2話 プロローグ④ ~平穏の終わり~
リンノイトゥス城の領主執務室では、突然の轟音にヴィルヘルムが立ち上がり周りに声をかけていた。
すると慌てた様子で領軍の兵士が飛び込んでくる。
「ドラゴンの襲撃だと!?」
ヴィルヘルムは返って来た言葉に言葉を失う。
青天の霹靂とはこの事だろうか。全てが上手くいっていたのだ。
建国時から戦っていた迷宮との蹴りを付け、手元には帝国を掌握するだけの駒がそろっていた。自分がいなくなっても為すだろう後継者が着々と育っていたのだ。
今になって、空から隕石でも降って来たかのような問題が発生した。
「ど、どうすれば…」
「領主様」
誰もが救いを求めるようにヴィルヘルムを見る。
「ヴォルフたちは?」
「ヴォルフ様は単身でドラゴンの足止めに、白狼騎士団は避難民ヲランジランタへ誘導準備をし、軍部はリンノイトゥスの住民を外へ避難誘導を始めていると連絡が」
「トビアスの領地、ランジランタ方面か。そうだな、それが一番だ。森林方面はいつ迷宮から魔物が湧くか予測できん。大量の人間を森に逃がすと迷宮に察知されるからな。最善の判断だ」
「既にそのように動いているとルトガー様から連絡が」
「ルトガーの指示か?」
「いえ、何というか…殿下、いえ、フレデリク殿が指示を出して市街に飛び込んで行ってしまったと」
その言葉を聞いてヴィルヘルムは頭を抱える。
「何故止めなかった!?あいつに死なれたら何もかもが終わりだぞ!ヴォルフは何故止めなかった!」
「ヴォルフ様は襲撃と同時にドラゴンへ迎い討ちに行ったので、フレデリクが代わりに指示を出したようで………」
「あのバカ親子が!確かに正しい。正しいが、国の為領地の為には絶対に必要な存在だと何故気付かない!」
ヴィルヘルムはエメラルドブロンドをかき毟る。
ルミヤルヴィをチェス盤に例えるならキングは自分ではない。ヴォルフとザシャの子こそが真のキングだとヴィルヘルムは考えていた。
少なくとも1年前にトビアスと共にそう決めたのだ。自分の周りは皆に徹底させていた。
「仕方ない、生きて帰る事を念頭に我らは想定通り避難を開始する。俺が殿を務める。トビアス、マルヤーナを頼むぞ」
「命に代えましても」
マルヤーナは婚約者であるトビアスの手を取り不安そうな顔をする。トビアスは決して不安な顔を見せたりはしなかった。
アレクサンドラは不安そうに父親を見る。
「お父さんは?」
「私はこの都市の領主だ。守るべき民を捨てて逃げる訳にはいかん。トビアス、マルヤーナは先導せよ。逃げる地はトビアスの領地ランジランタだからな。アレクサンドラは第一陣の殿を務めよ。良いな」
「分かってる」
分かってると言いながら涙をこらえるような顔をする娘に、ヴィルヘルムはにこりと笑って抱きしめる。
「父さんがドラゴンに負けるはずがないだろう?この場には帝国最強の騎士団と、帝国史に残る英雄が二人もいるんだ。アレクサンドラ、お姉ちゃんたちと先に避難をするんだ。でなければ皆が不安になる。町の皆を率いるのは君たちの仕事だ。分かるね?」
「ん」
アレクサンドラは嫌な予感しかしなかったが、頷くしかできなかった。
***
フレデリクはただ市街を走っていた。母を心配していた。多くの場所で火事が起こりあちこちで阿鼻叫喚な景色が広がる。
通常配置されていた領軍の兵士たちが避難を呼びかけるがそれどころではなかった。既に多くの死者が出ているうえに、時折空から火の玉が落ちて来て区画が丸ごと吹き飛ぶ様子が見られるほどだ。それでもドラゴンの吐くいくつかのブレスをジャンプして叩き落としている姿が見える。
ヴォルフがドラゴンの攻勢から街を守っているようだった。
今日という今日ほど、フレデリクは自身の父を凄いと思った事は無かった。それでもドラゴンの無尽蔵なブレスは止まることが無く都市は焼かれていく。
いや、ドラゴンは明らかに父を避けて街へと攻撃をしている。あのドラゴンは父を脅威に感じ、街への攻撃が自分の身を護ると察したのだ。ドラゴンは父の弱みを付いているのだとフレデリクは察する。
フレデリクは市民の逃亡先を叫びながら病院へと走る。全員を逃がしてしまえば恐らく父なら勝てると感じる。どうにか民を逃がさねばならない。
フレデリクは父にとって最大のウィークポイントである母を守らねばならない。母の務めている病院の近くに辿り着くと、母は病人たちを外に運び出して避難するよう指示を出していた。
「お母さん!」
「フレデリク、何をやってるの。さっさと避難しなさい」
「良かった。勿論、避難はするけど、お母さんは何してんの!?」
「病院の患者さん達を避難しないといけないの!」
「分かった。手伝う!」
「貴方は……。こっちではなく、倒れてる人たちを治癒して避難を呼びかけてあげて。私は病院のトップだから逃げるのは最後よ」
「う………うん」
