5話 フレデリクの謀略・下
フレデリクはイザークに手袋を叩きつけて決闘を宣言する。
さすがに会議の場でこの暴挙は周りも呆気にとられる。
「衛兵!」
即座に叫ぶのはイザークだった。衛兵たちは慌てて中に入って来る。
「おや、大貴族の令息であるイザーク様は決闘を突きつけられたのに、衛兵を呼ぶのですか?」
「黙れ!どこの誰かは知らぬが、決闘は貴族だけに許された権利だ!嫡子であろうと行使できぬ!」
公爵令息であるイザークは騎士団長についており、公爵令息であるが同時に騎士爵以上の名誉爵位を得ている。例えばジルフィアは爵位を持っていないから決闘権を持っていない。
「確かにどこの誰かは知らないでしょうが」
フレデリクはフードを取り首に提げている冒険者の赤いカードを取り出す
フレデリクがフードを取ると同時に貴族達はほうと息を吐く。そのあまりの美しさに。覗く銀髪は皇族のような美しさがあった。イザークさえ目を丸くさせていたほどに。
マルヤーナはその顔を見て余りの驚きに声が出なかった。
鎖につながれた赤いカードを突きつけてフレデリクは言う。
「帝国法第24条、帝国は迷宮攻略者を貴族相当の待遇を与えるものとする。私は紅玉級冒険者、『雷華の騎士』フレデリク。帝国は法律に認められた我が権利を無視するのか!?」
振る舞いはまるで一流の騎士のように洗練されていた。平民上がりの騎士でもこうはいかないだろう所作に誰も否定できなかった。
「まさか……」
皇帝が小さくつぶやく。
「お前の様な小娘如きに証拠でもあるというのか!?平民風情が!?公爵令息であり、騎士団長でもあるこの私に、決闘!?決闘だと!?貴様の家が!家族がどうなるか分かっているのだろうなぁ!大体、その紅玉級を示すプレートが貴様の者かもわからんというのに!そうであろう!?」
イザークは慌てて抗弁すると同時に逆に紅玉級である真偽を問う。
「私は冒険者の身、平民である私の身の証はこれ以外に無い。このプレートの所有権そのものを問われれば在る訳が無いだろう」
「そういう事だ!平民である以上、貴様にそんな権利は……」
「辞めよ」
そこで止めに入ったのはリューネブルク公爵だった。
「ち、父上?」
「リューネブルクはルミヤルヴィから手を引く。それで良いだろう?」
「何を言っているんだ、父上!」
「これ以上は私には関係ないものとする。紅鳳騎士団長イザークがそれでもやるなら私は止めぬ」
興味をなくしたと言わんばかりにリューネブルクは椅子に深く座りなおして息を吐く。
あまりに早い引き際に全ての貴族達が困惑した。皇帝だけがチッと小さく舌打ちをし、リューネブルクと睨み合う。
彼らの間に何があるのかはフレデリクにも分からなかったが、彼らの中で情報量の違いがあるのだろう。リューネブルクは帝都の英雄と深いかかわりがあるとフレデリクは聞いていた。
フレデリクの顔を見て即座にザシャの関係者と判断して手を引いたと考えれば不思議ではない。大物貴族のしたたかさ、そしてこれで失敗すればイザークをあっさり切り捨てるだろう事が予想できてしまう。
なるほど、簡単に潰せないのが大貴族だとは聞いていたが、こういう事かとフレデリクは理解するのだった。父親ごと地に落とすつもりだったがそう簡単にはいかないらしい。
「身の証の証明ならばあるでしょう?」
ヴェルザー西方伯代行のロイエンタール伯が神眼の鏡を指差す。
「迷宮攻略者には称号が付く。あればその者は嘘偽りなく紅玉級冒険者、迷宮攻略者であり貴族相当の権利を要すると認められる。決闘権も付随するはずだ」
一瞬、イザークの顔色が悪くなるのを感じて、フレデリクはもう一芝居打つ事にした。
「なっ!?そんなもの必要はないでしょう?このプレートの所持者である私がいれば何も問題ない筈だ。私とイザーク卿との決闘で話を付ければそれで終わると…」
嘘をついていたかのように、完璧な貴族の振る舞いを乱し、フレデリクは慌てたように振舞う。
それを見たイザークはニヤリと笑う。
そうか、奴は偽造冒険者証を使って決闘にもっていかせようとしていたのか。
紅玉級冒険者がそこらにいる筈もない。
元白狼騎士団の連中は武闘派集団で戦闘なら勝てるとでも思ったか?ルミヤルヴィは決闘に持っていき紅鳳騎士団を叩けばいいと考えたか!この愚か者が!
