6話 ルミヤルヴィの戦争③
フレデリクは馬車を降りて一気に全力で走る。
2日でヘレントルを通り過ぎてゴルトシュタットに辿り着く。
「東の高山に上った方が良さそうだな。昔、ボーデンフェルトへの外遊に付き添った際、領主様に山道を教わったな。たしかルミヤルヴィを一望できる場所があった筈。小さい頃に皆でキャンプに行ったっけ」
フレデリクは思い出して両親と楽しく遊びに行った思い出が昨日のことのように頭によぎり、涙が流れそうになって考えるのをやめる。
補助魔法を使いっ放しで、疲れたら神聖魔法で回復するという無茶をしながら走り続けているので人の数倍早い進行速度である。これが出来るからこそ火竜王を追いかけるという荒業さえもやってのけたのである。
朝早く出発したい所だが、戦いになった時に魔力が無ければ大人数を相手に戦うのは難しいとフレデリクは経験的に分かっている。
だから、早朝に起きず、目を覚まし自分の魔力が十分に回復している事を確認しながら朝ごはんを宿で食べてから出発準備をする。心は焦っていても最速で全てを終わらせるためにきっちり休む当たりがフレデリクの優秀な部分でもある。
日が上がり、冬の陽ざしを浴びて空気に温かさを感じながら、ゴルトシュタットから西へと出発する。
フレデリクはゴルトシュタットを出てしばらくすると、前方に何やら揉め事が起こっているのが見える。10人程の盗賊か傭兵のような連中が荷馬車を取り囲んでいる様子だった。
「この荷はミュラー商会の荷物です。ふざけないでください」
御者をやっている少女が相手に荷馬車を取り囲む男達に抗議していた。
「ふざけてねえよ。臨時徴収って奴だ」
「俺ら、ヴェルザー西方伯様に雇われた傭兵だぜ」
「手前らは俺らに貢いで当然だろうが」
「商人の娘風情がお前らの為に戦ってやってる傭兵に偉そうな口叩くんじゃねえ」
ガラの悪い男たちは武器を抜いて脅していた。
すると奥の方にいた小柄な少女が前に出て来る。
「ミュラー商会はヴェルザー西方伯の御用商人。そんな話は聞いていないし、ボーデンフェルト伯爵はルミヤルヴィとの戦争なんて許してない」
と淡々と説明をする。
「ギャーギャー言ってねえでさっさと荷物降ろせや。何だったらお嬢ちゃん達も俺らの仕事のお手伝いしてくれるってのか?」
「良いねぇ。俺はこっちのおっぱいの大きいお嬢ちゃんが好みでさぁ」
「じゃあ俺は奥の小柄なお嬢ちゃん貰うわ」
「相変わらずのロリコンかよ」
「うるせぇ」
男たちに馬車に近寄って二人の少女に手を伸ばそうとする。
二人は怯えるように馬車の奥へと逃げようとする。
「邪魔」
フレデリクは走っている途中で目の前にいる傭兵の一人を蹴り飛ばす。馬車に上がり込もうとしていた男は顔面を蹴り飛ばされて、ごろごろと転がって地面に倒れたまま沈黙する。
「てめぇ!何しやがる!」
「俺らがあの名高い傭兵団竜殺団だと知っての事か!?」
「知らないよ。戦争してるの?じゃあ、お前らは僕の敵だな?」
フレデリクは背にぶら下げたルミヤルヴィの旗を指差して自称傭兵団を見回す。
「え、あ」
男達は言葉の意味を考え慌てて武器を構えるが、フレデリクは既に2人目の顔面を蹴り飛ばし、3人目の腹を叩きつける。強烈な一撃で血を吐き地面に倒れ伏す。
「て、てめえ!俺らに喧嘩を売っげぼぉ」
文句を言おうとした4人目の口に足をねじ込んで歯が叩き折る。
あっという間に4人が沈黙してしまい、自称傭兵の男達もヤバい小娘に遭遇したと気付き距離を取って構える。
「こ、こんな事してただで済むと思うなよ。俺ら傭兵団竜殺団だぞ!」
「そう。今日全滅する傭兵団の名前なんて聞かされても覚える予定はないんだけど」
フレデリクは高速移動歩法<縮地>を使い、一瞬で喚く傭兵の背後に回って股間を蹴り上げると、5人目は泡を吹いて地面に沈黙する。
