第三話:交錯する過去
結婚の意思を固めた私たちは、早速、互いの両親に挨拶へ行くことになった。
私の両親は既に他界しており、親戚への報告は済ませていたため、まずは彼女の故郷へ向かうことになった。
「私の父は、少し厳格なところがあるんです。でも、根はとても優しくて、教え子たちからも慕われていた教師だったんですよ」
道中、菜々美は少し緊張した面持ちで父親のことを話してくれた。
一ノ瀬先生。彼女が語る父親像は、どこか威厳があり、かつ情熱的だった。
「教師…一ノ瀬…」
その名前に、私の脳裏に微かな引っかかりが生じた。
しかし、ありふれた苗字だ。
まさか、そんなことがあるはずがない。
私は自分の中の妙な予感を打ち消すように、運転に集中した。
彼女の実家は、手入れの行き届いた庭を持つ古い日本家屋だった。
玄関先に立つと、私の背筋は自然と伸びた。
菜々美が「ただいま」と扉を開け、私を中に招き入れる。
「お父さん、紹介したい人が来ているの」
奥の居間から、重みのある足音が近づいてくる。
私の心臓の鼓動が早まる。
現れたのは、白髪混じりではあるが、筋骨逞しい、眼鏡をかけた初老の男性だった。
その顔を見た瞬間、私は息を呑んだ。
全身に電流が走ったような衝撃。
記憶の奥底に封じ込めていた、十七歳の頃の情景が鮮明に蘇る。
放課後の理科準備室。
進路に悩み、荒れていた私を、真っ直ぐな瞳で見つめ、一喝した恩師。
「山口、お前の人生を安売りするな!お前には、まだ見ぬ可能性があるんだ!」
目の前に立つ男性は、まさに、私の人生の恩人であり、高校時代の担任であった一ノ瀬剛先生その人だった。
「…山口か?山口直道なのか?」
先生もまた、私を凝視したまま凍りついていた。
手元に持っていたお茶の湯呑みが、微かに震えている。
「お父さん…? 直道さんのことを知っているの?」
菜々美の戸惑う声が、静まり返った室内に響いた。




