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Bloody Hands  <1>



 ベッドに縛りつけられている理子の上に武蔵が降下してくる。


「しかし子雌、お前はツイてたな」


 こんなヒドイ目に遭ったのに何がラッキーだというのか。頭にきた理子は武蔵に噛み付く。


「ツイてた!? どこがよ!?」

「鈍い女だな! この俺がいたからに決まってんだろ!」


 察しの悪い少女に唐草模様の電脳巻尺(エスカルゴ)はお冠だ。


「コウがお前に家に挨拶に行くっていうからヒマなんでついてきたんだけどよ、万一のことを想定して主要回路(メイン)はコウに切られてたんだ。俺の存在が外にバレるとちょっとした騒ぎになって面倒なことになるからな」

「……メイン? それを切られちゃったら武蔵はどうなるの?」

「情けねぇが動く事も喋る事も出来なくなっちまう。俺の弱点(ウィークポイント)みたいなもんだ」


 電脳巻尺の第二の手でもあるメジャーテープの先端が収納口から現れた。それを操作し、武蔵は「これがそうだ」とスイッチの場所を理子に教える。


「さっきコウが上着を投げ捨てた時に偶然床にこのスイッチが当たってな、おかげで俺はこうして動けるようになったってわけよ」


 ── 先ほどフローリングに響いたゴトリという大きな音。それは事典ではなく、スーツの内ポケットに入っていた武蔵が床に激突した音だったのだ。


「だから俺がついて来なけりゃ、今頃お前はコウの強引な肉棒貫通でとっくに処女とオサラバしてただろうな。偉大な俺様に全力で感謝しろよ子雌?」


 品性の欠片も無い武蔵の発言に理子の頬が真っ赤になる。


「やっ、やらしい言い方しないでよ! あんたってホントに下品ね!」


 しかし襲われかけたショックからまだ立ち直りきっていないせいで、「エロ巻尺!」と、とどめの台詞を言い返すことは出来なかった。それに小憎らしい奴ではあるが、確かに今の理子にとっては救いの神のようなものだ。


「……痛いか? ちょっと待ってろ」


 縛られた理子の手首に赤い痣が出来ていることに気がついた武蔵は、再びメジャーテープを操ってベッドの上柵に巻きつけられているネクタイを解いてやった。

 やっと両手が自由になる。

 手首の痣をさすることすら忘れ、理子はベッドから逃げ出すように大きく離れた。


「おい、そんなにコウを警戒すんなって子雌。これを見ろ」


 武蔵は自身の円枠に幾つか並んでいる小さな(ホール)の一つから一本の繊維針(ファイバーニードル)を出してみせる。だがその針はあまりにも細く、しかも室内が薄暗いせいで理子の肉眼ではよく見えなかった。


「野獣も一発で眠らしちまう強力な麻酔薬をこれで打ったからよ。これでコウは朝まで目が覚めないから安心しな」


 だがつい先ほどのコウの豹変にまだショックを受けている理子にとって、「安心だ」という武蔵の言葉は気休めにもならない。


「武蔵、この人、本当にコウなの……!?」


 室内の空気までが今の理子には重く感じる。今、ベットにうつ伏せで倒れているこの人物がコウに良く似た偽者であってほしい、と理子は強く思った。しかし上空からコウを見下ろした武蔵はやりきれないように答える。


