3話 異母妹アグネスとの出会い
帝暦241年1月 ヴェルザー西方伯領レヒトラント
ジークフリートは困っていた。
街中に泣いている少女がいたので迷子かと思い声をかけたのだが、泣いてばかりだった。歩いて親を探すが見つからず商店街の大人達も手伝ってくれたがどうにも見つからない。
話を聞いて行くうちに分かって来たのは彼女の名前がアグネスだという事が分かった。
さらに深く聞くと、どうも城から追い出されたという話が出て来て、全員が頭を抱えてしまう。
結局、捨てる訳にもいかず、危険でも商店街の大人達が引き取ると言ってくれたのだが、幼女はジークフリートの手を離さなかったので、仕方なく今日はジークフリートが面倒を見ると言ってスラムの住処に帰るのだった。
既に住処にいたエドガーは何事かと思ってジークフリートと幼女を交互に見る。
「拾ってきちゃった」
「はああああっ!?何考えてんだ!?犬猫じゃねーんだぞ!」
エドガーは思わず叫んでしまう。自分達が生きるんで精いっぱいなのに人間を拾って来るとはとあきれ果てていた。
エドガーの声にびっくりして、幼女はジークフリートにしがみつく。
「お兄ちゃん……怖い」
「怖く無いから。ちょっと、こいつが驚いただけだから」
ジークフリートは幼女を安心するように優しい声をかけるが、フォローになってなかった。
「子供に食わせる余裕ないだろ?」
「いや、それがさ、迷子かと思って声を掛けたらその………伯爵城に住んでいたみたいで追い出されたらしくて」
「貴族の子供とかか?」
エドガーが訊ねると幼女は泣きそうな顔でコテンと首を傾げる。
4~5歳程度の子供に理解できるとも思えなかった。ジークの手を掴んで離せない様子なのは見ても分かる。恐らく無理やり離せなかったのだろう事はエドガーにも理解できた。
普通の孤児なら問答無用だろうがジークは根がボンボンだという事をエドガーはよく知っていた。
「お嬢ちゃん、どこの子かな?」
エドガーは座って少女と目線を合わせて訊ねると、更に泣き出す幼女はジークフリートにしがみつく。
エドガーは空を仰ぐのだった。
それから3時間後、食事を挟み何度もエドガーは彼女の素性を問い続けた。
少女が疲れてベッドで眠ってしまい、残された男達は話し合っていた。
「年齢6歳、名前はアグネス、母親はディーター・フォン・ロイエンタールの正室、母親が死に、弟が継ぐから邪魔になって家を追い出されたと」
という聞きたくない事実が判明し、あきれ顔のエドガーだった。
「そんな事あり得んのか?」
ジークフリートは思わずうなる。
つまり、貴族のいざこざに巻き込まれた少女だった。
「邪魔だったんじゃないか?死んだディーダーは随分父親に可愛がられていたらしい。何をやっても許されていた。本来継承権を上になる筈だった娘なんて厄介者でしかないだろし」
「そういうものか」
「貴族は複雑だから」
「そうだなぁ……。ん、んんんっ!?」
ジークフリートは溜息をついてからふと疑問が過ぎる。
「ロイエンタール、小さい頃にさえ周りの人間から禄でもない領主だと耳にしてたけど、よっぽどだったんだなぁ。相手の家があるから普通は捨てられないんだけどな」
エドガーは眠ってしまった幼女を眺めて少しだけ同情する。当時、8歳だった下の姉がロイエンタール家に側室として出されて2月で死んだと聞いた。父親が売り払ったようなものだった。
「って事はエドガー」
「何だ?」
「もしもしなくても、お兄ちゃんって呼ばれてたけども、もしかして本当に俺の血のつながった妹って事?」
「あ」
エドガーはジークフリートの素性を思い出して思わず声を漏らす。
「プハハハッ……本当だ。お兄ちゃんだ」
「勘弁してくれ……」
ゲラゲラ笑うエドガーに、ジークフリートは盛大に溜息を吐くのだった。
***
帝暦241年8月 ヴェルザー西方伯領レヒトラント
アグネスを拾ってから7カ月の月日が経つ。
