第005話 幕間 レンリート伯爵の受難、前編
レンリート伯爵領の隣り、アイリスの住んでいたライハルト子爵領の領主は荒れていた。
「クソッ! クソクソクソッ!! レンリートめ!」
奴の計略でレンリート寄りの街町で神聖教会と商業ギルド、冒険者ギルドをターゲットにした反乱が起きていた。
レンリートの画策だと分かったから腹いせにレンリート伯爵領との通行税を3倍に増やしてやった。抗議があったが無視していたら水田だの貯水池だのを作られ川の水量を半分(実際は3割程)も減らされてしまった。
影響を受ける周りの他の領主達は伯爵に抗議するべきなのに儂が通行税を不当に引き上げた所為だと噂され、レンリートの奴に謝罪するよう迫られた。
悪いのはレンリートの奴だろうが! ふざけるな!!
その後 儂は何とか寄り親のランドリッピ公爵に頼み込んで手紙を書いて貰った。これでレンリートの奴も折れるしかないだろうと意気揚々と向かったのだ。しかしレンリートの馬鹿は手紙を読んでもそのまま突き返して来やがったのだ。
「こっ、こんな事をして許されると思っているのかっ!?」
レンリートの怒りは想像以上だったのだろう、公爵家との関係を悪化させてでも折れない程に、だがそれならそれで公爵を味方につけてしまえば良い。
「水害対策は重要であろう?」
「……は?」
「陛下からも水田や貯水池についてご理解いただいてね、期待には応えなければなるまい?」
陛下!? まさか王家に!
「――子爵がお帰りだ、送って差し上げろ」
「はっ」
不味い不味い、この馬鹿まさか王家まで担ぎ出すとは! このままではランドリッピ公爵の顔を潰してしまう事になる! それに川の水量も減ったままでは他の領主共にまた非難される。
「まっ、待たれよ! どうか! どうか川の水量を元にっ、元に戻して下さい!!」
最早恥も外聞も無い、完全にこの馬鹿を見誤った。まさかここまで馬鹿だとは思いもよらなかった。
「貴様は私に王家に唾を吐けと言うのか?」
っ――そうだ! 水量を戻すと言うのはその水田事業を撤退させると言う事。陛下が認めた事業を止めろと言ってる様なものだ。引けない、これはもうコイツ自身でも止められない事態になってるんだ。くそっ! 何でこんな事に……。
レンリート伯爵は頭痛を抱えていた。
「……頭が痛い」
ライハルト子爵領の街町で暴動が起こったらしい。ウチの領軍を動かして何とかおさまったらしいが今も不満は燻っているだろう。シャルロッテがやり過ぎたからだ。
けどシャルロッテに苦言を言ったら元々はそこまでやる気は無かったらしい。あのアイリスの聖女騒ぎでシラルの町の冒険者が味方に付いて他の街町に波及して制御不能に陥ったらしい。
ただシャルロッテに困った様子が無いのが腑に落ちん。想定外だったとしてもすぐさま利用したのが目に見える。と言うか本当に想定外だったのかすら怪しい。
ライハルト子爵が抗議に来たが追い返してやった。ランドリッピ公爵を味方に付けて来たようだがコッチは王家を後ろ盾にしていたからな。
川の堰き止めなんて他領の貴族共から反発される所だけど王家を匂わせればライトハルトの方を責めるしかなくなるしな。……まあ俺はシャルロッテに言われてたまま進めただけだけど。
「ライトハルト子爵との諍いに陛下を巻き込むとは何事か!!」
そう思ってたら王城に呼ばれた。
王都の王城、ゼルファー陛下と謁見させられた。ライハルト子爵が泣きついたランドリッピ公爵に宰相のローゼンキッシュ侯爵までいる、ああ胃が痛い。
ライハルト子爵とのやり取りに嫌気がさしていたらこれかよライトハルト子爵め。ランドリッピ公爵に泣き付いたか? いや、ランドリッピ公爵本人が面子を潰された腹いせか。
「誤解でございます」
「何が誤解だ!水田も貯水池も川の水量を減らして揉めているライハルト子爵領を困らせる為にやった事だろう!」
ランドリッピ公爵め、自分の顔に泥を塗られたと思っているのかゼルファー陛下への当て付けか、公爵も王弟で強い権力を保持してるから陛下とは微妙な関係なんだよな。
「ライハルト子爵から不当な扱いを受けているのは事実ですが、この事業の必要性は陛下に上申した通りでございます」
「ならば何故ライハルト子爵との間に問題が起きている事を陛下に黙っていた?」
「貴族同士の些末な揉め事等、陛下のお心を煩わせる事ではありません」
「ふん、だが水田事業等でライハルト子爵領に被害が出るのは分かっていたのであろう?」
「そうですね、事業のついでに多少の当て付けにはしました。確かに一時的に水量が減る事もあるでしょうからね」
「ついでの方が本命だったのであろう!畏れ多くも陛下の御名を利用するとはどう言う事か!!」
チッ、強引にでも俺の責任に持っていくつもりか。
「陛下、昨今アデール王国で進められているダム構想と言うモノをご存知でしょうか?」
「うん?ダム構想?」
「はっ、ダムとは超大型の貯水池、湖を人工的に造り出す事でございます」
「何?人工の湖だと?」
「はっ、それにより下流の水量を雨季には貯水し乾季には放水して調整するのでございます」
「ほう、……それが出来れば素晴らしい事だな、だがどこまで効果があるのだ?」
「隣国、アデール王国では既に作られていてその効果を見て第二のダム建設が進められています。このままでは我が国はダムも無い後進国だと侮られかねません」