「……あぁ間違いなく本物だ」


 あまりにも強い感情がこもったその口調に、相手が機械だということを思わず忘れそうになった。


「しかしこいつが本能(リビドー)化すんのは久々だったなぁ……」

「本能化?」

「あぁ」


 室内を浮遊していた電脳巻尺(エスカルゴ)は、蒼い月の光が差し込むフローリングの上に静かに降り立つ。


「まずはそこに座れよ子雌。知りたいだろ? こいつの豹変の原因を」

「うん」


 理子は頷くとゆっくりと両膝を折り、武蔵の正面にペタンと腰を下ろした。

 乱暴しようとしたコウに全力で抵抗したのでまだ身体に熱が残っている。そのせいでフローリングの冷たさもさほど気にはならなかった。


「まぁ大体はお前も今のコウの様子である程度察しがついてんじゃないかとは思うんだけどよ、実はコウはな…」

「もしかしてお酒……?」


 説明を遮られた武蔵は一瞬の沈黙後、それを認めた。


「あぁ。やっぱり分かったか。そうだ、酒だよ、酒。コウはな、アルコールを体内に摂取した途端に人格が変わっちまうんだ」

「やっぱり……」


 理子は自分に言い聞かせるように呟く。先ほど強引にされたキスはとても強いアルコールの味がしていたからだ。

 開け放されたままの窓からまた冷たい夜風が侵入してくる。

 理子が小さく身を震わせたので、武蔵は再び宙に浮き上がると開放された窓枠に近寄り、第二の手で窓を完全に閉めた。


「ありがと、武蔵」


 理子の礼を無視し、武蔵は元の位置に戻ってくると続きを語り始める。


「アルコールってよ、摂取すると大脳皮質を麻痺させるだろ? その結果、大脳皮質の代わりに前面に出てくるのが大脳辺縁系、つまり本能や感情の機能を持った部分だ。大脳皮質が麻痺するとこいつが暴走を始める。コウの場合はな、この傾向が特にひどいんだ。言うなればいくつもずらりと並んでいる理性のスイッチが、麻痺で一気に全部倒れて完全にOFFになっちまうみたいなもんだな」

「それってお酒に酔うと前後不覚になるってこと?」

「……少しズレてる。だがまぁそれはどうでもいい。重要なのはここからだ。で、コウももちろん自分のこの性癖のことは知っているからよ、あいつ、絶対酒を飲まないようにしているんだ」

「じゃあなぜ今日は飲んだの?」


 武蔵は「お前の親父さんだ」と即答する。


「しかしお前の親父さんもかなり酒癖が悪い男だな。コウが何度も辞退してんのによ、全然諦めようとしないんだよ」


 ブルーランプが寂しげに一度だけ点滅する。吐息の代わりだ。


映像回路(ヴィジョン)の方は切られていなかったから俺も状況だけは把握してたんだ。お前の親父さんがしつこく勧めるから、コウの奴、すごく困ってたぜ。助けに入ってやりたかったが主要回路(メイン)を切られているから動くことが出来なくてな。だから上着の中から必死に “ 絶対に飲むなよ!? ” って念じたよ。無駄だったがな。あの時はつくづく自分の無力さってモンを感じたよ」


 また青のランプが同じような動きを見せた。二度目のその点灯で理子にもやっとそれが武蔵のため息だということに気付く。


「でっ、でも、お父さんが何度勧めても最後までキッパリと断れば良かったのに……! コウも本当は飲みたかったんじゃないの?」


 だが思わずそう言ってしまった後で、きっとコウはああいう性格だから断りきれなかったんだろう、と理子は思い直した。どこまでも優しい性格のコウだから。

 しかし武蔵は「いやそれは断じて違う」と、即座に理子の言葉を強く否定する。


「おい子雌、コウを見くびるなよ。こいつがいくら受身の性格だからって、そこまで優柔不断じゃねぇよ。飲めないものは絶対に飲めないと頑なに断る意思くらいは持ってるさ」

「じゃあどうして……?」

「だからお前の親父さんだよ」

「でも断ったんでしょ?」

「あぁきっぱり断った。だが泥酔したお前の親父さんがな、いつまでも自分の杯を受けないコウに業を煮やして最後にとんでもねぇ事を喚きだしたんだ。“ 俺の酒をどうしても飲まないなら娘と付き合うのは絶対に許さない、会うことも二度と許さない ” ってな」

「え……?」


 心臓が一度だけ、どくん、と大きくうねった。


「どちらのルートもコウには選択不可能だったんだ。酒を飲んじまえば理性が吹っ飛んで暴走しちまうし、杯を断れば、子雌、お前を諦めなきゃならない。最悪だよ。最悪な二択をお前の親父さんに迫られたんだ、コウはな」


 跳ねた心臓が今度は走り出している。もう自分の意思では止められない速さで。

 

「分かるか、子雌?」


 確認するように問いかけてくる甲高いはずの武蔵の声が、なぜか今は心の奥底にまで染み入るぐらいの低さに聞こえる。



( ── それでコウはお酒を飲んだの……? 暴走するのを分かっているのに…… )



 高まる鼓動の中、そっとベッドの上を振り返る。 

 薬で眠らされている赤い猛獣は、まだ先ほどの途方にくれた苦しそうな表情のままでそこに静かに横たわっていた。




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★ http://www.nicovideo.jp/watch/sm20163132

【 ★「Master Bra!」作品の、歌入り動画UP場所です↑ : 5分56秒 】


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