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      鏡

最初に出迎えてくれたのは、猛烈な埃っぽさだった。


噂が真実なら十年ほど使われていない教室だ。それが、当たり前なのかもしれない。


「確かに、随分と長い間人が立ち入ったことすら無いようだな…」


部屋の状況を見て、美景先輩が冷静に分析している。


床を見れば、埃のない場所を探すのが大変なくらいだ。


埃が無い場所といえば、扉が倒れたらしい跡と、その扉をどうにかしようとしたらしい複数の足跡。


「この足跡…一番数の多いやつが、たぶん薫先生のだな…」


足跡の状況から、俺はそんな想像をする。


そして、おそらくそれは当たりだろう。


幾つか種類のある足跡の一種類が、妙に数が多く加えて扉の周りを何度も往復していた。


たぶん壊れた扉を前に、薫先生がおどおどと歩き回ったのだろう。


「ふむ。サイズや先生方の話から考えても、その通りだろうな」


どうやら美景先輩も同意見のようだった。


「晶。美景先輩」


俺たちの後ろ、開かれた扉を調べていた裕久から声がかかる。


「なんだ?」


「何か判ったのかね?」


俺と美景先輩が傍に寄ると、裕久は得意そうな笑みを浮かべて、扉を指し示した。


「見てみろよ。当たりだぜ」


指し示された扉を見る。


一見すれば何のへんてつもないただの扉だが、


「うわっ…何だよこれ…」


扉の縁は穴だらけだった。


元は、それ全部に釘が刺さっていたのであろうその穴は、扉の縁とその周囲の壁に、百に届こうかという数であいている。


「たぶん扉を直すときに全部抜いたんだろうな…。それにしても、すごい数だな」


ふと、釘付けされていた跡を見るうちに気付いたことがあった。


「本当に内側から釘付けしてあったんだな…。どうやったんだろう?」


この資料室は一階にあるといっても、窓側はちょっとした崖に面している。


梯子を使えば窓からの出入りも可能だが、わざわざそこまでして扉を封印するとは考えにくい。


「さあな。それよりも、美景先輩」


どうやら、裕久の方は美景先輩に訊きたいことがあるようだ。


「この部屋を不届き者から守る、とか言ってましたけど、理由とか聞いていないんですか」


裕久の問いに、美景先輩は残念そうな顔で答えた。


「聞いていない。ただ薫女史が扉を破壊してしまったから、中の物に生徒が悪戯しないように見張っておいてくれ、と」


話を進めるごとに、美景先輩の顔は残念そうなものから、苦虫を噛み潰したようなものになり、


「私も、何か貴重なものでもあるのかと、気にも止めなかった。もし、あの時に、ここが件の資料室だと知っていれば…」


最終的に、過去の自分を呪い殺そうとしているかのような、表情になった。


このままだと、自分の世界に引き込もってしまいそうな美景先輩に、俺は更なる質問をする。


「ところで、それを美景先輩に頼んだ先生って、誰ですか?」


俺の質問で、美景先輩はようやく現実に帰ってきてくれた。


現実に帰ってきた美景先輩は、質問に即答。ついでに、裕久が話してくれた噂話に沿った情報も、もたらしてくれた。


「教頭先生だ。そういえば…それを頼むとき、何故か青い顔をしていたな。何かを怖がっているかのような…」


それを聞いた俺と裕久は、互いの顔を合わせる。


「何が隠れてると思う?裕久」


「普通に考えれば、生徒の自殺だな。その場合は、原因が教頭、ということになる」


これまでの噂は全て本当だった。


あとは、この資料室が『開かず』になった原因だ。


それはとにかく、調べてみないと判らないだろう。


「美景先輩は何だと思います?」


俺は、試しに美景先輩にも訊ねてみる。


「この資料室が『開かず』になった原因」


「今の段階では何とも言えんな。…ただ、あの教頭先生は長くこの学園にいるから、何かしらの事情を抱えていてもおかしくないとは思うが」


そう言う美景先輩は、早くこの部屋を探索したくてしかたがないようだ。


「さて、この部屋の探索だが…」


口火をきったのは、裕久だった。


「結構広いけど、どうする?」


裕久の言う通り、この資料室は広い。


おそらく、教室二つをぶち抜いて造ったのだろう。


加えて、棚や大型の物品が置いてあるから、普通の教室よりも調べるのに、手間がかかる。


「まあ、普通に考えれば手分けして、手っ取り早く済ませる、だな」


俺が第一の選択肢を提示する。


だが、これの場合、確かに探索を終了するのは早いが、見落としがでる可能性が高くなる。


「あとは、三人一緒に行動するか、だな」


