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第六章 襲撃 奇襲

響き渡る警鐘の音。


けたたましく鳴り渡る金属音は、それまでの平穏な空気を一気に引き裂き、剣呑なそれへと姿を変える。


里の中、仕事に精を出していた人はその手を止める。


軒先に物品を並べた建物からは、慌てた様子で人が出てきて、焦った動作でそれらを片付けていく。


目の前にいる、魚屋のおじさんも、そんな周囲の人たちと変わらぬ様子で、並べられた魚を片付ける。


突然のことで、状況が判らない俺と薫先生は、ただ立ち尽くすことしかできないでいた。


「一体何があったんですか…?」


不安そうな表情で、薫先生は魚屋のおじさんに状況を訊ねる。


「ここに来たばかりじゃ判らねぇか。侵入者の合図なんだよ、この警鐘は」


作業をする手を止めることなく、魚屋のおじさんは答えてくれる。


「一度目の警鐘で、力ずくで侵入しようとする輩が現れたことを。二度目の警鐘で――」


おじさんの言葉の途中で、一度は鳴り止んでいた警鐘が、再びけたたましく響き渡る。


「二度目の警鐘は、何の合図ですか…?」


その先は予想できる。


一度目が未だ侵入できていないなら、二度目は…、


「里の中に入られたってことだ。じきにお客さんが来るぞ!用心しろよ!?兄ちゃん、姉ちゃん!」


やっぱりだ。


どうやら、今この里の中には、害意を持った何者かが侵入したらしい。


俺は、おじさんの作業を手伝い始める。


薫先生も、俺に倣うようにして、自分にも出来そうな仕事を手伝っている。


「二度目の警鐘の後は、どうすればいいんですか?」


作業の手を止めることなく、俺はおじさんに訊ねた。


「女子どもは、建物の中に避難。俺みたく、防衛隊に所属してるもんは、武器持って一度集合することになってる」


おじさんの目は、作業をしながら、俺の質問に答えを返しながらも、油断なく辺りに向けられている。


それほどまでに、事態は逼迫しているのだ。


そして、そのことはこちらに来て日の浅い、俺にも判ることだった。


今、この里の中の空気は、ピアノ線よろしく張り詰められている。


「おじさん、俺たちはどうすればいいと思いますか?」


武器はある。


昨日、宗也から譲り受けた刀だ。


しかし、俺は防衛隊には所属していない。


あらかじめ組まれた団体の中に、突然現れた人間が入るのは、その団体の足取りを乱す恐れがある。


どうやら、おじさんもそのことは、判っているらしい。


しばしの思考時間を経て、口を開く。


「兄ちゃんは、そこの姉ちゃんと隠れていてくれねえか。ここを使ってくれて構わねぇ。武器は使えるんだろう?」


おじさんは、俺の腰にある刀を指して言う。


俺は、自信を持って頷きを返す。


「だったら、ついでにここを守ってくれねえか。こんなでも、ここに住む人間の生活拠点なんでな。ここをやられると…」


おじさんの言葉が、それより先に続けることはなかった。


突如、屋根の上から踊り出た黒い影が、おじさんに対して襲いかかったからだ。


「うおっ!」


叫び声と共に、おじさんは地面に倒れ込む。


影は、その上に乗りかかり、さらなる追撃を加えようとする。


「くそっ!この野郎!」


その攻撃を、何とか腕で防いで、致命傷は逃れるおじさん。


だが、代わりに腕に直撃を受けて、そこからは派手に流血が始まる。


おじさんの腕に噛み付き、大人の背丈の半分ほどしかない、その影の姿は、


「鬼…?」


のような姿をした、妖だった。


もっとも近い例をあげるとすれば、餓鬼だ。


極端に細い手足。それとは対照的に肥大した腹は、仏教でいうところの、餓鬼にそっくりだった。


餓鬼の口に、連なって生えた鋭い歯は、おじさんの腕の皮膚を貫き、更には、食いちぎろうと深く刺さっていく。


「くっ!離れやがれ!」


なんとかおじさんは、餓鬼を腕から引き離そうと、もがく。


だが、下手に反対側に力を加えてしまうと、そのまま肉は食いちぎられてしまう。


それでも、おじさんは餓鬼を腕から引き離すことに成功。


餓鬼の方も、再び食らい付こうて必死で抵抗する。


突然のことに対処できなかった俺だが、薫先生はその隙を見逃してはいなかった。


「宮前君!おじさんを助けますよ!」


言葉と同時、薫先生はほぼ一瞬で、餓鬼へと距離を詰め、おじさんとの格闘でがら空きになった腹へと、強烈な蹴りを放つ。


「やあっ!」


全力を込めた、一撃。


それを、餓鬼はすんでのところで、跳躍して回避。


数メートルの距離を一気にあける。


だが、これで、


「宮前君!今です!」


間違えて誰かを斬ることはなくなった!


