表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/31

        奇姫

「奇姫様。渡様と富川様、それに『筒衣の砦』より代表の方、三名がお見えになられました」


城内、俺たちを案内してくれた侍の声が、襖の向こう側にかけられる。


「そうか、来たか。入ってきてくれ」


返ってくるのは、凛と響く女性の声。


「どうぞ、お入りください」


案内の侍の手によって、目の前の襖が開かれた。


その向こう、広がるのは宴会場かと思ってしまうほどの広さの一室。


なんでも、領主への謁見の間、らしい。


そして、その広い部屋の上座にあたる場所。


俺たちから見て部屋の奥が、他の場所から一段高くなっている。


そこに、領主だという人物はいた。


〈あれが領主!?〉


部屋の奥に座る人物は、俺の想像とは遥かに違っていた。


身に纏う着物は、豪奢だが品があり、領主が纏うのに相応しいものだ。


だが問題は、それを纏う人物だ。


まず、歳が若い。


領主というものだから、てっきり老婆かと思っていたが、そうではなかった。


部屋の奥に座る女性、いや少女の歳は、たぶん俺よりも年下。


推測するに、おそらく十五か六といったところ。


しかし、最も目を引くのは、その容姿だ。


顔立ちは、年相応のあどけなさはあるが、整っている。


あちらの世界の芸能人などと比べても、人の好みにもよるだろうが、劣ることはない。


個人的には、勝っていると思う。


そして、何より特徴的なのは、その髪だ。


絹糸のように少女の背後に、伸びているその髪は、陽の光と思うほどの見事な金色をしていた。


俺の隣、美景先輩と薫先生も、彼女の姿には呆気に取られたようだ。


驚きの表情を露骨に浮かべて、二人とも少女の姿を見ている。


「失礼します」


宗也の声で、俺たちは我を取り戻した。


見ると、少女の姿を気にすることなく、堂々と宗也は部屋の中へと進んでいた。


「奇姫様、失礼します」


続いて結衣さんも、歩を進める。


俺たち三人も、慌ててそれに倣い、部屋の中に。


先に入った二人は、奇姫というらしい少女が座る上座の、二メートルほど手前で歩みを止めている。


俺は、その二人の少し後ろで、足を止めた。


俺と一緒に入ってきた、美景先輩と薫先生もつられるようにして、似た位置に。


「もうよいぞ。下がれ」


再び、少女の声が響く。


それは、案内の侍に当てられたもの。


命じられた侍は、少女に一礼してから、丁寧な動作で襖を閉めて、姿を消した。


しばらくして、案内の侍の気配が感じられなくなったころ、おもむろに少女、奇姫は口を開いた。


「で、宗也。今度来た連中と言うのは、お前の後ろにいる三人のことだな?」


「ああ。彼らの他にも数十人、建物ごとこちらに辿り着いていた」


「建物ごと何十人もか…。知っている限りでは、一番大きいな。それで、名前は何て言うんだ?」


「えっ?」


突然、指差されて戸惑う俺。


そんな反応をする俺に対し、奇姫はじれったそうに促してくる。


「えっ?、じゃないぞ。名前だ名前。えっ?、て言うのが名前なのか?」


何だか、気のせいか喋り口調が随分と軽い気がする。


そんなことを考えながらも、俺はきっちりと名前を名乗る。


「宮前 晶、と言います」


「晶、だな。じゃあ、そっちは」


次に指名されたのは、美景先輩。


美景先輩も、奇姫の態度に俺と同じような違和感を感じているのだろう。


その目が、如何わしいものを見る目付きになっている。


「深水 美景、と申します」


「美景、だな。最後にお前は?」


俺と美景先輩とは対照的に、こちらは何の疑問も持っていなさそうな薫先生。


至って普段と変わらない様子で、挨拶をする。


「村上 薫、と言います。よろしくお願いしますね」


「うむ。よろしくだ、薫!」


次の瞬間、奇姫は勢いよく立ち上がった。


それから、トテトテと俺たちと宗也の間に立つと、


「あたしは槙野マキノ ハルカだ。こちらでは、奇姫、とも呼ばれているな。よろしく、だ!」


そう言って、満面の笑みを浮かべた。


本来ならば、こちらも笑みで返すべきなのだろうが、俺に浮かんできたのは、笑みではなく疑問だった。


「槙野 遙?奇姫じゃなくって?」


「そうだぞ?何かおかしなところでもあるのか」


俺の疑問に対して、返ってきたのも疑問だった。


どうやら、彼女にとっては、俺が疑問に思ったことは当たり前のことらしい。


「どういうことなんだ?宗也」


俺は訊ねる先を、奇姫から宗也に変える。


「彼女、奇姫こと槙野 遙は、私や結衣、そして君たちと同じ、異世界への漂流者。こちらで言うところの『筒衣衆』なんだよ」


宗也は、大したことではないように、さらっと言ってしまったが、俺にとってはそうではない。


支援をくれる天ヶ原の領主が、俺たちと同じ世界の住人だったなんて、天地がひっくり返るような衝撃だった。


「嘘ではないのか、宗兄」


いまだ、疑いの眼差しをむける美景先輩。


よく考えてみれば、その証拠となるものは何一つない。


「嘘なものか。…とは言っても、遙がこちらに辿り着いたのは十年前。こちらで暮らした年月の方が長いわけだが。そうまで疑うなら証拠を見せよう。遙」


「なんだ?宗也」


呼びかけられて、後ろを振り向く奇姫、もとい遙。


「お前が向こうにいた時の服を、見せてやってくれ」


「あれか…。少し待っていろ」


そう言うと、遙は上座に戻り、一番奥で何やらゴソゴソし始める。


しばらくの後、戻ってきた遙の両手には、小さい目の桐箱が。


「これは、あたしが向こうにいたときに、着ていたものだ」


箱を畳に置き、蓋を開ける遙。


その中にあったもの。


それは、俺から見ればとても小さい、洋服だった。


「あ…、これ、学園の近くの幼稚園の制服ですね…」


最初に気づいたのは薫先生。


「ふむ…。確かに、古びてはいるが、見覚えのあるものだな」


続いて美景先輩が。


最後に俺も、そのことに気づく。


「本当だ。じゃあ、奇姫様は…」


「遙、でいい。『筒衣衆』のみんなは、そう呼ぶからな」


遙は、箱の中から、件の制服を取り出した。


「あたしがこっちに来たばかりの頃は、これを着れていたんだ。いつの間にか、こんなに大きくなってしまったけどな」


制服を眺める遙の目は、どこか懐かしそうで、悲しそうだ。


「あたしは、もうほとんど向こうのことを覚えていない。両親の顔ですら、まともに思い出せない。だから…」


再び、遙がこちらに向いた時には、懐古も悲哀もその顔にはなく、笑みが浮かんでいた。


「お前たちが見ていた、向こうの話を聞かせて欲しい。忘れたくは…ないからな」


だが、そう言う表情はどこか悲しそうだった。


その顔を前にして、俺たち三人は、ただ頷くことしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