6話 ルミヤルヴィの戦争①
マルヤーナとジルフィア、フレデリクは侍女と護衛を乗せ、大きな乗り合い馬車はヘレントルへ向かう。
護衛が少ないのはマルヤーナがそこらの魔導師よりはるかに強く、侍女も戦える人材だったからである。ルミヤルヴィとは領主に強くあれというのだから、当然仕えるものもある程度戦える必要があった。
何せ魔物住処のすぐ近くに居を持つ一族だから当然だった。
馬車が進む中、フレデリクは外を見渡しながらマルヤーナらと話をしていた。
「なるほど、アレクサンドラ様は学園でも相変わらず危なっかしいかぁ。うかつだった。僕がいないとそうだよね。はあ、生死の確認が怖いとかそういう次元じゃないじゃないか。僕はなんてことを………」
「反省しているのは良いが、さっきから外をキョロキョロと何しているんだ?」
「いや、まだ大して時間が過ぎてないから、見つからないかなぁと……あー、いた!」
フレデリクは馬車の進む先を指差して声を上げる。
「何を探してたの?」
「いや、僕は一足早めに戦争の状況確認と介入をしたかったからさ。護衛を雇いたかったんだよ。戦が始まったら、こっちも狙われかねないし」
「それは……そうかもだけど」
カタカタと動く馬車の中から、フレデリクは顔を出して前を見る。
馬車が進むと大きい背丈の人影が見える。巨大な鉄塊の如き大剣を背負った男アルノルトが南西にあるヘレントル方向へ向かう街道を歩いていた。
「アルノルトさーん」
フレデリクはそこでアルノルトに声をかける。
アルノルトは振り向いて馬車の方を見る。足を止めて馬車が近づくのを待つとフレデリクは御者に男の所で一度止めて欲しいと願い出る。
「何だ?」
フレデリクは馬車から降りてアルノルトに話しかける。
「冒険者の仕事を請け負ってます?そうでないなら、お願いがあるんですけど。勿論、依頼料も払います」
「はぁ……。特に仕事は無いが、何の依頼だ?俺は高いぞ?」
アルノルトは金剛級冒険者のプレートを見せて分かってるだろう?と言わんばかりにフレデリクを見る。
一度パーティを解散すればなあなあで済まさないという意思表示だった。無論、フレデリクもそれは理解していた。
「ルミヤルヴィで戦争が起こったそうで、ベルトハイムと反乱軍がランジランタに攻め寄せてるらしいんです。そこでマルヤーナ様をボーデンフェルトまで護衛をして欲しいんです」
「停戦交渉か?」
「停戦交渉は無理でしょう。ベルトハイムがボーデンフェルトのいう事を聞くとは思えない。ただ、やらないよりはましでしょ?ヴェルザー領に入る際に、ベルトハイムの軍隊が待ち構えてこの馬車を襲撃したら、戦闘になる」
宣戦布告はまだ出てないようだが、今にも軍を上げる準備はしているようだ。雪が積もっているルミヤルヴィに進軍するのは考えられないが、スタンピードラッシュに合わせての進軍は、唯一ルミヤルヴィの弱点を突く事にもなる。
フレデリクはそこら辺の細かい内容を説明する。
「なるほど。マルヤーナを護衛して欲しいと。お前はどうするつもりだ?」
「ベルトハイムと僕が戦争をする」
「正気か?」
「奴らが気付いているかどうかは知らないが、ルミヤルヴィの実権を奪うにはアレクサンドラ様やマルヤーナ様を殺すのが奴らの勝利条件になっている。僕は二度も復讐なんて面倒な事をする予定はないんだ」
「……面倒か」
「殺したら生き返る位の報酬が無きゃやってらんないよ」
「まあ、良い。報酬は前払いで……」
「これで足りるでしょ」
フレデリクは腰の革袋をアルノルトに放り渡す。じゃらりと重たい音が響きアルノルトはを細める。
「こんなにいるか。平民が一生遊んで暮らせる金額渡すな」
「ヴィフレアで稼ぎ過ぎたから。主に冒険者の仕事じゃない所で」
「そう言えばそうだな。おまえ、いくら稼いでたんだ?」
アルノルトは呆れた様子で革袋から金貨を5枚とってフレデリクに革袋を投げ返す。
「本当にあの店に売られていても自分を買い戻せる程度には」
「天職だな」
「アレを天職にするな!」
フレデリクは涙目で訴え、アルノルトはくつくつと笑いながら、馬車に乗り込もうとする。
フレデリクは御者に追加料金を渡して進むようお願いをすると、御者は馬の手綱を引いて馬を歩かせる。
馬車に乗ったアルノルトはマルヤーナに声をかける。
