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      作戦決行

「くそっ。ここにもいやがる…」


教室の中に隠れながらやりすごすのは、先ほど戦った二匹の鼠と同種のもの。


あの化け物じみた獣は、あれ二匹で終わりではなく、校舎のいたるところでその姿を見かける。


最初の一度は、出会い頭でぶつかって、戦闘になった。


そいつを木刀の一撃のもとに打ち倒した後、気付いたのは以前に逃げた鼠とは別の個体だということだった。


俺が吹っ飛ばした鼠は、窓の下で死んでいた。


そして、美景先輩が撃退した鼠は、打突による一撃で見た目に判る手負いになった。


しかし、今回あった鼠は傷一つなく健全そのもの。おまけに、毛の色も違っていた。


その一件で、ほかにも複数体存在していると推測した、俺と裕久は注意深く進むようになり、今ので五度目の遭遇になる。


「しっかし、美景先輩もなかなか無茶を言ってくれるよな。こんな化け物だらけの校舎を歩かせるなんて」


手に竹刀を持った裕久が、不満をもらす。


「でも、張り切って引き受けたのは、お前だぞ」


「うっ…だって女の子の前だぜ?かっこいいとこ見せたいじゃん」


「自業自得だ。よし、今だ、行くぞ」


鼠が見えなくなったのを見計らって、俺たちは進みだす。


向かうのは、校舎東棟四階にある放送室だ。




十数分前




やはり美景先輩は、一度なぎなた部の道場に向かう事を決めていた。


それに同行することを俺も裕久も申し出たが、美景先輩は一蹴。


そして、俺たちに別の指示を下した。


「君たちには、放送室に向かってもらいたい」


はじめ、美景先輩の意図が判らなかったが、すぐさま分りやすく説明が加えられた。


「この子たちの話から判断すると…」


指し示すのは、先ほど助けたなぎなた部一年生の三人組。


「まだ他にも、校舎に残っている生徒がいるだろう。


その者たちに、避難を促してもらいたいんだ」


さらに美景先輩の言葉は続く。


「無論、直に伝えるのが一番いいんだが…、まだ先の化け物鼠がいるかもしれん。


また、いないかもしれない人間を探して歩くなど愚の骨頂」


そこまで言われて、ようやく俺は得心がいった。


「それで放送室ですか」


「そうだ。あそこなら、全校に声が届けられる。加えて…」


美景先輩が見上げるのは、教室内のつきっぱなしになった蛍光灯だ。


「何故か携帯電話は使えんが、配線で繋がっている物は大丈夫なようだからな。


学園の放送機器は全て有線だ。確実に使えるだろう」


最後、放送するならどうしても必要になる情報がある。


それは、避難場所だ。


一所に決めておかないと、皆がバラバラの場所に避難して、それでは何も変わらない。


「避難場所は、グラウンドでいいだろう。


ここから見た限りでは、例の鼠も見受けられん」


教室の窓。そこから見えるグラウンドの風景は平穏そのもの。


確かにあそこならば、訓練でも使っていることだし、適当だろう。


「では、頼んだぞ。


私も、道場の様子を確認したらすぐに向かう。


放送前なら放送室に、後ならばグラウンドにな」


「任せてくれよ、美景先輩!」


格好よく最後をしめるのを、裕久は忘れなかった。





化け物鼠の姿を認めて、俺と裕久は姿を隠す。


思った以上に、化け物鼠の数が多い。


五度目の遭遇以降、立て続けに、六度目、七度目と続き、今ので八度目の遭遇となる。


目的の放送室は、東棟四階。ここは東棟の二階と三階の間の踊場だ。


「またか…」


「何匹いやがるんだ、あの鼠どもは」


裕久の不平はもっともだ。


この東棟に入ってから、奴らを見かける回数が多くなっている。


しかも、それまでのように単体での移動ではなく、複数体で徘徊しているから厄介だ。


「なあ、晶…」


「なんだ?裕久」


