第008話 マリアンヌの嫉妬と希望
マリアンヌは祝福しながらも微かに嫉妬していた。
同じ小国でありながらフォシュレーグ王国、リアースレイ精霊王国との国交で亡国の危機から脱しつつあるメメントリア王国に、その友人であるスカーレット姫に。
しかしそれは今困惑に変わっていた。シャルロッテがタヒュロス王国にも同様の取り引きを持ち掛けて来たからだ。
リアースレイ精霊王国との交易はメメントリア王国のスカーレット姫がかねてより熱望していたものだ。メメントリア王国はアデール王国北の山間部の高地にあり、その険しさからルードルシア教王国もラージヒルド商業王国も直接的な取り引きの無い国だ。
敵国であるアデール王国からの輸入品に頼る現状を打破したいと言うのは当然だろう。飛空挺であればどれだけ道が険しかろうが関係無いのだから。
しかしリアースレイ精霊王国との取り引きには大きな壁がある。先ずは交易品、此方が何を輸出品とするかだ。アデール王国やカントラス王国は宝石を含む鉱石等で賄っているらしい。
スカーレット姫のメメントリア王国には其れが無いがフォシュレーグ王国が代わりに輸出して賄うそうだ。
もう一つはルードルシア教王国ラージヒルド商業王国の妨害に対抗出来るかどうかだ。簡単に滅ぼされる様な国では意味が無い。
だがメメントリア王国は山々に囲まれフォシュレーグ王国としか接していないし、そのフォシュレーグ王国がリアースレイ精霊王国との橋渡しをしようと言うのだ。ルードルシア教王国ラージヒルド商業王国も圧力の掛けようも無い。
とは言え制限もある。小国であるが故に精霊神社に巫女を常駐させる事は出来ないそうだ。中堅国家でも1人しか居ないのに小国に常駐させてしまうと逆に優遇してしまう事になるからだ。
飛空挺の数もカントラス王国では4便なのに1便だ。その1便も9割はフォシュレーグ王国が抑える形になるそうだ。だが両国の交易の地となるだけで充分な利益が見込める。
スカーレット姫としてはそれで充分。隣国がアデール王国から友好的なフォシュレーグ王国に替わり、超大国のリアースレイ精霊王国とも伝が出来たのだ。当面の亡国の危機は去ったと見て良いだろう。
(それは笑みもこぼれるでしょうね)
私達タヒュロス王国には交易に使えそうなリアースレイ精霊王国の気を引く様な物は無い。その上周辺国はルードルシア教王国ラージヒルド商業王国の影響力の強い国々が囲んでいる。
だと言うのにそんな私達にリアースレイ精霊王国との取り引きを持ち掛けるなんてどの様な思惑があるのか。
「我が国タヒュロス王国ではアデール王国にカントラス王国、更に南西にグードルス王国がいて其処に入っている教王国商業王国からの圧力で勝手に精霊王国との国交を築く事は出来ないのですよ。下手をすればその圧力で国ごと磨り潰され兼ねない」
お父様がキリリとした真面目な顔で発言をする。あれで視線が相手の胸部に行っていなければまともに見えるのに、……とても残念です。
「アデール王国を我々が手に入れればカントラス王国にも手を出させないわ。それどころか両国からグードルス王国に手を出さない様に圧力を掛ける事も出来る」
私がお父様を残念そうに見ているとシャルロッテ様はその不躾な視線を流し、同じ女性の私でも見惚れる様な自信溢れる目で微笑んでそう返しました。
「先ず、カントラス王国に関しては先の王城での魔剣騒動で時間的に余裕が出来たのよ」
「どう言う事でしょうか?」
「あの件で活躍したアイリスちゃんに手を出さない様に、リアースレイ精霊王国がカントラス王国の王族貴族に釘を刺していたと聞くわ。そこには保護者であるビアンカ様にも適用される」
ダールトン様が頷くのを見て私もお父様に頷いて事実であろう事を伝えます。
「ふーむ、……それで?」
「アデール王国への侵攻戦にビアンカ様の名を使えばカントラス王国は更に手を出し辛くなるわ。此方にはアデール王国への侵攻も報復と言う大義名分があるけど彼等には無いからね。それが無ければとっくにカントラス王国とのアデール王国の領地切り取り合戦になっていたわ」
