城
近くで見る城門は、予想よりも大きかった。
内側に向かって開かれた扉は、分厚く堅固。
そして、その両脇には槍を構えた門番が二人、警護のために立っている。
「お待ちください!」
城門をくぐろうとした俺たち五人を、門番の一人が引き留める。
「渡様。失礼ですが、その者たちは何者ですか?」
どうやら、門番に見咎められたのは、俺と美景先輩、薫先生の三人のようだ。
「この三人は、先日現れた『筒衣の砦』の代表だよ。これから、奇姫様の所に、挨拶に向かうところだ」
近寄ってきた門番に、宗也は軽い調子でそう伝える。
その隣で結衣さんも、微笑みながら門番に向かって頷いていた。
「そうでしたか。失礼致しました。どうぞ、お通りください」
そう言って、俺たちをあっさりと通してくれた門番。
あまりの呆気なさに、俺は少し拍子抜けしていた。
「なあ、宗也。よかったのか?俺たちを、あんなにあっさり通して…」
俺が想像していた城門をくぐるまでの過程は、もっと殺伐としたものだった。
例えば、十人くらいの人間に取り囲まれて、取り調べをうけるような。
その想像との大きな違いに、俺は城内を歩く道中に宗也に訊ねていた。
「なんだ?もっと厳しい取り調べでも、期待していたのかい?」
笑いながらそう言う宗也の言葉は、俺の心を読んだようなもの。
「期待はしていなかったけれど…、想像はしていたな」
思っていたことを、素直に伝える。
「まあ、この辺りの治安はいいからな。城の付近で悪さをしよう、なんて輩はほとんどいない。一種、油断かもしれないが…。それに…」
言葉と同時、宗也は俺に視線を向ける。
正確には、俺の着ている洋服に、だ。
「洋服を着ていれば、この世界だと、誰でもそれが『筒衣衆』だと判る。『筒衣衆』がどんな人間なのか、ここの領主は理解している。だからこそ、あんなに簡単に通れたんだよ」
「まだありますよね?」
俺と宗也の会話に、割って入る声。
そちらを振り向くと、その声の主は結衣さんだった。
「城門を簡単にくぐれた理由。晶君たちを連れていたのが、宗也君だからですよ」
「宗也だから?」
俺は訊ね返す。
「はい。宗也君、天ヶ原の領主様に信用ありますし、天ヶ原の人たちにも慕われていますから」
結衣さんは、まるで自分を誇るかのように、自信を込めて言いきった。
俺にも、何となくだが、そうなのだと思える。
それは、会った直後の俺たちを助けてくれたからかもしれないが、あながち的を外したものではないと、思っている。
「凄いんですね。渡さんって…」
心底感心したように声をあげるのは、俺の少し後ろを歩く薫先生。
「領主様とは、先ほど宗兄が言っていた『奇姫様』、と言う人のことか?」
そう言って、会話に参加してくる美景先輩。
対応するのは結衣さんだ。
「はい。当たりですよ、みーちゃん」
呼ばれ方に、一瞬複雑な表情を見せた美景先輩だったが、今はそれに突っ込むよりも、知的好奇心の方を優先したようだ。
「その、『奇姫様』というのは、どのような人物なのだ?名前だけ聞けば、女性のようだが…」
「そうですね…」
首を傾げて、おそらく上手く表現する言葉を探しているのであろう結衣さん。
その口が再び開かれる前に、宗也の方が答えをよこしてきた。
「天真爛漫、純真無垢。好奇心旺盛な箱入り娘、と言ったところだろうか…」
並べられる表現は、どれも領主を表現するものとは、思えないものばかりだ。
「まるで子供のような方なんですね…」
思ったことを、そのまま言葉にする薫先生。
言ってから、しまった、と思ったのか、慌てて口を押さえて辺りを見回す。
城の敷地を歩くのは、俺たち五人だけではない。
周囲には、宗也のような侍の姿をした者や、女中と見受けられる者もいる。
そんな人たちの前で、慕われているらしい領主の、悪口とも取れることを言うのは、得策ではないだろう。
敵は無闇に増やさないほうがいい。
俺も美景先輩も、薫先生と同じように辺りを見回して、こちらを睨んだりしている者がいないか確認。
その存在がなかったことに、ほっと胸を撫で下ろす。
「心配しなくても大丈夫だよ」
俺たちの様子を見た宗也は、少しだけ可笑しそうにしている。
「彼女を子供呼ばわりしたところで、怒る者など、この天ヶ原には一人もいない。むしろ、その通りだと同意してくれるよ」
自分が治める土地の人みんなに、そう言わせる領主。
俺の中で、好奇心がむくむくと膨らむのが判る。
「なあ本当に、その『奇姫様』って、どんな人なんだ?」
「会えば判りますよ。それに…」
結衣さんの言葉を、宗也が引き継ぐ。
「驚くのは確実だな。あれほど領主らしくない領主も珍しい」
望んだ答えは得られず、謎はますます深まった。
これは、実際に会って確かめる他、なさそうだ。
「あっ、あれが天守閣ですね」
突然あがる薫先生の声。
視線の先には、先ほどくぐったものより、一回り小さい門が見える。
おそらくは、あそこよりも向こう側が、天守閣になるのだろう。
「『奇姫様』か…。どんな人なんだろうな…」
まだ見ぬ人に、俺は心踊らせる。
何となくだが、とんでもない出会いになるんじゃないかと、俺は勝手に思っていた。