二つ目を提示したのは美景先輩。


しかし、これの場合だと探索終了までに時間がかかる。


すでに太陽は沈みかけている。


長く使われていなかったこの部屋の蛍光灯には期待できない。


陽がある内にここを出ないと、周囲の物を壊してしまう可能性がある。


考えた末に、俺たちが出した答えは、


「三人で手分けしよう」


結論はそう落ち着いた。


「しかし、それだと見落としがでる可能性が…」


と、美景先輩一人が不満を唱えてはいるが、それに関しては俺も考えてある。


「今日のところは、三人で手分けして探索しよう。で、それでは納得できないだろうから、明日もまた来て、今度は三人一緒に行動することにしよう。それでいいですね?美景先輩」


「むぅ…やはり妥協するならそこか…」


これで、探索の段取りは整った。


あとは、実際にこの部屋を調べて回るだけだ。


「じゃあ、何か気になる物を見つけたら、互いに声をかけるんだ。独り占めは駄目だぜ?じゃあ、解散!」


裕久の一声のもと、俺たちは探索を開始した。


ルートは三つ。


俺は右側から。美景先輩はど真ん中から。そして、裕久は左側から奥を目指して突き進む。


俺の担当する資料室右側は、主に史書がおいてある区画のようだった。


本棚の一つ一つに目を通しながら。進んで行く。


更には周囲を覆う壁や天井、床なんかにも視線を這わせる。


しかし、どこまでみても変わるのは棚に入っている本のタイトルばかり。


だんだんと飽きてきた俺の視線は、自然、変化のある本のタイトルに向いていく。


〈すごいな…これ、全部この地方に伝わる民間伝承の本だ…〉


本の間を練り歩くことで、タイトルにある共通項は地元の民間伝承。


とりわけ、神隠しについて書かれてあるものが多かった。


〈これは神隠し説もありなのかも…〉


などと、つらつらと考えていた時だった。


「晶君!裕久君!ちょっと来てくれ!」


聞こえたのは、興奮した様子の美景先輩の叫び声。


俺はその方向、すなわち、資料室の最奥部へと急ぎ向かう。


「どうしたんですか!?」


最奥部に到着したのは、俺が最後だった。


先に到着していた二人は、既にその目の前にある、ある物を見つめていた。


「ああ、晶君か…。君は、これを何だと思う?」


美景先輩が指し示すある物。


それは、資料室最奥部の真ん中に鎮座する、何かの棚だった。


「神棚…いや、祭壇か?」


「やはり君もそう思うか」


今回も美景先輩と同意見。


となれば、気になるのは裕久の意見だ。


「裕久、お前はどう思う?」


「どうも何も、これはたぶん祭壇だろう。神様祀ってるとは思えないからな」


三人の意見が一致。


それならば、これは祭壇と呼んで問題ないだろう。


俺は、再度その祭壇を観察する。


大きさは、幅二メートル、高さ一メートル強。


三段の棚からできあがっており、下から、一段目には様々な祭具が、二段目には供え物を捧げるであろう皿が。


そして、三段目には、


「これは…鏡だろうか…」


美景先輩の言う通り、鏡らしきものが置かれてあった。


らしきもの、と言うには理由がある。


鏡面が見えていないのだ。


俺たちから見えている側からは、歴史資料などで見る、銅鏡のような装飾のなされた面。


「実際に鏡かどうかは、確かめてみれば判るんじゃあありませんか?」


そう言って、裕久が鏡に手を伸ばす。


「丁重に扱いたまえよ?いかほどの価値があるか知れんのだから」


美景先輩も、裕久を止めることはせず、注意をうながすだけに留める。


俺自身も、あの裏側が実際にどうなっているか、気になって仕方がない。


「いくぞ…」


呟きと同時、裕久の手が鏡らしき物にかかる。


そして、ゆっくりと両手で持ち上げ、慎重に裏返す。


そこにあったのは、十年の歳月を感じさせない、磨き込まれた鏡面だった。


「鏡…だな」


「鏡のようだな」


「鏡かよ…」


三者三様の反応を示し、それぞれが鏡を除きこんだ瞬間だった。


―――――――ッ!


強烈な高音と共に鏡面が目映い光を放ち出した。


「なっ―!」


「ぅくっ!」


「うわっ!」


その音と光の強烈さに、俺たちは三人とも耳を塞ぎ目を閉じる。


当然のことながら、鏡は床に落ちるが、それでも放たれる輝きは劣ることを知らず、それどころかますます強烈になっていく。


その内に、俺の視界は目を閉じているにも関わらず、真っ白になり、


意識は闇へと落ちていった。

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