10億ボタン!? 10億円もらえるなら押すっきゃねえだろ!
昼下がり、男は公園のベンチでぼんやりしつつ、こうつぶやいた。
「あーあ、金が欲しいなぁ……。10億円もあれば、一生遊んで暮らせるのになぁ……」
すると、突然周辺が薄暗くなり、笑い声が響き渡った。
「フハハハハハ……!」
「な、なんだ!?」
男がきょろきょろしていると、「こっちだ」と呼びかけられる。
そこには角が生え、翼と尻尾を持ち、真紅の目を持った化け物がいた。
「ひいいっ!? な、なんだお前は!?」
「私は悪魔だ。貴様の“10億”という言葉に反応して、現れてやった」
「あ、悪魔……」
男は震えるが、悪魔はにっこりと笑む。
「そう怯えるな。私は貴様にプレゼントを与えたいだけだ」
「プレゼント……!?」
「これだ」
悪魔は掌サイズほどの小さな台座を差し出した。丸いボタンが一つついている。
「これは『10億ボタン』という」
「10億ボタン……!」
「どうだ? 押してみるか?」
さっきまで死んだようだった男の目がとたんに輝く。
「10億ボタンってことはあれだろ!? これ押せば10億円もらえるんだろ!? だったら押すっきゃねえだろ!」
悪魔はニヤリと唇を歪める。
男は迷わずボタンを押した。
すると――
「……うわぁっ!?」
男の上空に巨大な鉄の塊が現れた。
それはそのまま落下し、男の全身をベンチごと押し潰した。
悪魔はそれを見て高笑いする。
「フハハハハ……! 10億は10億でも今のは『10億キログラムボタン』だ! 10億キロの鉄に押し潰され、哀れ貴様は圧死というわけだ!」
悪魔は鉄の塊を眺める。
「といっても……聞こえてはおらぬだろうがな」
これは悪魔のお遊び。
誘惑にかかった人間の命を奪うためだけの、暇潰しに過ぎない。
「欲望にまみれた人間というのは無様なものだ。こんな下らぬ罠に引っかかるのだからな。さて、帰るとするか」
悪魔は元いた世界に戻ろうとする。
「いてて……」
「ん?」
「あちこちすりむいてる……マジでいてえ……」
「な、なに……!?」
鉄の塊の下から、男が這い出してきた。多少怪我はしているが十分動けるようだ。
「10億キログラムボタンとは、一本取られたよ」
「貴様、なぜ生きている!?」
「打ちどころとかよかったんじゃないか。多分」
「そんなんでどうにかなるはずが……」
「それより10億ボタンってあれで終わりか? 他にないのか?」
まさかのハプニングに悪魔は顔を歪めていたが、すぐ文字通り悪魔の笑みを浮かべる。
「あるぞ」
先ほどの物とは多少色が違うボタンを取り出す。
「おっ、これを押せば今度こそ10億円ゲットできるんだな!?」
悪魔は曖昧に笑うだけで答えない。
「よーし、押すぞ!」
男がボタンを押したとたん、凄まじい電撃が男の全身を襲った。
「あががががっ!?」
「残念だったな! 貴様が今押したのは『10億ボルトボタン』だ!」
数十秒もの間、強烈な電撃を浴びた男は、仰向けに倒れてしまう。
「先ほどの鉄の塊は運よく避けたようだが、今度は直撃したな」
バカな人間を罠にはめることができたと、悪魔は満足する。
「し、痺れたぁ~」
「……!?」
男はむくりと起き上がった。
「昔、スーパー銭湯で電気風呂っての入ったけど、あれより全然痺れるな」
「なぜ生きている!? 10億ボルトだぞ!?」
「たまに雷当たっても助かる人いるじゃん。ああいう原理だろ」
「ぐぬぬ……」
「で、他にないのか? 10億円くれるボタン出してくれよ」
悪魔はまたもボタンを手渡す。
「10億ボタンだ!」
「よっしゃ、今度こそ10億円いただきっ!」
男がボタンを押すと、その全身は炎に包まれた。
「あぢいいいいいっ!!!」
