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       訪問

柵の中、『筒衣衆』の住むという場所は、想像以上に静まりかえっていた。


と、言うより、人影がまったくなかったのだ。


この柵の中に入るまでで、見かけた人は一人だけ。


それも、柵の門を守る門番にあたる人だけだった。


「なあ、宗也。ここには、全部で百人位の『筒衣衆』の人たちが住んでいるんだろう?」


目の前に広がる、あまりにも予想外の光景に、思わず宗也に訊ねる俺。


「ああ、そうだが」


無論、宗也の答えは肯定。


ならば、この閑散とした風景はいかなることか。


百人もの人間が住んでいる場所なら、少しくらい人の気配がしてもいいはず。


しかし、この場所に立っていて、それはまったく感じられない。


「だったら、おかしくないか?この静かさ…」


俺は周囲を見渡した。


これと似たような状況を、俺は思い出していた。


それは、こちらに来てすぐ。学園で、避難誘導をしていた時の静けさによく似ていた。


宗也は、俺の隣で考えるような仕草をしている。


「今日は特に何かあったわけじゃないし。だとすれば…」


その先は、不意に後ろから現れた、結衣さんが引き継いだ。


「この時間だと、皆さん畑に行かれたんじゃないですか?」


その言葉に、宗也も頷く。


「たぶん、そうだろうな。もうすぐ収穫だ、と言う話だったからな」


二人の会話内容は、俺の想像とは裏腹に穏やかだ。


確かに、中で何かあれば門番が気づくだろう。


何事もなく中に入れた、ということは通常通りだということだ。


「畑があるのか?宗兄」


美景先輩も、結衣さんと同じように、後ろから現れて会話に参加してくる。


「ああ。流石に、ここまで大所帯になると、いつまでも天ヶ原の人たちだけに、苦労はかけられないからな」


君たちの学園に送る食料も彼らが作ったものだ、と宗也は補足説明。


なるほど。『筒衣衆』は『筒衣衆』で、城下町の人たちとは、また違った集落として暮らしているらしい。


「その畑は、どちらにあるんですか?」


薫先生も会話に入ってくる。


「一度ここを出て、しばらく歩いた川の近くに。なんなら、今から行ってみるかい?」


宗也の問いに、俺は頷く。


自分たちも、そこから採れたものを食べるのだ。


だったら、少しでも手伝わないと申し訳ない。


それは、美景先輩と薫先生も似たようなものだったらしい。


二人とも、それぞれに頷いている。


「それならば、案内しよう」


俺たちは、再び宗也を先頭に歩き出した。


今潜ったばかりの門を抜け、更には城下町とは反対方向へと歩く。


しばらく行くと、人による賑わいが聞こえ、それとほぼ同時に幾つもの、人の姿が見えてきた。


「ちょうど、収穫の最中みたいですね」


視認することができた人の姿は、皆一様にかがみこんで熱心に作業をしていた。


時折、立ち上がってくる人の手元には、何かが握られており、結衣さんの言う通り、収穫の真っ最中のようだ。


「皆、洋服を着ていますね」


最初にそれに気づいたのは、薫先生だった。


もちろん、ここのことを知っていた、宗也と結衣さんを除いて、だが。


確かに、畑仕事をする人のほとんどが洋服を身に纏っていた。


老若男女、年齢も性別もバラバラな人たちは、やはりバラバラな格好で畑仕事をしている。


普段着と思われる姿。スーツを纏った姿。作業着を着た姿。


流石に、パジャマを着た人はいないが、法被姿の人は見ることができた。


どれも、今の俺には、なんだか懐かしい姿ばかりだ。


と、その中に、俺たちに気づいて近づいてくる人影があった。


Yシャツにズボン。そして、いたるところに土で汚れをつけた、四十歳前後のその男性に、俺は何だか見覚えがあった。


はっきりと、誰だかは判らないが、知っている人のような気がする。


男性は、俺たちのすぐ前までくると、にこやかに話始めた。


「渡君に富河さん!珍しいですね、この時期にここに来るなんて」


その手には、今採ったばかりと思われる根菜が握られている。


それは、どこかじゃがいもに似た姿をしていた。


「長瀬先生。今日は新しい『筒衣衆』の皆さんを、を案内に来たんですよ」


応えてのは結衣さんだ。


続いて、宗也も男性に話しかける。


「今回の出来栄えは、どうなってますか?」


宗也の問いに、男性は得意顔で答える。


「皆で試行錯誤した甲斐がありましたよ。ほら、このサイズのものがほとんどですよ」


言葉と同時、見せられるのは、手に持ったじゃがいもに似た根菜。


それこそじゃがいものように、一つの茎に幾つか実ったそれの大きさは、握り拳より少し小さいくらい。


このサイズがほとんどなら、畑から採れたものを全て合わせると、相当な量になるだろう。