等と、自分の都合のいいことを考えてしまう。
「そうだ、ロイエンタール卿の言うとおりだ。立てるならば立ってみろ!称号があるならば、決闘でも何でも受けてやろう!」
イザークの言葉にフレデリクは慌てた様子を見せつつも、心の中でほくそ笑む。逃がさないように態とうろたえたふりをしたのは正解だった。
宮廷の侍女が大きい神眼の鏡をガラガラと引きながらフレデリクの前に持っていく。
フレデリクが映し出された鏡には名前、性別、職業、あらゆるステータスが並び立つ。
氏名:フレデリク・ズワールト
性別:男
年齢:14
LV:65
職業:魔法戦士
称号:復讐者 賢者 迷宮攻略者 火竜王討伐者
そう、フレデリクは単に自分のステータスを見せて、紅鳳騎士団長は全く知らない人間であることを示せばそれで良かったのだ。
貴族達は言葉を失う。14歳でLV65とはどんな修羅場をくぐり続ければそんなLVに到達できるのかと。そして忌まわしきズワールト姓を見て確信する。あの男の息子なのだと。
「改めて、初めまして。火竜王と討伐したと自称しているリューネブルク公爵令息様。大賢者ミロンの弟子、フレデリク・ズワールトと申します。ああ、さっき知ったばかりだからこう言うのは恥ずかしいのですが、帝都の英雄の息子と言った方が皆様方にも分かりやすいかと」
「り、リッ君、い、生きてたの!?」
「申し訳ございません、マルヤーナ様。両親の仇討ちの為に、何も伝えず旅だった非礼をお詫びいたします。」
フレデリクが胸に手を当てて膝をついて謝罪をする。
その姿はまさしく貴族の所作だった。女王に傅く騎士の如き姿に帝都の英雄の息子と言われるとかけ離れた姿にも見える。だが、帝都の英雄の息子は皇帝の妹ザシャの子供でもある。ザシャの子供にふさわしい品格を持った姿に誰もが絶句した。
亡きヴィルヘルムが隠し持っていた切り札が切られる。帝都の英雄をも殺した火竜王を、その手で殺した帝位継承権保持者。野生の獣と見分けも付かぬと馬鹿にされていた男の子供が、この場の誰にも劣らない振る舞いが出来る姿を披露されたのだ。
「さて、火竜王討伐の褒章だったか。どうしたものかな?」
皇帝陛下はイザークの方を見る。イザークの顔色は青から白へと変わる。
盛大なパレードを行なったにも拘らず、大貴族全員の前で虚言を露呈させてしまったからだ。
「確かに困った事ですなぁ」
ロイエンタール伯はニヤニヤと笑って皇帝陛下に追従する。
「リューネブルク公はどうお考えで?」
バイマール候は父親に訊ねるが、父親は他人事だった。
「さて、先にも言いましたが息子が言っていた事ゆえ詳細は知りませぬ」
「あれ程盛大なパレードを開いておいて知らぬ存ぜぬはなかろう?」
グロスクロイツ候は逃さぬと言わんばかりに追求するが、リューネブルク公は簡単に流すのだった。
「とはいえ、紅鳳騎士団が私に断りなく行なった事ですからな。私に知らぬ存ぜぬはないと言われても」
「一応、リューネブルク公爵領を守る紅鳳騎士団は侯爵とかかわりない者達ですからな」
公爵のコネで団長にもなれてしまうけど、騎士団は体裁上、領地を守る騎士であり、公爵が帝国に反乱を起こした際に鎮圧するのも騎士団の務めでもある。だから一線を引いて考えられる。
「それでは、これでアレクサンドラの件が済んだようなら、ルミヤルヴィは引かせて貰うわ。領地が反乱の兆し有りとの事でしたから」
「あっちの方は雪が積もり始めていると思うが?」
皇帝は天を指差して心配するような声をかける。
「行軍速度も遅くなるでしょう。これで失礼いたします。ヤーコブさん、後の記録はお願いいたします」
「はっ、お任せくださいませ、お嬢様」
ルミヤルヴィ家の執事ヤーコブが立ち上がり頭を下げる。
「それでは皆様、失礼いたします」
マルヤーナはカーテシーをしてその場を去る。ジルフィアとフレデリクも騎士の礼をして会議から去る。護衛と侍女の二人がそれについていく。
***
「あの、マルヤーナ様。ルミヤルヴィに反乱の兆し有りってどういう事?」
フレデリクはとんでもない情報をいきなり聞かされて戸惑うように尋ねる。
「いつも通りマル姉ちゃんで構わないけど、……リッ君はどこまで知ってるの?」