「『10億度ボタン』だ。太陽より地獄よりも熱い10億度の炎によって焼き尽くされるがいい!」
男は灼熱の炎で焼かれるが――
「何年か前、熱中症になった時よりきつかった……」
これも耐えてしまった。
「なんで!?」
「きっと熱中症になったおかげで、熱に強くなったのかもしれないな」
「そんな仕組みの人間いるかぁ!」
「いるんだから仕方ないだろ。で、10億円出してくれるボタンは?」
「ほれ、10億ボタンだ!」
男がボタンを押すと、今度は肉体がしわしわになっていく。
「あああ……!? 体が乾く……! なにこれぇ……!」
「『10億リットルボタン』だ。押した者は体内から10億リットルの水分を失う。干からびてミイラになってしまえ!」
しかし、男は平然としている。
「さっきエナジードリンク飲んだから助かったのかも」
「んなわけあるかぁ!」
悪魔は次のボタンを取り出す。
「だったら、この10億ボタンはどうだ!」
「10億円もらったぁ!」
男が押すと、その体は忽然と消えてしまった。
悪魔は今度こそ勝利を確信する。
「今のは『10億光年ボタン』……奴の体は地球から10億光年離れた星に飛ばされた。あの生命力なら生きているかもしれんが、もう二度と地球には戻れまい」
だが、悪魔の背中から――
「ただいまー」
「なにいいいい!?」
振り返ると男がいた。
「どうやって戻ってきた!?」
「必死にクロールで宇宙遊泳して戻ってきた。宇宙空間は息継ぎできないのがきつかったな」
「息継ぎ以外にも色々問題はあるだろぉ……!」
「さあ、他にないのか!? 10億円よこせ!」
「だったら、この10億ボタンはどうだ!」
「今度こそ10億円が出てくるんだな!」
男は迷わず押す。
「かかったな! それは『10億歳ボタン』だ! つまり、貴様は10億年分老化することになる! いくらなんでもこれで生きていられるのは不可能だ!」
「何本か白髪が増えたかな……」
「なにいいいいいい!?」
男は10億歳になっても無事だった。白髪が増えたのを少し気にしているが。
「貴様、なんなのだ!? 人間じゃないのか!?」
「れっきとした人間だよ! 戸籍見るか!? 免許証見るか!? マイナンバーカード見るか!?」
「いや……貴様が人間なのは間違いないのだ。なのになぜ……」
悪魔には人間とそうでない者を見分ける力があるのだが、悪魔の目からすると男は確かに人間だった。
それなのに、どうして男がこれほどの生命力を持つのか……それは分からなかった。
「だったらこのボタンを押せ! ちゃんと10億円に関係のある10億ボタンだ!」
「よしっ、10億円いただき!」
男がボタンを押すと、スタイル抜群で赤いワンピース姿の黒髪美女が出てきた。
「おおっ、すごい美人だ!」
男も見とれてしまう。ところが、この美女は一筋縄ではいかない性質を持っていた。
「ねえ、指輪買ってぇ、車買ってぇ、マンション買ってぇ~」
「その女は10億円貢がないと、永遠に貴様に物をねだり続けるぞ!」
「こりゃ厄介だな……」
金欠気味の男にとってはまさに天敵といっていいかもしれない。
しかし、10分後には――
「ふぅ、なんとか俺自身の魅力に惚れさせたぜ……」
「素敵……お金なんていらない。一生あなたについていくわ」
美女は男の魅力にメロメロになっていた。腕にすがりつき、愛の言葉をささやく。
男は悪魔に次のボタンを要求する。
「俺は10億円手に入れるまで絶対諦めないぞ!」
悪魔はついに悲鳴のような声を上げた。
「貴様ほどのスペックがあれば10億円なんていらないだろぉぉぉ!!!」
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




