おいコウ、今回だけはお前を信じてやるよ。あのこうるせぇ子雌(ナンバー・ゼロ)に免じてな」


 と未だ割り切れていない暗い表情で呟いた。





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★ http://www.nicovideo.jp/watch/sm20163132

【 ★「Master Bra!」作品の、歌入り動画UP場所です↑ : 5分56秒 】


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