フレデリクがマルヤーナに訊ねると、マルヤーナはどう説明するべきか考え、フレデリクがここに来てくれた事自体が想定外だった。
「火竜王を倒して、パーティ解散して、冒険者ギルドでヴァイスフェルト嬢に会ってね、アレクサンドラ様が火竜王討伐の報酬で下げ渡されるかもみたいな話を聞いて、止めに来ただけだよ。まさか自分のせいでそんな事になるとは思わなかった」
「自分の素性の事は?」
「さっきアルノルトさんに、僕の父が帝都の英雄で、この剣が神授の聖剣だ、と教わっただけ」
「さっき!?」
「うん、さっき」
マルヤーナは早足で歩きながら額に手を当てて空を仰ぐ。
「マルヤーナさん。フレデリクが帝都の英雄の子供って?」
「帝都の英雄と皇妹殿下が貴族嫌いなのは有名でね。ヴォルフ様は自分の息子がそんなのになって欲しくなかったから、ルミヤルヴィでも素性を隠して育てていたのよ。アレサの幼馴染だからって理由で、うちで貴族教育を受けていたから振る舞いは綺麗でしょう?」
「本当はどこかの貴族じゃないかと思っていたらそういう事ですか………」
3人は話しながら城を出て、そのまま馬車屋に向かう。
ヘレントル行きの定期馬車が1時間後に出るのでそれに乗るようマルヤーナは話を付けていた。
「つまりフレデリクは両親の素性を知らず、平民ながらアレクサンドラの遊び相手をしつつ同時に貴族教育をさせられていたと」
「そういう事ね。というかアレクサンドラだってリッ君が皇女様の子供だなんて知らなかったし、ザシャ様が皇女様だなんて教えてなかったもの。教えたのは火竜王の事件のちょっと前よ」
「そりゃ、アレクサンドラ様と僕は同じ歳だからね。教えたら口を滑らせるでしょう。僕は何で何でって周りに聞くタイプの子供だったし」
「私はほぼ最初から知っていたけども。でも、フレデリク君にそろそろ教えるって頃に火竜王の襲撃があってね。私は死んだと思ってたし」
「それは多分お互い様かな。というか、……そうだ。両親に今日は大事な話があるから疲れて早く寝るような事はするなって注意されてたんだよな。まさに教わる筈のその日にあのクソトカゲが余計な事をしやがって。結局、アルノルトさんから断片的にちょこっと教わっただけで、両親から詳しい話を聞けてないんだ。それだけなら何にも僕としては変わらないんだけどね」
フレデリクはあっけらかんという。
「いやいや、変わるだろう。」
「父さんが一代限りの貴族である以上僕は貴族じゃないし、母さんが皇族だっただけで何も変わらなくない?」
ジルフィアの言葉にフレデリクは首を横に振る。
ジルフィアも言われてみればと気付く。凄い両親の子供であるが、実際に何が変わるかと言えば変わらないのだ。
「ルミヤルヴィの継承権で言えば、当時ラーナスト家に次ぐ継承権を持っていたの。つまりリッ君はルミヤルヴィ継承権でいえばシルちゃんとイスト君に次ぐ訳」
「え」
「実の所、父さんはルミヤルヴィの血が弱くなっているのを危惧して男の子を欲してたのよ。多くの血を残して受け継がせたかった。白狼に左遷させる動きに乗ったのは、リッ君を後継候補として育てる為でもあったのよ」
「なるほど」
「私一人で子供を産むにしても限界あるし、しかも今となっては子供を望めない。アレサはエメラルドブロンドで子供を産めるかさえ怪しい」
「男なら相手さえたくさんいればいくらでも子供を作れる……か」
血が弱くなっているというのはそこら辺でもある。
実際、ルミヤルヴィだけでなく、帝国皇帝も血が弱いのは事実だ。
今代の皇帝で暗黒期を抜けたが継承者が非常に少ない。フレデリクが知る限り子供二人しかいない筈。その次が皇妹殿下がいるとはしていたがそれが母親だったと。
「んんんん?ちょ、ちょっと待って。帝国皇帝の継承権はもっと高いんじゃないか?」
「そう言う継承権の高い人間がルミヤルヴィを継いでくれればという思いもあった筈よ。だからこそ、ウチの両親とヴォルフ様達はアレサとリッ君を婚約させたわけだし」
「それも初耳なんだけど?」
