Sweet fish ! ⇒ Sweet drink !? <11>
「 “ やっぱり来た ” だと!? それはどういう意味だコウ!! そんなに俺に会いたくなかってことか!? あぁん!?」
シュウと呼ばれた男が激昂する。
そしてニヤついていた表情を消すと地面に跪くコウの前に乱暴な足取りで歩み寄り、慄くコウのジャケットの襟元を浅黒い五本の指でがっしりと捕らえた。
「い、いえっそういうわけではっ……ぐっ……!」
襟元を掴み上げられたコウの顔の位置が急激に上昇する。喉元付近を容赦なく掴み上げられているため声が出しづらそうだ。
「一体何なんだテメェはよぉ! 毎度毎度俺に会う度に鼠のようにビクビクしやがって! うっとおしいったらありゃしねぇ!」
「す、済みません……」
素直に謝るコウを見たシュウは更にイラついた声で吼える。
「うるせぇ謝罪はまだ早いっっ!! この俺がストーカーだとシロナに教えたってのは本当かっ!?」
「そっ、それには理由がありまして……」
「あっさり認めやがっただと!? いい度胸してんなお前!!」
「まっ、待って下さいシュウさん! 僕、ストーカーの意味を勘違いしていたみたいなんですっ!」
それを聞いたシュウの声量がわずかに下がる。
「ほう、意味を勘違いときたか。何とも見苦しい言い訳だが一応は聞いてやる。……で、お前はどういう意味だと思ってたんだ?」
「シュ、シュウさんみたいな職業を指す言葉だとばかり……」
「バッカ野郎っ! 全然違うわボケ!!」
怒りをこらえ切れなくなったシュウがついに憤怒の炎を吐く。
「追跡者と執拗者を一緒くたにするなんて許せん!! 俺らへの完全なる侮辱だ!!」
「済みませんっ!」
「謝って済めば国家警察はいらねぇんだよ!」
「あのシュウさん! 実は今手が離せないんです! だから僕をいたぶるのは後にして下さい! お願いしますっ!」
「駄目だ! まだ俺の話は終っとらん!」
「本当に時間がないんですシュウさん!」
「そんなの俺の知ったことじゃねぇ!」
「シュウさんっ!!」
言い争いの後、張り詰めたような沈黙が二人の間に流れる。
そして先に動いたのはシュウだった。
襟元を掴み上げている右手に更に力を込め、コウの顔を乱暴に自分の顔の直前にまで引き寄せると凄みのある押し殺した声で問う。
「……何と言われてもここは絶対に通さん、と言ったらどうすんだお前?」
そう問われた瞬間、コウの目つきが変わった。
コウは鋭く射抜くような視線で目前のシュウを睨み返すと、自分の襟元を締め上げている手を強く掴み返し、乱暴に振り払う。そしてようやく開放された喉元から出た答えは、全くの迷い無しに放たれた。
「戦います」
強引に右手を振りほどかれたシュウはその手を自分の顔の前にかざし、手の甲に赤痣としてつけられたコウの指の後を興味深そうな視線で眺める。
「……フン、えらく即答じゃねぇか。だが端から結果が分かってんのにまさか本気で俺と闘りあうっていうのか? あん?」
シュウの捻れた笑みが更なるプレッシャーをかけてくる。
コウは自身にのしかかるそのプレッシャーを両肩に乗せたままで素早く立ち上がった。そして一度大きく息を吐き出した後、決意を込めた声で同じ内容を繰り返す。
「はい、それでも戦います」
その声に先ほどまであった脅えの影は一切無い。
「シュウさんには今まで色々と世話になっています。ですが、どうしてもここを通さないと言うのであればやむを得ません、戦います。例えその相手が恩人のあなたでも……!」
思いつめたような真剣な眼差しを見たシュウが、自分の顎を持て余し気味に撫でながら豪快な笑い声を上げる。
「へっ、なんつー目つきをしてやがる! どうやらマジで言ってるみたいだな。……ま、安心しな。ここでお前を完全にぶっ壊しちまったら俺のストレス解消先が無くなっちまうからな。そんな馬鹿な真似はしねぇよ」
「じゃあ行っていいんですねっ!?」
「だから話は最後まで聞けっつーの!」
シュウは大きく舌打ちをすると、コウをギロリと睨みつけた。
「……お前、久住理子って娘を探してるんだろ?」
「エッ、リコさんを知っているんですかっ!?」
「まぁな。だが俺も少々驚いたぜ。男色家のお前が初めて惚れた女なんだってな?」
それを聞いたコウの顔色が瞬く間に変わる。
「ちっ、違いますっ!! だから僕にはそんな性癖はないって何度言えば分かってくれるんですか! シュウさんがそんな根も葉もない事ばかり言ってるから、いつの間にかシロナまでそれを信じてたんですよ!?」
「うっせーな! 何度言われたって信用できねぇもんは信用できねぇんだよ! お前今まで一切メス共に関心が無かったじゃねぇか!」
「た、確かにそれはそうですが……」
「それにお前が下着屋になった後よ、次々に言い寄ってくる屑メス共をお前の頼みで何度一斉駆除してやったかを忘れたとは言わせねぇぞ!? あぁ!? 何とか言ってみやがれ!!」
「シュウさん……」
今のシュウの台詞の内容、そのすべてから大幅なダメージを喰らったコウは一つ大きな溜息をつくと、勘弁して欲しいという空気を存分に含ませて反論する。
「……頼みますから僕の職業を下着屋って言うのはいい加減に止めて下さい……。それにどうしてそんなに口が悪いんですか? シュウさんがいつもそうだから、うちの武蔵もああいう口調になっちゃったんですよ?」
「ハッ、いいことじゃねぇかっ! あいつに感染したってことはそれだけ俺の影響力が偉大だということだからな! 機械にすら影響を与える事ができるなんてこの俺も大したもんだぜ!」
己の性格を恥じる事など一切無いその見事な自画自賛に、コウが諦めの表情を浮かべる。
「もういいです……。それよりリコさんのことを知っているなら行かせて下さい。僕は一刻も早くあの人を見つけ出さなければならないんです」
「心配すんなって。久住理子のいる場所なら俺が知ってる」
「ほっ、本当ですかシュウさんっ!?」
「あぁ、標的を探し出すのはお手の物よ。お前だって分かってんだろうが」
「それでリコさんはどこに!?」
「今はまだ教えてやれん」
「シュウさんっいい加減にしてください!! 僕をいたぶるのは後にしてくださいって言ってるじゃないですか!!」
「だから焦るなって! ったく勝手に熱くなりやがって見てらんねぇな! いいからもうちょいだけ俺の話に付き合えや」
シュウはスーツの内ポケットから膜状のシートを取り出し、その中に埋め込まれている塊をブロックごと口中に放りこむ。それをガリガリと乱暴に噛み砕き咀嚼した後、まだ文句を言いたげなコウに向かって理子の居場所を教えない理由を告げた。
「今、シロナが久住理子と会ってるんだ」