第五幕 筒衣衆 始まり
『筒衣衆』
それは、十年程前からこの世界に現れ始めたらしい。
一番始めに現れた『筒衣衆』は、年端もいかない子供だった。
当時、この天ヶ原の領主だった男は、その子供の美しい金髪や、見たこともない衣服から、天女の子だと思ったそうだ。
そして、その一番始めの子供を皮切りに、『筒衣衆』は続々と現れ始めた。
彼らは、皆一様に、この世界にはない技術と知識を持ち、筒のような衣服を着ていた。
それを見た当時の領主は、最初に現れた天女の子を守るために、天界からやってきた者だと考え、彼らのその特徴的な衣服から『筒衣衆』と、名付けた。
その、最初に現れた天女の子、というのが、槙野 遙。
現天ヶ原領主、ということになる。
これが、今のこちらの世界にある、『筒衣衆』の始まり。
「遙が、最初にこちらの世界に来たんだな」
「私は、前領主からそう聞いている」
晴れ渡る空の下。
俺たち五人は、とある場所に向かっていた。
とは言っても、俺は何処に向かっているのか、そこに何があるのか、全く知らないわけだが。
その道中で聞いた、『筒衣衆』の成り立ち。
それは、中々興味深いものであった。
「じゃあ、あんたが学で話していた、十年も帰れていない者、って言うのは…」
「よく覚えていたな。そう、最初の一人。遙、ということになるな」
まあ、自分でもよく覚えていたと思う。
自分のいる場所が、異世界だと知らされた、混乱の最中の言葉だったから、聞き逃していてもおかしくはなかった。
「じゃあ、俺たちもそれくらい帰れない、てなことも、無い訳じゃないんだな」
俺の言葉に、宗也の表情は難しいものになる。
「そういうことになるかな。私と結衣も、もう二年も帰ることができていないしな」
時々、忘れそうになる。
宗也と結衣さんの二人が、元々は俺たちと同じ世界の住人だったことは。
〈この二人の場合、なんか、雰囲気が馴染みすぎなんだよな…〉
視線の先を、宗也と同じ『筒衣衆』の先輩にあたる、結衣さんへと向ける。
彼女はと言うと、俺と宗也の少し後ろで、美景先輩と薫先生の二人と談笑の最中だ。
三人はお喋りに夢中。
俺と宗也の男二人には、見向きもしない。
だからこそ、俺は宗也と話しているわけだが。
「なんか、変な感じだよ。俺が、あんたの隣で喋ってるなんて」
率直な感想を口にする。
「何故だい?」
答えは単純。
俺は、思ったままのことで、宗也の質問に答える。
「いや、宗也の隣って、結衣さんの場所ってイメージがあるから。だから、結衣さんが宗也の隣以外の場所にいて、俺が宗也の隣にいるのって、違和感があるんだよな」
宗也と結衣さんの二人と出会って、俺たちと行動している時、宗也の隣には必ずと言っていいほど、結衣さんがいた。
だからこそ、俺は今の状況に違和感を感じたわけだが。
だが、宗也はそうは思わないらしい。
俺の答えに対し、そういうことか、と頷きはしたものの、どうやらそれは同意の意ではなかったようだ。
「結衣は、美景に久しぶりに会えて嬉しいんだろうな。しかし、それを無しにしても、今の状況は珍しいことではないぞ?」
そうなのか、と俺は訊き返す。
ああ、と宗也は頷いて、
「結構人懐っこいんだよ、結衣は。それに、寂しがり屋だ」
などと言い切った。
前半はなんとなく判ったが、後半のイメージは全くできない。
だが、長く隣にいた宗也が言うのだ。
間違いはないのだろう。
「それよりも…」
と、俺は『筒衣衆』のことに話を戻す。
「『筒衣衆』ってのは、今何人くらいいるんだ?」
気になることは、たくさんある。
俺は、それの中から小さいものから潰していくことにする。
「君たちの学園の人を除けば、大体百人強になるな」
宗也は何の迷いもなく、答えてくれた。
百人強の『筒衣衆』に、今回俺たちの七十人ほどが加わったわけだ。
これで『筒衣衆』は総勢二百人弱。
結構な人数が、こちらの世界に渡ってきているようだ。
「じゃあ、こちらに来た時の状況って、やっぱり人によって違うのか?山の中じゃなくて、街中に出たりとか」
これに対しても、宗也は即答。
「大体は、人里離れた場所に出るみたいだな。私と結衣も、気が付いたら山中にいたんだ」
それと、と宗也は言葉を続ける。
「皆、色々なものと一緒渡ってきてるな」
「色々なもの?」
ああ、と頷く宗也。
「着ているものはもちろん、作業中だったらその道具と。移動中なら、乗り物と」
「じゃあ、自転車とかがいきなりこっちにくるわけか…」
想像してみるが、なんとなく怖い。
たぶん、こちらの人は自転車なんか見たこともないだろう。
そんな奇妙なものに跨がった人間が突然現れるのだ。
相当な恐怖だろう。
それだけじゃないぞ、と、更に宗也は続ける。
「バイクや自動車。果ては大型トレーラーに乗ってた人もいたな」
まあ建物ごとは今回が初めてだけど、と宗也は笑う。
対する俺は、少しだけ思惑が外れていた。
実は、こちらにきた状況から、渡り来るための条件が判らないかと、考えていたのだ。
〈こちらに来た人の状況に、共通点はなし、か…〉
調査は降り出し。
再び、どうでもいいことから、取っ掛かりを探そうとする。
「皆、街に辿り着くまでは、苦労したんだろうな。ひょっとしたら、誰にも見つからずに死んじゃった人も、いるんじゃないか?」
「いや、たぶんだが、それはない」
俺は、その言葉に思わず目をむく。
そんなはずはないだろう。
俺たちが特別だったのかもしれないが、あんな物騒な状況の中で、死者が一人もないなんて、考えられない。
こちらに、あちらから人間が来たかどうかも、判らないだろうし。
しかし、更に続けられた宗也の言葉は、俺の想像を軽く上回っていた。
「どの辺りに、向こうから人が渡り来るかは、遙が夢で見て知らせてくれるからな。見つからずに死んでしまった人は一人もいないよ」
見つかってから死んでしまった人はいるけどな、と宗也は続ける。
しかし、重要なのはそこではない。
遙が、夢で、向こうの人間が来るのを事前に察知していることだ。
「なあ、遙はどうしてそんなことができるんだ?俺たちと同じ、向こうの人間だろ?」
流石に、宗也もこれの答えは知らなかった。
少しだけ考えてはくれたが、やはり答えなど出るはずはない。
「さあな。それよりも、目的地が見えたぞ」
宗也の指さす方向。
街から少し離れたその場所に、見えているのは木製の壁。
太い丸太を何本も立てられて造られた壁には、大きな門が一つ設けられていた。
「あそこが、『筒衣衆』が住む、居留地、とでも言うのかな?」
門の向こうには、俺たちと同じ境遇の人たちが住んでいる。
それも、大勢いるはずだ。
そのことに、俺は僅かながらの安堵を感じていた。