「こ、小娘が……。貴様、何者だ」
武器を持って構えたまま警戒する傭兵団の男達。完全に腰が引けていた。出会い頭の一瞬で半数が地面に沈黙しているのだから畏れるのも仕方ない事だった。
「小娘じゃないんだけど………。はあ。まあ、この名を名乗るのは分不相応で恥ずかしいが、一番通りが良いから言っておこう。」
フレデリクは首にかけている赤い冒険者証のタグを見せつつ答える。
「僕は雷華の騎士と呼ばれている冒険者だ」
「!?」
「あ、あの!?」
「や、やばい!き、聞いてないぞ、ルミヤルヴィがあんな化物を雇っていたなんて!」
「だ、誰っすか、それ」
「知らねえのか?砂漠の迷宮で一人で流砂王とやり合った化物だ!」
「なっ」
「超広域殲滅魔法<天地雷華>を使われたら戦争どころじゃねえ!」
その言葉に傭兵団の男たちは顔色を青くさせる。
フレデリクも自分の持つ魔法の恐ろしさは知っている。使いどころのない魔法である事もだ。
何せヴィルヘルムと違い操作が下手だから、使ったら最後、敵味方関係なく皆殺しにする超広域殲滅魔法なのである。
幼い頃、スタンピードによって街を襲った魔物の群れをピンポイントで皆殺しにして、雷の嵐の中にいた人間を一人たりとも傷つけずに守り切った大魔法である。それはフレデリクの脳裏に憧れとして焼き付いていた。
だが、フレデリクの使う<天地雷華>は倒すべき相手だけを殲滅できるような器用さはなかった。文字通り使ったら最後、効果範囲は皆殺しである。
「戦争を始めてお前達はベルトハイムについたんだろ?僕の敵だ」
フレデリクは右手がバチバチと放電させて雷系魔法を待機させる。剣を抜かずに相手を威圧して一歩進むと傭兵団のボスらしき男が慌てて前に出る。
「ま、待ってくれ!お、俺らは下りる。あんたみたいな化物を相手に戦うほどばかじぇねえ」
「何言ってんだ、兄貴!こんな小娘にビビってんのか?」
「馬鹿が!見てなかったのか!?雷華の騎士は剣と雷魔法を使うんだ。まだこいつは、魔法も使って無ければ剣も抜いてねえ!」
「あ」
「暗殺者殺しの悪魔なんかと戦ってられるか!」
「何、辞めるの?」
フレデリクは目を細めて男達をじろりと見ると、男たちは慌てて首を縦に振る。
意外とこの雷華の騎士という異名は通りが良いのだ。本人としては雷華の賢者ヴィルヘルムのおこぼれであって、そこまで凄くないとは理解している。だが、この名を口にすれば面倒な戦いを回避できる利点があった。
「ああ。お、俺らはこの辺で」
逃げだす男達を見送ると、フレデリクは馬車の中にいる二人の少女を見る。
「大丈夫ですか、お嬢さん方」
「「は、はい」」
二人はフレデリクの美貌に一瞬呆けてしまうが、小柄な少女の方が直に我に返り
「ありがとうございました」
「今は物騒みたいだからちゃんと護衛を付けた方が良いですよ」
「んー、普段は山賊も盗賊も傭兵も出ないんですけど」
少女の言葉にフレデリクは苦笑する。
ゴルトブルクやボーデンフェルトはフェルトブルクに匹敵するほど栄えており、スレイプニル馬車を使えば一日で辿り着ける距離間の町である。そんな物騒なのが出る筈がないのは当然だともいえる。
「ヴェルザーとルミヤルヴィの間で戦争が起こっているみたいですから」
「戦争を始めたのはベルトハイムだけ。ボーデンフェルト家は止めるように書状を送っていたから」
小柄な少女が口にして、フレデリクはヴェルザーの状況を理解する。
そして予想通り、ヴェルザー西方伯であるボーデンフェルト家を説得した所で戦争は止まらないと理解する。マルヤーナとジルフィアがボーデンフェルト伯の所に後で辿り着くだろうが無駄だという事が分かる。だが、戦争を終えるにはボーデンフェルト伯の力が必要だ。
