3話 フレデリクの居ない生活・中
~帝歴247年6月 ローゼンブルク帝国皇領ヘレントル市~
学校が始まってから3ヶ月が過ぎたころ、1年生も学校に慣れて来る為、緊張感を持たせるために迷宮見学の授業が行われる運びとなる。
「今日は迷宮見学に行きますよ~」
担任の教師がのんびりした声が響く。初めての迷宮に子供達は楽し気に話し合いながら教師の先導についていく。
アレクサンドラのクラス担任であるマリア教師は若い女性だ。丸眼鏡をかけた温和そうな女性で年齢は10代後半、この学園の卒業生でマルヤーナやトビアスと同期だったらしい。ともすれば教師一年生という事である。
和気あいあいとした学園の空気のまま入ろうとする生徒達にマリア教師は注意をする。
「騒いでいると魔物が寄ってきますよ。静かに行きましょう」
と言うのだが
「魔物何て楽勝だろ。俺様の部下が魔物何て物の数じゃないって言ってたぜ」
「グレートボアとか大人たちが狩ってくると街中で宴会したっけ」
「あ、そっちでもそうなんだぁ」
などとのんきに話している。
「ふん、私が魔物如きにひるむわけがないだろう」
クラス委員になった金髪の女子ジルフィア・フォン・ヴァイスフェルトが胸を張って言い切る。
「平民とは違うんだよ、俺はな。魔物如き訳がないぜ」
妙に自信にあふれたガイル子爵令息がゲラゲラと笑い、追従する取り巻きの男たち。
マリア教師は困った顔で前に進む。
「帝国貴族ってのは頭が湧いてるのかしら?」
「知らないから仕方ないんだよ」
ぽつりとつぶやくサラの隣でアレクサンドラが窘める。そこでサラはアレクサンドラが返答すると思って無かったので少し慌ててアレクサンドラを見る。
「ベ…別にサーシャの頭が湧いているってわけじゃなくて………」
「分かってるから大丈夫」
アレクサンドラは頷く。
ぼんやりとした無表情のアレクサンドラは同年代の子供達と上手い距離間を取れない中、外国からの留学生であるサラとは仲良くやっていた。
サラ自身が幼い頃から母を養うために冒険者をしていて、遠くのヴィルヘルムから支援を受けていたから、アレクサンドラに気を遣っていた。良くしてくれた人の娘さんに恩返しをしたい、位の気持ちがあったのは本当だろう。
「ただ、リッちゃんがいないからちょっと不安かなって」
「リッちゃんって例の行方不明の幼馴染の婚約者?」
「ん。……小さい頃からずっと守ってくれた」
アレクサンドラは肯定するように頷く。
一行はダンジョン内に入る。第1層であるがそこが既に深く、長い砂利道をひたすらおり続ける。第一層は洞窟というよりは空が見えない谷底にすら見える。広大な迷宮にアレクサンドラは暗闇を見上げる。薄暗い迷宮にはあちこちに光の魔石が備えられており、天盤は薄く光が漏れていた。
「本迷宮は七体いる魔神の眷属の一柱、邪眼王バルバロスが生み出したものと言われています。さらにその配下が迷宮をたくさん作り、その数は確認されている中でも百を超えると言われます。このヘレントルにある地獄迷宮は最も広い迷宮と呼ばれています」
ヘレントルは数ある迷宮の中でももっとも有名な魔神の眷属が生み出した迷宮というのは有名である。
「迷宮攻略者には女神様より称号が与えられると言います」
「称号って何ですか?」
男子生徒の一人が手を挙げて質問する。
「ああ、それはですね。人間の能力を映す事が出来る神眼の鏡というものが帝都や神聖女神教国にあるのですが、それには功績を持つ人間には称号がつくんです。有名な所で言うと賢者ヴィルヘルムや校長である剣聖フェルディナントの異名は称号から来ているんですよ」