フレデリクは不安に感じるが、困っている人を放置するわけにもいかないと思いなおす。
そうした方が早く母が避難してくれると思ったからだ。視界に見える場所で父はドラゴンと戦っていた。やりづらそうなのは街中での戦闘だからだ。攻撃を外に向けようとするのだが、ドラゴンは遊んでいるかのように父を無視して街に向かって火を放つ。
ドラゴンのブレスを街から外すために父は慌てて飛び出しドラゴンの頭を蹴り飛ばしてブレスを街から外させる。父が街を守る為に走り回っているのが分かる。
フレデリクはホッとしてから、慌てて我に返り人助けへと走る。
「北へ!北門へ避難を!ランジランタ方面なら安全だ」
ランジランタは首都リンノイトゥスの衛星都市であり最も近くにある大都市だ。歩いて1日ほどで、大きい丘を越えると見えるので、この場所からドラゴンのブレスが届きにくい場所でもある。ここで戦闘をしている限りでは安全な筈だ。
散り散りに逃げまどっていた住民が、北の方へと走り出す。
「走ると危ないからね。周りにも気を付けて北へ」
フレデリクは周りに声を掛けながら、火事の中に人が取り残されていると聞けば家の中に飛び込み、歩けなくなった人がいると言えば領軍の人に届けるまで背負って走る。
フレデリクは母親とはぐれてしまった小さい少女と手を繋いで避難路を北へと向かう。
娘の名を呼び北側の門の奥に女性がいると少女は母親に気付く。
「行ってあげな」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
手を振って少女は母親の方へと走り出すのだった。
「お姉ちゃんじゃないんだけど………」
フレデリクは少女に手を振って別れると街の方へと戻る。
町の入り口からザシャが多くの医者たちと一緒に避難しに来る。
「お母さん、患者さんたちはそれで最後?」
「ええ」
「僕は街を見回って残っている人がいないか見て来るよ。父さんがやり難そうにしているし、領軍や白狼の負傷者がいたら避難するように声をかけるから」
「……そうね。つい先日、ヘギャイヤ地方の町がドラゴンに襲撃されたと聞いていたけど……まさかこんな……」
ザシャは苦々しくつぶやく。まさかここが襲われるとは思って無かったのだろう。
空で戦っているのはゲオルク、ピョンピョンとジャンプをしてドラゴンに大打撃を与えるヴォルフが奮戦しているが、ドラゴンは未だ疲れもダメージも見せず、有り余る体力は尽きる様子が無かった。
ヴォルフの攻撃で地面に落とされても、下でドラゴンを討伐しようとする部隊は振り払われるだけで騎士団の部隊は大きい被害を受ける。
ドラゴンと戦えているのはヴォルフだけの状況なのだとフレデリクは思い知らされる。
「このままじゃ父さんは戦いにくくなるばかりだ。僕が全員こっちに避難させる。父さん以外にまともに戦える人がいれば良いんだけど…」
「帝国にそんな人は他にいないのよ」
ザシャはぼそりと呟く。
そんな中、ヴォルフの一撃を食らってドラゴンは仰け反るが、何とかそれをこらえていた。だが運が悪く、ゲオルクの魔法を使った攻撃に気付き、ドラゴンは尻尾を振ってゲオルクを叩き飛ばすのだった。
吹き飛んできたゲオルクさんは避難する人たちがまだ多い場所に跳ね飛ばされて、地面に叩きつけられる。しかもフレデリクの方にゴム毬のように跳ねて、ごろごろと20メートル位は転がって倒れるのだった。
「ゲオルクさん!」
フレデリクはゲオルクさんを助けに行こうとするが、ザシャはフレデリクを抱きかかえて魔法を唱える。
「いけない!<セイクリッドシールド>!」
ザシャがドラゴンの方へと手を掲げて神聖魔法LV8の大魔法を発動する。
次の瞬間、物凄い熱量の炎がこっちに飛んでくる。ドラゴンのブレスだった。
ザシャの張った光の障壁は巨大な炎の塊からフレデリク達を守る。だが、ドラゴンは一発だけでなく3発連続でブレスを放ってくる。
ザシャの防御障壁は2発まで堪えていたが、その時点で障壁が軋み罅が入り、3発目でガラスのように割れてしまう。
「くっ……この子だけは絶対に……」
ザシャはフレデリクを抱えて地面に伏せる。
凶悪な熱量がフレデリクを襲う。
フレデリクは灼熱の業火に焼かれる。気が遠くなる。だが、どこか優しい光が包み込み守られていた。
フレデリクはうすぼんやりとした意識を必死に覚醒させようとするが、体が重たく、動きたくても力が入らない。
だが、次の瞬間耳が引き裂かれるような爆音が響き渡り無理やり覚醒させられる。
「領主様達が!」
「もう終わりだ」
そんな声が聞こえてフレデリクは無理やり体を起こす。
フレデリクは同時にアレクサンドラの事を思い出す。フレデリクは彼女を守ると幼い頃に約束したのだ。なのにこんな所で寝ているわけにはいかない。アレクサンドラ様を守らなければ……。生涯彼女を守ると誓ったのだ。それだけは嘘にしない。
だが、領主様達!?
