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      発見

噂の資料室は確かに存在していた。


広い学園の西棟一階。


今は使われていない教室が多く存在する場所に、それは分かりやすく存在していた。


「ここで間違いなさそうだな」


扉を確認しながら、裕久が呟く。


「本当か?」


続いて俺も、扉に近づいて確認する。


パッと見た感じに、異常は無さそうに見える。


だが、それは遠目であればの話。


近づいて見てみれば、その扉がごく最近壊されたことが、まざまざと見てとれる。


扉の縁は明らかに壊れていた。


この学園の特徴の一つは、鉄筋コンクリートで造られた校舎の内装、そのいたるところが木製ということだ。


その木製品の一つである教室の扉。


それの縁から十センチ位のところで、綺麗に折れてしまったようだった。


一応補修はされているが、その跡は新しく、つい最近直されたことが容易にわかる。


「木工ボンドでくっつけたみたいだな」


補修跡を観察していた裕久がボソリと呟く。


同じ場所を見れば、木工ボンドが乾いたとおぼしきゴム質の固まりが、断裂跡からはみ出していた。


「しっかし、薫先生…どれだけの勢いで突っ込んだんだ?こんな扉ぶっ壊すなんて…」


扉を観察したあと、俺はそう言わずにはいられなかった。


外観を見るに、俺たちが普段使っている教室と同じ扉だ。


そうすれば、材質は判らないが厚さは二センチはあったはず。


普通に転んでぶつかったくらいでは、壊れることはない。


しかし、この扉は見事に折れてしまっている。


薫先生のドジが、一種の芸術だと思ってしまった瞬間だった。


「さて、今度は中を調べようと思うんだが…」


言ったはいいが、俺は思わず尻込みする。


「改めて見ると不気味なとこだよなぁ」


俺の心中を代弁するかのように、裕久がボソリと呟く。


そう、不気味なのだ。


空き教室ばかりがならぶ廊下の中に、一つだけその存在を忘れられたかのように、中身をそのままに放置された資料室。


おそらく、民芸品などが置かれている民俗資料室だったのだろう。

差し込む西日が照らし出す資料室の中には、遺跡からの出土品とおぼしき物や、数十年前くらいまでは実際に使用されていたらしい生活用品が、不気味に照らし出されている。


たぶん、ただ通りがかっただけなら、そそくさと見なかった振りをして通りすぎただろう。


正直、今だって裕久が一緒でなければ一秒だって長居はしたくない。


「なあ…裕久…」


「なんだ…晶…」


「帰っていいか?」


思わず口からこぼれたのは、そんな一言。


無論、裕久は反論、というか懇願してきた。


「たのむ!帰らないでくれ!正直、怖いんだよ。この資料室!」


「俺も同じだよ!」


などと、一悶着したあと、結局中を調べることになった。


「いいか…開けるぞ?」


俺が扉に手をかけながら、裕久に確認。


裕久が頷くのをみて、扉を開けようと手に力を込める。


その瞬間だった。


「はぁ…。怖いのなら帰ってくれればよかったものを…」


突如後ろからかけられた女の声。


俺も裕久も思わず前へと跳躍。


資料室の扉に突撃しそうになる。


「あっ、コラッ!これ以上学園を壊すんじゃない!」


そんな風に怒鳴られたかと思うと、次の瞬間には廊下に尻餅を着いていた。


隣を見ると裕久も同じように、廊下に尻餅を着いている。


どうやら二人して扉を壊すところを、誰かに後ろから引っ張られて尻餅を着いたようだった。


「まったく…大した客人もなく今日は帰れるかと思ったら…。最初の客人が君たちとはな…宮前 晶、山崎 裕久」


名前を呼ばれてそちらの方向をみる。


そこは、さっきまで俺たちが立っていた場所。


たぶん引っ張られて位置をひっくり返されたのだろう。


資料室の扉の前には、制服の夏服を身に纏い、背中ほどにまで伸びた黒髪を翻した少女が、悠然と立っていた。


