Sweet fish ! ⇒ Sweet drink !? <14>
「こんにちはリコッ!」
── あの女性だ!
驚きと衝撃で少女の身体は硬直する。
コウのベッドで熟睡し、そして昨夜は権田原家に泊まったであろう、あの見事なプロポーションの女性が目の前にいる。そしてなぜか自分の名を呼び、会いたかったと言っているのだ。
「良かった~! 帰る前に会えた! 嬉しいっっ!!」
シロナは高揚した表情で駆け寄ってくると、理子の腕に自分を腕を大胆に絡み付け、抱きついてきた。
「なっ、何するんですか!?」
しかしこのハプニングに驚いたのは理子だけではない。隣にいた真央も同様の表情で、
「その人、理子の知り合いなの?」
と尋ねてくる。
「しっ知り合いっていうか、その……」
咄嗟に良い切り返しが思いつけず、口ごもる。まさかコウの寝室でキャミソール姿で寝ていた、まだ名も知らぬ女性だとは言えない。すると理子の腕を抱えたままで代わりにシロナが口を挟む。
「もちろん知り合いよ! ううん、知り合いなんていう言葉じゃ足りないぐらい、私達はとても深~い関係なんだからっ! だからちょっとだけリコを借りるわね!」
「ええぇっ!? どこに連れて行くんですか!?」
「いいからいいから! 今は自由行動中なんでしょ? すぐに終るから付き合って!」
シロナは絡めていた腕を上手く利用して理子の身体をグイグイと引っ張り出す。
腕力は圧倒的にシロナの方が上だ。理子はみるみる内に神社前から離れだし、この場に取り残されようとしている真央が焦り顔で叫ぶ。
「理子ぉ~! 私どこで待ってたらいいの~!?」
親友を厄介事に巻き込むわけにはいかない。シロナに引きずられながらも理子は後方に向かって叫び返した。
「皆の所に戻ってて! 私も後で合流するからっ!」
「分かった~! じゃあ終ったらケータイに連絡ちょうだいね~っ!」
シロナが理子の知り合いだと完全に信じた真央は笑顔で手を振る。
やがて真央の姿が見えなくなると、理子は相変わらず自分を腕を引っ張り続けているシロナに文句をつけた。
「離して下さい! 自分で歩けますからっ!」
その声に強い憤りを感じたシロナは、ほんの少しだけ驚いたような顔で振り返った。
「……もしかしてリコ、怒ってる?」
「当たり前じゃないっっ!」
人ごみの中ということも忘れ、思わず声を荒げる。
「急に現れてこっちの都合も聞かずに勝手なことされたら誰だって怒るに決まってるでしょっ!」
“ まるでコウみたい! ” という台詞が無意識に喉元まで上がってきたが、言葉として出る間際で何とか押し留める。この女性の前で何としてもコウの名を出したくなかった。現在プライドがMAXで傷つき中な少女の小さな意地だ。
しかし怒鳴りつけられたシロナはなぜか急に瞳をキラキラと輝かせだし、理子の顔を間近でうっとりと見つめ出す。
「な、何ですか? 私の顔に何かついてます?」
「カ……」
恍惚とした表情を浮かべたシロナの艶めいた唇が、その一言だけを発して小さく震えた。理子が怪訝な顔で「……カ?」と聞き返した時、
「カッワイイ~~ッ!!!」
その叫びと共に理子は抱きしめられ、シロナは興奮状態で何度も同じ台詞を繰り返す。
「カワイイ!! カワイイ!! カワイイ~~ッ!!」
連呼することで更にテンションが上がったのか、シロナはますます理子を強く抱きしめる。おかげで理子の顔はその豊かな胸の間にムギュッと挟まれてしまった。
「ぷはっ!」
必死にもがいてサンドイッチ・プレスの状態から何とか脱出する。
── 何よーっ! 自分の方が胸があると思ってー!
昨夜からネガティブモード全開中の理子は悔しさでプルプルと身体を震わせる。
貧乳に悩む少女の小さなプライドは、こうして目の前でたわわな巨乳を直接見せ付けられたことによって完膚なきまでにズタボロだ。
しかしこの悔しさも次の瞬間に一気に吹き飛ぶ。
「ヤダどうしよう、想像してた以上だわっ! コウが好きになっちゃったっていうのもウソじゃなさそうねっ!」
「ヘ…!?」
「昨日は私があんな格好で寝てたから、リコは私のことを誤解して帰っちゃったんでしょ? ごめんね、全部私が悪いの! コウに遊びに行くって連絡しないでいきなり行ったから。家に着いたら誰もいなかったから暇でつい眠っちゃったのよ」
柔らかい表情でシロナが微笑む。悔しいが、その笑顔は同性の理子から見てもとても魅惑的だ。
「でも一番驚いたのはきっとコウよね。だって何も考えずに寝室に入ったらさ、私が寝てて、しかもリコもいて、そこが身に覚えの無い修羅場になってたんだもん! ……あっリコ! こっちよ、こっちー!」
屋台街道から少し外れた場所へとシロナが手招きする。そして理子がちゃんとついてきていることを確認した後、話を続けた。
「それでリコが怒って帰っちゃった後ね、コウってば落ち込んですごかったのよ?」
それを聞いた少女の胸の中心に小さな痛みが走る。
「……コウ、そんなに落ち込んでたんですか?」
「うん。あまりに落ち込んでるから可哀想で見てられなかったわよ」
胸の痛みがさらに増す。
「あ、あの……」
「何?」
「あ、あなたは誰なんですか? コウとはどういう関係なんですか?」
理子が一番知りたかったこの問いに、シロナがさらりと短く答える。
「コウの姉よ」
「えっコウのお姉さんなんですか!?」
「そう。名前はシロナ」
「で、でも確かコウには兄弟はいないって……」
理子はコウによく似た紅い色の髪に視線を移した後、半信半疑の消え入りそうな声で呟いた。
「あら、その事知ってたんだ?」
小悪魔的な表情でシロナが小さく笑う。
色香漂う朱色の唇の隙間から赤い舌がチラリと覗いた。
「そ。別に嘘をつくつもりじゃなかったけど確かにコウと血の繋がりはないわ。だから姉というよりはどっちかというとご近所さん的な関係かもね。小さい時からの知り合い、って言った方が正しいのかも」
「じゃあ幼馴染…ってことですか?」
「そうなのかもね」
自分の紅い髪に視線が注がれていることに気付いたシロナは、ポニーテールの毛先を手に取り、その色を眺める。
「……あの子、いつもは私のことをシロナって呼んでくれるの。でも “ 姉さん ” って呼ぶ時もあるわ。そして私をそう呼ぶ時っていつも決まっているのよ」
シロナは側にあったベンチに腰を下ろし、横のスペースに掌を置いて隣に座るようにと理子を促す。コウがどういう時にシロナを姉と呼ぶのか知りたかった理子は素直にその指示に従った。
「コウがそう呼ぶ時ってどういう時なんですか……?」
ベンチに座り、シロナの方に身体をわずかに向ける。
返事はすぐには戻ってこなかったが、やがてシロナは静かに答えた。
「私があの子に好意を見せた時よ」