Sweet fish ! ⇒ Sweet drink !? <13>
「今、シロナが久住理子と会ってるんだ」
後頭部を何度も手でさすり、理子の居場所を教えない理由をシュウが告げる。
「シロナがリコさんの所に……?」
意表を突かれたコウを横目に、「あぁ、どうしても一度会ってみたいんだとよ」とシュウが口端を歪める。
「今朝、シロナから向こうに一度戻るって連絡が来たんだが、久住理子に会えなかったってガッカリしてたんでな。そこで俺がこうしてあいつのために骨を折ってやったってわけよ」
「そうだったんですか……」
とりあえず今の時点では、理子が飢えた同級生に襲われているわけではなさそうだ。コウは胸を撫で下ろす。
「でもシロナはリコさんに会ってどうする気なんだろう……?」
「さぁな。俺も詳しくは聞かなかったが、何でも女同士で話したいことがあるって言ってたぜ?」
シュウが黒スーツの内ポケットに手を伸ばす。そして先ほど一度しまった物を再び取り出すと口中に含んだ。
「シュウさん」
「あ?」
「それ薬剤膜ですよね? 何の薬なんですか?」
二度目の薬剤摂取を見たコウが訝しげに尋ねる。シュウは黙って追加のブロックを噛み砕き、細かな破片を強引に飲み込んだ後でようやく答えを吐き出した。
「細胞抑制剤だ」
「レアブロック……? 嘘言わないで下さいっ! それなら皮下封印のはずです!」
しかし矛盾を指摘しても戻ってきたのは沈黙のみだった。シュウの機嫌を損ねないよう、硬くなった声を元のトーンに戻す。
「どこか身体の調子が悪いんですか?」
「どこも悪くねぇよ。これはただの鎮静剤だ。たまに頭痛が起こる時があるんでな」
「頭痛…、ですか? シロナはその事を知って…」
「バカかお前?」
シュウの目つきが一気に鋭くなる。
「たかが時々頭痛がするぐらいでなんでいちいちあいつに言わなきゃならねぇんだ」
「そ、それはそうですが、でも頑丈さが売りのシュウさんが頭痛だなんて驚いたので」
「いや、こいつは昔からあった」
「本当ですか!?」
「お前らには言ってなかっただけのことだ。最近頻度が多くなってきて薬の効きも幾分悪くなってきてるんでな、こいつは常に携帯してるだけで別に大したことじゃねぇよ」
「何を言ってるんですか! 大したことじゃないなんて言わないで下さい! 薬が効かなくなってきているのなら一度きちんとした検査を受けるべきです!」
「心配すんな。健康診断は受けてる。俺らの職業は定期的な受診が義務付けられてるのはお前も知ってるだろう」
「診断で何も異常はないんですか?」
シュウは薬剤膜をしまうと「あぁ」と簡潔に答えた。しかしコウにはその返事が機械的でただ声に出しただけのように感じられる。
「本当ですか?」
「クドいぞ」
シュウは再び後頭部をさすりながらこの話を強引に切り上げる。
「……ようやく効いてきやがったか。さぁて頭痛も治まったことだし、お前がこれから久住理子に会う前に確認しておきたいことがある」
「何ですか?」
「いいかコウ、正直に言えよ?」
シュウは据わった視線を浴びせ、ゾクリとするほどの冷たい声で言い放つ。
「……お前、本当は久住理子って女を好きじゃないだろ?」
「なっ何を言ってるんですかシュウさん! 僕は本当にリコさんを…」
「正直に言えっつってんだろうがぁっっ!!」
周囲の空気が怒号で震える。
コウのジャケットの襟元を力任せに掴み上げ、シュウはさらに声を荒げた。
「吐けよっ!! お前は俺に遠慮しているだけなんじゃねぇのか!?」
「どっ、どういう意味ですか!?」
「自分をごまかすな!! ハッキリ言えっ!! 本当はお前もシロナが好きなんだろう!?」
コウの瞳孔が大きく見開かれる。
「シュッ、シュウさんいきなり何を言い出すんですか!?」
「いきなりじゃねぇ!! だがお前は俺が昔からシロナを好きなことを知っている! だから俺に恩を感じているお前はシロナから手を引いたんじゃないのか!? あ!? そうだろう!?」
コウの襟元が、激昂したシュウの両手によってますます強く締め上げられる。
「黙ってないでさっさと認めろ!! そうやってお前は俺に下らねぇ憐れみをかけ、シロナを忘れるために、あの久住理子を好きになろうとしているんだ!!」
何としても返答を引き出そうと、襟元を掴んで揺さぶる動作が更に大きくなる。
「あ!? そうなんだろ!? 違うのなら違うと言ってみろよっっ!!」
雑木林にシュウの怒声が響き渡る。
だがコウは苦痛にただ顔を歪め続けるだけで、いくら時が経過してもその口からシュウの問いを否定する言葉が出てくることは無かった。