「久しいな、マルヤーナ」
「お久し振りです、アルノルト様。もしかしてリッ君の冒険者パーティの仲間って……」
「まあ、死んだヴォルフのガキが何故かヘギャイヤ地方で火竜王に突っかかろうとしていたからな。結果的に見れば保護者は必要なかったろうが、ヴォルフに勝ち逃げされる羽目になったクソトカゲを殺すのに参加できたのは大きかったな」
普通に世間話から入るアルノルトとマルヤーナに、フレデリクは目を丸くする。
「あれ、二人は知り合い?」
「知り合いも何も俺の親父とヴィルヘルム様は従兄弟で、冒険者時代にパーティを組んでた仲間だぞ。その子供同士が知らない筈ないだろ」
「言われてみれば」
「リッ君、両親が素性隠すために徹底して隠蔽されてたからねぇ。血縁関係に興味を持たないようその手の資料を置かないようにしていたみたいだし」
「大体、予想はついてる。何も知らない様子だったからな」
アルノルトとマルヤーナは知り合いだった事実にフレデリクは少し驚いたが、よくよく考えれば当然だった。剣聖フェルディナントと賢者ヴィルヘルムは従兄弟だったのは物語にも触れられていた。
大好きな英雄譚の内容に触れられていたのに、そこに気付かない自分の愚かさに頭を抱えるフレデリクだった。
「じゃあ、アルノルトさんはアレクサンドラ様が生きていたのも知ってたの?」
「というか、その話になると逃げるように席を外してたのはお前だぞ」
グザッとフレデリクの胸に刺さる。
マルヤーナはアレクサンドラの言葉を思い出す。フレデリクは心が弱いから生死を確認するのも恐れている筈だと。
「アレサの言うとおりだったわね。復讐を理由にこっちの状況を確認するのを恐れていると」
マルヤーナの言葉に、ぐさりと胸を痛めるようにフレデリクはふらつく。
「火竜王と向き合えるのにサーシャ達の安否と向き合えなかったのか?」
驚くようにジルフィアがフレデリクを見る。フレデリクは三度目の言葉の刃に胸を押さえて倒れそうになる。
「む、昔、事件があってね。僕は生きるのが恐ろしくなって5つの頃、家に引きこもってた事があったんだ。その僕の手を取って引っ張ってくれたのがアレクサンドラ様だ。僕の臆病さを支えてくれていたのがアレクサンドラ様だ。彼女の死を知ったら、僕は生きていける自信が無い」
フレデリクの言葉にジルフィアは驚いたような顔をし、どこか納得するよう頷く。
ジルフィアは天然でルミヤルヴィ王国だった頃の教えを実践してしまう、ある意味心の強さは親にさえ逆らえない自分とは格が違うのだと感じていた。フレデリク程の男にそう思ってもらえるほどの友人なのだと実感してしまう。
「事件の概要は知ってるわ。ロイエンタール家の男がリッ君を襲って、ヴォルフ様が殺したって。たしか私達が学園の初等部1年の頃よね?」
マルヤーナは当時を思い出すように口にする。
「そんな事件が?」
「ええ。ロイエンタール伯の息子の一人が帝国十剣と謳われる騎士を引き連れて我が家で父と交渉したんだけど、その後にウチに来ていたリッ君を襲撃したらしいわ。まあ、リッ君、知らない人から見ると絶世の美少女だったから。あのロイエンタールのクズ息子、30のおっさんなのに幼児趣味で実際に手を出した過去もあるロリコンなのよ。」
「とんでもないクズだな。というか私達が5歳くらいだろう?それはトラウマになるな」
ジルフィアは顔を引きつらせる。
実際、ああいった下衆を見ると取り敢えず殴りたくなるのがフレデリクだった。
ジルフィアをとっさに助けてしまったのも、元はと言えば女性を襲う男性を見ると介入してしまう癖がある。冒険者時代もその所為で妙な戦いに巻き込まれたのは少なくない。
「まあ、事実は違うんだけど、僕が強くなろうと覚悟したのは彼女が手を差し伸べてくれたからだ。ルミヤルヴィの人間を守るにはあらゆる全てから守れる力が必要だったからね」
フレデリクの言葉にマルヤーナとジルフィアはぞわりと鳥肌を立てる。あらゆる全てから守れる力、それ自体は火竜王を殺した今となっては冗談でさえ聞こえないモノだった。
「俺にマルヤーナ達を護衛させて、お前はどうするんだ?」
「ベルトハイムがルミヤルヴィに宣戦布告をしているかどうか確認して、しているならそのままベルトハイムを襲撃する。マルヤーナ様、旗とかルミヤルヴィを示す何かを持ってないですか?」
