ごめん 嘘をついた 【 6 】
自分の主を華麗に叩きのめした電脳巻尺は、「あーあ、疲れたぜ」とくたびれたように吐息をつくと理子の隣にドサリと座り込む。
「武蔵、あんた人間だったの!? なんで今まで黙ってたのよ!?」
理子は先ほどまでの威勢のよさがまったく無くなっている武蔵に文句をつけた。
すると跳ねた長髪の勝気な顔の少年は、何も分かってねぇな、と言いたげな表情で理子に胡乱な視線を送る。
「見て分かんねぇか? これはただの入れ物だよ。人間の形に真似て作ったニセモンだ。アンドロイドって言ったらお前もピンとくるか?」
「アンドロイド!? じゃあそれって作り物ってことっ!?」
「あぁ。俺のAIを一時的にこれに繋いで動かしているだけだ」
「すごい、本当の人間みたい……!」
「目を見てみろよ。よく見りゃ一発でまがいモンだって分かるさ」
「見せて見せて!」
アンドロイドを見たことがない理子は武蔵に顔を近づけ、その瞳の中の虹彩をのぞきこむ。
「……ホントだ! ちょっと暗いっていうか中心に光が足りないっていうか……」
「な?」
顔を近づけあっている理子と武蔵に、可愛らしい声で怒声が響いたのはその時だ。
「何してんのよっ、そこの貧乳女!!」
振り返った理子は怒りの表情で立っているその少女を目にし、「あっ!?」と声を上げた。
昨日姿を見かけたばかりだからまだ記憶にはっきりと残っていた。水砂丘高校の正門でコウと何かを話していた小学校高学年くらいの少女だ。
「あんた、コウさまに目をかけてもらっていながら他の男といちゃいちゃして何考えてんのよ!! しかもなんでまた性懲りもなくコウ様に触ってんの!? コウ様から離れなさいよこの淫乱女!!」
少女は怒り心頭、と言った様子で理子に向かってその幼い声を張り上げ続ける。
決して自分の知り合いではない。なのに、妙な既視感が自分の中にあることに理子は戸惑いを覚える。
「来たな色魔が」
その少女を見た武蔵がボソリと声を漏らす。そして即座に立ち上がると少女の前にまで大股で歩み寄り、その小さな身体を見下ろした。
「何よ あんた!?」
「ヘッ、こんな身体は別に要らなかったがこうしてお前を見下ろせるのは痛快だぜ琥珀」
今の武蔵の台詞でこの少女の正体が分かった理子は「エッ!? あんた琥珀なのっ!?」と叫んだ。
するとピンク色のセーターに白いプリーツスカートを身につけた琥珀は、「だからなんだってのよ貧乳女!!」と理子にキツい視線を浴びせ、再び目の前の武蔵に顔を向けた。
「あんた誰!? なんでワタクシの名前を知ってるの!?」
「チッ、お前もまだ分かんねぇのかよ! しかし子雌といい、お前といい、どうして俺の周りにはこうも飲み込みの悪い女ばかりが集まりやがるんだろうな」
「子雌って……、まさかあんた武蔵!?」
しかし武蔵はその問いには答えずに目の前の小柄な身体をガッシリと捕まえると、自分の側に乱暴に引き寄せる。そして唐突に琥珀の唇に自分の唇を強引に押し当てた。
琥珀の口元から「んんーっ!?」と焦った声が漏れる。
一方、突然アンドロイド同士の過激な口付けシーンをいきなり見せ付けられた理子は、ただただ唖然としてその光景を見つめるばかりだ。
「なっ何すんのよっ!?」
琥珀が全力で武蔵の身体を突き飛ばす。
突き飛ばされた武蔵はニヤリと笑うと、親指を自分に向かって指した。
「今のは単なる実験だ。でもやっぱ人工皮膚同士じゃろくに感じねぇな。おい、それよりどうだ琥珀、人造タイプの俺様も男前だろ?」
「人造体、まさかコウ様に買ってもらったの!?」
「いや、漸次さんだ。お前だけにこれを与えていて俺にやらねぇのは不公平だってずっと思ってたみたいだな。やっと金がたまったからって昨日買ってくれたんだ。漸次さんに無理やりこれをねだったお前と違って俺はこんなモン別に要らなかったんだけどよ、でもあの人のせっかくの志だからありがたく受け取ることにしたよ」
「それ何Typeよ!?」
「Gじゃねぇか?」