「確かに、大きいですね。これなら、色々なお料理に活用出来そうです」


結衣さんは作物の出来に感心している。


きっと、結衣さんのことだ。サイズが小さくても美味しいものにしてしまっただろう。


「で、だ…」


不意に、目の前の男性が俺たちに視線を向けてくる。


「彼らが、新しい『筒衣衆』なのかな?」


「彼らの他に、あと七十人くらいが、今回こちらに流れついた」


即座に入る、宗也の詳細情報。


流石に、その数には男性も驚いたようで、目を丸くしている。


「はぁ…、それは多いね。とにかく、僕の名前は、長瀬ナガセ 貴史タカシ。一応向こうの世界では、教師をしていたんだ。よろしく頼むよ」


差し出される右手。


俺は、その手をしっかりと握り、自己紹介をする。


「俺は宮前 晶。よろしくお願いします」


続いて、美景先輩が名乗る。


「私は深水 美景だ。よろしく頼む、長瀬教諭」


美景先輩の、年上に接するとは思えない態度には、長瀬先生も驚いたようだが、すぐに気を取り直し、よろしく、と握手を交わす。


「ところで…」


と、美景先輩は言葉を続ける。


「長瀬教諭は、私とどこかで会ったことはないだろうか?先ほどから、妙な引っ掛かりがあってな。どうにも思い出せないんだ」


どうだろうか、と美景先輩は長瀬先生に問い掛ける。


「実は、俺も長瀬先生に会ったことがあると思うんですよ。長瀬先生は、俺たちのこと知りませんか?」


ついでに俺も便乗。


長瀬先生に問い掛ける。


が、当の長瀬先生はと言うと、まったく心当たりが無いらしい。


額に手を当てて、考えてはいるものの、思い出せるふしはないようだ。


「悪いけれど、僕の方に心当たりはないよ。制服を見るに、僕の勤務先の学園の生徒だと思うんだけど…」


確かに、俺と美景先輩に覚えがあるのだから、学園の関係者であることは間違いないだろう。


だが、俺は長瀬 貴史という先生を、学園内では見かけたことがない。


美景先輩の方は、あと一歩で思い出せそうな表情になっているが、そのあと一歩が出ないようだ。


「あーーーーーー!!」


そんな時、突如発された叫び声。


叫び声の主は、今まで静観を決め込んでいた、薫先生だ。


薫先生は、凄い勢いで長瀬先生に歩みよると、その手を握って、


「教頭先生じゃないですか!いつの間にこちらに来たんですか!?確か、早くに帰宅されたと思っていたんですけど…」


そう言って、握ったてをブンブンと上下させた。


「なっ…、ちょっと、あなたは一体誰ですか?」


それをされた当の本人は、目を白黒。


苦労して、握られた手を振りほどいている。


「忘れてしまったんですか!?私です!村上 薫です!」


薫先生の言葉に、長瀬先生は再び思考。


しかし、記憶の中に薫先生に該当する人物はなかったとみえる。


「申し訳ないですが、僕の記憶にはありませんね…。失礼ですが、人違いではないですか?」


しかし、薫先生は確信をもって、長瀬先生が教頭先生だと言っているようだ。


「いえ、絶対に教頭先生です。ほら二人とも、見て下さい」


そう言って、薫先生は長瀬先生の後ろに回り込む。


俺と美景先輩は、ただ薫先生に言われた通りに、長瀬先生の姿を見て、長瀬先生は成り行きに身を任せている。


「ちょっとお若いですけど、教頭先生ですよ。ここをこうして、こうすれば…ほら」


無造作に垂らされた長瀬先生の前髪を、真横に移動させる薫先生。


なるほど。そうやって、寂しくなった前髪を表現されれば、似ていなくもない。


それでも、教頭先生にしては、目の前の長瀬先生は若すぎる。


教頭先生の年齢は、五十前後のはずだ。


「確かに似てますけど、若すぎますよ」


「でも、確かに教頭先生ですよ」


不毛な言い争いが始まってしまった。


どこまで行っても、平行線を辿る論争。


それに、終止符を打ったのは美景先輩だった。


「失礼ですが、長瀬教諭。こちらに来た年を、教えてはもらえないだろうか?」


「?そんなの、君たちと同じだと思うけど…」


当たり前の質問に疑問符を浮かべる長瀬先生。


それを美景先輩は、いいから、と催促する。


その直後、長瀬先生の口から飛び出したのは、俺たちが記憶していた現在の年とは、十年も昔の西暦だった。


「やはりな…」


一人、納得顔の美景先輩。


だが、俺と薫先生には訳がわからない。


そんな俺たちに、美景先輩は簡潔に説明してくれた。


「言葉通りだよ、晶君、薫女史。長瀬教諭は、私たちよりも十年も前の世界の人間。どうやら、こちらでは向こうの時間は関係ないようだな」


告げられる、信じられない事。


本当に、この世界は判らないことだらけだと、再認識させられた。

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