マリア教師は説明し、称号を知らなかった生徒達はなるほどと納得する。
「そして迷宮を攻略した者は迷宮攻略者の称号が付きます。これを持つ冒険者は7階級ある内で第2位、紅玉級の階級が与えられます」
「第1位の金剛級にはなれないんですか?」
冒険者の階級は7階級に分かれる。下から初心者の石膏、経験者の黒曜、中級者の瑠璃、熟練者の翡翠、優秀者の黄玉、そして最優秀者の紅玉、さらに上の超級者である金剛と変わっていく。
「あれは国の英雄とかそういう人だけがなるものですから。帝国で金剛級冒険者なのは我らが校長、<剣聖>フェルディナントと<賢者>ヴィルヘルムと<帝都の英雄>ヴォルフくらいのものですからね」
一行は様々な迷宮の逸話などを聞かされながら進む。
「ここが第2層へ向かう階段です。第1層にも普段は魔物が多くいますが、今朝からここまでの通路を冒険者に依頼を出して掃除してもらっていたので少ないんですよ」
魔物が出ずに見学できた理由を教師が説明する。
「何だよ、つまんねーの」
「魔物が出たら俺の剣で真っ二つにしてやったのに」
子供達はけらけら笑っていた。
だが、想定外な事が起こる。第2層の方から慌てて走って戻ってくる冒険者がやってくる。
「やばいやばいやばい!」
「モンスターパレードだ!逃げろ!」
足をもつれさせながらも必死に階段の方から4人程の男たちが逃げていた。
するとズゴゴゴゴゴと重低音が徐々に近づいて来るように迷宮を響かせる。
「モンスターパレード!?」
生徒達は慌てた様子で顔色を悪くさせる。
サラは地面に手をつき耳を澄ます。
「先生、避難した方が良い100じゃ利かない数がこっちに向かって来てる。多分、小さいのがたくさんいるから虫系だと思う」
サラがマリア教師に訴えると、マリア教師はソワソワしながらも生徒達の方を見る。
「え、あ、は、はい。皆さん!逃げますよ!来た方向に…」
どっちから来たっけ?あっちだろ?いやまっすぐだった。あんな所に曲がり角なんてあったか?
生徒達はいきなり逃げろと言われても逃げる方向が分らずに困惑する。
「先生!先導してください!薄暗くて道を誤る恐れがあります!」
ジルフィアが走ってマリア教師の手を取って逃げる方向へ向かうように訴える。
「そ、そうですね。はい」
「ルミヤルヴィ、お前も!とろいんだからさっさと動け」
ジルフィアはアレクサンドラにも注意を促し、サラは慌ててマリア教師の背を押して走る。マリアもそれを理解して走りながら
「皆さん、付いてきてください」
と叫ぶのだが……時は既に遅かった。
曲がり角の奥から巨大な蟻や蟷螂の魔物が雲霞の如く湧いて見えた瞬間、生徒達は大混乱に陥る。
「うわああああああああっ」
大量の魔物に混乱したガイル子爵令息は、前にいる生徒を突き飛ばして走って逃げだす。
突き飛ばされた生徒の中に侯爵令嬢ジルフィアがいて、彼女は地面に尻もちを付く。
「何をやってるんだ!ガイル子爵令息!」
ジルフィアは怒鳴りながら立ち上がろうとするが、突き飛ばされた拍子に足を捻ってしまい痛みに顔を歪める。
「!?」
壁に手をついて足を引きずりながら逃げようとするが、皆が逃げていくのが見えて顔色を青ざめさせる。
背後から迫る魔物の群れは地鳴りを起こして迫りつつある。
人間の腰ほどまである蟻の魔物<アークアント>や人間大の蟷螂系魔物<キラーマンティス>が雲霞の如く群れを成して迫りつつあるのが見える。その数は軽く100を超え、視界の中を魔物で満たしていた。
すでに人を食い荒らしたのか魔物中には人間の体の一部が口からはみ出ていたりする。
あまりにも凄惨な現場を目の当たりにして顔を青ざめさせる。