10歳にして子供を養う事になった孤児ジークフリートであったが、商店街の大人達はそれを苦笑して受け入れてくれた。母親や兄がいなくなってどこかふと消えてしまいそうな儚さを感じさせていたジークに曲がりなりにも家族が出来る事は歓迎する事だった。
幼い頃に母にやって貰ったように、着替えの手伝いや体を洗う時なども一々手伝わないといけないしそれが異母妹であっても異性なので勝手が違うから非常にやり難かった。
エドガーはその辺全く手伝ってくれないからなおさらだ。頼もうとするとお兄ちゃんが面倒見てやらないとダメだろと逃げるのである。
それもあって、アグネスはジークフリートに随分懐いていた。実の兄だと告げてはいないが、実の兄のように懐いている。本来の明るさを取り戻しているようでもあった。
立場も分かっているようで働く事も積極的だったから大人達にも可愛がられていた。
ジークフリートはこの日も商店街の手伝いに来ており、商店街の雑貨屋で商品の入れ替えをしていた。アグネスも同様だった。エドガーはまた別の仕事についていた。
「悪いねぇ、ジークちゃん」
商店街の雑貨屋で、ジークが商品の棚卸をしている中、布団で寝込んでいる小父さんが申し訳なさそうに呻く。
「いえ、困った時はお互い様ですから」
「全く、情けないんだからウチの旦那は。腰をやっちまうなんて恥ずかしい」
「くっ」
洗濯をしながら旦那をなじる奥さんにジークは苦笑していた。
「お兄ちゃん、これはどこに置くの?」
「それはそこの棚の上だよ」
「はーい」
6歳になる小さな少女はちょこちょこと歩きながら仕事をする。
「アグネス。重いのは僕に任せて良いから。軽いのを優先的にね?」
「子ども扱いする―」
膨れ面になる幼女にジークだけでなく雑貨屋の小母ちゃんも苦笑する。子ども扱いも何も子供なのだから当然だと苦笑する。
「ジーク君、最近、お金をためてるって聞いたけど何か欲しいのでもあるのかい?」
「いえ、アグネスのモノも買わないといけないし、あと、旅費を稼ごうかと」
「女の子は金が掛かるんだよ、色々とね」
小母さんがカラカラ笑う。小父さんはそういうものかと首を傾げるがこの家は独立した息子しかいないので女の子の事情は詳しく無かった。
「旅費?どこか行きたいのかい?」
そこを突っ込まれたくないからか、小父さんはもう一つの話の方を訊ねる。
「来年12歳になるじゃないですか。その前、宿屋のお手伝いしていた時にヘレントルの学生さんに聞いて、誰でも通える学校があるって聞きまして」
「ああ、ヘレントル高等学園。こっちの学校には通わないのかい?」
「街で名前を登録したらどうなるか怪しいので……」
「「あ」」
ジークフリートの言葉に周りの大人達は思い出したかのように顔色を変える。
商店街のサポートもあって普通にたくましく生きているジークフリートであるが、領主に殺されているので生きている事を知られるのは危険でもあった。
「それに、僕の名前だけなら気付かれないかもしれないけど、アグネスは危ないでしょ?」
「そうねぇ。でもそれはそれで寂しくなるわね」小母さんは悲し気に首を横に振る。
「ですねぇ。でも立派になって恩返しできればと思ってます」
「良いんだよ、そんなこと考えないで」
「でも、お母さんもお兄ちゃんも死んで、僕何も無いのに………皆にお世話になるだけで………」
ジークフリートは俯いてしまう。
大人達は顔を見合わせてしまう。
「良いのよ、ジーク君は気にしなくて。でもそんなに気にするんなら大人になった時に恩返しして貰おうかしら」
「そうだなぁ」
大人達は笑い、ジークフリートは少しだけ軽くなる。
そんな中、カンカンカンカンと遠くで鐘の鳴る音が聞こえる。
「なんだろ」
ジークフリートが周りを見ても誰もが答えを持っていない中、商店街の中に走って来る人がいた。
「西の方が燃えてるみたいだ」
「衛兵も動いてるみたいだぞ」
彼らの声に、他で働いていたエドガーが慌てた様子で近くにやって来る。
「スラム狩りか?」
「あ、噂の……皆大丈夫かなぁ」
あると聞いていたが随分となかったから、結局なかったのではないかと思い始めていた頃だった。まさか今になって起こるとは寝耳に水でもあった。