俺は、階上の様子を確認しながら答える。


「あいつら…一体どこから湧いてでたんだろうな」


それは、俺も気になっていたことだ。


しかし、それは、


「今考えても判るものじゃないだろ」


「そうだよな」


「それよりも…今はあいつらをどうやりすごすかだ」


目指すは四階。


だが、三階の廊下では例の化け物鼠が、ひっきりなしに行き来しているため、 俺たちは進めないでいる。


鼠が、階段をあまり気にしないのは救いではあるが、それでも正直どうにかしてほしい。


「…何かを探しているのか?」


鼠の動きを観察する内に気付いたのは、その動きが、ただ歩き回る動きとはあきらかに違うということ。


そして、その動きが獣が獲物の行方を探している動きと同じである、ということ。


「案外、人間だったりして」


裕久の冗談めかした一言。


それに合わせるように聞こえたのは、


「っ!―――――っ!」


またも、悲鳴。


同時、階上の鼠たちの動きが一気に慌ただしくなり、一斉に同じ方向へと駆け出した。


「うそだろ…」


一番驚いていたのは、意図せず状況を言い当ててしまったらしい、裕久だった。


「驚いてないで行くぞ、裕久!」


俺たちも、踊場から飛び出して走り出す。


ただし、向かうのは四階ではなく、悲鳴が聞こえた方向。


悲鳴の主は、すぐに見つかった。


東棟三階の廊下の突き当たり。


そこに、モップを振り回して、何とか鼠の襲撃をしのいでいる、セミショートの若い女性がいた。


「あれ…薫先生だよな」


十匹ほどの鼠を相手に、モップ一本で防戦しているのは、裕久の言う通り薫先生だ。


だが、その防戦も長くは続きそうにない。


薫先生は目に見えて疲弊している。


加えて、その手に持つモップも幾度にも渡って与えられた衝撃によって、今にも折れそうな状態だ。


「くそっ、助けないと…」


俺は木刀を握りしめ、前へと歩を進める。


しかし、


「くそっ!」


その行く手を数匹の鼠に阻まれた。


鼠たちは、次々と俺に向かって飛びかかってくる。


「くっ…このっ!」


それを迎撃するのは、手の内にある使いなれた木刀。


取りあえず、薫先生にかかる負担はこれで幾分か軽減したわけではあるが、それにしても早く助けなければならないことに、変わりはない。


「待ってろ!晶!」


叫び、駆け出す裕久。


しかし、その方向は鼠たちのいる方向からは真逆。


「おいっ、裕久!どこ行くんだ!?」


俺の声に振り返りもせず、裕久は廊下を走り行き、やがて角を曲がって見えなくなる。


「あいつ…こんな大変な時に一体どこに…。…っ!」


裕久に気をとられて、鼠の攻撃に対して、一瞬反応が遅れる。


すんでのところで、相手の顔面に木刀を叩き込み、難を逃れる。


〈このままじゃ、俺も危ないな…〉


鼠たちの攻撃に、止む気配はない。


加えて、こちらの動作に慣れてきたのか、一体を相手にしている内にもう一体が攻撃をしかける、といった連携まで見せるようにもなってきた。


〈くそ…このままじゃあ…〉


戦闘開始当初は、隙を見て反撃することも可能だったが、今では間断なく仕掛けられる攻撃に対して、防戦を強いられている。


このまま、時間だけが経過していけば、そう経たないうちに、俺も薫先生も鼠の餌食となるだろう。


「悪い!待たせたな、晶!」


裕久が戻ってきたのは、そんな時だった。


その手の中には、走り去った時には持っていなかった、赤い消火器がある。


「喰らいやがれ!」


直後、俺の脇で噴射される消火剤。


それは、俺を襲撃していた鼠たちの顔面に直撃する。


思わぬ攻撃に怯んだ鼠たちの隙をついて、俺と裕久は前へと進み出る。


「おらおら!どけ、鼠ども!」


次に裕久が狙うのは、俺たちと薫先生の間に群れる鼠たち。


消火器での噴射攻撃を顔面に喰らった鼠は、怯んで俺たちの通る道を開ける。