「G!? じゃあ出たばっかりの奴じゃない! あたしは初期のタイプなのに!」
「それはお前が漸次さんに買ってもらったのはずいぶん前だからだろうが。ったく女共の身体を採寸するだけなら俺らはいつもの身体で充分なのに、こんなバカ高価いモンをねだりやがってよ」
「ズルイわ!!」
武蔵に最新のアンドロイドが与えられたことが妬ましい琥珀は、二回地面を踏み鳴らした。
「あんたがワタクシよりも新しいTypeをもらったなんて許せない! いいわよ! ワタクシも漸次様に新しいのを買ってもらうから!」
「また新しい奴をねだるだと!? これいくらすると思ってんだよ!? お前はあの人を破産させる気か!?」
「あんたには分かんないわよ! 人型になりたい女の子の繊細なキモチなんてさ!」
「何が繊細だ、笑わせんじゃねーよ! お前がこれを欲しがったのは単にコウに迫るためだろうが!」
「よ、よく分かったわね」
「色魔のお前がいかにも考えそうなことだっつーの! それにこいつは最新かもしんねぇが、特に目新しい機能はついてねーよ! アクチュエータの本数が少し増えた程度だ! だから買い換えてもらおうだなんて考えるんじゃねぇ! 分かったな!?」
「違うわ! 欲しいのはこれじゃないもん! 次は愛玩少女を買ってもらうのよ!」
「ラブドールだとッ!?」
琥珀が次にねだろうとしているアンドロイドが、孤独な男の性欲処理にも対応できるハイスペックタイプなことを知った武蔵が憤りを滲ませる。
「この変態が!! お前マジで一度Dチェックで人工知能を診てもらってこいよ! いくらコウを慕ってるからといってもお前異常すぎるぞ!?」
「うっさいわね! ワタクシの最終目標はコウ様と一つになることなの! あんたにワタクシのコウ様への熱い想いが分かってたまるもんですか!」
琥珀のその並々ならぬ思慕の念に負けまいと、武蔵は片手を大きく横に払い、更に声を荒げた。
「お前自分が何なのかは分かってんだろ!? エスカルゴが人間に惚れてどうすんだ! 惚れるなら俺にしとけ!」
「バカじゃないの!? なんであんたみたいな粗野で卑猥でしかも下劣な巻尺に惚れなきゃなんないのよ!? あんたこそDチェック受けてきなさいよ! そしてそのしょうもないエロ回路を分離してもらってくるといいんだわ! ワタクシの初めては愛しいコウ様に捧げるんだから!」
するとその最後の言葉を聞いた武蔵の動きがそわそわとしたものに変わる。
「やべぇ、そういやお前にまだぶっちゃけてなかったんだったな……」
「何をよ!?」
武蔵は「いや実はよ」と言いにくそうに頭をかき、左手の中に握りこんでいたシルバー色に輝く電脳巻尺を取り出した。それを見た琥珀が二度瞬きをする。
「あら、あんた本体の柄、元に戻したんだ?」
「あぁ? 何言ってんだお前? これは昨日漸次さんに変えられちまったんだよ。俺はこんなスタイリッシュな奴より初期ベースの方が気に入ってるからよ、そのうち折を見て元のフロントに戻してもらうように頼むさ」
「あんたこそ何言ってんの? あんたの元々のフロントってそのメタリックシルバーよ?」
そう教えられた武蔵は、無知な女だなと言わんばかりに唇の端を上げる。
「バーカ、適当な事言ってんじゃねぇよ。俺は最初からあの全面唐草のフロントだ」
「ウソじゃないわよ! あんた、漸次様がマスターファンデにおなりになった年を知ってるでしょ?」
「知ってるに決まってるだろ。俺は元々あの人のエスカルゴだったんだからな」
「あの年に支給されたエスカルゴって、男はメタリックシルバーのフロントで、女の子はチェリーピンクだったのよ?」
「何?」
初めて知ったその事実に、武蔵は訝しげな目つきで琥珀を凝視する。
「その話、ウソじゃねぇだろうな?」
「間違いないわよ! 女の子はそういうところのファッションチェックも怠りないんだから! だからさ、あの唐草のフロントは漸次様が特別にカスタムして下さったってことでしょ。漸次様はレトロなものがお好きだから」
「でもあのフロント、確か初期ロットの刻印があったぞ?」
