昼食
今回の一件で、一つ判明したこと。
それは、こちらの時間の流れと、俺たちが元々いたむこうの時間の流れが、必ずしも同じでないこと。
長瀬先生は、俺たちの知る教頭先生の十年前の姿だ。
薫先生の直感と、美景先輩の記憶にある教頭先生の情報から、それは確実。
そして、宗也と結衣さんは、間違いなく俺たちと同じ時代の人間で、こちらに来てからも、同じ流れの中にいる。
これら二つから結論付けられるのが、先ほど言った、時間の流れが必ずしも同じでない、ということだ。
探せば、ひょっとしたらもっととんでもない時代からの漂流者もいるかもしれないが、面倒な上にあまり意味が無いように思えるので、それはしない。
まあ、それは置いておいて、今はちょうどお昼時。
お腹が空いてくる時間である。
「さあ皆。遠慮なくどんどん食べてくれ」
俺たちは、『筒衣の里』すなわち、最初に訪れた居留地にある長瀬先生の家に招待された。
その食卓、長瀬先生が運んでくるのは、さっきまでいた畑で採れた作物や、近くの川で釣れた魚などを料理したもの。
午前は、あの後ずっと畑仕事を手伝っていたこともあり、俺の目には、より一層美味しそうに映る。
「じゃあ、いただきます」
俺は、長瀬先生が席に座るのを待って、そう宣言する。
それと、ほぼ同じに全員が手をあわせてから、食事を開始。
途端に、場の空気は賑やかしくなる。
「それで、だ。晶君は、午後からどうするつもりなのかな?」
昼食の席での、宗也からの突然の問。
「どうするって、午後からも行くところがあるんじゃないのか?」
当然、俺はそうだと思っていたので、ありのままを答える。
しかし、宗也は首を横に振っていた。
「実は、行っておいた方がいい場所は、もうないんだ。加えて、今君に手伝ってもらうこともない」
だったら、一度学園に戻りたい。
置いてきた裕久の様子も気になっていることだ。
そう伝えようとした俺だが、それは続いていた宗也の言葉に遮られた。
「私と結衣は、午後からは君たちの学園に送る物資の確認があるから、残念ながら君たちを学園に送ることはできない。他の『筒衣衆』も仕事があるから、もちろん無理だ」
悪いが学園に帰るのは明日以降にしてくれ、と宗也は言う。
「じゃあ、俺たちが歩き回っても平気な場所って、どこかあるか?」
答えはすぐにかえってくる。
「この里の中ならば、まず大丈夫だろう。城下町も、路地裏なんかに入らなければ平気だ。外を歩いてくれても構わないが、その場合は賊や妖に出くわす可能性があるから、あまりお勧めはしないな」
他にも、幾つかの選択肢が提示される。
宗也たちを手伝って物資の確認。城に登って遙の話相手。その他に、長瀬先生の手伝いで『筒衣衆』の子供の世話、など。
「宗兄。私は、二人を手伝いたいのだが、構わないだろうか?」
一番始めに、行動を決めたのは、美景先輩だった。
「構わないよ。むしろ、学園に詳しい美景がいてくれれば、助かるよ」
確かに、それは言えている。
美景先輩は、下手な先生方よりも、学園の事情に詳しい。
何故だか、トイレットペーパーの在庫状況まで把握しているくらいだ。
そんな美景先輩が、物資の確認を手伝うのは、適役だろう。
俺も手伝ってもいいが、できることならば楽をしたい。
そんな考えのもと、俺は午後からの行動を決めようと思う。
「あの…この里の中を見て回るのは、いいんですよね?」
そう訊ねたのは薫先生。
これにも、宗也は即答。
肯定を得る。
「じゃあ、私、午後からはこの里の中を見学したいと思います」
薫先生も、午後からの行動を決定。
残るは俺だが、
「薫先生。俺も着いていっちゃ駄目ですか?」
正直、薫先生を一人で放置するのは心配だ。
教壇で転んだり、扉に突っ込む先生だ。
放っておくと、何をやらかすか気が気ではない。
「いいですよ、宮前君。是非、一緒に行きましょう」
薫先生は、歓迎してくれた。
これで、午後から何をするか、全員が決まったわけだ。
「じゃあ、晶君、薫さん。私たち三人は、午後から物資の確認に、城に向かうから、二人は夕飯までに、私の屋敷に帰ってきてほしい。場所は、覚えているね?」
俺と薫先生は頷く。
それを見て、宗也も頷き返してきた。
「そういうことで、よろしく頼むよ。さっきも言ったけど、私たち三人は、城にいるから何かあったら、そこに来てくれればいい」
しっかり所在地を教えることを忘れない宗也。
俺も、忘れないようにしっかり覚えこむ。
「さて、冷めてしまわないうちに、食べてしまうとしよう」
今度こそ、俺たちは本格的に、昼食を食べ始めた。