第010話 ダンスレッスン
「今までは背丈の所為でアイリスにまともな相手が居なかったけど、2人なら丁度良いですね。貴女達も体力づくりに良いでしょう」
侍女長のアリーニャさんの指導の元ダンスで体を動かして行く。アリアとカチュアはまだ体力が無いので俺が替わりばんこに相手をしていく事になった。
散々子供並みの体力に苦しめられて来たが流石に2人には負けないしな。
「アリア、もっと背筋を伸ばしなさい。そうですね、アイリスの姿勢は良いので見習いなさい」
「アイリスは相手をリードする様に、先に動けば良いと言う訳ではありません」
アリーニャさんのアドバイスを受けて動いていく。でもそのつもりなのに上手くいっていないみたいだ。初心者と言う事で凄く単純な動きだけなのに2人で合わせるとなるとリードとか言われても分からない。
『感知魔法を使って周囲の空間を把握してみるのじゃ』
感知魔法か、周囲を自分の魔力で覆ってその反応で周囲の情報を得る魔法だ。ここ数週間鍛練を続けてるけど上手くいってないんだよな。
『アリアの足さばきだけ分かる様にするのじゃ。単純な動きじゃし下半身だけに集中して使えばその内何とかなるじゃろ』
ダンスだけでも精一杯なんだけど?
「アイリス、ちゃんと集中なさい!」
ほら怒られた。
パンパンと手を叩くアリーニャのリズムに合わせて四苦八苦しながら踊っていく。疲労の為相手はアリアからカチュアに替わっている。アイリスは感知魔法を使ってカチュアの足の動きの情報を何とか得られる様になっていた。
ここ数週間の成果が出たと言えるだろう。ただ得たその情報をどうダンスのレッスンに活かせば良いのかが分かっていないので四苦八苦したままではいるが。
「私達も習いたての頃はあんな感じだったのでしょうかね? マリアンヌ様」
「そうですわね。流石に習ったのはもっと幼かった頃でしたけど、何だか懐かしいわ」
遠目からテーブルに着きお茶をしながらアイリス達を眺め、ビアンカはマリアンヌを気づかい会話を楽しんでいた。
「こうして穏やかな気分でまたお茶を出来るとは思っていませんでしたわ。ですが私はこの後どうなるか分かりません。アデール王国へ戻されるのか、本国へ戻されるのか、どちらにしても良い扱いにはならないでしょう」
マリアンヌは姿勢をただしてビアンカに向き直し「ですので申し訳ありませんが私にはビアンカ様の望む様なものを何もお返し出来ないと思います」と言い謝罪してきた。
「ではお返しにアイリスちゃん達にお手本を、――私と踊って下さいますか?」
勝手に言ってお父様は苦い顔をするだろう。シャルロッテなら悪魔の様な取り引きを持ち掛けるだろう。
けどお父様にはアデール王国に留学させられ戦火に巻き込まれた上に、こんな良く知りもしない国まで逃亡させられたのだ。寧ろ此方が怒鳴り散らしたい気分だ。
シャルロッテなら私が何をしても予想の範囲内、下手をすればそれすら利用して上手く立ち回るだろうと言う信頼もある。
「そんな事で良いのですか?」
自身に返せるモノが無いと思いながらもお返しに踊ってくれと言われるとは思っていなかった。こう言う時は言葉だけ受け取って謝礼はその後、家同士の話し合いになるのが普通なのだ。勝手な事をすれば家から怒られる。
「国同士の事は個人ではどうしようもありませんわ。リアースレイ精霊王国の方々も手伝って下さいますし気にし過ぎても仕方がありませんもの。私の立場も同じ様なモノ、休める時に休みませんと身が持ちませんよ?」
ビアンカは自身の立場はシャルロッテのリアースレイ精霊王国への方針によって左右される不安定な立場だと考えている。
「それにマリアンヌ様と踊れるなら充分過ぎる対価ですよ?」
「ふふっ、口が上手ですね。ビアンカ様が男性ならクラっと来てしまうところでしたわ」
マリアンヌが緊張を解き微笑むと「それは光栄です」とビアンカも微笑んで返した。
感知魔法を足元のみに絞って使っていると何とか足を踏まれない様に出来る様になった。けどそれで上手く踊れる様になった訳ではない。リードすると言うのがやっぱり分からないのだ。
そうこう悪戦苦闘しているとお手本とかでビアンカお姉様がマリアンヌ様と踊りだした。ビアンカお姉様がリードするのか。マリアンヌ様の方が少し背が高いんだけどな。
アリーニャさんの手拍子に合わせて2人が踊り出す。お手本と言う事で俺達が習っている基礎を踊っているけど2人共元々踊れるから上手く踊れてるんじゃないのかね?
暫くすると乗って来たのかアレンジを加えていって2人共楽しそうに踊っていた。
「お2人共楽しそうですね」
「ん」こくり
アリアが言う通り初めはマリアンヌ様は少し固い表情をしていた様だけどビアンカお姉様が何度か話し掛けている内に次第に笑顔で踊る様になっていった。
「私達もあんな風に踊れる様になる、ですか」
不安そうにカチュアが聞いてくる。カチュアはまだ敬語が苦手なようだ。
『お主はそもそも使えんじゃろ』
ぬう、喋るの苦手。
「……出来なかったらどうしよう」
「ん、だいじょぶ。気にしない」
「アイリスちゃんはそれでも良いかも知れないけど、私怒られたくないよ」
カチュアは家族仲が良かったからか余り怒られたりとかの経験が無いらしく、怒られるのを怖がっている様だ。アリアはアリアで足の問題があって人付き合いが上手く出来なかったみたい。
2人共大人では俺やナージャさん位にしか心を開いて無いんだよな。
『お主は大人枠では無いじゃろ』
何でだよ。一緒にお昼寝してあげたり勉強に付き合ったりしてやってたろ?