この情報が正しいと分かるのはフレデリクがヴィルヘルムに教わった内容を覚えていたからだ。20年前、零細商会だったミュラー商会が若い新進気鋭の商人がどんどん大きくしていった中で、ボーデンフェルト伯の娘が嫁いだ事で一気に帝国西部でも最大規模の商会になったという。ボーデンフェルトからベルトハイム伯に書状を送っていることを知っていてもおかしくないのだ。
「想定通りか。それでは急ぐので、僕はこれで」
フレデリクは一礼して走って街道を西へと向かうのだった。
フレデリクを見送った少女たちは馬車を走らせる。
「すっごい美少女だったね」
御者をしていた少女は憧れるように口にする。
「?多分、ああ見えて男の子、だと思う」
小柄な少女がぼそりと口にする。
「えー、うそ。ないない。どう見ても女の子だって。男装の麗人と呼ぶにはあまりにも可愛すぎるじゃん。あれが女じゃなかったら私達は何なのさ」
普通の女学生でしょ、とジト目で小柄な少女は友人を見て溜息を吐く。
「雷華の騎士は銀髪の美少女と見まがう男の子だって聞いた事あるよ」
と商人の娘として知っている情報を出す。
「雷華の騎士?」
「ギレネで魔神の眷属と戦った雷魔法LV10まで極めた剣士だって聞いてる。双刃の勇者と雷華の騎士に剛腕の戦士、まるで三大英雄に並ぶかのような活躍だったらしい」
「詳しいね」
「商人は情報が命だよ」
「何でボーデンフェルトのお姫様が商人の娘かなぁ」
「それはお祖父ちゃんがボーデンフェルトの次期当主候補に商人のお父さんを指名したから仕方ない。さ、馬を走らせよう。流石に二度も変なのは出ないと思うけど、早くボーデンフェルトに着きたい」
「だね」
少女たちは馬を走らせる。
「でもルミヤルヴィ大丈夫かな。サーシャ無茶しなきゃいいけど」
「そうだね。サーシャが無茶しない訳ないとは思うけども」
小柄な少女は入学年から魔物の群れからクラスメイトを守った友人がルミヤルヴィの為に無茶するだろう事は当然でもあった。
***
フレデリクはボーデンフェルト辺りで風魔法を使って空を飛び南に流れる大河を飛び越える。
戦争が始まっていることは分かるが宣戦布告が出ているかは分からない。
情況を確認するには高い場所からルミヤルヴィを見る必要がある。ルミヤルヴィに出るにはヘレントルで南に進む平坦な街道を行くか、シュヴェルトシュタットから南側にあるカイヴォス方面への港を使うかであるが、ボーデンフェルトの南側にある山道に向かうとルミヤルヴィを一望できる高山の中腹に上ることが出来る。カイヴォス直行の街道は進軍している可能性が高いので、軍が動きにくい山道経由が良いだろうと考える。
これは幼い頃にキャンプで出かけたりしたことがあるから知っている事でもある。思えばヴィルヘルムに連れられて行った子供たちは将来の騎士や領軍の兵士候補生だった。他領の人間が知らない抜け道を子供のうちから教えてくれていたの事に今になって気付く。全てはルミヤルヴィを守る為だ。
遊びだったとしても一つ一つに意味がある事にフレデリクは感心しながら駆け足で山を登る。
人の気配を感じてフレデリクは足音を消して山を登る。敵か味方か分からないからだ。
「彼女は俺が守らないと」
ぶつぶつと何か口にする見覚えのある少年の後ろ姿を見てフレデリクは目を細める。何か想像しているのか妄想しているかは分からないが、一人で何か盛り上がっている様子だった。
「ハッ、シルッカ嬢にここで良い所を見せて、エル君、好きっ!みたいになってしまうかも!これはチャンスだ。むしろそうなれ」
「いや、ならないだろ。シルッカ様、そう言うキャラじゃないから」
「分かってるよ!分かってるっての。だが男だからこそ、そう言う願望がちょっと混じったりするんだ………って、誰だ!?」
少年は慌てて振り向きつつ、腰の剣を抜く。