ジークフリートはかつて一緒にいた仲間を思い出し心配する。
そんな様子を見て皆が肩を竦めていた。
「ま、心配しても何も出来ないし、仕事を続けようぜ」
「そうだね」
商店街のお手伝いの続きをしようとする中、
「もう。お兄ちゃん。小父さん達も小母さん達もサボりはメッだよ」
頬を膨らませるアグネスに商店街の大人達は苦笑するのだった。
商店街のマスコット的な存在として、アグネスが一番馴染みつつあるようだった。
***
ジークフリートたちは商店街での仕事が一段落付き、帰り支度をしていた。
「お夕飯、お夕飯」
アグネスはパンとおかずの入った弁当箱を持って嬉しそうにしていた。
だが、商店街の小父さんや小母さんたちに挨拶をしてから住処へと帰ろうとする。そんな中、以前一緒に暮らしていた仲間を見かける。
ジンと呼ばれた気弱な少年だった。
「あ、ジンじゃん。良かった。無事だったんだ」
「エドガーか」
エドガーが声をかけ陣はホッとした顔で答える。
「スラム狩りがあったって聞いたけど」
「ま、まーな。逃げ遅れたけどどうにか助かったっていうか。ベネディクトが助けてくれた」
「そのベネディクトは?」
「衛兵たちに捕まってんじゃねーの」
「って、ちょっとちょっと。何あっさりそんな事言ってるの。仲間だったんでしょ?見捨てたの?」
ジークは驚きの声を上げる。
「いや、でもベネディクトって強いし、戦うなんて俺ら無理だしさ。あっちのグループの皆もおだてて全部ベネディクトに押し付けろって言ってたしさ」
そんな元仲間の言葉にジークは頭を抱える。
自分の住処を奪った相手ではあるが、何とも形容し難い酷い話だった。全員で彼に押し付ける?あまりにも粗暴な話だった。
「お前!何言ってんのか分かってんのか!?」
エドガーはジンの首根っこを掴んで睨みつける。拳を振り上げるが、ジークフリートはそれを止める。
「止めるなよ。」
「アグネスが怯えてる」
エドガーは叫ぶが、ジークフリートは首を横に振り、自分にしがみついて泣きそうな妹を見る。エドガーも幼い子供を怯えさせたことに反省し拳を下ろす。
「俺、ベネディクトを助けに行く」
「?……いや、無茶だろ。自分から騒動のある場所に行くなんて。」
「無茶なのは分かってるけど、昔アイツに助けて貰った事がある。見捨てるのは目覚めが悪すぎるからさ」
「じゃあ、俺も…」
「お前は別に何もないだろ。それに妹置いて行く訳にはいかないんじゃないか?静かに住処で寝てろよ」
「う、うん……」
ジークは心配そうにエドガーを見る。
「ま、上手くやるよ。無理する予定ないしな」
エドガーはそう言って、走って未だに煙が上っているスラム周辺の方へと走っていくのだった。
住処に着くとジークフリートとアグネスは夕食を食べる。商店街の総菜屋で買った煮物とパンだけだが、孤児にとっては十分に良い食事だった。
それに短い期間でゃあるがアグネスはジークフリート達に随分と懐いていた。ジークフリートは口には出来ないが兄として頑張ろうとしている部分もあった。
「エドガーお兄ちゃん遅いね」
「……そうだな。アグネスは早く寝ちゃいな。遅いようだったら僕が見に行くし」
「でも……」
「大丈夫だって。エドガーも僕も自分の命を蔑ろにはしないから。アグネスを一人にはしないよ?」
「ホント?」
「ああ」
「絶対に帰って来る?」
「うん、絶対だ」
ホッとしたようにアグネスは笑う。
それから暫くしてアグネスが布団の中で眠ったのだろう静かな吐息を聞きながら、ジークフリートは夜空を眺める。
未だ西の方は火事が続いており、遠くからなので音はうるさく無いが、物騒な音が鳴り続いているのが分かる。エドガーが帰ってくる様子はない。
「行くつもりは無かったけど……ちょっと心配だな。仕方ない」
ジークフリートは溜息を吐いてから立ち上がる。もしも途中で起きたら混乱するだろうからと、アグネスに分かりやすい文字で手紙を残す。アグネスもさすがは元貴族なだけあり、簡単な単語は分かるので助かっている面があった。




