5話 フレデリクの謀略・前 ~ジルフィア・フォン・ヴァイスフェルト~
ジルフィアは帝都の冒険者ギルドにやって来ていた。
「ここ2ヶ月で紅玉級以上の冒険者が来ていなかったか確認したい」
ジルフィアは受付嬢に問うと受付嬢は首を傾げる。
「紅玉級以上ですか?世界に50人といない上、大半が長命種の方ばかりですからね。先輩、紅玉級以上の冒険者様って帝都に来てました?」
受付嬢は新人なのか首を傾げて先輩の受付嬢に問うと、先輩受付嬢は呆れた顔をする。
「何言ってるのよ。帝都在住の紅玉級冒険者が二人いるでしょう?灰燼のヴァン様と白銀魔導騎士ヴィンフリート様がいるでしょうが」
当然だが、帝都在住の高位冒険者は居る。むしろ大陸三大都市の一つに2人しかいない方が少ないと言える。亜人や獣人の高位冒険者が多いので、そう言った種族が帝国には少ないから、高位冒険者が少ないのである。
ちなみに『灰燼』や『白銀魔導騎士』とは一流の冒険者につけられる二つ名である。自称もあるが。
「最近、他から流れて来た冒険者はおられないのですか?」
だがジルフィアが知りたいのは火竜王を殺すような冒険者だ。騎士団では無理だと考えている。ずっとここにいた冒険者ではなく帝都に寄った冒険者を知りたかった。
火竜王を倒すために帝都に来て話を通している可能性があるからだ。
「それなら、確か…」
先輩の受付嬢がジルフィアの問いに答えようとすると乱暴に入り口のドアを開けて10人もの騎士が入ってくる。冒険者たちは何事だとどよめきが広がる。
「帝国騎士団だ。大人しくしろ」
パレードに参加してなかったのだろう紅鳳騎士団が入ってくる。
多くの冒険者は異物を見るよう目を細めていた。
「何だよ、お偉い騎士様がよ」
「外でパレードでもしてろっての」
ぼそぼそと文句を言う冒険者達だった。
流石に相手は国家権力なので、声を大きくして文句も言えなかった。
「ギルドマスターはいらっしゃいますかな?リューネブルク公爵家の者です。大至急呼びなさい」
中央を歩いてやってきたのは騎士団の人間ではなく執事服を着た老紳士だった。
彼が懐から月をモチーフにした家紋を受付嬢たちに見せて睨む。
「りゅっ……い、今呼びます!」
慌てて先輩受付嬢が奥に走ってギルドマスターの名を呼ぶ。
呼ばれて奥の方からやってくるのは40歳前後の男だった。
「何の用ですか、騎士様方が冒険者ギルドになんて」
「これは我が主からの命令です。これより高位冒険者の情報の公開を禁じなさい」
「それはどういう事でしょうか?」
「お前達無能な冒険者たちにつまらぬ噂を流されては困るんですよ。リューネブルク家が総力を挙げて火竜王を打倒したというのに、お前たちは勝手に我が騎士団を貶めるような発言をするでしょう。折角、かの邪竜を倒したというのに余計な事を口にされては溜まりませんからね」
それはあんたら如きが火竜王を殺せるなんて誰も思って無いからに決まってんだろが
という思いをよぎらせるが、ギルドマスターは後頭部を掻きながら答える。
「分かりましたが、所詮は個人の集まりに過ぎない冒険者ギルドですからね。我々に噂を流すなと言われてもどうしようもないんですよ」
「ああ、あと、アルノルト殿が来たら、余計な事をするなと伝えておいてもらえると幸いですな」
ジルフィアは執事とギルドマスターのやり取りを耳にして確信する。予想通り紅鳳騎士団が倒したのではないと。
アルノルト?高位冒険者だろうか?その男が火竜王を倒したのだろうか?
ジルフィアは高位冒険者の名前を思い出して一人の男に行きつく。
剛腕のアルノルト。人よりも大きい鉄塊の様なバスタードソードを振り回し、ダンジョンを潰した事のある紅玉級冒険者だ。いや、昨年、金剛級に上がったとも聞いた覚えがあった。
リューネブルクとは知り合いなのか?