様々な知識を持つジルフィアがふと思い出す。ヘレントル高等学園の学生でダンジョン死亡率5%という数字、毎年1000人近い学生がいる中で50人が毎年死んでいるという事実だった。
ジルフィアは恐怖に取り乱すが、助けを呼びたくても声が出ない。手が、足が、口が震えてカチカチと音が響き、ジルフィアはその音が自分の歯が鳴らしている音だと気付く。
泣いて取り乱し、声にならない悲鳴を上げる。
「<ファイアウォール>」
ジルフィアの前に炎の壁が作られて魔物が燃えて倒れていく。魔物達は炎の壁へと燃え朽ちていくように行進を続ける。
「早く逃げて」
ジルフィアに声を掛けたのは口数の少ない貴族の威厳も何も持たない少女だった。同じ大貴族の令嬢でありながらあり得ないと思っていた相手が助けに来るとは思ってもいなかった。
「え、あ、ああ」
ジルフィアは迷宮の壁に手を付きながら足を引きずって進もうとする。
「何やってんのよ。こんな女捨てていけばいいでしょ」
アレクサンドラが引き返して戻って来たので、サラは一緒について来ていた。
「ダメ、だよ」
アレクサンドラはぼんやりとした表情のまま淡々と口にする。
「私は貴族で、ルミヤルヴィだから。お父さんに、魔神の勢力からクラスメイトを捨てて逃げるなんて教わってない。あと、この魔法、長くもたない」
「~~~。仕方ないわね」
サラはジルフィアを俵のように担ぎ上げる。
「ま、待て。貴族令嬢を荷物みたいに運ぶな」
「うっさい。文字通りお荷物でしょうが!」
サラはジルフィアの抗議を聞かず、担いだまま逃走方向に走り出す。
アレクサンドラもファイアウォールを維持するよう手を掲げたまま、サラについて走って逃げる。
「ダンジョンで火魔法は厳禁なんじゃないの?」
「浅い階層だし、ここは広いから、あの程度なら大丈夫。死ぬよりまし」
「ところでこの先ってどこから来たんだっけ?」
サラは走りながら正面の道がY字路になっていることに気付いてポツリとぼやく。
「いつ合流路が?」
ジルフィアは歩いている中で、合流路がある事に気づいてなかった。記憶力に自身があっても気付けなければ意味が無いと愕然とする。
「左、だよ」
「おーけー」
「気づいてたのか?」
「ヘレントルは魔神の眷属そのもの。敵の腹の中に入るなら注意を払うのは当然、でしょ?」
ジルフィアはアレクサンドラの不思議そうな顔に愕然とする。
貴族令嬢として、と口にしていながら目の前のアレクサンドラの方が<帝国>貴族として圧倒的に正しい。皇帝は民をあらゆる敵から守る者である。貴族は命を持って皇帝を支える義務がある。それは帝国憲法にも謳われた事実だ。
そんな当たり前で重要な、今の帝国貴族に無いモノを彼女は当然としていた。いつでも民の為に死ねる覚悟を持っているのだ。
火竜王と称されたルミヤルヴィを襲ったドラゴンの厄災、領主や聖女、帝都の英雄が死んだと聞いている。リンノイトゥスは30万人もの人口を持つ大都市だ。400人の被害の中に何故か英雄達の名が連なっていた。
愚かだと宮廷では嘲笑っていた。邪魔者が消えたと喜んでいた。
アレクサンドラの背中を見てジルフィアは気付く。己の命を盾に英雄達が29万を超える民を守ったのだ。ルミヤルヴィ以外で襲われた都市はほとんどが万を超える死者を出していた。
ジルフィアは、アレクサンドラが必死に火魔法を飛ばして背後から迫る魔物を少しでも削りながら逃げる姿を見ていた。サラは若干呆れた顔でアレクサンドラを見ていた。
ジルフィアがサラを見ていると、サラはジルフィアと目が合い、気まずそうにしていると
「物語で読んだ、ヴィルヘルム様そっくりなのよね、あの子」
