Sweet fish ! ⇒ Sweet drink !? <8>
意味不明のその言葉を口に出してはみたが、やはり理解できない。そこで隣でせっせと髪をポニーテールにまとめだしているシロナに尋ねてみる。
「ねぇシロナ、“ 夜這い ”って意味知ってる?」
「よばいー? 知らなぁーい!」
紐を口に咥えたシロナがあっさりと首を横に振ったので、もう一度この語句を読み込んでみる。
夜這い。
つまり 【 夜を這う 】。
淫靡な雰囲気をまとうその響き。考えれば考えるほど嫌な予感の影が大きくなる。
一体夜這いとはどういう意味なのか。早急にこの言葉の意味を調べなければならない。
焦りと苛立ちが全身を覆いつくした時、コウはその場で唐突に大声を上げた。
「琥珀っ!! そこにいるのは分かってます!! 出てきなさいっ!!」
「きゃんっ!!」
怯えを含んだ可愛らしい声が廊下の奥から聞こえてきた。
やがて白地にピンクの市松模様の電脳巻尺が、居心地が悪そうにふよふよと宙を移動しながら姿を現す。
「あら琥珀、帰ってきてたの?」
琥珀の姿を見つけたシロナが笑顔で声をかけた。だがシロナを恋敵と認識している琥珀は、「あんたには関係ないでしょっ!」と大仰に本体を背ける。その傲慢な態度にさすがのシロナもムッとしたようだ。
「ちょっとぉー、一応は心配してたのにそんな態度はないんじゃないの?」
「べーだ! あんたに心配してもらう筋合いなんてないわよ!」
「なによっ、相変わらず可愛くない巻尺ね!」
「おあいにく様! あんたよりは数百倍カワイイわよーだ!」
しかしシロナと琥珀の口喧嘩はこれ以降は成立しなかった。いつもは見せないような恐ろしく険しい表情で、コウが命令を下したからだ。
「お喋りは後です!! 琥珀っ!! すぐに “ 夜這い ” という言葉の意味を調べなさいっ!!」
普段のコウでは決して出さない怒鳴り声で命令されたため、脅えた琥珀が空中でピョンと飛び上がるような動きを見せる。
「ハ、ハイッ!!」
そして琥珀の迅速な検索で青年の嫌な予感は現実のものとなる。
「見つけましたコウ様!」
「早く教えなさい! 夜這いとは何なのですか!?」
「ハイ! 夜這いとは、男が女の寝所……あ、寝所って部屋のことです! で、そこに忍び入って情を通じ、結婚を求めて言い寄る、つまり求婚することが夜這いという意味らしいです!」
「……部屋に忍び入って情を通じて求婚……!?」
自分の予想していたレベルの遥か上をいくその乱れた内容に、コウの唇がわなわなと震え始める。
「ねぇ琥珀!」
「何ようっさいわね」
話しかけられた相手がコウからシロナに変わったため、琥珀の態度が急変する。
「まさかその “ 情を通じる ” って意味、エッチな事を二人でしちゃうってことなんじゃないでしょうね!?」
「ハァ? そうに決まってんでしょ!」
琥珀はコウ専用の従順で丁寧な態度を一変させ、一段上からの態度で口をきく。
「バッカじゃないのアンタ。ヤる以外に他に何があるってのよ? じゃ今回は特別に、そのデカ乳だけが自慢の常識知らずなアンタにもう一つ教えてあげるわ。この夜這いってヤツはね、男が女の承諾無しにヤッちゃう、“ 強制服従パターン ”もあるみたいよ。っていうか、本来はそっちのパターンが主流のようね」
「いっ、今何と言いましたか琥珀っ!?」
シロナへ向けた横柄な補足説明であったが、それを聞いたコウがついに完全に切れる。
「相手の承諾無しでということはっ、つまりそれは無理矢理リコさんに乱暴するということじゃないですかっ!!」
「エ……、な、何のお話しをされているのですかコウ様……?」
「許せないっ……! 絶対に許せませんっ!!」
握り拳を固め、全身をわななかせて吼えるコウを、ここまでの顛末を知っているシロナが慌ててフォローする。
「ちょ、ちょっとコウ! 少し落ち着きなさいよ!」
── しかし時既に遅し。
コウは体内から湧き上がる怒りで完全に冷静さを失っていた。激情に身を任せ、電脳巻尺に怒号を飛ばす。
「琥珀っ!! 今すぐにリコさんの修学旅行先を突き止めなさいっ! 今すぐにですっ!」
「コウ! あんたまさかリコを追いかけるつもりなの!?」
「追いかけるんじゃない! 先回りするっ! さぁ琥珀! 早くしなさいっ!!」
「ひゃんっ! かっ、かしこまりましたコウ様ーっ!!」
琥珀は自分の行動の意味も知らないままで水砂丘高校の修学旅行先を検索し始めた。そしてこのコウのあまりの激昂ぶりを見て完全に引いたシロナがさりげなく逃走モードに入る。
「あー……、えっ、えーとぉー、こっ、今夜もここにいたらまたシュウに襲われちゃいそうだしぃー、今回は帰ろっかなー? じゃ、じゃあ頑張ってねコウ! 失礼しましたぁ~!」
シロナが権田原家から逃げるように出てゆく。
しかしコウはシロナが出て行ったことも気付かずに、琥珀の検索結果が上がるのをじっと待ち続けた。
「これ以上あの人を酷い目に遭わすことは絶対にできない……! リコさん待っていてくださいっ、貴女はこの僕が必ずお守りしますっ……!」
苛立ちを押さえるために右の親指を無意識に強く噛む。
やがて指先からうっすらと鮮血が滲んできたが、飢えた男達から理子を守ることのみで頭の中全てが埋め尽くされていたコウは、口中に広がり出したその血の味にすら気付いてはいなかった。