SPA Panic! <2>
…………ここはどこだろう…………?
体中に冷や汗をかきながら目を開けると見慣れない天井だった。
今まで何度となく繰り返し見てきた悪夢から目覚め、横たわっていた身体を起こそうとするとふらつく。無理やり身体を起こし、片手を額に当てると意識にまでふらつきを感じた。
この感じは────
このかすかな倦怠感に、白濁する思考。
間違いない。これは暴走した後の身体に残る負の作用だ。
コウにとっては思い出したくない感触だった。
ということはまた自分は破壊行為に出てしまったのか……?
両手を見てみる。
しかし手に傷は一切なかった。
その事を不思議に思う前に両手の下にあった水色の掛け布団に意識のすべてを取られる。
天井には見覚えがなかったがこれにはあった。つい最近見たばかりだ。
朦朧としていた意識が瞬時に覚醒してゆく。
目の前三十度しか見えていなかった視界が本来の広さにまで戻り、それによってコウはやっと自分の隣でぐっすりと気持ち良さそうに眠っている一人の少女を確認した。
( リ、リコさん? )
なぜ自分はここにいるんだろう?
どうしてリコさんと一緒のベッドで寝ているんだろう?
分からない。
だがパニックを起こしかけている思考の中で昨夜の記憶を呼び覚まそうと、コウは必死に考える。
── 昨日はリコさんのお父さんと一緒に出かけて、そしてアルコールを勧められたので断って、でも飲まないとリコさんと会うのを許さないと言われて、それで僕は──
昨日の行動を振り返り、コウは自分がアルコールを摂取してしまったことを思い出す。
── そうだ、それでまた僕はたぶん暴走したんだ。
でも手が潰れていないのはどうしてなんだろう……?
コウは再びリコの寝顔を見つめた。
軽い寝息をたててよく眠っている。その無防備な様子に、コウの眼差しが愛おしさのこもった優しさに溢れたが、それも束の間のことだった。
ベッドの上柵にマスタード色のネクタイが絡み付いているのがコウの目に留まる。それが無情にも昨夜の現実を突きつける起爆剤になった。
脳裏に昨夜のシーンの一部が突如フラッシュバックする。
固く絡まっていた記憶の糸は一度ほつれると簡単に次の悪夢のシーンを呼び覚ます。
( 止めてっコウ! お願いっ止めてぇっ! )
鼓膜を震わす脅えた叫び声。
自分から逃げようと必死にもがいている華奢な身体を押さえつけ、二本の手は自らのネクタイを使ってあっという間に細い手首を縛り付けている。瞬く間に露になってゆく理子の胸元。それを見て何かを言ったような気もするが、その台詞までは思い出せなかった。
そして必死に抵抗をしている理子の目に涙が浮かんでいたのを目にした瞬間、意識が急激に真っ白になって────
記憶はここで完全に途切れていた。もうどうやってもこの先を思い出せない。
理子の手首に視線を落とすと、そこにはまだ白い肌を締め付けているようにも見える紅い痣の輪ができていた。その痛々しい手首に触れようと左手をそろそろと伸ばすと指先に硬い何かが当たった。シーツの上に落ちていたそれを手にしたコウの表情から完全に血の気が引く。
それは小さくて丸い────理子の服を強引に脱がしている最中に自分が引きちぎったボタンだった。
つぎはぎだらけのシーンが抜け漏れのあるいびつなストーリーに繋がったその瞬間、コウの掌からボタンが零れ落ちる。
( 僕は……僕は…………! )
昨夜、自らが犯した愚行の痕を目の前にしたコウの体は小さく震えだしていた。