Sweet fish ! ⇒ Sweet drink !? <10>
時刻は午後一時半。
修学旅行先である歴史の古都へと先回りした勘違い男は、想い人を探し出す行動に出る。捜索を効率よく行うため、琥珀とは別行動中だ。
「琥珀、この場所にリコさんがいるんですね?」
道行く観光客に不審がられないよう、コウは襟元を立てて独り言を呟いているように見える口元を隠す。伝送路を琥珀へ合わせると、『 はいコウ様! 』 と即座に応答があった。
『 でも念のためにもう一度確認します! 』
── 琥珀にしては珍しく慎重な対応だ。
しかしそれには理由がある。
ここまでの移動中にようやく平常心を取り戻したコウが自分の与える情報によって怒りに再びその身を任せぬようにと、この天然男を心から慕う電脳巻尺なりの最大限の気遣いだ。
『 再確認完了です! 今日の予定は午前中に名所を観光した後、一度旅館に荷物を置き昼食、その後は各班毎にこのエリアを散策するという予定になってます! だからリコがここにいるのは間違いありません! 』
「分かりました。僕はこの付近を聞き込みをしながら捜すので、琥珀は反対方面を探して下さい。もしリコさんを見つけたらすぐ僕に知らせるんですよ。いいですね?」
『 了解ですっ! 』
琥珀との通信を切断するとコウはグルリと辺りを見回した。
「……凄い人だな」
想像以上の混雑ぶりにコウの表情が曇る。
有名な神社がすぐ近くにあるこの場所は、観光客が押し寄せる名所の一つだ。しかもこの広い敷地内の至る所に飲食物を中心とした屋台が軒を連ねている為、多くの人がごった返している。この群衆から理子を探し出すのはかなり骨が折れそうだ。
しかし意気消沈している場合ではない。ここで一秒でも早く理子を見つけ出し、恐るべき修学旅行の魔の手から大切な想い人を救い出さなければならないのだから。
まずは聞き込みだ、そう考えたコウは手近の屋台に近寄り、水砂丘高校という学校の生徒達を見かけていないかを手当たり次第に尋ねる。また、その聞き込みの途中で木板に祈り事を書いてぶら下げるとその願いが叶うという場所を発見し、そこに祈願も行ってみた。
しかしそれでも有力な情報は得られない。
そこで水砂丘高校の女子生徒の制服の詳細や、ついには理子本人の名前まで出して各屋台のそれぞれの売り子に聞き込みを続けたが、結果は芳しいものではなかった。やがて時間の経過と共に次第にコウの表情に焦りが出てくる。
( まさか夜になるまで我慢できなくなった奴が、今どこかでリコさんに襲い掛かっていたとしたら……! )
背筋が凍りつくような感触にコウは身を震わせる。
いてもたってもいられなくなったコウは屋台の街道から離れ、人のまばらな雑木林の奥へと入る。そして再び琥珀へコンタクトを取った。
「琥珀、リコさんは見つかりましたか?」
二度目の呼びかけにも琥珀はすぐ応答した。
『 あ、コウ様! いえ、まだ見つかってません! 』
「そうですか……。では引き続き探して下さい。それと、リコさんではなくても水砂丘高校の生徒を見つけた時点ですぐに連絡を下さい」
『 分かりました! 』
「頼みます」
コウは気落ちした声で通信を切り、大きく溜息をつくと背後の木に寄りかかった。理子を見つけられない焦りがネガティブな方向へと加速してゆく。
こんなことになるのなら昨夜無理に起こして話しをすれば良かった。
あの時話しをすることができていれば、修学旅行の話も聞けたかもしれない。そうしたら絶対に行かせはしなかった。そしてもう一度自分の気持ちを真剣に伝えていたのに。
そんな悲壮な思いが、不安にかられる青年の胸の内側を深くえぐる。
( いや後悔している場合じゃない とにかくリコさんを探さなくては )
コウは気を取り直すと理子の再捜索を開始するため雑木林を後にしようとした。
だが身を翻し、乾いた枯葉の山を踏みしめた時、コウの口から「うぐっ」と苦悶の声が漏れる。
一歩を踏み出した直後、自分の首元に男の腕ががっしりと巻きつけられたのだ。謎の豪腕は容赦なくコウの首筋を締め上げていく。
息ができないレベルにまで締め上げられ、コウの口元から二度目の苦しげな声が漏れた。誰だ、と叫びたくてももう声を出す事ができない。
しかし締め上げる力は一定の所でピタリと止まった。
生かさず殺さずが狙いなのか、これ以上強く締めれば落ちてしまうギリギリのラインだ。
強引に腕を引きむしろうとしても敵と思われる相手は相当の怪力でビクともしない。やがて絶対的に酸素の供給が足りなくなり始めたコウの視界が白くなり始める。そして気絶する一歩手前でようやく締め上げられていた腕が離れた。
「かっ…は…っ!」
地面に両膝をつき、喉元に手をやるとコウはその場で激しく咳き込んだ。
しかしダメージを負いながらも素早く背後を振り返り、迎撃の態勢を取ろうとしたその表情が一気に強張る。
「よう! 最強のストーカー様が参上したぜ?」
黒スーツに短髪の、筋肉質な男がニヤリと笑いかける。
その男を目にしたコウはなぜかガックリとうなだれた。そして地面に膝をついた姿勢のままで、たった今自分を襲ってきた男の名を呼ぶ。
「やっぱり来たんですねシュウさん……」