フレデリクは真偽を確かめることに恐怖した。もしもアレクサンドラが死んでいたらと恐怖が背筋を襲う。
フレデリクは体を引きずって、ランジランタの方を寝転がったまま視線を向ける。ランジランタとリンノイトゥスの間にある丘に大穴が空いていた。丘の頭が消えてなくなり、マグマ溜まりが広がっていた。森は山火事となっており被害は加速度的に広がっていく。
領主様が張ったと思われる巨大な魔法障壁に大穴が開いていて、ガラスが崩れるように消えていく。
ルミヤルヴィは終わったのだ。
説明されなくても理解をさせられる事実をフレデリクに突き付けられた。頭の中が真っ白になりかける。アレクサンドラが生きているとは到底思えない状況だった。
だが、まだ父は戦っている。足手まといになって父が負けることになってはならない。
「そ、そうだ、お母さ……あ……………………」
僕は気付いて上体を起こすと、自分を守る様に下半身を失って焼かれた人間の死体がそこに転がっているのが分かった。
それが何なのか説明されなくても分かってしまう。
「あ、ああああああああああ……うああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!母さん、母さん、母さん!」
フレデリクは死体を抱きしめて狂ったように叫ぶ。
だがそれでは終わらない。
さらに追い討つように赤いドラゴンがフレデリクの前に空から降りて来る。
ドラゴンはフレデリクを狙うようにその爪が振り下ろされる。フレデリクは腰の剣を抜いて防御するが、剣が折れて爪が左肩をえぐる。
吹き飛ばされて地面に転がる。
大量の血が流れ、意識が一気に切れそうになる。
ドラゴンはフレデリクにとどめ刺すべく、口を開けてブレスを吐こうとする。
「させるかよ!」
ドラゴンの爪を叩き返すのは目の前に飛び出してきたヴォルフだった。
「と、父さん………。……母さんが………」
「男がビービー泣くな!」
ヴォルフは叫びフレデリクを一瞥もせずにドラゴンを睨む。ドラゴンは玩具を見つけたようにフレデリクを見てにやりと笑う。
その瞬間、フレデリクは途切れかける意識をギリギリで保ちながら、直感的に理解した。
目の前のドラゴンは父に勝てないと気付き、父の弱みである母と自分を狙い付けたのだ。
ドラゴンは嘲笑うように口元をゆがめ、フレデリクに向けてさらにブレスを放ってくる。
ヴォルフはフレデリクの前に立ちブレスを掻き消すほどの斬撃の嵐を放つ。人知を超えた手数でドラゴンのブレスから守る。
だが、ドラゴンは何度も何度もブレスを吐き続ける。防戦一方になっていた。
「父さん………。僕を……見捨てて。こいつを殺して……ルミヤルヴィを守って……」
フレデリクは飛びそうになる意識の中からが導き出した必勝の一手は自分を捨て駒とする手だった。
勝つ為なら何でもする容赦なき一手をフレデリクは意識を飛びそうになりながら口にする。気を失う前にこれだけは言っておかねばならなかった。
これなら確実にルミヤルヴィを守れると絶対的な自信を持った一手を放つ。
「やっぱりすげえな、俺の息子は。俺もアイツに勝つにはそれが最高の一手だと思ってた」
ヴォルフは剣閃の嵐でドラゴンのブレスからフレデリクを守りながらニィと笑う。
だが、フレデリクを守る事をヴォルフは一切やめたりはしなかった。ドラゴンもフレデリクに放つブレスを止めたりしなかった。
フレデリクは薄れゆく意識の中で、ヴォルフが庇う事を辞めない事が、理解できなかった。
「だが、守るべきキングを、俺達はお前にずっと隠してきたんだ。ごめんな」
ヴォルフは右手に持つ剣で斬撃の嵐を起こしてブレスから守りながら、左手でフレデリクの頭を優しく撫でる。
