噂の真偽
「ところで、その資料室ってのは、どこの資料室なんだ?」
放課後の学園。
それも部活終了後、ということもあって、校内に人は疎らだ。
その残っている生徒にしたって、既に帰宅しようとしている者が大半で、俺と裕久のようにこれから校内で活動を開始しようとする者など、俺たち二人を除けば、ほとんどいないだろう。
かくいう俺も、さっきまでは剣道部での部活に精を出していたばかり。
今はその直後、というわけだ。
最初の質問が俺の口から飛び出したのは、校内散策を始めたすぐあとのことだ。
「ん?知らないぞ?どの資料室かなんて」
そんなの当たり前だろ?、とでも言いたげな裕久の後頭部に、俺は平手を叩き込む。
「痛ッ!何すんだよ晶!」
「お前、薫先生本人から、昼間の話聞いたんじゃないのかよ」
「ああ、そうだけど」
「じゃあ、その時に資料室の場所を聞いたんじゃないのか!?」
そこまで言われて、裕久はようやく叩かれた理由に得心がいったようだった。
「それがな…」
顔中で困ったような笑みを浮かべながら、裕久は続ける。
「あの話を聞いたの、実は今朝のことなんだ」
「それで?」
「あとは何処の資料室なのかを聞き出せればよかったんだけど、ちょうどその時に予鈴がなって、薫先生『授業はじまるー』とかいって、教室行っちゃったんだよ」
残念だったなー、と頭を掻く裕久。
しかし、こちらとしてはたまったものではない。
実のところ、資料室の場所は既に判っていて、後は中を調べて何にもなくて、はいおしまい。
くらいで終わるだろうと楽観していたのだ。
それが場所も判っていないとなれば、まずは目的の場所を探さなくてはならない。
ところが、今回の目的は資料室。
この学園には、今でこそ減ってしまった生徒数だが、その絶頂期の名残として、史書なら歴史資料室、遺跡からの出土品なら民俗資料室、などと二十近い資料室が学園中に存在している。
一つ二つなら大した手間ではないが、二十ともなると、その手間は比べるべくもないほどに大きい。
「まあ、仕方ないから一つ一つ調べて回ろうぜ」
と、相棒である裕久は悠々と歩き出す。
俺にできることといえば、少しでも早く目的の場所が見つかることを祈るだけだった。
数十分後…
「おかしくないか…」
「ああ、おかしい…」
今確かめた資料室が、俺たちの知りうる最後の資料室だった。
資料室について調べることは、まず扉が壊れていないか新しくなっていないか。
次に、部屋の中の埃をチェック。長く使われていなかったなら、一度部屋を空にしないと、満足な掃除はできないはず。
しかし、最後の一つを含めて、俺たちが見たところ掃除が行き届いており、加えて扉に人の手が加えられた痕跡もなかった。
となれば、結論は一つ。
「結局、『開かずの資料室』なんてものは、存在しなかったんだな」
俺は、思ったことをそのまま口にした。
だが、裕久の方はそうは思わないようで、さっきからしきりに独り言を呟いては、首を横に降っている。
「おい、裕久。もう全部調べたんだし、帰るぞ」
そう言って、俺は昇降口へと向かおうとする。
「待ってくれ。何か見落としてる気がするんだ」
その背中にかけられる、裕久の声。
「でも、全部調べただろ。それでなかったんだ。お前、薫先生に騙されたんじゃないか?」
「その可能性もなくはないけどな…。でも、あの薫先生だぜ?晶、お前にはあの先生が人を騙せるほど器用に見えるか?」
結論を言う。
絶対に見えない。
村上 薫という新任の先生は良くも悪くも、騙すよりも騙されやすい人間だ。
それは、彼女の性格がともすれば俺たち生徒よりも純粋であるためであり、そんな薫先生が人を騙すとは、
「確かに、あの先生に限って、人を騙して楽しむとは考えられないな」
言いながら、俺は再び裕久の隣に立つ。
「だろ?だから、たぶんあるんだよ、『開かずの資料室』は。俺たちが、何かを見落としているだけで…」
再び思索の世界に籠る裕久。
たが、俺はどうしても訊いておきたいことが一つだけあった。
「裕久。お前、どうして『開かずの資料室』に拘るんだ?噂話なら他にもあるだろうに」
その答えは単純明快だった。
「決まってるだろ。面白そうだからだよ。やっぱり一生に一度くらい、そういうオカルトチックなものの謎を解いてみたくはないか?」
たぶん、こいつは何だっていいんだろう。
七不思議でもUMAでも。
そして、それは俺も常々考えていたことでもあって、
「わかったよ…俺も最後まで付き合うよ」
結局、そうすることにしてしまった。
「で?何が引っかかっているんだ?」
裕久が独り言を呟いている時、それは何かに気がつきそうで気づけない時だ。
案の定、引っかかっている事があったようで、裕久はそれを言葉にする。
「いやな…例の部屋は十年くらい前に出現したんだろう?」
例の部屋とは『開かずの資料室』のことだろう。
「そこだけなんだよ。そこだけが、何か気になるんだ」
「『開かずの資料室』の出現時期か…」
今度は二人で考える番だ。
裕久が気になっているのは『開かずの資料室』の出現時期。
たぶん、そこから現在までの時間の経過が鍵だ。
時間の経過で違ってしまうもの。
それは教室に関係していて…
考える内に、一つ思い当たったことがあった。
「なあ、裕久。この学園って、何年かに一度使う教室の位置どりを変えるよな」
「ああ。なんでも、使われない部屋は埃が溜まり続けるとかで」
「その時、資料室も変えるよな。去年の文化祭、覚えてるか?演劇の演技指導に三年前の卒業生が来たときに言ったこと」
そう、それはこんな一言だった。
『歴史資料室がこんな近くになったんだ。自分達の時は校舎の反対側だったのに』
つまり、
「資料室も動いてるってことか」
それを言った途端、裕久の目の色が変わった。
「そうだ!そうだよ!資料室も動くんだ。そりゃ今の資料室を調べても何にも出てくるわけがないぜ!」
言うなり、裕久は駆け出した。
俺も急いでその後を追い、走りながら訊ねる。
「でも、そうなれば『開かずの資料室』も動くだろ。全部動かすんだから」
「いや、動かない。だって開かないんだから」
俺は、それで得心がいった。
『開かずの資料室』は動かない。なぜなら、動かすためには扉を開けなければならないが、その扉は開かないんだから。
そうすると、『開かずの資料室』が存在するのは、使われていない教室が在る場所。
おそらく、裕久が向かっているのも、今は使われていない教室がたくさんある、
「西棟の一階だな」
「その通り!」