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あちらこちらから聞こえる喧騒。


そこかしこに見える人影。


昼飯時を過ぎた『筒衣の里』の中は、午前中とはうって変わって、その姿は活気のあるものになっていた。


人々は、各々の仕事に精を出し、数は少ないものの、走り回り遊び回る子どもの姿も見受けられる。


時々見ることができる、商店のような建物は配給所らしい。


聞いたところによると、元の世界の商店の雰囲気を忘れないために、そのような形式にしてあるそうだ。


百人ほどしか住んでいない集落にしては活気のある、それが俺が抱いた『筒衣の里』に対する感想だった。


そして、同行している薫先生はと言うと、先ほどから俺と同じように、里の様子を見ては感心し、興味を引かれてはフラフラとそちらに向かうという、なんとも危なっかしい振る舞いを見せている。


今も、また商店(の様相をした配給所)に興味を引かれ、そちらの方にフラフラっと、歩いているところだった。


「薫先生!寄り道するのはいいですけど、もう少し、回りに気をつけて下さい」


俺のことなどお構い無しに、先に行ってしまった薫先生に追いつきそう告げる。


本心を言えば、危なっかしいと告げたいところだが、仮にも薫先生は年上の教師。


そこは自重しておくことにする。


「あっ、宮前君。これ、見てくださいよ」


が、俺の心配もどこ吹く風。


薫先生は、商店に並ぶ物品に夢中のようだ。


「今度は何の店ですか?」


この場所で、立ち寄った商店は三軒目。


一軒目は、日用品の。二軒目は、野菜の商店だった。


そして、そのどちらにも、俺たちが普段目にしたことのない物品がおいてあって、面白いには面白かった。


三軒目には、何が並んでいるのかと、俺は陳列された物品に視線をやる。


そこには、元いた世界では見たことがない、魚が並んでいた。


「魚屋ですね。並んでいるのは、なんと言う魚なんでしょうか…」


と、小首を傾げる薫先生。


もちろん俺にも判らない。


一つ判るのは、これが魚である、ということだけだ。


「いらっしゃい!晩飯の算段かい?」


そんな時に出てきたのは、威勢のいい中年の男性。


前掛けに捻り鉢巻きのその姿は、いかにも魚屋のおじさん、といった風だ。


「いえ、晩ごはんの相談ではないんです。ただ、この魚は何ていうんだろうって、考えていただけで…」


「この魚が何か知らねえのかい!?てことは、姉ちゃんら噂の新人さんだな?」


僅かな会話から、俺たちが里の住人でないことを悟る、魚屋のおじさん。


俺たちも、別に隠すようなことでもないので、素直に頷く。


そうかいそうかい、とおじさんは顔中に笑みを広げて、


「実はな、俺らも知らねえのよ!」


と豪快に笑い飛ばした。


想定外の答えに、俺は開いた口が塞がらない。


「知らないって、本当ですか?」


「おうともよ!」


「じゃあ、どんな暮らしをしている魚なのかも…」


「知らねえな!知ってるのは捕り方と、鮎に似た味がして、旨いってことだけだ」


思わず質問攻めにしてしまう。


それに対しても、おじさんの反応は豪快の二文字につきる。


知らないことは知らないと言い、知っていることは全部教えてくれる。


しかし、あちらの暮らしがまだ抜けていない俺は、いまいち納得ができない。


得体のしれないものを食べるのには、抵抗がある。


今後の楽しい食生活のために、俺は更なる質問を繰り出そうとしたが、それは薫先生に止められてしまった。


「これでいいんですよ、宮前君」


その表情は、何かを悟ったようなもの。


「そうだぜ兄ちゃん。そこの姉ちゃんの言う通りだ」


合わせるように、おじさんも口を開く。


「兄ちゃんは、細かいことが気になるみたいだが、いいじゃねえか、美味しく食べられるんだから」


更に、おじさんは言葉を続ける。


「俺らはよ、向こうの世界じゃ、やれ飯が不味い、やれ国産じゃねえって、食い物を粗末にしてただろ?」


心当たりはないでもない。


たしかに嫌いな物は、残していた記憶がある。


「でもな、それじゃあいけねえのよ。そうやって食い物に対する感謝を忘れちゃあよ」


そこに来て、おじさんの視線は里の喧騒の方へと向く。


「こっちじゃ、毎日生きるので精一杯だ。そうなって、初めて気付いたんだよ。俺らがやってたのは、ただの贅沢なんだってな」


気がつけば、俺はおじさんの話に耳を傾けている。


何か、心に届くものが、おじさんの言葉には宿っている。そんな気もしていた。


「飯が食えれば有難い。腹一杯になれば、なおさらだ。ところが向こうじゃあ、食えて当然。まずけりゃ飯にあらずって感じだ。たぶん、世の中が豊かすぎて、食い物の有り難みを忘れちまったんだろうな」


だからよ、とおじさんは締めに入る。


「いいじゃねえか。この魚が旨くて、食えるってことだけが判ってればよお」


そう言い切ったおじさんの表情は、恥ずかしそうに顔を赤らめていた。


柄にもないことを言った、とでも思っているのだろう。


しかし、俺は有意義なことを聞いたと思う。


少なくとも、これまでの暮らしを見つめ直すきっかけには、なってくれそうなのだから。


「今夜の晩ごはん、富河さんに頼んで、この魚にしてもらおうかな…」


「そりゃいい!こいつはとれたての新鮮なやつだ。人数分持って行ってくれ!」


考えこむ俺を尻目に、薫先生とおじさんは魚の数を相談している。


おそらくは、結衣さんも想定外な所で、夕飯のおかずが決まろうとしている。


〈でも…〉


もうすぐ夕方だ。


屋敷に帰れば、すぐに夕飯の準備に取り掛からないと暗くなってしまうだろう。


そして、結衣さんたちは学園に送る物資の確認をしている。


買い物による暇はないと思った方がいい。


その考えのもと、俺も魚の数の相談に混じろうとしたときだ。


突如として、辺りにけたたましい金属音が鳴り響く。


平穏な時間が、過ぎ去ってしまったことを、報せるように。

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