俺は、一気に刀を抜き放ち、数メートルの距離を駆けて、間合いを詰める。


「はあっ!」


気合一閃。


餓鬼の頭目掛けて、大上段から刃を振り下ろす。


が、返ってくるはずの手応えはない。


またも、数メートルの跳躍で、餓鬼は俺の攻撃を回避したようだ。


刀を正眼に構えて、餓鬼と対峙する。


餓鬼の方も、俺を敵と認めて対峙してくれる。


お互い、攻撃に転じれば、初動が見えて対応できる。


そんな距離で俺たちは睨みあう。


俺が一人ならば、膠着状態になるのだろうが、今回は生憎、奴の敵は俺だけではない。


俺の目に映るのは、餓鬼の後ろに、回り込むようにして接近した薫先生の姿。


餓鬼は、俺に夢中でそのことに気づく様子はない。


その背中に、今度こそ、


「たあっ!」


後ろからの接近に成功した薫先生の、全力を込めた蹴りが炸裂した。


衝撃で、前へと吹き飛んでくる餓鬼。


しばらくの滞空時間を経て、餓鬼は地面を転がり、ちょうど俺と薫先生の間で止まる。


今の一撃で倒せたと思いたいところだが、そう上手くいくわけがない。


現に、餓鬼は再び立ち上がり、今度は薫先生向かって、突撃を敢行する。


助走してからの飛び掛かり攻撃。


薫先生はそれに動じることなく、十分に引き付けてから、空中で無防備になったその身体に、膝による蹴り上げを叩き込む。


前方への軌道を、蹴られることで上方への軌道に変える餓鬼。


しかし、そのまま無防備にやられることはなく、空中で体勢を立て直すと、今度はちょうど目の前にあった、薫先生の顔に向かって、両の爪での切り裂きを放った。


「甘い!」


僅かに身を後ろに反らすことで、薫先生はその攻撃をかわして、次の攻撃へと移る。


薫先生の周囲を跳び回るようにして、攻撃を仕掛ける餓鬼。


それに対して、僅かに身を反らし、カウンターを決めて、迎撃する薫先生。


俺はと言うと、薫先生の戦いに割って入れずにいた。


クロスレンジでの戦闘に、刀を使って割り込むほど、俺は腕に自信がない。


ともすれば、餓鬼だけでなく、薫先生まで斬ってしまうかもしれないのだ。


だから、今の俺に出来るのは、機会を伺いながら、いつでも対応できる間合いまで、距離を詰めることだけだ。


今のところ、薫先生が優勢だ。


だが、決定打には欠けている。


確実に攻撃を入れていく薫先生だが、相手を沈めるほどの威力がないのだ。


〈一撃入れるだけの隙があれば…〉


餓鬼に対して、一太刀浴びせることが出来れば、戦闘を終わらせることができる。


俺は、その隙を伺っていた。


その間も、戦闘は続いている。


餓鬼は再び薫先生から距離を取り、またも飛び付きからの攻撃を敢行する。


薫先生は、それに対して、最初と同じ方法で対処。


十分に距離を引き付けてから、今度は真下から、爪先での蹴り上げ攻撃。


その一撃で、餓鬼は最初とは比べ物にならないくらい、上空へと飛翔。


その高さは、ゆうに建物の屋根と同じくらいだ。


〈チャンスだ!〉


俺はそれを、好機と判断。


刀を下段に構えて、走り出す。


「薫先生!下がって下さい!」


薫先生も、俺の意図を正しく理解。


大きくバックステップを踏んで、その場から退避する。


餓鬼はすでに落下し始めている。


俺は、ちょうどその真下まで来て、落下のタイミングに合わせて、


「はっ!」


刀を真上に斬り上げた。


刃は、見事餓鬼の身体を真っ二つに切り裂き、その残骸は体液の雨と共に、地面へと転がる。


餓鬼が、完全に動かなくなったのを確認して、俺と薫先生は、軒先に寝転がっているおじさんへと駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」


駆け寄ると同時、薫先生はおじさんを抱え起こす。


「ああ、大丈夫さ。これくらいの怪我、じきになおらあな」


そうは言うものの、おじさんの表情は辛そうだ。


傷口からも、盛大に血が流れ出している。


「今、処置をしますから。宮前君、道具を探してきてください」


薫先生の指示のもと、俺は駆け出そうとする。


しかし、それはおじさんによって止められた。


「待ちな、兄ちゃん!処置は自分でするよ。それよりも…」


おじさんの視線が、里の入り口へと向けられる。


「こんな所まで、敵が来やがったってことは、防衛隊の連中は、苦戦してるんだろう。見た所、あんたらは強いようだからな」


そこまで言って、おじさんの表情が申し訳なさそうになる。


「新人さんに頼んで悪いんだけどよ…、ちょいと応援に行ってやってくれねぇか?本来なら俺が行くんだが…」


これじゃあ戦えねえな、とおじさんは自嘲めいたため息をもらす。


たしかに、おじさんの怪我では戦えない。


少なくとも、全力では無理だろう。


「宮前君…」


「判ってますよ、薫先生」


短い会話で、俺たちは意思の確認をする。


「任せて下さい、おじさん。私と宮前君で応援に行きますから、おじさんは少し、休んでいて下さい」


怪我をしたおじさんに、俺たちは肩を貸して、建物の中に座らせる。


そして、里の入り口向いて走り出そうとした時に、またもおじさんに止められる。


「姉ちゃん、素手で戦うんだろ?だったら…」


怪我した腕を庇いながら、おじさんが取り出してきたのは、一組の手袋。


「これをやるよ。それがありゃあ、拳を痛めることも、少なくなるだろう」


差し出された手袋を薫先生は受け取った。


それは、拳の部分だけが、他の部分よりも頑丈に造られたハーフフィンガーグローブだった。


薫先生はそれを、両手にはめて、おじさんに礼を言う。


「ありがとうございます。…それじゃあ、行ってきますね」


「おう、頼んだぜ!」


威勢のいいおじさんの声に背中を押されて、俺と薫先生は今度こそ駆け出した。


目指すのは、里の入り口。


おそらくは、今一番戦局が悪いであろう場所だ。

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