第001話 夏休み、厄介払い?
「ようやく、……夏休みね」
「はい。……ようやくですねビアンカお嬢様」
ツルツルのピカピカと言うくらい肌艶も良く、声にも若さが溢れているのに何故か極度の疲労を感じさせると言う離れ業を披露するビアンカに、ヒストロスとアリーニャが同意した。
「アイリスちゃんは夏休み副都の迷宮に籠るつもりだからナージャ、ヴェルンに任せるわね」
「はい、それで宜しいかと」
「ダールトン様が治癒院で桃色髪の天使を探っている者達が出て来ていると警戒していたしね。丁度良いわ」
「治癒院での口止めも限界だったのでしょう」
疲れた様に話し合っているのは、アイリスが治癒院で貴族の馬車に轢かれた致命傷の親子を回復させ大騒ぎになった時の事だ。
その話しは桃色髪の天使の話しとして広まってしまっていた。良い悪いは別にして口の軽い人間と言うのは何処にでもいるものである。
噂を聞いた神聖教会や商業ギルドの人間がその真偽を確かめる為にその噂を隠れて広めていったのだ。
その広まった噂を聞いた当時現場で見ていた人々は、既に広まってしまった噂なら自分が話しても良いだろうと考えたのだ。
何より彼等もあの尊い光景を誰かに話したくて堪らなかった。既に噂が広まっていると言う事を言い訳に話してしまうのも仕方がないと言うものだろう。
そして自分達が流した噂が補完されて行くのを聞いて噂が真実であると確信した神聖教会や商業ギルドの人間が噂の桃色髪の天使を探し始めたのだ。
副都の迷宮への出立日の早朝の事、ビアンカはアイリス達を送り出す際向こうでまた何か問題を起こすのではないかと心配していた。
しかしアイリスは貴族のお嬢様なのに平民の自分を心配する良い子だなと、心配しない様に別れ際挨拶をして来るビアンカに駆け寄って抱き締めて笑顔を向けたのだった。因みにこの挨拶はナージャに教わったものである。
そしてビアンカの優しさ? にちょっと感動してて思わずウルッと来ちゃってたりもした。
アイリスはこれでちょっとは安心してくれるかなと言う気持ちだったが、ただでさえ幼げで見目麗しい容姿でそんな事をされたらビアンカもぐっと来て思わず優しい言葉を掛けてしまったのも無理は無いだろう。
自身の優柔不断さに思わず苦笑いをしながら頭を撫でてしまうビアンカだった。
(にしてもビアンカお姉様も心配症だよなぁ。怪我しない様にとか危ない目に遭わない様に祈ってるわとか言われちゃったよ。お姉様呼びさせてる内に本当に弟みたいに思ったとか? いや無いか、俺の年齢知ってる筈だしな)
当のアイリスは気楽なものである。
王都を出るまで馬車で1時間、そこから副都まで2時間、副都に入って目的地まで1時間。約4時間かかるので馬車内をさっさとベッド形態にしてナージャさんとミリアーナを挟んで寝てしまおう。
いや別に2人の添い寝は要らないんだけどな。
すやすや眠るアイリスにナージャが特注したアイリスより一回り大きい140cmの熊のぬいぐるみを抱かせてナージャは満足そうに頷き、それをミリアーナは呆れたような目で見ている。
2人共アイリスに合わせたが流石に朝から寝ていられなかったのだ。比較的安全な副都への路程とは言えヴェルン1人に任せて眠ると言うのも不用心と言う事もある。
護衛依頼等した事が無く、寧ろここ半年守られてばかりのアイリスでは気付き様も無い事であった。
因みにこのぬいぐるみ、前に商工ギルドでナージャが特注で購入したもので、費用を考えない各種汚れや火等にも強い超高級素材で出来たもふもふ艶々でふわっふわなぬいぐるみである。
大きさが大きさなので見様によってはアイリスが襲われているように見えもするのだが、プレゼントしたナージャは満足そうである。
ナージャはこのぬいぐるみに100万イェン出している。商工ギルドとダールトン個人と合わせて300万イェンである。アイリスが聞いたらナージャの正気を疑う……、いや今更か。寧ろそうまでさせる自分の立ち位置に困惑するだろう。
「ナージャのアイリスちゃんに対する執着は何なのかしら? この子の年齢知ってるわよね?」
