Sweet fish ! ⇒ Sweet drink !? <12>
「理子っ、笑顔が足りないよぉ~!」
仏閣前での記念撮影。
一人浮かない表情の理子に、同じ班の女子がシャッターを押すのを取り止めてデジカメのファインダーから顔を離す。
「今日元気ないよね~! どしたの? 何かあったの?」
自分では分からなかったが、かなりのローテンションだったようだ。
慌てたので首に巻いていたチェック柄のマフラーがハラリと前に垂れ落ちる。急いで肩にかけ直し、両頬の筋肉を強引に笑顔モードに変換した。
「ごっ、ごめん! ちょっとボーッとしてた! いいよ、撮ってー!」
隣にいた真央が撮影用の決め顔を一時的に停止し、「理子は今日寝不足なのよ」とフォローする。
そこへメンバーの一人が自分のデジカメに目を落とし、
「ねーここら辺りで一旦止めとかない? まだ今日一日目だしさ、あたしらちょっと撮り過ぎかも!」
と提案した。グラビア撮影会と見紛うくらいに大量の写真を撮り続けていたため、メモリー残量が大幅に減っている事を懸念したようだ。
写真撮影を一時中止して周辺を散策し始めると、屋台がズラリと並んでいるエリアに出る。
「あーあたし、あの屋台でなんか食べたーい!」
「え~!? さっきお昼食べたばっかりでしょ~!?」
「スイーツ系ならまだ入るよ!」
「あっ甘いものなら私も食べたーい! スイーツ系が食べたい人ぉー!」
理子と真央以外の全員が「はぁーい!」と元気良く手を上げる。
「理子と真央はいいの?」
「うん、私はいらない」
と、まず真央が首を振り、次に理子も「私もいらない」と同様の仕草をする。
「じゃあ私たちで何か食べてきていい?」
「うん、私と真央はこの辺りを見ているから食べたらここに戻ってきて」
「うん分かった~!!」
屋台へ行ったメンバーを見送ると、真央が理子のコートの右袖をツンツンと引っ張る。つい先ほどまで仲間たちとはしゃいでいたのに、今の表情は少し沈んでいるように見えた。
「理子」
「何、真央?」
「……昨日コウさんとケンカしちゃったの?」
「エ!?」
ストレートに尋ねるにはデリケートな内容であるため、真央は言いにくそうに喋る。
「だ、だって朝の理子、おかしかったもん。コウさんの話をしないで、とか」
「…………」
まだ完全に気持ちの切り替えのできていない理子は答えずに足取りを変える。
「ごめんね。話したくなかったら無理に言わなくていいから。理子、今日ずっと元気がないから気になってただけなの」
「ケンカしたよっ?」
理子は無理に作り笑いを浮かべると、真央に向かって努めて明るく話しかける。
「やっぱりそうだったんだ……」
「ケンカしたっていうか、もしかしたら振られるかもしれない!」
「ど、どうして!?」
「コウに彼女がいるのかもしれないんだ。すっごく綺麗な人っ」
「えぇぇーっ!? ウソッ!?」
口元を手で隠し、真央が目を丸くする。親友のそんな姿を見て、ブルーな気持ちが更に濃くなった。
嘘だったらどんなにいいか。睫を伏せ、理子はわずかに俯く。
だが、あの時自分を引きとめようと必死だった声は、まだ耳の奥に残っている。待って下さい、話を聞いて下さい、と叫ぶコウの声が。
「ねぇ真央、あっち見に行こっ!」
カラ元気と見抜かれるとは分かっていたが、顔を上げて大きな声で真央を誘う。まだ何か言いたそうだった真央も、理子の気持ちを察してそれ以上詳しいことは聞いてこない。
二人は神社の境内に入り、荘厳な建物を見上げる。
「うわ~! いかにも歴史がありまーす!ってカンジがするね! 真央!」
「うん、なんか圧倒されちゃうね。あ、あそこに絵馬があるよ?」
「ホントだ! 見に行こっ」
見つけた絵馬掛へと近寄り、二人は手近の絵馬に目を凝らして熱い願掛けの内容を見る。
「やっぱり合格祈願の絵馬が多いね。私も来年は願掛けしようかなぁ」
「真央、ほら、住所や名前の部分を隠してる絵馬があるよ。なんかヘンな感じだね」
「こんな誰でもカンタンに見られる所に自分の家の住所とか名前を出したくないんじゃない? でも神様ってステッカーの下の文字までちゃんと読めるのかなぁ……」
と呟きながら、上の方にくくりつけられていた絵馬を爪先立ちで一生懸命読んでいた真央の顔が急にハッとした表情になる。
「どうしよう、すごい絵馬見つけちゃった……」
「えーどれ!?」
「えっと、あの絵馬……」
真央がためらいがちに指さした絵馬を見た理子の心臓がドキンと大きく波打つ。
理子の目線より少し上にあった五角形の絵馬。
そこにはなかなかの達筆でこんな願い事が書かれてあった。
【 どうかリコさんの誤解が解けて仲直りができますように
コウ 】
何も事情を知らない真央が心配そうな表情で絵馬と理子を代わる代わる見る。
「これ、まさかコウさんが書いたんじゃないとは思うけど、偶然にしてはスゴイよね」
「う、うん」
機械的にそう答えたが、しかし理子には直感で分かった。
いや、これはもはや直感というより確信だ。これを書いたのはコウだ。
手を伸ばし、その絵馬にそっと触れる。
なぜこの絵馬がコウが書いたのだと確信したのか。
それは願掛けの言葉の最後に描かれていた小さなイラストのせいだった。
── 円形の流れるようなフォルム。
そしてその本体の片側に描かれている見事な唐草模様──。
馬の代わりに木板に描かれていたのは、どこをどう見ても傍若無人なあのエロ巻尺だったのだ。
「ねぇ、そこに描いてある丸い物体って何かな? 動物には見えないし……、理子はこれ何だと思う?」
真央が絵馬に描かれた武蔵のイラストを指さしたので、理子は慌てて「しっ、知らない知らないっ!! 分かんない!!」と素知らぬ振りをした。そして真央が別の絵馬を眺めている隙に、それをこっそり絵馬掛から外す。
自分と仲直りしたい、そんな願いを込めたコウの絵馬をコートのポケットに入れると、胸が苦しくなった。この絵馬を見つけて嬉しい気持ちと、シロナの件で受けた傷が胸の中で交じり合う。
自分を追ってここにコウが来ていたのは間違いない。
なぜ昨日コウの話を聞かないであの場から逃げ出してしまったのだろう。
逃げ出したことでこんなに苦しい思いをするのなら、あの時あんなに悲しくても踏み止まれば良かった、と理子は激しく後悔する。
人込みの中で何度も周囲を見回す。
すると瞳の中にコウではない、別の知っている人物が映った。
その人物は理子めがけて真っ直ぐに歩いてくる。
背が高く、スラリとした脚線美。
自分とは全く正反対のたわわに実った魅惑的な胸。
そしてコウに良く似た赤い髪の、まるでモデルのような美しい女性──。
「やっと会えたー! こんにちはリコ!」
口の中で「あっ」と呟いた後、理子は下唇を噛み締めた。
あの時見た完璧なプロポーションが思い出される。
自分のコンプレックスを刺激するシロナがどこからともなく現れ、自分に向かって手を振り、嬉しそうに笑いかけてきたのだ。