第008話 幕間 帰還の目処
「アデール王国にとって削り取った領地は生きていない土地なのです」
「生きてない?」
「マルトア伯爵領にあった鉱山も領都も奪えず、北に抜けてデュラン王国と国交を結ぶ事も出来なかった。維持するだけで人も金も消費していく出来れば切り捨てたい程の土地でしょう」
「戦うのはお父様の、レンリート伯爵領の領軍だけかしら?」
「いえラウレス様に伯爵位を授ける箔付けにするつもりですから、寧ろ主力は国軍ですね。旧マルトア伯爵領に国軍を集結させて行く様です。レンリート伯爵は奪ったブラン侯爵領側から大回りに北上して敵の退路を断つ様です」
「良く知っていたなダールトン。……いや、流石に詳し過ぎないか?」
「ウチとメメントリア王国との国交を促してレンリート伯爵領がメメントリア王国と領地を接するまで逆侵攻をする。シャルロッテ様から聞いた計画の内だ」
シャルロッテの名前にビアンカは苦い顔をして面識の無いシルブレッド以外は頭の痛い思いをさせられた。
「――逆侵攻……、いやちょっと待って? 計画って、何時からしていたのよ! 貴方が会う機会なんて無かったでしょう?」
「アデール王国でアイリス様とお会いした時ですね。精霊神社からの紹介状と共にシャルロッテ様の手紙も頂いていましたよね?」
「あの時!? ってあの時ってまだ3月よ? 夏に起きた戦争なんて起こるかどうか分からなかったでしょう??」
「そうなんですよね。流石に時期迄は書いていませんでしたが……」
そう言ってダールトンはビアンカにその時に受け取った手紙を渡した。
「これ、大きく迂回しながらハルカス子爵領を囲んで包囲するって事にして、寧ろ更に西のカルツール男爵領まで足を伸ばしてそのままメメントリア王国の直ぐ南まで進軍するって事じゃない。上手くいくのかしら」
手紙には戦争が起きたらレンリート伯爵領からアデール王国ブラン侯爵領に入って北上、ハルカス子爵領に侵攻し、更にそのまま西に向かいカルツール男爵領まで侵攻して北のメメントリア王国と接して国交を結ぶ可能性が示唆されていた。
「現在アデール王国の王都は我々が抜けて経済が大きく混乱しております。商業ギルドも飛空挺が造れなくて何時あの国王に物理的に首を落とされるか分かりませんし、教会も回復魔法の使える奴隷を集められず信者離れが進んでおりますから援軍どころでは無いでしょう」
「アデール王国の国軍や冒険者は動かないのですか?」
「現在は停戦状態ですが商業ギルドも混乱しておりますし、兵站を整えるどころではないので国軍は動かせないしょう」
「副都の迷宮も探索者が消えてしまい、そのまま攻略せずと言う訳には行きませんからな。冒険者や国軍も使っているでしょうし此方も余裕は無いでしょう」
「問題無いって事ね。まあ私が心配した所で何が出来るって訳でもないでしょうけどね」
「ダールトン、その手紙、時期は書いて無いと言うが本当に分からなくて書かなかったのか? 流石にハマりすぎだろう」
2人の会話を聞いていたシルブレッドが難しい顔をして聞いて来る。それはビアンカも疑問に思っていた事だったので2人共ダールトンを見つめた。
「いや偶然ですよ。ビアンカ様やアイリス様に危険が及ぶ様な真似をする筈が無いでしょう。シャルロッテ様もさぞ慌てた事でしょうな」
「まあ、そう、よね。シャルロッテが慌てる所なんて想像が付かないけど」
「アイリス様の聖女疑惑は兎も角、貴族令嬢の誘拐未遂にそこから明らかになった奴隷騒ぎからくる教王国、商業王国に対する不信感。代わりに精霊王国の商工ギルドと精霊神社に対する人気の高まりに危機感を覚えて戦争を起こす。流石に予測出来る事ではないでしょう」
「どちらもアイリスちゃんが関わっているのよね」
ジト目になるビアンカに苦笑いのダールトン、ヒストロス達は頭が痛そうに眉間を指でほぐしている。
「それで? 今後どう動くのでしょう」
「レンリート伯爵は既に行軍を開始しているかと。早ければ2ヶ月以内には大勢が決しているかも知れません」
「早過ぎない!?」
「先の戦争で集めていた兵と兵坦をそのまま使えますから。期間が空くより色々と負担が少ないのでしょう」
「兵の精神的負担は考えてないのかしら。……いえ、シャルロッテなら充分考えている筈、よね?」
「ははっ、そうですな。元マルトア伯爵領もフォシュレーグ王国の国軍がかなり集まっている様です。レンリート伯爵が兵站の支援をしているらしいのでそちらも直ぐにでも動くのではないかと思います」
「まあ動かなかったらお父様に手柄を独り占めされてしまうものね」
「それにしてもそこまで軍や兵坦を準備していたってのは凄いな。レンリート伯爵ってのは何処まで絵図を書いてたのか。かなり野心家で豪胆なお方な様だな」
「「「………………」」」