「やあ。君たちはこの資料室に何か用があったのかな?」


意思の強そうな眼に剣呑な光を宿して、そう問い掛けてくる少女。


それは、この学園の天下の生徒会長、深水 美景フカミズ ミカゲ先輩だった。


「え、ええ。少し民俗資料に用が…」


「ふむ。ならば、ここよりも第三民俗資料室の方がよいだろう。あちらのほうが資料は充実している」


もっともな答えを返してくる美景先輩。


もちろん、そう言われては俺に返す言葉はない。


「美景先輩こそ、この資料室に用があるんじゃないんですか?」


立ち上がりながら問い掛ける裕久。


美景先輩は、ふむ確かに用がある、と頷きながら俺たちを見据え、


「扉の壊れたこの資料室に、不届き者が入らぬように見張っていてくれ、と先生方に頼まれているからな」


そう言う美景先輩の眼光は鋭く、まるで俺たちが何をしにきたかを、見透かしているようにも見えた。


この深水 美景と言う生徒会長に対する、多くの生徒の共通見解は『敵に回すな』、と言う単純なものだ。


それは、彼女の所属する派閥や物理的な意味も含まれる。


学園トップクラスの頭脳を持つ美景先輩と、何らかの形で頭脳戦をしても、必ず正面きって叩き潰される。


だからと言って、直接殴り込みをかけた場合には、なぎなた部主将を務める彼女の薙刀の餌食となって地に沈む。


故に、資料室に入りたい俺たちにとって、その扉を守る今の美景先輩は、どうしても会いたくなかった人物だった。


もちろん、資料室には入りたい。しかし、美景先輩を敵に回すのは最も下策。


一瞬のアイコンタクトの後、俺と裕久はこの状況の中で、最も上策と思われる方法をとることにした。


それは、美景先輩を抱き込んでしまうことである。


ああ見えて、美景先輩は好奇心が旺盛なところがある。


おそらくは、それも彼女の頭脳が明晰である一因なのだろうが、今はそんなことはどうでもいい。


とにかく、その好奇心を利用して自分達と同じ穴に引きずり込んでしまおう、という作戦だ。


「あの…美景先輩?」


まず先陣をきるのは裕久だ。


「なんだね?裕久君」


「『開かずの資料室』の話は知っていますよね?」


「もちろんだ。それがどうかしたのかね?」


美景先輩の口調から、俺は確かな手応えを感じた。


まったく興味を示さなければ、美景先輩はその話題を一蹴する。


しかし、先の裕久の問いに対して美景先輩は、更にこちらに話す機会をくれた。


これは、少しでも興味を持ってくれた証でもある。


再びのアイコンタクトで、俺たちはそのことを確認し合う。


後は一気に攻め落とすだけだ。


「実は…」


俺たちは、ここに来た事情を美景先輩に話し始めた。




数分後




「なかなかに興味深い…」


駄目元で事情を話した俺たちに、美景先輩が示したのは、意外にも好感触な態度だった。


「すると君たちは、この資料室が件の『開かずの資料室』だと推理して、真相を確かめにやって来た、というわけか」


美景先輩は俺たちの話の途中から、猛烈な興味を示し、身を乗り出さんばかりの勢いで、聞いていた。


こうなったなら、後は簡単。


少しの間だけ、見逃してもらうように話を持っていけば、こちらのものだ。


そう仕向けようと、俺が口を開きかけたその時に、美景先輩から思わぬ一言が放たれた。


「そういうことなら、私も協力しよう」


休戦を目指していたはずが、同盟を結んでしまった瞬間だった。


「ええっ!美景先輩、マジですか?」


俺も裕久も口をあんぐり。


予想外の出来事にただただ驚くしか出来ない。


「ああマジだとも。実は私も『開かずの資料室』の真相には興味があったのだ。それがここだというなら、これが協力せずにはいられようか」


言葉の途中では、既に扉に手をかけている。


「いいか?開けるぞ!」


次の瞬間には、すでに扉を開けていた。



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