『……そうじゃなあ』遠い目
「大丈夫ですよ。アリアちゃんもカチュアちゃんもアイリスちゃんのお手伝いですから真面目にやっていれば怒られる事はありません。でも上手く踊れたらご褒美にお菓子いっぱい貰えるかも知れませんね」
「「本当?」」
(うっ、カチュアちゃんとアイリスちゃんがキラキラした瞳で見て来るわ。それにアリアちゃんまで期待の籠った目を、皆んな尊いわね!)
何時の間にか側に居たナージャさんが爆弾発言をしてきた! ぬぬぬ、これは何としてでもお菓子いっぱい貰わねば。
『何でカチュアとお主が声を揃えとるのじゃ。アリアの方がお姉さんに見えてきたのじゃ』呆れ顔
「アイリスちゃん、私がリードしてあげるわ。来なさい」
「ん!」
やる気満々になったところでビアンカお姉様に呼ばれた。マリアンヌ様は休憩するみたいで下がってこっちを見て微笑んでる。マリアンヌ様は奥ゆかしいと言うかおしとやかな雰囲気がある。同じ貴族令嬢なのに快活なビアンカお姉様とは全然違うな。
『同じ地位に居る者が皆んな同じ性格な訳ないのじゃ。傭兵や商人だってそうじゃろ?』
そりゃそうか。
「1、2、3、1、2、3、ほらアイリスちゃんこっちを見て、目線を合わせて踊るのよ」
ビアンカ姉様に手を引かれて踊り始めたけどビアンカ姉様は身長差に気を付けながらリードしてくれている。俺は俺で足を踏まない様にと思いながら踊り出したけど、相手が上手いからか次第に波長が合っていく様に危なげが無くなって少しずつ踊れる様になっていった。
「1、2、3、1、2、3、ってアイリスちゃん何でそんな不愉快そうな顔してるのよ?」
「……おっぱい痛い」
身長差の所為で目の前にあるおっぱいが顔に当たって痛いのだ。しかも何故か固いし。
「おっぱいって……言い方、て言うか男の子にはご褒美じゃなかったの?」
「お嬢様! 何処でそんな事を覚えたのですか!?」
「何よアリーニャこの位で……」
「ビアンカ様、胸当てもしていますしドレスの装飾もあります。顔に当たるとやはり痛いのではないですか? きちんと踊れる様になれば避けられるでしょうけど」
マリアンヌ様の言葉にビアンカお姉様は納得した様だったけど「喜ぶと思ったのに逆効果だったわね」と呟いたのを聞き逃さなかったぞ? わざとだったのかよ!?
「アイリスちゃん、もう一回踊るわよ。ってそんな顔しない、今度はちゃんと踊るから大丈夫よ」
嫌そうにしているアイリスをビアンカが強引に引っ張ってダンスに付き合わせる様は、正に姉に振り回される弟(妹?)の様であった。
その後ビアンカお姉様にマリアンヌ様にと相手をして貰った。マリアンヌ様には俺がリードする形だけど。
2人が上手いのか基礎だからか何となく交互に踊っている内にコツが掴めてきた様で、マリアンヌ様にも「中々上手にリード出来る様になったわね。これならあの子達とも上手く踊れるんじゃないかしら」と褒められた。
「お菓子貰える?」
「?? ……え、ええ。貰えるんじゃないかしら?」
「んっ!」ニコッ
お礼? を言ってアリアとカチュアの所に戻って行ったアイリスを見送りながらビアンカに話し掛けるマリアンヌ。
「――子供と言うのはほっこりしますね」
「ええ(アイリスちゃんは子供じゃないけどね)」
「ビアンカ様は何時もあの子にあんな風に接しているのですか?」
「そうですね。楽しいですよ?」
少々はしたないのでは? と言う目を向けるがビアンカは気にする素振りも見せない。その自由さと縛られない強さはマリアンヌには無いもので羨ましいと思ってしまっていた。
「マリアンヌ様も開き直ってしまって良いのでは? 超大国のリアースレイ精霊王国にアデール王国と対抗出来る私の国、マリアンヌ様の国が欲しがる繋がりを、マリアンヌ様は既に手に入れているじゃありませんか」
それを匂わせるだけで母国はマリアンヌを無下には扱えないだろう。
「どうしても不安ならマリアンヌ様もあの子と仲良くなって気に入られたら良いのです」
リアースレイ精霊王国のお気に入り、ダールトン達のアイリスへの接し方を見てビアンカは国の最重要人物だと考え開き直った。
今なら問題が起きたらリアースレイ精霊王国に丸投げすれば良い。自領に戻ってからならシャルロッテかお父様にでも投げうってしまえば良いと。
「お茶やダンスに付き合って下さるだけでも良いですし。あの子は剣の鍛練もしてますから見学しても良いですよ? ああそうだ、夜はあの子に美容回復魔法をして貰いましょう。私も毎日して貰っていて……、ピッチピチになりますわよ」
そう言うビアンカの肌艶を見てゴクリと喉を鳴らし、マリアンヌの気持ちは固まった。
それにしても感知魔法は役に立たなかったな。足さばきが何となく分かる様になったけど、それがダンスに役立った様には思えないぞ?
『何を言うておるのじゃ? 感知魔法の鍛練であろうが』
え? ダンスに役立つからやらせたんじゃないの??
『そんなもん知らんのじゃ』
マジかよ。
『リリィは精霊剣じゃぞ。何でダンスの手伝いなどせにゃならんのじゃ』
……マジかよ。
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