a rival in love <4>
優しく、そして何度も。
琥珀はコウの髪を愛おしそうにかき上げる。
その献身的な仕草に、ようやく理子もこの市松模様の電脳巻尺が、コウに対して並々ならぬ感情を抱いている事に気がついた。
「琥珀ってもしかしてコウの事が好きなの……?」
その問いに巻尺の動きがピタリと止まった。
「あったりまえじゃない! 何今頃そんな事言ってんの!? 見れば分かるでしょっ! この鈍感女っ!!」
どうやらこの電脳巻尺も口の悪さでは武蔵といい勝負のようだ。罵倒の嵐が再び始まる。
「まったく、貧乳だわ、女としての感性も超鈍いわ、しかも素で野蛮だわ……、あんたって本当にしょうもない女ね! 呆れるのを通り越してむしろ感心するわよっ!」
コウの髪をかき上げていた薄紅の巻尺が急に方向を変えた。第二の手を使い、琥珀は理子の右頬を蔑むようにペシペシと叩く。
「痛っ! 何すんのよ!」
「コウ様は私が看るからさっさと着替えて漸次様のところに行きなさいよっ! はっきり言って、あんた邪魔っ!」
「な……!」
叩かれた右頬を押さえ、理子は絶句する。
「ほら早くしなさいってば!」
室内に二本の巻尺がふわりと舞った。
部屋の隅にあった理子のバッグのファスナーが開けられる音が響き、琥珀は長く伸ばした巻尺を操ってそのバッグを軽々と持ち上げると、理子の頭上で勢いよく逆さまにする。
「ひゃぁっ!」
下着から服までの一揃いが理子の頭上に次々と盛大に降りかかってきた。
「琥珀、あんたねぇ……!」
とうとう我慢の限界値を超えた理子が琥珀に本格的に反撃しようとした時、理子の頭を見た琥珀が驚いたように「あっ」と小さく叫ぶ。
「それ、もしかしてコウ様のお作りになったブラ……!?」
上空から降ってきたコウ手作りのブラは理子の頭上にうまく着地していた。両カップの色がブラウン系ということもあり、まるで今の理子は猫耳コスプレをしているようにも見える。
「あ、これ?」
自分の頬に触れているブラのストラップを手にし、理子は「うん、そうだけど?」と頷いた。
「許せなぁーい! あんた如き貧乳がもうコウ様にブラを作ってもらっただなんて! 一体何様のつもりよっ!」
本気で頭にきたのだろう、先ほどの武蔵とのバトル中よりも琥珀の本体の色味が濃くなった。赤に近い桃色にまで発色しているため、せっかくの市松模様がほとんど見えなくなってしまっている。
「もう出てって! 出てって! 出てってーっ! あんたなんて大・大・大っ嫌い!!」
その言葉と同時に理子の身体を覆っていたバスローブは薄紅の巻尺によって強引に剥ぎ取られ、華麗に宙を舞う。追いはぎ同然のこの仕打ちに、乙女の悲鳴が室内に反響した。
「きゃあぁぁっ! なっ何すんのよーっ!!」
気絶しているとはいえ、すぐ隣にコウが横たわっていることもあり、一糸纏わぬ姿にされてしまった理子は顔を真っ赤にしながら慌てて両腕で身体の局所を一気にカバーした。うら若き乙女として当然のたしなみである。
「うるさいっ! そのまま動くんじゃないわよ!」
まさに問答無用、と言った口調で琥珀は体内に収納していた自分の巻尺を全て出し、それを阿修羅さながらに器用に動かして理子に次々と衣服を装着させ始めた。
「やっ、やめてよ琥珀!! コウが目を覚ましたらどーすんのよ!!」
「コウ様ならしばらくはお目覚めにならないわよ! それにあんたみたいな貧相な身体を見たってコウ様がお喜びになるもんですかっ!!」
「さっきから人をバカにしてーっ!! 離してってば! 服くらい自分で着られるわよっ!!」
しかし抵抗しても無駄だった。
空中に右足が上がったと思えば次に左足が上がり、右手も上がったかと右足が下がる。 【 旗上げゲーム・キャプテンフラッグ実写版 】 を体験しているかのようだ。
琥珀の見事な巻尺さばきに理子はただただ翻弄され、これから売り場にディスプレイさせられるマネキンのように身支度が瞬く間に整ってゆく。
「ほらっ、これでいいでしょ! とっとと出てって!」
バッグに入っていた衣服をすべて着せ終わった琥珀は、そう叫ぶと理子の身体を巻尺でグルグル巻きにし、そのまま室外に勢いよく放り出した。
「ひゃぁぁっ!!」
哀れなるかな、少女の身体は慣性の法則に従うしかない。理子は派手な音を立てて床に落下した後、人気の無い廊下で干したてのスルメのようにペタリと平らに倒れてしまった。
「いったぁ……」
倒れた時に打ってしまったのか、理子は鼻をさすりながら身体を起こす。そしてこの乱暴な扱いに文句を言おうと寝室の方角に目を向けたが、扉はすでに琥珀の手によって固く閉ざされていた。
「あいつ本当にムカツく……! 後で見てなさいよ!」
あまりの悔しさについ、捨て台詞に近い独り言が出る。
しかしその悔しさは琥珀に受けた様々な仕打ちに対してではなく、コウを完全に一人占めされてしまったことが大原因なのだということを、ドスドスと足音も荒くリビングに向かう怒り心頭中の理子にはまだ認識できていない事実であった。