「なっ、何だ??」
関心するシルブレッドに何とも言えない顔をした3人だった。
「(シャルロッテ様が)アデール王国にかなり危機感を持っていたのは事実だな。メメントリア王国との国交についても案の一つとして20年前に聞かされていたしな」
「20年前!?」
「状況に応じた様々な案が建てられていたな。何ならレンリート伯爵家の独立やアデール王国側に編入する事まで視野に入れていたぞ」
「ええっ!? それ本当!??」
余りの会話にビアンカが割って入る。
「アイリス様がいらっしゃらなければ独立案に動いた可能性が高かったと思いますよ」
「――どう言う事かしら?」
「有力だったのはアデール王国側のブラン侯爵家と同盟を築いて独立する案ですね。フォシュレーグ王国には変わらず我々の商品を卸せばアデール王国を削った上に間に友好国が緩衝材として出来ますから」
「えっと、ブラン侯爵家ってこの間の戦争でお父様が領地を削った所よね?」
「ええ、領境の砦を王都に造り変えて我々リアースレイ精霊王国を招致する計画でもあったのですがね」
「領境の砦ってあの!? 立派過ぎると思っていたのよ! あそこ街みたいになっていたもの!!」
「そうですね。しかし戦争が起きてその芽が無くなったと見て即座にメメントリア王国との国交へ舵を切ったのでしょう」
「仲間にしようとしていた相手に直ぐ様斬りかかるなんて、本当良く出来たわね」
「全く、その判断力は恐ろしいものです」
ビアンカは背中に冷たい汗を感じながら呟くと、ダールトンも首を横に振りながら呆れた様に同意した。
「でも一番怖いのは無自覚で戦争を引き起こしたアイリスちゃんね」
「いやいや! 他の案では両国の大きな戦争は不可避です。アイリス様のお陰でアデール王国の混乱と弱体化が見込めてそれが回避出来るのですよ!?」
必死か!?
ビアンカは慌ててアイリスを擁護するダールトンに改めてアイリスの特殊性を感じる。
アイリスちゃんを悪人みたいにされたくないのかしらね。
そうまでさせるアイリスちゃんを制御出来るとしたらシャルロッテくらいじゃないかしら? 少なくとも私では手に余るわ。手放すのは惜しいし何とかシャルロッテと共にして手元に置けないかしらね。
「メメントリア王国の返答次第だけど、帰れる可能性がそこにしか無いのならスカーレット姫様の望みを受け入れるしか無いわね」
「手の者等からの返答は5日以内、遅くとも10日以内には聞けるかと思います」
「それまでは手が空く訳ね。…………ふう……」
戦時下での長旅と言う緊張と疲労から解放されたと思ったら憂鬱になる様な事を聞かされ、天井を見上げる様に顔を上げ目を閉じてため息を付くビアンカだった。
「ところで、ビアンカ様はタヒュロス王国の公爵令嬢マリアンヌ様とは親しいのでしょうか?」
「……そうね、親しいと言って良いと思いますわ」
一息ついた所でシルブレッドから話し掛け少し考えてから答えた。
マリアンヌ様もスカーレット姫様と同じ様にアデール王国に人質として来ていたし、アデール王国側からしたら私も同じ様な扱いだったから小さな派閥を作って仲良くさせて貰っていたのよね。
「このままですとマリアンヌ様は処刑されてしまう可能性が高いです。ビアンカ様とアイリス様が望むのであれば何とか止めてみようかと思いますが、如何いたしましょう?」
「処刑!? 囚われたと聞いていたけど、戦後の賠償に使うのではなかったのですか!?」
「タヒュロス王国ではカントラス王国が満足出来る賠償は出来ないでしょう。貴族達を納得させるには処刑が手っ取り早いのでしょうな」
「そう、……マリアンヌ様は何度かアデール王国で屋敷に招いた事もあったし仲良くさせて貰っていたわ。アイリスちゃんも妹の様に可愛がられていたし、助けられるのなら助けて欲しいかしら」
「おお、アイリス様とも仲が良かったのですね!? では早速城に行って来ます! 失礼致しますビアンカ様!」ガタッ
「あっ、おい待てシルブレッド! 精霊の愛し子にアピールしたいのだろうがもう夜だ。これから行っても朝行っても変わらん! それより聞きたい事がある。本当にカントラス王国が小国であるタヒュロス王国相手に大敗したのか?」
「む? うむ、そうだな」
話しを中断して飛び出そうとしたシルブレッドを止めるダールトン。だが商工ギルドのギルド長を任されている程の人間をそこまでおかしくさせるアイリスの方にビアンカは引いていた。
「とは言ってもな、我等もカントラス王国の王都でしか商売してないから詳しい事は分からんのだ。何とか聞き出した話しによると魔武器が暴走したらしい、と言う情報が入った程度か」
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