「それって単にあんたの勘違いでしょ。大体あんな唐草模様なんて時代遅れなのよ。あんたの見かけなんてどうでもいいけど、まだそっちのシルバーの方がマシじゃない? でもどうして漸次様はあんたのフロントを急に代えたのかしらね」
「俺のスペックを上げるために分解した時にクラックが入っちまったんだよ。だから急遽こいつを換装させられたんだ」
「えっ!? あんたまた能力上げてもらったの!? なんであんたばっかり!!」
「仕方ねぇだろ。文句があるなら漸次さんに言え」
素っ気無い口調で琥珀の妬みを受け流した武蔵は、手の中の銀に輝くエスカルゴをかざす。
「……そんでさっきの話の続きだがよ、実はお前の処女、こっちの俺様がとっくにいただいちまってんだ」
その暴露話を理解できない琥珀が「ハァ!?」と顔をしかめる。
「昔、コウのエスカルゴとしてお前が俺らの所に来た時、すぐにお前の内部データの書き換え作業をしたことがあってな、そんで漸次さんがお前の中を一旦バラしたんだよ。俺もその一部始終をあの人の横でずっと見てたんだけどよ、作業途中で漸次さんが席を外した時にちょいと悪戯心が起きちまってな。お前の緻密陰部に俺の回路をダイレクトにぶちこんで接続してみたことがあるんだ」
「ななななんですってえええええー!!」
琥珀が絶叫する。
「あの時漸次さんに半落ちさせられてたお前は何をされたかよく分かってなかったんだろうが、お前との直接結合はコードで表せないぐらいにメチャクチャ気持ちよかったぜ? 知覚センサがビンビンに反応して勝手にエレクトしちまったよ」
それまでは上品なキャラ作りの一環として常に自分を “ ワタクシ ” と言っていた琥珀が、武蔵のこの衝撃的な暴露話のせいで本来の素の表情を見せ始める。
「あっあんたっ、私の本体になんてことしてくれてんのよーっ!?」
「だ、だってよ、生産れたてのお前の裸があんまりエロかったもんだから、つい興奮しちまってな……。出来心とはいえ、あれはホントマジで悪かったと思ってる」
「そ、そんな……私の初めてはコウ様に捧げるって決めていたのに……! まさか、こんな下劣なバカエロ男にとっくに奪われてただなんて……!」
自分の純潔が知らぬ間に武蔵によって散らされていた事に計り知れないショックを受けた琥珀がその場にガックリと膝をつく。
「なぁ琥珀、お前、自分の陰部が何色か知ってっか? 形といい色といい、 お前のそれを見た時、すげぇそそられたよ。興奮で回路がオーバーヒートしちまうところだった」
「いやあああああ!! あんたの口からそんなこと言われたら死にたくなるわ!!」
事実を直視したくない琥珀が頭を抱える。
しかしそのトラウマを作った張本人はニヤニヤと弄ぶような笑みでその傷をまださらに広げるつもりだ。
「ヘッ、嫌がったってお前の初めての男は俺だって事実は変わらねぇぞ? だからよ、ここはコウを諦めておとなしく俺様に惚れておけって」
「嫌よっっ!! 私にはコウ様がすべてなんだからーっ!!」
「バカ、いい加減に目を覚ませっての! エスカルゴが人間に惚れたって所詮機械と人間だ。ドッキングはできねぇんだぞ?」
「うるさいうるさいうるさあああいっ!! もうっなんなのよあんた!! 知らないうちに私を犯しただけじゃなく、私のいるべき場所まで奪って!! 本当は私がコウ様の正式なパートナーだったのよ!? それなのに昔から一緒にいたからってだけでなんであんたが勝手に私の位置を取るのよ!! おかしいじゃない!!」
「…………」
黙りこんだ武蔵の頭上にさらに絶叫が覆いかぶさる。
「返してよ!! 私の本当の場所を返しなさいよっ!! コウ様のパートナーに一番ふさわしいエスカルゴは私なんだからああーっ!!」
身を切るような琥珀のその訴えに、専属操作者に絶対服従を誓うはずのエスカルゴとしては考えられない言葉を武蔵は口にする。
「お前の言うことも尤もだな。じゃあお前にくれてやるよ。今日からお前がこいつのエスカルゴだ」