「薫先生!今の内にこっちへ!」


裕久の消火器による攻撃で出来た道を通って、薫先生のもとへ。


意外な救援の到着に、薫先生は目を丸くする。


「えっと…貴方たちはたしか…五組の宮前君と…山崎君…ですよね?」


「そんなことはいいですから、早く逃げましょう!」


取りあえず、薫先生を確保。


あとは、逃げるだけだ。


「よし。行くぞ、裕久!」


「…すまん…晶…」


と、気付けば裕久にさっきまでの威勢の良さがなくなっている。


「時間切れみたいだ…」


言われた通り、消火器による消火剤の噴射には、最初の勢いなどとうになく、すでに鈍器として使うくらいしか、使い道は残っていないようだ。


「てことは、…戦うしかないか」


幸いなのは敵の数。


先ほどからの噴射攻撃は相当きいたのか、今俺たちの目の前にいるのは、噴射攻撃の直撃を逃れた三匹だけ。


あとは、こちらの攻撃に驚いて逃げたようだ。


この数ならば、


「戦える…」


俺は、裕久の前に出て木刀を構える。


鼠たちも、こちらに飛び道具が無くなったのが判ったのか、すぐさま攻撃に転じてきた。


「せいっ!」


気合一声。俺は正面から飛びかかってきた鼠の頭に、木刀を降り下ろす。


綺麗な縦一文字を描いた木刀は、吸い込まれるようにして鼠の頭に直撃。


固いものを砕いた手応えを、寄越してくる。


隣でも裕久が、俺の隙を窺っていた鼠の胴体に、消火器を全力で投げつけている。


浅い曲線軌道の終着で、消火器は狙い違わずジャストミート。


相手に、再起不能の傷を負わせる。


「へへっ。やったぜ!」


戦闘中にもかかわらず、裕久はガッツポーズ。


その隙を、最後に残った鼠は見逃さなかった。


「裕久!」


裕久に向かって飛びかかる鼠。


俺はそいつ目掛けて、降り下ろした体勢からの逆袈裟を叩き込む。


が、それは空振り。


木刀は鼠の長い尾だけに当たり、本体は未だ健在のまま、裕久に牙と爪をたてようと、飛来する。


「はあっ!」


響き渡る勇ましい声。


それに合わせて、裕久に向かって跳躍の途中だった鼠は、背後にあったガラス窓に激突する。


俺の時のように、硝子を破って外に飛び出すだけの威力はないものの、それでもヒビを入れるには十分。


ガラス窓に激突した鼠は、そのまま廊下の床に落下。


直後に体勢を立て直し、己を吹き飛ばした相手を見据える。


その相手とは、裕久の右前方で片足を空に向かって突き出した姿勢の、


「か、薫先生?」


俺と裕久の疑問を、薫先生は気にすることなく、裕久の前に移動。


わずかに重心をさげて、迎撃態勢に入る。


「あの…山崎君?」


「は、はい」


「もし、喧嘩をするのでしたら、ガッツポーズは終わるまで、控えた方がいいと思いますよ?」


「い、以後気をつけます…」


裕久に背中を向けたまま、何故か説教じみたことを始める薫先生。


それを隙とみたのか、鼠は再び突撃をかける。


薫先生から少し離れた場所から跳躍。


己の身体にある武器を、突き立てんと飛来する。


「はあっ!」


再び響く気合一声。


次の瞬間には、薫先生の靴の爪先は、空中にある鼠の腹に食い込んでいた。


「せいっ!」


次に薫先生が気合をかけたときには、その拳は宙で体勢を崩した鼠の横腹に突き刺さっている。


もろに正拳突きをもらった鼠は、そのままの勢いで再びガラス窓に激突。


その威力は先程の一撃と大差なかったようだが、ヒビの入った硝子を割るには充分すぎた。


鼠は、破砕された硝子の破片と共に、一直線に地面へと落ちていった。


後に残された俺たちは、薫先生の意外な強さに驚いていた。


「薫先生…強かったんですね」


口をついて飛び出したのは、そんな言葉。


「宮前君。あんまりそんな風に言わないでくれませんか?ちょっと気にしてるんですよ」