貴族出身ならあり得るだろう。年代は40前後だったから公爵と年代が同じ可能性がある。とするとヘレントル高等学園時代の同級生の可能性があるのか。
ジルフィアは一瞬で頭の中を整理して執事の男に歩み寄る。
「これはリューネブルクの執事ホラント男爵殿。お久し振りですね」
ジルフィアはカーテシーではなく、男装している自身の格好に相応しく男性貴族の礼を見せるのだった。
「……!これはお久しい、ヴァイスフェルト令嬢ではないですか。どうしてこのような吐け溜めような場所に?」
「ハハハ。私はヘレントル高等学園の初等部3年の卒業生ですよ。つい先日帝都で卒業式をしたばかりなのですから、帝都の冒険者ギルドにいる事におかしい事なんてありませんよ。高等部と初等部の卒業式にはご子息が3人もいらした筈ですが?」
「3人?……ああ、言われてみれば3人でしたな。2人なのに何をと思えば……アレは数える必要はないと聞いてましたので忘れてました」
しらじらしい狸めとジルフィアは半眼で執事を睨む。
リューネブルクには高等部に一人、初等部に二人卒業生がいた。その初等部の片割れは愛人の子供の私生児だから、数えられていない。その数えられていないリューネブルク家の少年はクラスメイトでもある。
「それにしても口止めを冒険者ギルドにかけるとは、やはり火竜王討伐には裏があったようですね。それを使ったルミヤルヴィを手にしようとは片腹痛い」
「おや、どうやら勘違いしているご様子。これは一重に民の為ですよ。折角、民草が火竜王討伐の報を聞いて安心して暮らせるというのに、紅鳳騎士団が倒した訳では無いなどという出鱈目な噂が流れては問題ですからね」
「アルノルト……ですか。その者に帝国に証言をしてもらえばどうにかなるのでしょうか?」
ジルフィアはあえて挑発するように口にする。その言葉に老執事は眉を吊り上げて鋭い視線をジルフィアへ向ける。
「成程、ルミヤルヴィ辺境伯と同じクラスの学生でしたな、ヴァイスフェルト侯爵令嬢は」
「偽りの戦功で陛下から勅命をいただこうなど帝国貴族として恥を知れ」
「どうも勘違いなさっているようですが、紅鳳騎士団が火竜王を倒したのは事実です。疑われて民に不安を持たせたくないだけの事。それとも、国を亡ぼすほど強大な力をまさか一個人が持っているとでも?」
執事はジルフィアが否定しにくい物言いで訊ねる。
「まあ、どちらでも良い事。火竜王討伐は誰がする予定だったのか陛下に聞けばいいだけの事。何故、帯同しただけの紅鳳騎士団が倒したのか陛下から聞き取りしていただければ良いよう、私は進言するのみです」
ジルフィアは冒険者が倒しに向かったのであれば討伐許可を貰いに来ただけだと推測する。その際に騎士団が帯同を申し出ただけ。そして手柄だけを奪って凱旋。
それが最も妥当な手だと推測する。
「どうやらヴァイスフェルト家のお嬢様は余計な事をするようだ。お前達、彼女を拘束しなさい」
「はっ」
騎士達がぞろぞろと前に出て来て腰の剣を抜く。
「情けない連中だな。女一人拘束するのに剣を抜くのか?」
ジルフィアは内心ではびくついていても、帝国始祖三貴族のヴァイスフェルト侯爵家の令嬢として毅然と振る舞い睨み据える。
「じゃじゃ馬を飼いならすにはそれなりの調教が必要でしょう?何、けがを負わせても魔法で治せば問題はありません」
「そういう事だ。悪いな、お嬢ちゃん」
騎士達は腰の剣を抜いてジルフィアに向けるのだった。
「全く、どいつもこいつもロクでもない奴ばかりだな」
女相手に多人数で武器を持って集る騎士とは何なのかと問いたい所だった。
女の身でありながら、魔神の勢力から人を守るのは当然とし、戦場にためらわず飛び込む親友とでは比べ物になる筈もない。
冒険者ギルドも異様な状況に口出しが出来ない様子だった。
「おらああああああっ!」
騎士の一人が剣を構えてジルフィアに襲い掛かる。ジルフィアは剣を抜かずにいた。ギルド内と言えど街で剣を抜く程、愚かではなかった。だが、まさか本気で自分に切り付けて来るとは思ってなかった。
ガシャーンと激しい音が鳴り響く。
騎士の一人が剣を振り降ろした音がギルド内に響き渡っていた。
斬られると思って思わず目を瞑ってしまったジルフィアだったが、誰かに抱えられて剣の軌道から外されていた。
「えーと、この状況、何」
ジルフィアは恐る恐る目を開いて、声が聴こえて方に視線を向ける。
見た事もないほど美しい顔立ちをした少女の顔がそこにあった。少女は銀色の瞳に銀色の髪をしていた。まるでロイヤルシルバーと呼ばれる皇族の髪色そのものだった。ジルフィアは迂闊にも初めて見たその美貌に呆けてしまう。
少女……?
