最終話:永遠の糧
それから半年後。
私たちは、かつて先生が勤めていた高校の近くにある、小さな古い教会で結婚式を挙げた。
参列者は親しい親族と、当時の同級生数名。
バージンロードを歩く菜々美と一ノ瀬先生の姿が見えた時、私の胸には万感の思いが押し寄せた。
白いドレスに身を包んだ菜々美は、嵐の中で出会った時よりも、遠距離恋愛をしていた時よりも、何倍も、何十倍も輝いて見えた。
そして彼女をエスコートする先生の、少し寂しげで、けれど誇らしげな横顔。
「直道さん。これからは二人で、新しい『味』を作っていきましょうね」
祭壇の前で、菜々美が小声で囁いた。
私は彼女の手を強く握りしめた。
披露宴の最後、私は新郎謝辞として、参列者の前でこう語った。
「私の人生は、一度は折れかかった枝のようなものでした。それを接ぎ木し、根を張るまで支えてくださったのが、ここにいる一ノ瀬先生です。そして、その根が吸い上げた水分が、花を咲かせようとした時、目の前に現れてくれたのが菜々美さんでした。運命という言葉は、安易に使うべきではないと思っていましたが、今日この日だけは確信を持って言えます。私たちは、出会うべくして出会ったのだと」
会場は温かい拍手に包まれた。
端の席で鼻をすすりながら、豪快に笑う一ノ瀬先生の姿があった。
現在、私は変わらず食品メーカーの開発部で忙しい日々を送っている。
しかし、以前のような「数字」に追われる無機質な感覚はない。
私が開発する一つひとつの商品は、誰かの、そして愛する家族の健康と幸せに繋がっているのだと実感できるからだ。
菜々美は、東京の図書館に再就職し、休日は二人で新作の試作をしたり、時折、先生を自宅に招いて賑やかな夕食を楽しんだりしている。
ある日の夕暮れ、私たちは二人で近所の公園を散歩していた。
「直道さん、もしあの時、別の道を通っていたらどうなっていたと思う?」
菜々美がいたずらっぽく笑って訊く。
「別の道なんて、最初からなかったんだと思うよ。僕の心の中のコンパスは、いつだって菜々美さん、君を指していたんだから」
私の言葉に、彼女は「課長、言うようになったわね」と笑いながら、私の腕に自分の腕を絡めた。
空には、あの出会いの日と同じ、美しい夕焼けが広がっていた。
嵐は過ぎ去り、そこには穏やかで、けれど力強い、私たちの日常が続いている。
一人の男を救った恩師の情熱。
嵐の中で引き寄せられた二人の魂。
そして、それらを繋いだ目に見えない運命の糸。
私たちはこれからも、その糸を大切に編み込みながら、豊かな人生という名の「味」を熟成させていくだろう。