一瞬だけ溜めを持った強烈なドラゴンのブレスが目の前で爆発し、爆風と共にフレデリクも吹き飛び意識を飛ばすのだった。
***
フレデリクは目を覚ますと、全てが終わっていた。
遠くへと飛び去って行くドラゴンの影が見える。
フレデリクは状況が分からず、ぼんやりとした顔で空を見上げていた。するとフレデリクの近くに、緑の髪をした長い耳を持つエルフの青年が立っていた。
見知らぬエルフの青年は僕が起きるのに気付くと、痛ましそうに僕を見下ろす。
「すまぬな。来るのが遅かったようだ。まさか世界の守護者たるドラゴンがこのような暴挙をするなど……」
エルフの青年の言葉にフレデリクは慌てて周りを見渡す。目の前に広がるのは焼け焦げた廃墟。背後には崩れ落ちて原形のとどめない丘の痕。
フレデリクは何で寝ていたのか理解できず必死に思い出そうとする。
フレデリクは周りを見渡し、そこで気づく。
黒い人の形をした炭がまるで、何かから自分を守るように立っていた。
「父さ……」
フレデリクは体を引きずりながら近づこうとするが、人の形はボロボロと崩れ、灰になって空へと舞うのだった。
そこに残されたのは父さんの持っていた剣と腕の燃え滓だけだった。地面に差さったままフレデリクの前に父の剣が突き立っている。
「既に手遅れだった。エルダードラゴンを相手に人一人を守り切るのは奇跡に近い。彼ならば魔神の眷属に勝てると思ったヴィルの気持ちも分かる。鬼神王と並ぶ力量があっただろう」
エルフの青年はヴォルフがフレデリクを守っていた姿を見たのかもしれない。手遅れだった……というのはそういう事か、とフレデリクは思い知らされる。
何もかも失ってしまったのだと、フレデリクは気付く。
涙があふれて止まらなかった。息をしようとするが嗚咽が止まらない。何でこんなことになったのかわからない。泣くなと言われたのに。
ついさっきまでいつもと同じ平穏の日々が続いていたのに。
フレデリクは涙が枯れると同時に腹の底からどす黒い何かが膨れ上がってくるのを感じる。最初、それが何かわからなかった。
「貴方はミロン様ですか」
「ああ、いかにも」
邪神戦争の参謀であり、領主様に魔法を教えたという大賢者その人だという。
フレデリクは涙をふく。
腹の底からあふれ出るのは悲しみではなかった。怒りと憎しみ、フレデリクは持ってなかったドス黒い感情があふれ出ている事に気付いていなかった。
「僕に教えてください。あのドラゴンを殺す方法を」
ミロン様は美しい顔を少しだけ引き攣らせて驚いた顔をしていた。だが、しばらく考えて彼は頷く。
「条件を飲むなら構わん」
フレデリクにとってミロンから出された条件は、ヴィルヘルムの教えそのものであった。
故に、フレデリクはミロンの問いに頷き、ドラゴン討伐へと旅立つことにした。ドラゴンが火を付けたモノは街や人々だけではなく、フレデリクが持っていないと思っていた怒りの炎だった。
ピ~ヨピヨピヨ ピ~ヨピヨピヨ
あとがき担当のヒヨコだぞ。ピヨちゃんと呼んでくれ!
ルミヤルヴィの崩壊、皆が愛してくれた両親が死んだ。何故だ!?
坊やだからさ。ヒヨコ界の赤い彗星とはヒヨコの事だ!
ちっ、エルフのお兄さんめ、ヒヨコ伝説のちょいキャラのくせにご長寿を理由に二作に渡って出て来るとは、な~んて狡い。ヒヨコも出演しても良いんやで?覆面を付けてキャスパルとかクワトロとか色々と名前を名乗ってみたいぞ。
そうだ、良い事を思いついたぞ。次回予告はこうしよう。
次回のピヨちゃんは「転生したらヒヨコだった件」でお送りするぞ!ピヨピヨ、これでヒヨコも次回から出れるはず。転ピヨと愛されアニメ化、コミカライズ、映画化も間違いなしだな。
※次回予告はヒヨコの出鱈目です。本作品とは一切関係ありません。