ジルフィアはその少女を見て違和感を感じる。自分を支えている人の骨格が女性のそれに感じなかったからだ。小柄な少年だと少し考えて気付く。
「よく分かんないけど、武器も手にしてない女性に剣を向けるのって騎士としてどうなの?何で冒険者ギルドに紅鳳騎士団がいるんだよ。外で行進でもしてろよ」
銀髪の少年は騎士を相手にしても全く臆することもなく騎士達を半眼で睨む。
「帰るついでに仕事でもないか見に来たら、なんだこれ」
分厚い筋肉に覆われた大男がこの様子を見て溜息を吐きながら入ってくる。
「アルノルト殿…」
老執事が帝都冒険者ギルドにやって来た大男を見て呟く。
ジルフィアは目の前の大男を見て、この男が剛腕のアルノルトだと理解する。金剛級冒険者で、単独でダンジョン2つを攻略した英雄の一人。
「ん、あ、ホラント男爵か。まだリューネブルクのお守りしてんのか?」
「執事ですので」
「大変な事だな」
「これは手間が省けて良かった。帝都に来ているとお聞きしていたので。くれぐれも余計な事を言わないよう、旦那様からの言伝です」
執事はアルノルトに口止めをする。
「俺は面倒だから一々口にしねえけどな。今回のパーティで俺に周りに口止めできるほど偉い立場じゃねえんだがな」
「帝国最強の冒険者が何を……」
「紅玉級冒険者になる奴らは基本的に頭のねじが外れている奴らばかりだ。貴族の権力何て知ったこっちゃねえ奴らを相手をコントロールできる無い事くらい、カールの馬鹿だって分かってんだろが。……あ、剣を掲げてたガキの方か。くはは、あのクソ生意気だったカールも人の親としてガキに振り回されてるのか。哀れな事だ」
アルノルトはホラント男爵が慌てた様子を見てニヤリと笑う。
「くっ、まあ、いいでしょう。貴方が余計な事を言わねば問題にはなりませんからな。それと、そちらの令嬢を返してもらえませんか?」
「いや、こんな場所で切りかかるような阿呆に渡すのは人としてちょっと……」
「そ、その前にだな。向こうに渡されるのは困るが、流石に殿方に人前で抱えられた状態というのは恥ずかしいのだが………」
ジルフィアは頬を真っ赤に染めて、いわゆるお姫様抱っこされたまま会話が進んでしまって降ろして欲しいという機会が無かった。
だが、ジルフィアの言葉にアルノルトは驚いた様子でフレデリクを見て、フレデリクは目を輝かせてジルフィアを見る。
「と、殿方?今、殿方といった!?」
「え、ええと……違ったか?」
「嘘だろ」
アルノルトはぼそりと口にする。
「ほら、いるじゃないか。初対面で僕を女と間違えない人が。っていうか、今気づいたけど、アンタ僕が僕の両親の息子と知っていて初対面で女と間違えたのか!」
「いや、分かっていて尚、女にしか見えなかったというだけの話だがな」
アルノルトは面倒臭そうな顔でフレデリクの指摘を簡単に退ける。
「という訳で、こんな貴重な人材を渡すのは却下だ。寝言は寝てから言ってくれ」
フレデリクはホラント男爵を見て首を横に振りながら、ジルフィアを下ろして守るような位置に立つ。
「アルノルト殿」
「知らねえって言ってんだろ」
訴えて来るホラント男爵に対して溜息を吐くようにアルノルトは返す。
「ふん。ではお嬢さん。そちらの令嬢を返してもらえませんか。何、半日ほどお預かりするだけです。流石に手出しをするには貴い家の方ですので」
「さっき、思い切り剣で切りかかっていたように見えたけど?」
