進攻
「薫先生!大丈夫ですか!?」
里の中は、すでに至るところに、敵の姿が見受けられた。
幸い、住人は避難を終わらせたようで、路上に人の姿はなかったが、代わりに少し進んだだけでも、戦闘になるような数の敵が跋扈している。
「ええ!大丈夫です!宮前君も油断しないで下さいね!」
お互いに、相手を気遣いながら、敵に対峙する。
俺たちが、里の入り口を目指して進み始めてから、幾度目かの戦闘だ。
目の前の敵は、先ほど倒したのと同じ、餓鬼と思われる妖だ。
それが、俺と薫先生を挟むように二体。
つまるところ、二対二の局面だ。
俺は刀を正眼に構えて、薫先生は僅かに重心を落として、互いに背中を預けながら、敵の攻撃に備える。
先に仕掛けてきたのは、俺の目の前にいる餓鬼の方だった。
この少しの時間の中で、何度も経験した飛び掛かり攻撃。
俺はそれを、真上からの斬り下ろしで対応。
攻撃がこちらに到達する前に、餓鬼の身体を両断する。
「薫先生!こっちは終わりましたよ!」
「こっちは…もう少しです!」
いつの間にか始まっていた、薫先生と餓鬼の戦闘。
俺から少し離れた場所で、薫先生と餓鬼は格闘戦を繰り広げていた。
「くっ…、はあっ!」
薫先生は、戦い方のコツを掴んだらしく、的確に相手の急所に対して、強烈な打撃を打ち込んでいく。
最早、餓鬼程度では相手にならないほどに、薫先生の戦い方は凄まじいものになっている。
そのスタイルこそ、変わっていないものの、今の薫先生の戦いは容赦がない。
さっきまでは、決定打に欠けていた薫先生の攻撃だが、今ではそれを、急所へのピンポイント攻撃と、手数の多さでカバーしている。
「せいっ!」
薫先生渾身の蹴りが、餓鬼の脇腹に直撃。
餓鬼は骨の折れる嫌な音を立てて吹っ飛び、二度目起き上がることはなかった。
「それにしても、数が多いですね…」
刀を鞘に戻しながら、俺はそう呟く。
呟きながら、周囲の様子に視線をやる。
今すぐ戦闘になるような距離に、敵はいない。
しかし、そうではない距離になら、敵と認識できる影は見えている。
おそらく、十メートルも進まない内に、それらとも戦闘になるだろう。
戦闘を終えた薫先生も、こちらに戻ってきて、
「このままじゃ、入り口に着いても、応援どころか足手まといになってしまいますね…」
うんざりした様子で、そう呟いた。
確かに、薫先生の言う通りだ。
このまま進めば、里の入り口に着く頃には、疲労が蓄積して、とても戦力にはなれないだろう。
なんとか手立てを考えなくてはならない。
「薫先生、何かいい方法ありませんか?」
困った時の先生頼み。
いくら考えても、いい方法が思いつかない俺は、早々に薫先生を当てにすることにした。
「いい方法と言われましても…」
が、方法が思いつかないのは、薫先生も同じのようで、今度は二人して、頭を抱えることになる。
だが、ゆっくり考える時間はない。
こうしている間にも、里の防衛隊は窮地に追い込まれているかもしれないのだ。
俺は、ここに来るまでの事を思い返す。
敵と遭遇した場所。その時の敵の反応。奇襲された時の状況などを。
「あの、宮前君…」
考え込む俺に、遠慮がちな薫先生の声がかけられる。
「なんですか?」
「あの鬼さんたち…」
鬼さんとは餓鬼のことだろう。
生命のやり取りをする相手にまで、『さん』を付けるのは、何とも薫先生らしい。
「最初の方以外は、皆道の上で遭遇しましたよね」
確かに、最初の一体を例外に、あとの餓鬼は全て路上で遭遇した。
曲がり角を曲がったとたんに遭遇したり、建物の影から奇襲されたりと、屋根から襲われなかったのは幸いだと思う。
「そうでしたけど…、それがどうかしましたか?」
俺の反応に、薫先生はおずおずと言葉の先を続ける。
「いえ、ひょっとして、屋根の上は、地上よりは安全なんじゃないかと…。ひょっとしたらですよ?」
それは盲点だった。
襲撃が地上からの方が圧倒的に多い以上、可能性として、屋根の上の方が安全かもしれない。
俺は、再び周囲を見渡した。
今度は、探すのは敵ではない。
屋根に登るのに、最適な足場。もしくは、梯子を探して、周囲の様子を伺う。
そして、それは程なくして見つかった。
道端に積まれてある、防火のための水が入れられた桶。
あれならば、足場にすれば屋根にも届くし、何より倒れる心配もないだろう。
俺は、無言でそれに近づき、足元を確かめながら登って、屋根の上の様子を確かめる。
「宮前君、どうですか?」
その様子を訊ねてくる薫先生。
俺は、薫先生に振り返ると、右手の親指だけを立てて、合図を送る。
「大丈夫そうですよ、薫先生。これなら、あいつらに遭遇することはないと思います」
覗きこんだ、屋根の上に敵の姿はなし。
俺は、さっと屋根の上に上がり、もう一度様子を確かめる。
二度目の確認でも、敵影なし。
俺は、下にいる薫先生に手をかして、屋根の上に引っ張り上げた。
「これなら大分楽に進めますよ」
「そうですね。…ああ、よかった」
薫先生は心底ほっとしているようだ。
実は、俺の方もほっとしていた。
連戦はきつい。何よりも、まだ生き物を斬る感覚には慣れていないため、精神的に疲労する。
が、敵に遭遇しなければ、斬る必要もない。
「急ぎましょう、薫先生。まずは、防衛隊に加勢しないと」
俺と薫先生は、比較的安全な屋根の上を進み始める。