フレデリクは敵じゃないのを確認できたので無視してそのまま、敵の様子を確認する。
ハッキライネン連合軍はランジランタを取り囲んでいる様子だった。
「ちっ、やっぱりハッキライネン連合軍がランジランタに出てるか。籠城戦になっている所を見ると、アレクサンドラ様が早くに辿り着いたか、残っていた留守の者が判断を下したかだろう。いや、ランジランタはトビアス様のご両親だ。当然の判断か。すると予想通り、まずはカイヴォスを守る所から始めるかな」
「って、フフフフフフ、フレデリク!?お、お、おま、お前、生きてたのか?」
独り言を口にしていた少年、フレデリクにとっては家族ぐるみの付き合いがあった一つ上の兄貴分エルッキは、まるで幽霊でも見るような目でフレデリクを見ていた。
「そりゃ、僕、死んでるよ、なんて言った?」
「死んでる奴も行方不明の奴も、自分の状況を説明しねえよ」
「それもそうだね」
「っていうか、お前どこ行ってたんだよ!みんな心配してたんだぞ!てっきり死んだものだとばかり。ゲオルクさんに至っては腹を切るだの言いだして皆で止めてたんだからな」
「あー、それは悪かった。いや、火竜王ぶっ殺すって追いかけて行ったんだよ。帰る場所も無くなったし」
「ちょっと待て。正気なのか?」
「今思うと正気じゃなかったかもね。両親も帰る場所も亡くなってどうにでもなれみたいな感じもあったし、アレクサンドラ様まで死んだなんて情報を耳にしたら僕はその場で首吊って死ぬ自信あったから。半分くらい現実逃避だったのかなぁ」
「で、今になって帰って来たと」
「仕方ないでしょ。復讐する相手を殺したらやる事ないんだし」
「そりゃそうだろうけど………は?復讐する相手を殺した?」
「しっかり息の根を止めて来たけど。帝国騎士って凄いのね。まさか死体のゴミ片付けをお願いしたら、自分たちが倒しましたってパレードしちゃうんだもん。皆で帝国騎士ヤベーって笑ってたよ」
「待て待て待て待て。お前が、火竜王を殺したのか?」
エルッキはあまりにも普通に憎き火竜王を殺したという話に驚愕の色が混じっていた。
「僕って言うか皆でね?エルフの英雄ミロンとアルノルトさんとレオンと4人で。世界は広かったけど、父さんや領主様みたいな凄い人はいなかったね。師匠は強いし何でも知ってるけど戦闘魔法の専門家でも軍略家でもないからなぁ」
「いたら怖いわ。帝都の英雄と大陸三大英雄だぞ」
「そーだね。14年間も騙されてきた僕としては何だろうって感じだけど」
フレデリクは荷物を置いて食事を取り出すのだった。
「って、ここで野営するつもりかよ!?」
「野営はしないよ。ただ、魔力が減ったから回復に務めるだけ。純粋な剣士だったら気にしなかったんだけど、魔法使いだから魔力温存は大事なんだ」
フレデリクは保存食の乾いた堅いパンを食べながらエルッキを見る。
「今すぐにでも駆け付けるべきじゃねえのかよ」
戦争は既に始まっているので焦った様子でエルッキはカイヴォスの方を指差す。
「今から行っても間に合わないし。ランジランタはあと1週間は放置しても籠城で大丈夫でしょ。カイヴォスの敵を蹴散らすにしても結構な数の軍が来てたから魔力温存しないと最後まで持たない。にしてもおかしいな」
フレデリクは雪の上に折り畳みの椅子を置いて、そこに座りながら火を付けて肉を焼く。
「おかしいって何が?」
「ベルトハイム伯が戦争を始めたのに、ベルトハイム伯と思われる人間がいないんだけど。これじゃ、何の為に山に登ったか分からないなぁ」
「状況や戦況の確認じゃねえのか?」
「敵の総大将の位置を把握して遠距離魔法で殺すつもりだったんだけど」
「お、お前、魔法ってどのレベルまで上がったんだ?そんな大魔法を覚えたのか?」
「雷魔法がLV10、神聖魔法がLV9、風魔法がLV7かな。後は一人前以上程度」