「神聖魔法で後程治癒するつもりです。怪我の痕など残したりしませんよ」
ホラント男爵は好々爺然とした顔で非道な事を口にする。
「へー、それは良かった。じゃあ、全員ここで地面に頭を垂れて寝ていろ、女子供に剣を向ける騎士の風上にも置けないクズども」
フレデリクは話しは終わったと言わんばかりに騎士団に指先を向ける。
パチンと光が放たれて、騎士達が一斉に地面に倒れて体を痙攣させていた。
「!?」
ホラント男爵は何が起きたか理解できず騎士達が動けなくなっている状況に困惑する。
「アルノルト殿!」
「だからよぉ。俺は関係ないだろ。俺は、お前らに関わるつもりもねえっての」
非難するようにホラント男爵は訴えるが、アルノルトは混乱の最中なのに冒険者の依頼状を眺めて仕事を探し始めながら適当に流す。
「こ、このような事をして許されると思っているのですか!帝都の貴族に弓引いて、帝国で生きて行けるとでも……」
「少し黙れ。僕はお前達の流儀に合わせて『けがを残さなければ何しても良い』という範囲で黙らせただけだ。貴族だからとか言うなよ。帝国において紅玉級冒険者は貴族相当の権利を有するという法があるんだからな。それ以上口を突っ込むなら決闘だ。ただし、覚悟しろ。火竜王討伐した英雄として凱旋させた翌日に、未成年のガキに殲滅されたなんて言う笑い話を残したくないだろ」
「なっ!?子供が調子に………」
ホラント男爵はカッとなり脅しつけようとすると
「去年、砂漠の迷宮拡大事件を解決して未成年で紅玉級冒険者になったのがいただろ。迷宮破壊作戦をギレネ宮で提案し、俺らと一緒に10個も増殖した迷宮の1つ破壊し、更に流砂王と戦い生きて帰還した未成年の冒険者。それがそいつだよ」
「~!?ま、まさか現役の人類最年少紅玉級冒険者」
「………雷華の騎士様!?」
ホラント男爵は驚き顔色を青ざめさせる。
同時に冒険者ギルドの受付嬢が喜色を帯びた声を上げる。
紅玉級以上の冒険者はことによると騎士団を出動させる必要がある化物だ。魔神の眷属と戦い生き残ったというだけで、その実力は一国の騎士団と肩を並べると言っても過言ではない。
「光栄ではあるけど、分不相応な実力でその肩書は恥ずかしいんだよなぁ。まあ、名乗るには良い脅しになるから丁度良いんだけど」
フレデリクは小さく溜息を吐く。
ギレネでの戦い以降についたフレデリクの異名で、ルミヤルヴィの元領主ヴィルヘルムの持つ『雷華の賢者』から名付けられたのは明白だった。
だがヴィルヘルムの雷華はその名を冠する魔法が得意だから名乗っていた事に比べ、フレデリクの雷華は辛うじてその魔法が使えるからである。
確かに人類でそれを使えるのは、ヴィルヘルム亡き今、フレデリクだけかもしれない。
だが、『得意』なのと『使えるだけ』なのは、全く意味合いが異なる。
フレデリクはこの3年で必死に努力をして訓練をして火竜王を殺すよう実力を上げた。しかし、父程の剣技は身につかず、母程の回復魔法も身につかず、ヴィルヘルム程の魔法も身につかず、一人で復讐を遂げられないから、あらゆる策と手段と仲間をそろえて成し遂げたのだ。器用貧乏なのは相変わらずだと自身を卑下していた。
「アルノルト殿」
膠着状態になり間隙をついてジルフィアはアルノルトの前に向かい頭を下げる。
「ん?」
「私はジルフィア・フォン・ヴァイスフェルトという。不躾であるが頼みを聞いて欲しい。火竜王討伐の件、貴殿が陛下に奏上した、のであろう?そして実際に討伐したのも」