「リッ君の素性を話さないと、話が進まないでしょ。実際、お父さんはリッ君の頭脳面に惚れこんでいたけど、元々は血筋だけでも価値はあったのよ。アレサを誰よりも大事にしてくれるから婚約をさせた所もあるし。多分、二人の素性を話すと同時にアレサとの婚約も話す筈よ」
「マジか………」
「と、するとフレデリクがサーシャの行方不明の婚約者だったのか」
ジルフィアは友人の婚約者が見つかった事に何故かチクリと胸の痛みを感じるが、それを気にすることなくマルヤーナに視線を向ける。
「もう少し早く帰ってきてくれれば婚約者がいるの一言で終わったのに」
「それはそれで終わらないでしょ。両親がいないんじゃ色々と難癖付けてなかった事にされるよ。証拠の書類とかあるの?」
「うっ……。火竜王の襲撃の際に焼け落ちたかも。一部の重要書類が行方不明だし」
フレデリクは苦笑する。そして話を先に促す。
「さてと……じゃあ、反乱について聞かせて欲しい。どういう状況なの?」
マルヤーナは領地の状況を説明する。
今年だけでなく、2年前もザルムから無償援助を求められ、勅命で無理やり麦を奪われていた事。
これによりルミヤルヴィに属する領地貴族達の不満がたまった事。
不満を持った領地貴族達の背後に他領の大貴族の影がある事。
今、西部ダンジョンがスタンピードラッシュを発生して領軍がダンジョンから離れられない状況である事。
そのタイミングで反乱貴族とヴェルザー領のベルトハイム伯から挙兵の兆しが見られた事。
「平和ボケは帝国だけじゃなかったか」
フレデリクは頭を抱えて溜息を吐く。
「どういう事だ?」
「スタンピードラッシュを機に軍を出せない領主に反乱すると言えば、良い手に聞こえるだろうが、じゃあ、抑えている領軍が手を止めたらどうなると思う?魔物の群れがルミヤルヴィだけじゃない。帝国だけじゃなく、西部の大樹海や中南地方にも散らばっていくだろう。ベルトハイム軍も反乱貴族軍も魔物の群れに襲われて壊滅するのは時間の問題だ。スタンピードラッシュはスタンピードが止まらず一月くらい続く最悪の現象だよ」
「だが、成功させた後に魔物を討伐して抑え込めば良い話だろう?」
「と、雷華の賢者、帝都の英雄、飛行騎士、爆炎の魔導師の4人を中心に白狼騎士団1000人が一月もダンジョンに張り付いて家に帰れず、それでもスタンピードが溢れて、リンノイトゥス周辺の町に魔物が襲う事がある。と言ったらその脅威度がどれほどか分かる?」
フレデリクの言葉にジルフィアは絶句する。
ジルフィアも抜け落ちていた事だが、ルミヤルヴィは帝国でも有数の人格に問題があるが有能な騎士が多く属している。黒虎騎士団と並ぶ最強とも呼ばれていた白狼騎士団を擁していたのがルミヤルヴィだった。
「スタンピードラッシュはまさに魔神の眷属が行う人類への攻撃なのよ。西部ダンジョンのスタンピードラッシュ、海底ダンジョンの赤潮侵攻、砂漠ダンジョンの複数同時スタンピードはまさに人類を殺しに来てる攻撃だからね」
マルヤーナの説明にジルフィアは顔色を変える。
「戦争している暇はない、と?」
「とはいえ、今回は完全に失策だなぁ。マルヤーナ様、これ、完全にマッチポンプだよ。スタンピードラッシュは運が悪いにせよ、戦事は人間の策略が絡んでる。2年前に押し付けられたって言ったよね。まさに2年前から狙われてたよ。ルミヤルヴィはヴィルヘルム様がいなければどうにでもなると舐められていた。マルヤーナ様も貴族の対応を間違えていた可能性は往々にあるトビアス様がいないならなおさら僕が対処する案件だったのに。領主様に顔向けができない。」
フレデリクはまさにルミヤルヴィを振り返る事を恐れた事で、状況が悪くなっている事に頭を抱える。
「どういう事?」
「恐らく、バイマールやグロスクロイツ辺りでしょ、食料提供を出汁にルミヤルヴィ貴族達を動かし、自分たちの傀儡領にしようと考えていたんだろう。ルミヤルヴィだけが被るのはおかしな話だ。ザルムと話を合わせていたんだよ、奴ら。後で貴族を叩きのめしたら、奴らの証拠を漁れば分かる事だ。戦争に必要な物資調達はバイマールやグロスクロイツじゃないかな?戦争するのに首都を無視して集められないでしょ。鉱山は北部カイヴォス領にあるんだから。手に入れるとすればヘギャイヤ地方か帝国東部領地だよ。」