「なっ、何だと、どう言う事だ!?」
「ダム建設によって、今まで氾濫の危険から農地に適さなかった土地に農地を広げる事が出来ます。食料自給率も上がれば人口も増やせ、国力も上げられるでしょう。更に洪水の危険が低くなる事で交通の安全性が増し、流通量が上がり経済が活性化される事が分かっています」
「それだけの効果のあるものが存在していないと言う事が侮らせる事になると言う事か?」
「慧眼畏れ入ります陛下」
「………しかし何処にでも建てられる訳ではあるまい?」
「現在貯水池を作った所をダムに改造しております」
「貴様っ! 陛下に断りも無く勝手な真似を!!」
「良いっ! レンリート、其処はダム建設に向いているのだな?」
「はっ、ダムが造り易いのは勿論計算上は農業に適した土地が我が国最大規模になるでしょう、此方が資料です」
「陛下、ダムとやらは儂の所で建てます! 諍いに利用したレンリート伯爵には相応しくありません!!」
「陛下、既にアデール王国では一つ建設が終わって稼働しているのです。これから適した場所を探してどのように建設するか、運用方法とその効果、それらを調べるだけで何年も掛かります。そこから建設となれば運用出来るまで20年以上は掛かりましょう」
「貴様の所と一緒にするな! 儂の所なら直ぐにでも建てられるわ!!」
無理に決まってる。俺の所で出来ているのはリアースレイ精霊王国から専門家を招いているからだ。素人が出来る事じゃない。
「ランドリッピ公爵家だからこそ20年以上と言ったのです。我が伯爵領では25年前から調査準備を進めて来ましたから、それでも来年の夏にやっと仮の稼働が出来ると言う所なのです」
「陛下っ! コヤツの口車に乗せられてはなりませんぞ!?」
「アデール王国にこれ以上侮られる訳にはいかんのだ」
「っく! しかし此奴はリアースレイ精霊王国の犬! 売国奴ですぞ!!」
何言ってんだコイツ、そう言うお前はルードルシア教王国とラージヒルド商業王国の奴隷だろが。まあそれはこの国、どころかこの大陸の多くの国がそうなんだけどな。
「アデール王国はリアースレイ精霊王国との取り引きによって近年国力が増しております。対抗するには必要な事です」
「それならルードルシア教王国とラージヒルド商業王国との取り引きを強化すれば良かろう!!」
「強化? この国は閣下の言う2国に完全に依存して来たのですよ? その上でアデール王国との国力に差が出て来たのです。彼の2国にこの国の国力をこれ以上上げる力は無いかと」
「うぬぬ……」
射殺さんばかりの視線やめてくれません? 胃が死にそうなんですけど?
「うーむ、それならば彼の2国に圧力を掛けさせてアデール王国からリアースレイ精霊王国を排除して貰うのは? 対価としてレンリート伯爵もリアースレイ精霊王国との取り引きを止めるとすれば、彼の2国はアデール王国とこの国で取り引きを強化出来るのですし乗って来るのではないですか?」
ローゼンキッシュ宰相は王族派、貴族派のランドリッピ公爵とは対立してるが彼の2国には配慮せざるを得ないか。
まあリアースレイ精霊王国は勢力を伸ばしているとは言えこの辺りではまだまだ新興勢力、その勢力圏も大陸の1割を超えていないらしいからな。ランドリッピ公爵の後追いはしたくないから自分から落とし所を探って来たか。
「それで排除出来るのであれば我々が動く迄もなく、とっくに彼の2国が排除しているでしょう」
「むぅう、……確かに、それはそうだな」
「逆に言えばリアースレイ精霊王国はそれだけの強国と言う事です。あの国の技術力は、言わずともお分かりでしょう」
アンタ等だって俺ん所から流した商品使ってんだろ?エウレカ(嫁)から色々貰ってんだろが。
「――飛空挺か」
陛下が苦い顔をする。現在リアースレイ精霊王国の独占技術である飛空艇は王都への進出が乗り入れの条件だからだ。
この国ではルードルシア教王国とラージヒルド商業王国からの圧力でリアースレイ精霊王国を王都へ招く事が出来なかったから余計だろう。
「何故アデール如きが」
アデール王国はルードルシア教王国とラージヒルド商業王国がありながらもリアースレイ精霊王国の王都進出を認め、飛空挺の航行を許可してみせたのだ。それ以降アデールの経済発展は著しく、我が国は煮え湯を飲まされている。
「アデールは愚王が治めてますから……」
「っ、何か知っているのかレンリート伯爵!!」
「ああ、いえ、これは人伝てに聞いた話しなのですが。――アデール王国は愚王故に、飛空挺が欲しいと癇癪を起こして喚き散らし……、その、――彼の2国も御しきれなかったと……」
「「「………………」」」
「――陛下」
「いや、やらんぞ? 我には無理だ」
「確かに、――恥を知る人間には難しいでしょうな」
「分かった、ダムの件は頼んだぞ?」
「はっ、必ずや」
はあ、……何とか乗り切ったか。公爵は歯噛みしてたが陛下が目の前で乗り気になったのだもう何も出来まい。精々ライハルト子爵に当たるくらいか、……ご愁傷様。
陛下に呼び出された時は生きた心地がしなかったが、シャルロッテに手渡された資料通り想定内の問答だったな。
――怖っ、寧ろシャルロッテが怖いわっ!
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