「マジか……領主様と並んでんじゃねえか」
エルッキは顔を思いっきり引き攣らせる。
「ないない。そんな達人じゃないよ。LV2のファイアボールだって、威力が弱くて届かない魔法でも使えるからLV2の人がいるでしょ。それと一緒だって。僕は領主様程緻密な魔法は使えないって。すぐ近くで雷を落としたら自分をまきこんで痺れたりする事もあるし。神聖魔法だって同じ魔法を使えても何をどう治すかを明確に出来ないから母さんみたいな医者の真似事なんて不可能だし」
「な、なるほど」
「……父さんなら今からぶっ飛んで行って、手加減して全員殺さずに捕虜にでもできるだろうし、領主様なら魔法でここから遠距離狙撃できるだろう。こちら側の人間には誰も被害を出さずにね。でも僕は彼らと違うから」
フレデリクの言葉にエルッキは頭をガシガシと掻く。自分が父の代わりに守らないとと思っていたが、自分は父ほど強くないと思い出す。
学校で上位を争う剣術でも父は国で上位を争える達人だった。国と学校ではレベルの差は歴然だ。
「たしかにな。…………そうだ。親父もいないし、領地貴族の反乱が起こればランジランタで暮らす母さんやニナの身も危ねぇ。こっちを守ったらランジランタに行かねえと……。くそっ何で領軍は動いてねえんだよ」
「スタンピードラッシュが起こっているらしい」
「はぁ?そんな時に反乱?あいつら馬鹿なの!?」
エルッキはあまりの事に呆気にとられる。リンノイトゥスの住民ならスタンピードラッシュは死と隣り合わせの襲撃だ。騎士団が全力で抑え込んでも漏れ出る余波で死者が出る事があるし、フレデリクやエルッキもそれで魔物と遭遇した事は何度もある。
「びっくりするほどの馬鹿だったみたいだよ」
「伯爵がその程度の危機感なのかよ。アレクサンドラ様やマルヤーナ様もかなり厳しそうだから、他の伯爵が変わってくれるなら変わってやっても良いとは思うけど、スタンピードラッシュを利用して反乱とか考える馬鹿なら論外だろ」
「まあ、多分……アレクサンドラ様もマルヤーナ様もそんなんだから降りたくても降りれないんだろうね。トビアス様がいない時点で政治方面はかなり厳しい筈だから」
「そ、そうだな」
「っていうか、フリッツさんまで亡くなってたの?」
「領主様が大規模防御魔法で火竜王の炎から民を守っていただろ」
「防御障壁が遠くで見えてたから分かってはいたけど…」
「親父は領主様の前で盾になって最初に死んだって聞いてる」
「……そう」
「リンノイトゥスの市民が150名ほど、身元不明の領の外から来た人間が10名ほど、領軍と白狼騎士団が250名ほど死んでる。」
「え?」
「お前、被害がどれだけ出たか聞いてなかったのか?」
「リンノイトゥスが滅んだ以上、何も期待してなかったけど……そんなに被害者が少なかったの?」
「少なくねえよ!」
エルッキは唾を飛ばすほど強く叫ぶ。
フレデリクはあまりの事実に驚愕していた。ルミヤルヴィだけを見ればすさまじい被害だ。だがフレデリクは火竜王を追って何度もあの化物から一般人を守る為に参戦してきた。万を超える都市が全滅した事もあった。少なくとも大都市の半数、1万近い人数を殺すのが平均的な火竜王の被害であり、フレデリクはずっとその被害を立ち会っていたのだ。
「凄いな、父さん達は。3桁の被害者で抑え込んだ時点で奇蹟だろ。僕は何度もあの化物と戦って、何度も避難させようと努力したけど、死亡者数で4桁を切った事なんて無いぞ。万の人間が炎で死にゆく姿を何度も見て来たんだからな」
「そ、そうなのか?」
「ルミヤルヴィのダンジョンの逆側からの襲撃からの防衛能力を考えれば、居住数の半数、5万程度は死んでもおかしく無い敵だったのに………。やっぱり、勝てないなぁ、あの人たちには」
フレデリクは肩を落とす。
「………そうだな」