「何を言っているんですミリアーナ、見た目も中身も完全に幼子じゃないですか。この幼児体型なんてもうっ、――っと、いけません。アイリスちゃんを起こしてしまいます」
「確かに大人っぽさが欠けらも無いわよねー?」
「流石アイリスちゃんです。そう言うミリアーナもアイリスちゃんを可愛いがってますよね? 女狂いの貴女らしくない」
「性別を間違えた超の付く美幼女にしか見えないのよねえ? 始めはちょっと揶揄うつもりだったんだけど、なーんか柔らかくって良い匂いがして、抱き心地が良いし可愛いがっちゃうのよ」
「――可笑しな真似しないで下さいよ」ジト目
「貴女もね」呆れ顔
副都の迷宮、その側の5階建てのやや小ぶりな建物に入ってヴェルン達は建物の借主と会談をしていた。
「改めて、俺はこの探索者クラン、月下の宴のリーダー、アーダルベルトだ」
そう言うのは2mを超える長身に分厚い筋肉を纏う、金髪金眼に浅黒い肌の30歳程の男だ。
「隣りの男は今回合同で迷宮探索を行うクランで大地の箱庭のリーダー、ルトルートだ」
「どうも、ルトルートだ」
面倒臭そうに頭を掻きながら自己紹介したのは、アーダルベルトよりやや低いが同じく2mはあるだろう短髪の赤髪赤目の男だ。
「おい、ルトルート」
「わあってるよ。でもなぁ、ガキのお守りしながら迷宮探索なんて正気の沙汰じゃねえぞ?」
アーダルベルトの抗議を無視し逆に厳しい視線で周りを睨み付ける。
「アイリスちゃんはランク3クラスの力はあります。3階層迄の魔物は1人で倒せてますし人相手でも経験済みです」
「ほう」
「たった3階層だろ? 俺達は今回30階層を目指してるんだぞ? 余計なもん背負い込みたくねえんだけどなあ?」
「いざと言う時は私達が守りますから問題ありません(それにアイリスちゃんの回復魔法があればイレギュラーがあってもどうとでもなるでしょうしね)」
「ルトルート、この2人、ヴェルンとナージャはランク5クラスの実力はある。去年一緒に迷宮に潜った時は20階層まで共に行っているんだ」
「へえ、……んじゃ後ろのおっぱい姉ちゃんはどうなんだ?」
「彼女、ミリアーナは最近傭兵ランクが4に上がった所ですが、対人戦闘なら既にランク5クラスに足を踏み入れているかと思いますよ」
「納得したかしら大きなゴブリンさん?」
「ああん!?」
「止めろルトルート、お前がデリカシーのない呼び方をするからだ。それとお嬢さんも抑えてくれ。これでも此奴は俺と同じランク6でクランのリーダーでもある。一応慕っている奴等もいるんだ」
「一応って何だよアーダルベルト」
ぶつぶつ言うルトルートを横目にミリアーナの機嫌は治っていた。この世界では十代が結婚適齢期でミリアーナは22歳、お嬢さんと呼ばれる歳ではないがアイリスによる毎日の回復魔法で17.8歳くらいにも見える様になっていたのだ。それを実感したのだから機嫌も良くなると言うものだろう。
「それにしてもナージャさん、去年見た時より随分若々しくなっている様に見えますね」
「ふふ、ありがとうございます」
「ウチの女達が気にしてまして、良ければ理由なんかを聞かせて貰えませんかね?」
「それは「アイリスちゃんですわ!」
ヴェルンがアイリスの力を誤魔化そうとしたが、ナージャによって潰されてしまった。顔をしかめるヴェルンを余所にナージャは止まらず喋り続ける。
「アイリスちゃんは小さくて可ん愛いですし、孤児院の子供達にも大人気でして! 私もおこぼれに預かれるんですよ!? もうっ堪りませんわ!!」
両手を天に掲げキラキラした瞳で幼児への愛を語るナージャにアーダルベルトは唖然として、ヴェルンは上手く誤魔化せたと思いながらも頭痛を感じていた。ルトルートも一気に壊れた空気感に包まれ毒気を抜かれてしまっていた。
「もうアイリスちゃんは幼児ハンターと名付けましょうか!ねえヴェルン!?」
「……止めてやれ」
今話から第5章に入ります。迷宮探索と言う名の厄介払い。幼児ハンターアイリスは戦う機会を得られるのでしょうか? 是非お楽しみ下さい。
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