そう言いながら、薫先生はスーツに着いた汚れを払い落とす。


「いやぁ、マジ強いっすよ!薫先生!何かやってたんですか?」


裕久は、どうやら目の前できめられた流れるような体術に感心したようだ。


「えっと…学生時代に、少林寺拳法を習ってたんですよ。さすがに、あんなに沢山の鼠は相手にできませんけど」


薫先生は、強いことを気にしているとは言ったものの、どうやら誉められて悪い気はしないようで、照れ臭そうに頬をかいていた。


「それで、二人はこんな時間のこんな場所で、何をしてたんですか?」


「それは、これから行くところがあるんで、その行き道でよければ話ますよ」


俺は、さっさと放送室に向かおうと、階段へと歩き始める。


「あっ、待てよ、晶」


「ちょっと待ってください。先生もいきますよ」


裕久はもちろん、薫先生も道連れとして、俺たちは歩き出す。


それまで、廊下のいたるところにいた鼠たちは、どうやら薫先生が目的だったようで、さっき撃退したおかげか、今はその影も見ることができない。


雰囲気のうって変わった廊下を進みながら話すのは、ここにいたるまでに体験した出来事。


もちろん、資料室に忍び込んだことは伏せておいた。


「君たちも、先生と同じなんですね…」


話を終えた時に、薫先生はしんみりと呟いた。


「やっぱり薫先生も俺たちと同じだったんですか」


「はい。先生も、教室で用事を済ませていたら、急に意識が遠くなって、気がついたらたらこんな状況になってました…」


薫先生の話から、俺たちは美景先輩の頭の回転の速さに感心した。


「やっぱり、美景先輩の言った通り、他にも倒れた人はいるみたいだな」


「だな。でも、薫先生がいるってことは、他にも先生が残ってるってことだよな?まったく、生徒が危険な目に遇ってるっていうのに、どこに隠れているんだか」


憤慨する裕久。


しかし、薫先生は同じ教師として先生方の弁護をする。


「きっと、どこかで生徒さんと一緒に身を隠しているんですよ。皆さん、教師ですもの。生徒さんを見捨てるようなこと、しないはずです」


そんな、あまりにも純粋な薫先生の意見に、さすがの裕久も毒気を抜かれたようだった。


「あっ、宮前君。放送室でしたら、ここですよ?」


裕久と薫先生の話を聞くのに、夢中になっていたようだ。


危うく、目的の場所を通り過ぎるところだった。


「さて、と。まずは放送室の鍵を開けて、と」


俺は、美景先輩から預かった鍵で、放送室の扉を開ける。


中に入ると、俺の視界に入ってきたのは、よくわからない機材の数々。


「…放送するには、どうすればいいんだ?」


よく考えれば、放送委員でもない俺は、機材の操作の仕方を知らない。


適当にいじってもいいのだが、それで機材が壊れてしまっては、ここまで来た意味がなくなる。


裕久とも顔をあわせてみるが、やはり操作の方法は知らないようで首を横に振っていた。


二人して頭を悩ませていると、薫先生の声がかかった。


「全校に放送すればいいんですよね?」


「ええ。そうですが…」


「だったら…」


そう言って、薫先生は放送室の機材を操作する。


幾つかのスイッチを動かしたかと思うと、薫先生はこちらに向き直り、


「後は、マイクのスイッチを入れれば大丈夫ですよ」


拍子抜けするほど簡単に、操作の終了を告げてくれた。


「詳しいんですね」


俺の言葉に、薫先生は少しだけ顔をしかめる。


「放送委員会の副顧問ですから。委員を選考するときに、名簿見てないんですか?」


はい、見てません、寝てました。


とは、言わない。


言ってしまうと、色々面倒なことになりそうだからな。


ともかく、これで準備は整った。


「さて…やるか」


俺はマイクの前に立ち、そのスイッチをオンにした。

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