サラは呆れ交じりにぼやく。
必死に逃げるサラとアレクサンドラは天井が広く大空洞とも呼ぶべき場所に出る。その先の狭い回廊に教師が待っていた。
「アレクサンドラさん、サラさん。こっちです」
マリア教師が手を振って呼びかける。
更に勢力を増やしたモンスターパレードは地鳴りと共に背後から迫る。二人の足も疲れで魔物の群れに追い付かれそうな状況にあった。
「マリア先生。彼女たちの背後に壁をお願いします。このままじゃ追い付かれます」
「は、はい。<アースウォール>!」
同僚の女性教師が指示を出しマリア教師が魔法を唱える。
サラとアレクサンドラの背後の大地が盛り上がり土壁を生み出される。恐ろしいのはその精度と速度。土魔法は時間が掛かるが、アレクサンドラ達と魔物の間に素早く作って足止めを作れる土魔法の技術は教師たる証と言えるだろう。
「アーちゃん、魔力は残ってる!?」
同僚の教師が同時に問いかけて来る。フレデリクと同じ銀色をした長い髪の女性だった。
「え?ヒルダお姉ちゃん?……の、残ってる」
アレクサンドラは親戚のお姉ちゃんがいる事に驚く。そう言えば彼女が学園の教師になったという話をザシャから聞いていた。大きい学校だったからだろう、3ヶ月経った今になって同じ学校にいた事に気付く。
彼女はヴィルヘルム同様、帝国の勲章を貰っている帝国最高峰の魔法使いだ。
帝国古参の大貴族バイマール家の令嬢で、ザシャの従兄姪。つまりはフレデリクのはとこである。
「ここに飛び込んだら吹き飛ばしなさい。安全は確保します!」
「分かった」
サラがジルフィアを担いで大空洞から回廊へと飛び込む。
最後にアレクサンドラが回廊に入ると振り返る。
「<セイクリッドシールド>!」
あらゆる害悪から守る大魔法をヒルデガルド・フォン・バイマールが唱える事で、回廊を封鎖し大空洞の魔物達を抑え込む。
アレクサンドラはモンスターパレードが全て大空洞に入っている事、大空洞内に人間がいないことを確認すると魔力を練って、自分の最大破壊力を誇るLV7にも達する火魔法を構成する。
「<爆発>」
アレクサンドラの魔法が大空洞内で爆ぜた。
セイクリッドシールドによって迷宮が崩れないように守っていて尚、迷宮を激しく揺らす。
無論、100を超える魔物の群れは全て一掃されていた。空洞内には魔物の死体が真っ黒く燃え散っていた。
「伯父様やマルちゃんから聞いてはいたけど、さすがはエメラルドブロンドのルミヤルヴィね」
ヒルデガルドはアレクサンドラの魔法に感心しながら歩み寄る。
ルミヤルヴィに稀に生まれるエメラルドブロンドの人間はエルフの血が強く、子供が作りにくい反面で魔法能力が非常に高いと言われている。ヴィルヘルムが高い魔力を持っている反面で、二人しか子供を作れなかった事は、エルフの血が強かった為と言われている。
「ふにゅぅ……疲れた」
アレクサンドラは尻もちを付いて溜息を吐く。
「よくできました」
ヒルデガルトは微笑みアレクサンドラの頭を撫でる。
迷宮見学以降、アレクサンドラは随分とクラスメイト達と打ち解けた。
揶揄っていた男子生徒も近寄らなくなった。宮廷魔導士さえ使えない大魔法を使う11歳児なんて恐れ多すぎて恐怖の対象でしかなかった。
逆に貴族平民関係なく対応するアレクサンドラの周りには女子が多く声をかける。
同学年で最も優秀な侯爵令嬢ジルフィア・フォン・ヴァイスフェルトと仲良くなる切っ掛けとなった事件でもあった。
ちなみに、後で聞いた話であるが、マリア教師は昨年度に卒業して教師になった、姉達の同級生で姉から妹は自分より優秀だと姉馬鹿を同級生に吹聴していたとか。