エルッキは火竜王を恐れそののちにどれほどの被害をまき散らしていたかなど聞いてなかった。
まさか、頭のおかしい幼馴染がそれに何度も挑んでいたかなど思いもしないし、そこで何千何万という被害が出ていたとは考えてもいなかった。
父達が命を懸けて守った結果、どれほどの民を守れていたのかなんて考えてもいなかった。400以上も死者を出したという現実だけしか知らなかったのだ。他と比べて圧倒的な被害の少なさだったなんて考えてもいなかった。
「ルミヤルヴィは民の守り手だ。父さん達が守った人達を、己が欲望の為に、スタンピードを利用する愚か者どもに荒らされる予定はない」
「ああ。その通りだ」
フレデリクは指でカイヴォスの地形を書き、エルッキに説明を始める。
「カイヴォスは裏手の防衛柵を閉めて守りに入る準備をしているけど、恐らく突破されるだろう」
「破城槌や攻城塔だとか色々準備を持ってきているっぽいし兵力を考えると厳しいだろうな。しかも騎士団が出て来てる」
「特別な理由もないのに他領への侵略行為を容認するとはねぇ。まあ、仕方ないかぁ」
「何がしかたないってんだよ?」
「この状況は帝国内におけるルミヤルヴィ簒奪策の一つなんだよ。リューネブルクは功績でもってアレクサンドラ様を手に入れるという、ある意味で一番正攻法だな。次いでベルトハイムがラーナストを手に入れてしまえば、次世代を期待できないルミヤルヴィから実権を奪うという方法だ。んで、恐らくハッキライネン連合軍はバイマールやグロスクロイツの後ろ盾を使って後継者を殺し、ベルトハイムやリューネブルクから継承権を奪わせないようにしてしまう。継承権のない人間だけになった時、彼らを押す事で帝国貴族の傀儡領の誕生だ」
「めちゃくちゃ政治くせえじゃねえか」
「政治でもなく、貴族のパワーゲームごっこだね」
「大丈夫なのかよ」
「大丈夫にするのが僕の仕事なので。とりあえず、乱戦の中でこまごまと動くのは僕向きじゃないから、エルはラーナスト家の護衛ね。最悪、裏手から逃げしてくれても良いし。ランジランタ方面は戦争で貴族連合に包囲されてるから厳しいね。逃げるならこの山を回避する東周りの街道からヘレントルに出た方が良い」
「中で敵の狙いであるラーナスト家の護衛をするって事か。お前はどうするんだ?」
「外の人間を取り敢えず皆殺しかなぁ」
「みな、ごろし?」
「僕の能力は加減が利かないんだってば。出来るだけ加減するけど、よくて半数の戦力が消える程度だね。それで撤退してくれればいいけど。僕としてはこの場でベルトハイムを討って、言い出しっぺが消えて撤退させる予定だったんだけど、本人がいねえ。だから一通り外で大量の人間を殺して撤退せざるを得なくさせる。でも中の侵入者は簡単に止まらないだろうし、そこは良い壁がいたから壁君、頼んだよ」
「うるせえよ!………はあ、まあ、俺としてもシルッカ様を守る事に異議はねえ。下心の有無は置いておいてルミヤルヴィの人間としてな」
「じゃあ、それでよろしく」
フレデリクとエルッキは互いに拳を打ち合いながら立ち上がる。
「とはいえ、どうやって中に入るんだ?敵が入る事にこっちも入るのは難しそうだけど」
「さっき言ったじゃ。風魔法LV7って。風魔法LV7<飛翔>で飛んでいくから、エルは領主のいる城に落としていく」
「もう、何でもありだな…お前」
「だから、飛べるようになっただけで、ゲオルクさんみたいに自由自在に空を飛びながら戦える訳じゃないから、勘違いするなよって事だ。使えるだけの僕と使いこなしている人と同列に見ないで欲しいんだけど」
エルッキは溜息を吐く。
その使いこなしている人は恐らく今のフレデリクの頃は覚えてもいない筈で、既に覚えている時点で偉業だと言う事実をフレデリク本人が認識してない事に呆れるのだった。




