第四幕 天ヶ原 城へ
翌朝のことだ。
俺たち三人は、宗也と結衣さんの二人に連れられて、ある場所に向かっていた。
「これから行く場所は、この天ヶ原の領主の城だ」
その道中、目的の場所を簡単に教えられる。
「まあ、領主と言っても、そう緊張することはないぞ?むしろ、普段通りでないと、身がもたん」
苦笑しながら、そう宣う宗也。
「それに、きっと驚かれますよ?領主様に、お会いになられれば」
微笑みを浮かべ、後ろを歩く俺たちを振り返る、結衣さん。
俺たちの行く先。
そこに見える小高い丘の上に、城壁に囲まれた城が見える。
あちらの世界の観光地等で見られる、大きな天守閣こそ無いものの、それでも城と呼ぶのに充分にたるものだ。
前を行く二人は、城へ行くためか、昨日一昨日とは、また違った装いをしている。
宗也は、黒を基調とした上品な雰囲気の袴を着用。
その腰には、俺が借り受けた大刀に加えて、それと調和が取れた拵の脇差が差されている。
結衣さんの方は、昨日着ていた着物の生地を、さらに上等にした物を着て、更にその長い髪は、頭の後ろで一つにまとめられている。
対する俺たちは、と言うと。
すっかり綺麗になった学園の制服と出勤用のスーツに、身を包んでいた。
一体どんな方法で、いつの間に洗濯したのか、俺たちの服は今朝方にはすっかり元の姿を取り戻していた。
美景先輩と薫先生の服についていた汚れはもちろん、俺の制服にべったりと着いていた返り血までもが、綺麗に一夜の内に跡形もなくなっていた。
〈謎だ…〉
つまるところ俺たち三人は、こちらに来た時と、何ら変わらない格好をしているのだ。
〈あ…一つだけ、違うな〉
そう、一つだけ加わった物がある。
それは、俺の腰に差された一振りの刀。
宗也の腰の物と瓜二つなそれは、先ほど、宗也の屋敷を出るときに渡されたものだ。
『城に行くのだから、それを持っておくといい』
思い返されるのは、その時の宗也の台詞。
『城に登るときに、男が刀の一本も差していないと、騒ぎ立てる輩がいるんだ』
この時の宗也の表情は、とても苦いものだった。
『そんな物、あろうがなかろうが、人の中身が変わるわけがないんだがな…。ああ、それと、その刀は君にあげるよ。武器が必要になることもあるだろう』
〈騒ぎ立てる輩って、どんな奴なんだろう…〉
疑問は次々に湧いてくる。
だが、どの疑問も実際に目の当たりにすれば、解決するだろう。
それよりも、今一番気になるのは一つだ。
俺の隣を歩く、美景先輩と薫先生もそれは同じようだ。
何も聞かずとも、その表情が物語っている。
しかし、これに関しては我慢するしかない。
宗也たちに訊いてもどうにもならないことだ。
「あの…」
と、思っていたのだが、とうとう薫先生は我慢できなくなったようだ。
「なんでしょう?」
「この視線…もの凄いんですけど…」
そう。歩いているだけで、凄い数の視線を感じるのだ。
原因は、俺たちの服装であることは、容易に推測できる。
今歩いているのは、城をグルッと囲むように造られた街の通り。
簡単に言えば、城下町のど真ん中だ。
街があれば、そこには人が住んでいるわけで、その人たちは、こちらの世界の住人だ。
着ているのは皆、和服。
洋服を着ている俺たちは、さぞ目立っていることだろう。
「ああ、そのことか」
薫先生の言葉に、納得、と頷く宗也。
「悪いが、我慢してくれないか。人の口に戸が立てられないのと同じで、人の目には蓋をすることはできないからな」
ごもっとも。
俺たちだって、普段の生活の中で珍しい服装の人を見かければ、思わず見てしまう。
今感じている奇異の視線は、それと同種のものだ。
いた仕方ないことだろう。
「しかしだな…宗兄…」
薫先生に引かれるように、美景先輩も口を開く。
「それならば、せめて急いでもらえないだろうか。さすがに、これは…その…恥ずかしぃ…」
美景先輩の言葉はしりすぼみになっていた。
ふと、その顔を見ると、恥ずかしさからか、頬の辺りが朱に染まっている。
「ふふ…。みーちゃんは、昔から恥ずかしがり屋さんでしたからね」
そんな美景先輩の様子に、微笑ましそうにしている結衣さん。
それを発端に、美景先輩と結衣さんは、軽い言い合いを始めた。
言い合いを始めてから、美景先輩はみるみる普段の調子を取り戻していく。
その間に、俺は宗也の隣に並んだ。
「なあ、宗也」
「どうかしたかい?晶君」
流石に、この視線の中を、俺も長くは歩きたくない。
宗也に伝えるのは、そのことを含めた頼み事だ。
「俺も、ちょっと恥ずかしいから、せめて人が少ない道を歩かないか?そうでなかったら、早く歩くとか」
俺の頼みに、宗也は簡単に応じてくれた。
「ならば、早足で向かうとしよう。城に続く道はここだけだからね」
望んだ答えとは違ったが、一応聞き入れてくれた。
そして、宗也の足が若干早足になる。
しっかりと、宗也の後を着いていた俺と薫先生は平気だったが、言い合いに夢中になっている、美景先輩と結衣さんは、そのことに気づいてもいない。
「美景先輩、結衣さん!置いていきますよ!」
一声かけて、俺は歩き続ける。
向かう先には、城門が見えてきていた。