「私の名前って……」
「あら、アデール王国を出る時にお屋敷を王族に襲撃されたと聞いていますよ? 理由には充分ではないかしら?」
「それは、そうでしょうけど……。はあ、まあ好きになさい」
嫌そうな顔をしながらも渋々受け入れたビアンカ様に同情してしまうわ。私だって戦争の顔になんてされたくないもの。
仮に私がカントラス王国で処刑されそうになったからと言っても、私の名を使って戦争等して欲しくない。……まあタヒュロス王国の国力では出来る訳ないでしょうけど。
それにしてもシャルロッテと言う人は身分は低いらしいですけど、フォシュレーグ王国では発言力が高い様ですね。身分より能力で高い地位に着けると言うのも凄いですが素晴らしいとも思います。こう言う国が強国となっていくのでしょうか。
「しかし1割と言うのはちょっと」
「メメントリア王国のギリアム国王ともそれで既に話しは着いています」
お父様達が何とかならないかと私の方を見てくる。ですがダールトン様の方を見ても首を横に振るだけです。
これでは妥当なのか交渉の余地が無いのか判断が出来ません。
「初めは5分を提示されて何とか交渉して1割に持っていった、とでも言えば良いのですわ」
「ユリアンヌ」
「それでも充分此方にも利益のある話しなのでしょう?」
「ええ勿論ですわ」
お父様がお母様を窘め様としましたけど、お母様はそれを制してシャルロッテ様に続きを促しました。そこで聞く内容は私の見て来たものと重なり充分説得力のある魅力的な話しです。
リアースレイ精霊王国からの技術、その知識を得られればアデール王国やカントラス王国の王都の様な街並みを造る事が出来るのかも知れません。
このタヒュロス王国では王都に次ぐこの公爵領ですら公爵邸以外殆んどが木造の平屋建てです。でももし精霊王国の建築技術を得られれば木造でも燃えない高層建築が出来る様になるらしいのです。
密集していて脇道は馬車も通れない細い通りを広く出来るし、火事の心配も減らす事が出来る。それにその技術を使えば他の町や村の防衛力を上げられるかも知れない。
あくまでもシャルロッテ様の言う通りアデール王国が崩壊すれば、ですけど。
生活必需品も陸続きになるフォーシュレーグ王国の方々がリアースレイ精霊王国からの輸入品と引き換えに適正に売買しても良いと言いますし、ビアンカ様も何も言わない事から嘘ではないでしょう。
リアースレイ精霊王国との国交があるカントラス王国も手を出し辛くなるだろうし、グードルス王国を抑えられれば他の国々はタヒュロス王国程ではないけど小国ばかりです。フォシュレーグ王国と同盟を組めれば手を出して来る事も無くなる筈。
――この国の未来は明るくなるかも知れません。
「メメントリア王国のギリアム国王にも今日中にこの子を連れて帰ると伝えてあるので時間は無いのです」
「そ、れは……」
結局シャルロッテ達は王妹である前領主夫人が来る前にアデール王国崩壊後の国交について一方的に要望を伝えて帰って行った。
最後に「国交が結ばれたらアイリスちゃんの施術を受ける機会もあるでしょう」と爆弾を落として。
ユリアンヌとしては何処まで現実味のある話しか分からないが、国交が築かれるのを願うしかなかった。
「マリアンヌ、本当にお疲れ様でした。暫くはゆっくりお休みなさい」
「お母様、……はい。そうさせて頂きますわ」
マリアンヌはアデール王国で人質生活、カントラス王国で処刑未遂と怒涛の人生を送り漸く実家に帰ったのだが一息つく間もなかったのだ。
(――何だか嵐の後の様な気分です)
「うむ、ご苦労だったなマリアンヌ」
「有り難うございますお父様」
「貴方? ……貴方とは、ゆっくりとお話ししないといけませんね?」
「ん? うむ?」
(お父様はこれから嵐の中に向かうのですね)
シャルロッテに目を奪われていた父親にマリアンヌの同情は無かった。
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