「お嬢ちゃん。真偽なんて帝国はどうでも良いんだ。そして真偽は権力者が決める。あんたが何のために真実を白日に出せと言っているかは分からないが、偽りと判断される真実を表に出すような面倒に関わりたくはない」
アルノルトの言葉がすべてだった。
帝国は腐っている。帝国は歪んでいる。帝国は権力者の傀儡である。
フレデリクは国を出て外から帝国を見て、異常さを感じていた。白狼騎士団の大人たちが帝国の悪口を言っていた理由も今なら分かる。ヴィルヘルムが外に出て世を知れと言っていた。学園に通わず、奇しくも冒険者として外に出て知る事になった。
「それでもお願いします。友達が勅命でリューネブルク公爵令息に嫁がされてしまう。それだけは阻止したいんです。紅鳳騎士団が火竜王討伐をした褒美を与える形さえ避ければ、陛下とて勅命は下せない」
「それは不幸な話だが、貴族として生まれた以上、家を出ない限り上位の貴族に弄ばれるなんてのはよくある事だ。そもそもザシャ様はそれが嫌だから家を出たし、俺も外に出た。嫌なら家を出ればいい」
アルノルトは溜息を吐きながら正論を口にする。
「私の友人は帝国が捨てた『魔神から民を守る守護者たれ』を実践する誇り高い女性だ。偽りの貴族の矜持を掲げてのうのうと生きて来た私の様な女とは違う。ルミヤルヴィを守る為なら簡単に命を捨てる。私は彼女を今、守れなければ自分を許せない。それだけです。お願いします」
「ん、それは……」
「待て。リューネブルクの夫人になるってのは誰の事だ?」
アルノルトは眉根にしわを寄せてジルフィアを見るが、言葉を被せて訊ねるのはフレデリクだった。
「わ、私の友人の名はアレクサンドラ・ルミヤルヴィ………だが」
「アレクサンドラ様はご存命であらせられたのか?」
フレデリクはジルフィアの両肩を掴んで問いただす。
「死んでいるわけがないだろ。……て、もしかしてフレデリク殿はもしかして火竜王被害にあったルミヤルヴィの生き残りか?」
フレデリクは頷きながら、アルノルトに視線を向ける。
「お前、誰が生きて誰が死んでるかも調べてなかっただろ」
アルノルトは至極当然ながらも鋭い言葉をフレデリクに突きつける。
「うっ」
「領主様逝去の報を聞き、両親が目の前で殺されて、それ以上誰かが死んだという情報を聞きたくなくて、ルミヤルヴィ関連の情報を意図して耳を塞いでたろ」
「ぐぬ」
「火竜王と向き合えるのに現実と向き合えない男とか…」
「………」
アルノルトの言葉にフレデリクは言葉を飲み込む。文句は一切出せなかった。図星だからだ。
フレデリクも自覚はあった。アレクサンドラが死んでいたらどうしよう、そんな臆病な気持ちが、彼女の伯母であるギレネ女王に謁見した時でさえルミヤルヴィの事に一切触れなかったのだ。
アルノルトはフレデリクが反論できないのを見てジルフィアへと視線を向ける。
「という訳で、俺は何もしないが、協力者はいるらしい。そいつを連れて帝国会議にでも行ってくればいい」
アルノルトはそう言うと、ジルフィアは顔をほころばせて頭を下げる。
「感謝する。」
「ま、待ちなさい。そんな事はさせませんぞ。リューネブルク家を敵に回してこの帝国で生きて行けると…」
「なあ、おっさん。逆に問いたいが、アンタの一存でリューネブルク公爵領を滅ぼすかどうかの判断をして良いの?」
「は?」