「今はかけてないけど、馬車に着けるルミヤルヴィの紋章は持ってきたわね」
「はい。こちらですが」
マルヤーナは横に座る侍女に問うと侍女は持っていたバッグから紋章の入ったうす布一枚を取り出す。
「あ、これいい感じだね。じゃあ、これ借りて良い?」
「あまり無茶しないでよ」
「大丈夫、大丈夫。無茶なんてしないよ」
フレデリクは胸を張って口にする。アルノルトは怪訝そうな視線をフレデリクに向けていた。
「何?」
「いや、お前の無茶ってどのレベルなんだろうなと」
「少なくとも僕は命を天秤にかけるような事はこの三年でした事ないけど」
「だよな。火竜王もとんでもない化物を生み出したものだ」
「失敬な男だな。まあ、いいや。それじゃ行ってきまーす」
フレデリクは御者に一言声をかけて馬車から降りるとダッシュで走りあっという間に地平の奥へと消えるのだった。
「あんな速度で走って大丈夫か?直にばてるぞ?」
ジルフィアは目を細めて、フレデリクの後ろ姿を見送る。
「問題はない。アイツはヴォルフに西部迷宮挑む時に体力不足を指摘されていたらしくてな。暇あれば走っていたし、体力は俺が太鼓判を押してやる。何よりダンジョン潰して紅玉級になった男が体力分配で失敗する事は無いだろう」
「そ、そうなんだ」
「そう言えばギルドで言っていたな。砂漠迷宮のダンジョン増幅による同時多発スタンピードの際に、ダンジョンを潰して、砂漠迷宮を突き止めて流砂王を確認して紅玉級になった冒険者だと」
「リッ君、そんな事してたの?」
ジルフィアが思い出したように口にし、マルヤーナは驚く。
現在、この世界にある魔族の眷属によって作られたダンジョンは5つ。
ルミヤルヴィにある、スタンピードラッシュを起こす樹竜王ヘリスの支配する西部迷宮。
北部諸国地域にある、何度攻略しても復活する悪魔王ベルファゴスの支配する無限迷宮。
海の中にある、海魔族による陸上侵略を何度となく起こす海魔王アンドラスの支配する海底迷宮。
レーベンベルクにある、最も広大で攻略不可能とさえ言われる邪眼王バルバロスの支配する地獄迷宮。
ギレネにある、複数同時多発スタンピードを起こす流砂王グレゴリアスの支配する砂漠迷宮。
「ギレネ迷宮は学校で本物がどれか分からないという話だったが、学校の教科書を変えてしまったのか、アイツは」
「私もそう習っていたわね」
「あいつはあっさり見抜いてたぞ。ミロンでさえ驚いていたほどだ。フレデリクは攻略方法を提案し、その際に同時多発スタンピードに対処する為、発生したダンジョンを潰し、偶然ではあるが流砂王のダンジョンを特定。力ある者が現れればいつでも討伐可能という場所まで流砂王を追い詰めることが出来た功績がある」
「言ってしまえば、ヴォルフ様が西部迷宮で成し遂げた事をたったの3年の冒険で、通りすがりに砂漠迷宮の謎を解いてしまったのね」
「まあ、火竜王討伐のメンバーを勧誘し、齢13のガキが金剛級冒険者3名からリーダーとして認められたからな。奴を親ばかだと笑っていたが、ヴォルフが言っていた通り、帝都の英雄を超える化物の片鱗があった。」
「それでも、帝都の英雄を超えるとは断言しないんですね」
「比べる指標が違い過ぎるだろ。ヴォルフは俺と同じ純粋な戦士だ。対してフレデリクは純粋な指揮官タイプだ。なまじフレデリク自身が人並外れて強いし、一人で大体なんでもできるから勘違いされるだろうが……。ある意味で、フレデリクはヴォルフの理想の姿なのだろうな」
「帝都の英雄の理想像?」
「ヴォルフはよく言っていた。もっと俺に頭があったら、と。政治が分からないから無理に我を通した時に誰がどう困るか分からないから、どうしてもわかる奴の指示に従わざるを得なくなる。悪い奴を叩きのめす位しかできない。頭もたいして良く無いから、たくさん物事を勉強したが、自分の頂点は精々騎士団長くらいだろう。自分は今が最高の位置にいるんだと嘆いていた。だが、フレデリクはそのヴォルフが持っていなかったものを持っている。ヴォルフにとってフレデリクは自分の理想であり、きっと本当に自慢の息子だったんだろうな」
アルノルトは地平の彼方へと消えた見えなくなったフレデリクの方に視線を送り小さく苦笑する。




