王女が欲しがった私の専属騎士は、絶対に離れようとしません。
「金、スられてますよ」
それがロルフとの出会いだった。
黒々とした目が特徴的な少年は、私の侍女を呼び止めてそう言った。
無表情、無愛想、浅黒い肌と服、どう見ても街をうろつく孤児だった。
「あの男です」
ロルフが指差した男に護衛が確認すると、本当に盗まれていた。
あとから聞いた話だと、ロルフは褒美に銅貨1枚くらい貰えるんじゃないかと思って声をかけたらしい。
「ありがとう!私も侍女もお父様に怒られなくて済むわ!」
私がお礼を言うと、少年は微妙に眉を動かした。
今思えば、お礼が貰えなくて気に食わない顔だったんだろう。
「貴方、お名前は?」
「ロルフ…」
「私はアメリア!ねえ、私のお家に来ない?お礼がしたいわ!」
私は無邪気にロルフの手を握って、家に連れて帰った。
風呂に入れて、食事を摂らせて、身なりをきちんとしたら、健康的な肌の少年になった。
ロルフはそのままうちで執事見習いとして働くことを選んだ。
だけど剣の才があるとわかると、我が公爵家の騎士となり、あっという間に私専属の護衛騎士となった。
私が7歳で、ロルフが12の時だ。
「わたくち、この騎士が欲しいわっ!」
5歳の王女殿下は、ロルフを指差した。
「殿下、なりません。彼はアメリア様の護衛ですわっ」
「イヤッ、あれがいい!わたくちのだわ!」
えーっと、私の護衛なんですって…。
王女が我儘すぎるからレディの手本を見せに来て欲しいという依頼は、こういうことだったみたい。
たった15歳の私でいいのかしらと思っていたのだけれど、うーん、これは…。
「わたくちは王女よ!すきなものがもらえていいのよっ!」
「殿下、ロルフは私の大事な護衛です。物のような扱いをされては困りますわ」
「?」
「守ってもらうに値する人は、相手を大切にしている人だけなんですよ」
「わたくちのものよ!」
ダメだ、通じない…。
王女の家庭教師と一緒に頭を抱えていると、私の真後ろのロルフが手を挙げた。
「発言しても宜しいでしょうか」
「いいわっ!」
「俺は王城での訓練を受けていません。ですので、殿下の騎士にはなれません」
ロルフ…、それは正論だけれど、もう少し柔和な表情で言いなさいな。
「しらないっ!わたくち偉いんだから!」
王女が癇癪を起こして、お開きとなった。
「私も5歳の時は、あんな感じだったかしら…」
「アメリア様」
ロルフの鋭い声が飛んできて、振り返った。
「どうして断ってくださらなかったのですか」
「え?」
「俺のこと、もういらないんですか?」
「あら、やだ。私がロルフ以外の護衛をつけると思っているの?」
「…思ってませんけど」
そう言いながらも、片眉がピクリと動いた。
私は苦笑いしながら、もう背伸びしないと届かないロルフの頬に手を伸ばした。
「もう、拗ねないで。私の護衛はお前だけよ、そうでしょ?」
「…はい」
ロルフが膝を曲げてきたので、そのまま頭も撫でてやった。
「…えっ、拗ねてたの?」
「無表情のままだけど?」
「相変わらずお2人だけの空間なんだから…」
うちの使用人たちが何か言っているみたいだけど、ロルフの機嫌が直ったしいいか。
それにしても、ロルフが欲しいか…、困ったわねぇ。
「わたくちにあの騎士をよこしなさいっ!」
次の日、なんと我が公爵家に王女殿下がやってきて、開口一番にそう言った。
すごい、諦めてなかった…。
「えーっと、王女殿下、こちらにはどうやって来られたのですか?」
先触れもなく来たけど、王室の紋章のない馬車なのが気になる。
「命令すればいいのよ!」
流石に、王女殿下の周りの人間は把握して来ているわよね?