「帝国のお貴族様てのは想像力が足りてないよな。俺は雷華の騎士なんてたいそうな異名を持っているけど、俺の雷華がリューネブルクの大都市に放たれたら、死者は万を超えるだろうよ。火竜王被害どころじゃないよね?あんたの一存で、そんなのは構わない。やれるものならやってみろって言うなら死ぬ気で止めたらいいさ。死ぬのはお前の主の民だけどな」
フレデリクの言葉に、ホラント男爵の顔は真っ青になる。アルノルトをして紅玉級冒険者は頭のねじが外れた連中ばかりという言葉の意味を思い知らされるのだった。
邪魔をするなら諸共だと言わんばかりの威圧にホラント男爵は言葉が継げなくなる。
「ジルフィアさんだっけ。帝国会議に参加できるの?」
「サーシャ、アレクサンドラは実家の方が慌ただしくなっているので、マルヤーナ様が会議に参加している。私はマルヤーナ様の帯同者として名前を入れて貰っているので会いに行くことはできる」
「マルヤーナ様も生きてたのか……。ん、マルヤーナ様だけ?トビアス様は…?」
「トビ……ああ、マルヤーナ様の婚約者だった方か。彼は火竜王襲撃の折、マルヤーナ様をかばって亡くなったと聞いているが」
「なっ!?」
フレデリクは絶句する。マルヤーナは政治に関しては得意ではない。その役割分担で言えばフレデリクとトビアスがそっちをカバーしていた部分がある。
「確かに問題はあるが、マルヤーナ様がいるから……」
「そうじゃない。あの家はトビアス様が政治面で辺境伯様に教育を受けていて、マルヤーナ様に帝国の大貴族とやり合えるような知識まで叩きこまれていないんだ。くそっ……ああ、向き合うのが怖くて逃げてたせいで、大事な時に役立たずとか何やってんだ僕は」
フレデリクは頭をかき毟って項垂れる。
「だから言ったろ」
呆れるようにぼやくアルノルトだった。
「分かってるよ。反省は後だ。今は動く。失敗を取り戻す。ジルフィアさん、僕をそこまで連れて行ってくれる?アレクサンドラ様を守るのは僕の仕事だ。」
フレデリクはジルフィアはフレデリクに背を押されて外へと向かう。
「フレデリク。一つだけ、忠告だ」
「何ですか?」
「恐らくお前は親から何も聞かされてなかっただろうが、俺の話を聞いて自分の素性は察しただろう?」
「本当に何で赤の他人のおっさんに親が隠してたことを聞かされなきゃならないんだという思いはあるけども」
「お前が思っている以上にお前の親の存在ってのは帝国にとってデカい。上手く利用するんだな」
「そんなの必要ないよ。僕は雷華を継ぐ者だからな」
フレデリクはアルノルトのアドバイスに首を振る。
そんな言葉を聞いてアルノルトは苦笑する。
「赤の他人のおっさんねぇ」
実の所、アルノルトは世界中を旅して、年に一度はルミヤルヴィへ行き、ヴォルフと手合わせをする喧嘩友達である。ルミヤルヴィとは親戚付き合いがあり、ヴィルヘルムとも話を聞いているし、学生時代の友人フリッツとも話をしていた。夜にヴォルフの家に行った事もあり、寝ているフレデリクを見た事もある。
火竜王への報復なんて考えもしなかったが、報復をする為に仲間に誘ってきたフレデリクを見て心が動いてしまったのだ。
彼らの称えていた神童がどこまで行くのかを、死んだ彼らの代わりに見届けたいと思ったからだ。
フレデリクはそんな事も知らないまま、火竜王を殺したのだった。
そしてフレデリクはついに帝国に戻ってきてしまった。