「い、言われてみればあの両貴族の反応が変だったけど、でもリューネブルクの動きに対して彼らはあまり困った様子は見せなかったわよ?」
「そりゃそうだ。戦争でアレクサンドラ様を確保するのは第一条件だ。確保が殺害に代わるだけでしょ?」
「「あ」」
フレデリクの言葉にジルフィアとマルヤーナは迂闊な部分を突かれて思わず声を出す。
フレデリクは平和ボケしたのは何も敵対貴族だけではなかったのだとマルやーアをジト目で見る。人間は味方だとどこかで思ってしまう点が悪いとは言わないが………。
「ベルトハイムはカイヴォスを手に入れれば良し、ラーナスト家を確保し、ルミヤルヴィ姉妹を殺せば、ルミヤルヴィ継承者は居なくなり、いかようにも出来る。今のルミヤルヴィは割と勝利条件が簡単だからね。スタンピードラッシュの恐ろしさが分らなくなるほどちょろく思われているのが拙いんだ」
「ど、どうすれば……」
「ランジランタってリンノイトゥスの副都市だし、防衛力は高いよね。衛兵主体で籠城してどれくらい保つかな?」
「人口が多いから一週間程度が限度よ」
「スタンピードラッシュより先に終わるか。あまりよろしくないね。それはまあ、後日の課題として、どの段階で籠城開始になると思う?」
「アレクサンドラが返ったのが10日前。急ぎのウチのスレイプニル馬車だからら、今日にも着いてランジランタの民に襲撃がある事を説明して籠城を開始すると思う」
「それじゃあ、最高効率で行くか。僕は途中で馬車を降りてカイヴォスへ行くよ」
「カイヴォス?」
「そこでベルトハイム軍を撤退、あるいは2~3週間くらい足止めするような攻撃を仕掛ける。ついでに一番偉そうな奴の首を持ってヴェルザー西方伯に停戦を掛け合う。その後、ランジランタでアレクサンドラ様を保護、リンノイトゥスに速攻で駆けつけて防衛しているメンバーと交代して、反乱軍を押し返す。上手く行けばスタンピードラッシュを止められる上に、戦争も止まる筈。全力で走って1週間かな」
「いやいやいやいや、それは理想的だが、そんなことが出来るはずもないだろ」
ジルフィアは慌てて突っ込む。
「というよりもヴェルザー西方伯に停戦を掛け合うのは同意よ。というよりも私たちはそう動くのがベストだと思うわ」
マルヤーナは頷く。
「止められるかな?ヴェルザー西方伯は三伯爵が領地貴族の投票で決まる仕組みだった筈。戦争が選挙活動の一環だとすれば止める権限がヴェルザー西方伯にあるのか……」
フレデリクは首を傾げる。
「だが、何もしないよりはいいだろう。何より現ヴェルザー西方伯はボーデンフェルト伯家なのだから対外領地の権限は彼にある筈だ」
「そうよ。ボーデンフェルト様は父さんの代から付き合いのある数少ない私達の後ろ盾だし」
ジルフィアとマルヤーナはまずはヴェルザーに話を通すべきと訴える。
そういう状況なのにベルトハイムが軍を上げたという時点で、彼では止められないんじゃないか、思っており、フレデリクは空を見上げる。
200年前まで、ルミヤルヴィは西南地方やヴェルザー西方伯領をも統べる現在のローゼンブルクに匹敵する一大国家だったが、西部ダンジョンの侵攻に負け、150年前に全ての領土を守り切れなくなり瓦解した。
分離した国の一つである大公家が共和制を取り、、貴族達の投票によって総裁を決定する制度を取っていた。それがローゼンブルクに吸収された事で、ボーデンフェルト伯、ロイエンタール伯、ベルトハイム伯の三者の代表者がヴェルザー西方伯になる仕組みへと変わった。
現ヴェルザー西方伯はボーデンフェルト伯が務めており、その内のベルトハイム伯がルミヤルヴィに侵攻したというのが内訳なのである。
マルヤーナはヴェルザーの事をボーデンフェルトに訴えるのは間違っていないと思っている。
フレデリクはそこまで管理できないと考えている。幼い頃、ロイエンタール家の嫡男にフレデリクとアレクサンドラは襲われた事があったが、ボーデンフェルト伯はルミヤルヴィとは友人関係にあったにもかかわらず対応をロイエンタールに丸投げしていた。
恐らく三人の伯爵間では話が通じないとフレデリクは見ていた。