「うーん、ロルフはあげられないんです」
「なんでよ!」
「私の大事な護衛だからですわ。幼い頃から一緒にいる友達でもあるんです」
「ともだち…?」
「はい。私の大切な人なので、どうか取り上げないでくださいませ」
「…」
王女はムスッとして、納得がいっていない様子。
「…では、帰り道にロルフについてもらうというのはいかがですか?」
「いいのか!」
「1回だけですよ?お家に帰るまでです、いいですね?」
「今度もらうから、それでいいわ!」
…全然良くないけど、今回はそれで帰ってもらいましょう。
「ロルフ、お願いできる?」
「アメリア様のそばは離れません」
「わかってる、私も行くから」
ロルフは不機嫌そうにしながらも頷いた。
殿下の馬車に同乗し、窓から外のロルフが見えるので殿下も満足げだった。
「今日のお勉強はもうしないの!」
「あら、サボってきたのですか?」
そうやってロルフの話題を避けながらお喋りしていたが、急に激しい音がして、馬車が止まった。
「きゃあ!」
「殿下、こっちへ」
私は殿下を手繰り寄せると、外から珍しく焦ったロルフの声がした。
「アメリア様、ご無事ですか!?」
「なんともないわ。状況は?」
「賊に囲まれております」
「では可能なら生け捕りになさい。ただし、お前の命が優先よ」
「…アメリア様だけ連れて逃げます」
「馬鹿言わないのっ。いい子だから、私のためにやりなさい」
「…御意」
ロルフが離れたのがわかって、私は太ももに巻きつけていた短剣を手に取った。
優秀な騎士の主人なんだから、これくらいは出来なくちゃね…。
殿下に覆い被さるようにじっとしていると、外からは次々と悲鳴が上がった。
その中にロルフの声がないことを、神経を尖らせて確認する。
…大丈夫、ロルフは死んだりしないっ。
その時、扉が開いた。
「そこの王女を寄越しなっ!」
殿下の悲鳴を聞きながら、私は短剣を賊の男に躊躇うことなくぶっ刺した。
「この方はお前のような者が触れていい人間ではないの!」
「…てめぇっ」
男は怒りに任せて剣を振りかざしたが、私には届かなかった。
「…このお方こそ、貴様らの目に映していいお方じゃない」
「ロルフっ、後ろ!」
ロルフは私が刺した男を片付けたけれど、私の目にはもう1人の男が見えていた。
次の瞬間、ロルフの肩から血が吹き出した。
「私の騎士に触れるなああ!」
私は殿下のことも忘れて、叫んでいた。
ロルフの笑みが見えたかと思うと、怪我をしたのが嘘みたいに、全てを制圧してくれたのだった。
今回の件は、王女がまた勝手に外に出た時を狙っての犯行だった。
護衛たちも王女の我儘の寄せ集めで、本来の護衛は撒いて出てきていたんだとか。
殿下はこっぴどく叱られ、しばらくは監視付きとなったらしい。
王家からも正式な謝罪をいただくこととなった。
「ロルフ、まだ怪我が治っていないんだから大人しくしてなさい」
「俺はアメリア様の護衛です」
結局ロルフは軽傷で、剣も問題なく振れた。
あれ以来、私のそばからもっと離れなくなった。
「にしても近いわ…」
「アメリア様が俺をそばから離すからです」
どうもあの事件で、私がロルフに戦ってくるように命じたのがまだ気に食わないらしい。
「私は臣下なのだから、当然の判断だったとわかるでしょう?」
「…俺が大事なのはアメリア様だけです」
「ああ、もう」
ロルフが微妙に眉根を寄せるので、私はその手を取った。
「ありがとう。私と、私の貴族としての意志を守ってくれて」
「…」
「そう、怒ったままいないで。お前のおかげで、私生きてるのよ?」
「…今度はそばから離さないでくださいね」
「今の怒っていたのか…?」
「表情がなさすぎてわからん」
「無事だったわけだし、平和が一番よ」
また使用人たちが何か言っているけど、聞こえなかったわね。
「ロルフ、お前は私の最高の騎士よ」
そう言うと、ようやくロルフは口の端を緩ませるのだった。
了
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