波乱、その後
「すまない…。少し、とりみだりしてしまったようだ」
夕食の席でのことだ。
美景先輩は、突如として謝罪の言葉をのべた。
「いえ、別に構いませんけれど…。こっちも驚きましたよ。美景先輩が、二人と知り合いだったなんて」
すでに陽も暮れ、空はその大部分を群青に染めている。
火の明かりに照らされた、目の前の座卓に並ぶのは、魚や野菜などを食材につかった、質素ながら美味そうな料理。
「私も驚いたよ。まさか、宗兄と結衣姉がこちらにいたなんて…」
座卓を囲む俺たちの話題は、美景先輩と宗也、結衣さんの関係についてだ。
美景先輩の口から、さらに言葉が続けられる。
「どうしてこちらの世界にいるのか、教えてはもらえないだろうか、宗兄、結衣姉」
「そう言われましても…」
箸を手に、困った表情を浮かべる結衣さん。
ちなみに、今並んでいる夕食は、ほとんどが結衣さんの手によるものだ。
「たぶん、わたしたちも、みーちゃんたちと変わらないと思いますよ?」
その先を続けるのは、宗也だ。
「そうだろうな。状況こそ違えど、私たちも気づいたらこちらに来ていたからな」
密かに、宗也たち二人の話から、世界間を移動する手がかりが掴めるかも、と思っていた俺だが、完全に思惑は外れた。
「私たちが、こちらに流れ着いたのは、約二年前だ」
「そう言えば、その頃だったな…。二人と連絡がとれなくなったのは…」
何かを思い返すように、宙に視線をやり呟きを漏らす美景先輩。
「急に連絡が取れなくなるから、てっきり遠方に引っ越したものと思っていたが…。異世界にいたなら、連絡がつかなくて当然か」
今度は納得した様子の、美景先輩。
その様子は、どこかほっとしたようでもある。
「あの…、お二人は深水さんと、どういった関係だったんでしょうか?」
おずおずと発言する、薫先生。
確かに、それはとても気になることだ。
学園では、才色兼備、文武両道をもってなる美景先輩を、『みーちゃん』と呼ぶ二人は、美景先輩とどういった関係なのか。
「みーちゃんは、わたしの従姉妹なんですよ」
答えたのは、結衣さんだ。
そうすると、宗也とはどういった関係性になるのだろうか。
「私の方は、結衣とは幼馴染みでな。よく家には出入りさせてもらったものだ。みーちゃんとも、その頃からの付き合いになる」
なるほど。美景先輩から見れば、従姉妹の幼馴染みと言うわけか。
それならば、『みーちゃん』呼ばわりも、納得がいく。
二人とも、幼い時分から美景先輩を知っていたわけだ。
さて、美景先輩との関係が判ったならば、次に気になるのは、宗也と結衣さんの関係だ。
これについては、思い切って、俺が訊ねることにする。
「じゃあ、宗也と結衣さんは、どういう関係なんだ?」
それに同調してきたのは、意外にも美景先輩だった。
「それは私も気になっていたのだ。二人は昔から仲が良かったからな。中学の時なんか、伝説の夫婦扱いだったのだぞ」
宗也と結衣さん、二人の話になると美景先輩は、とても表情が明るくなる。
その雰囲気は、俺が知る大人びたものではなく、もっと幼い、まるで兄弟姉妹を自慢する子供のようなものだ。
美景先輩にとって、この二人は、それほどまでに気を許せる存在のようだ。
「で、どうなんだ?宗兄、結衣姉。こちらに来てから、何か進展はあったのか?」
身を、まさしく乗り出して二人に詰め寄る美景先輩。
「それについては、黙秘権を行使させてもらうよ」
「わたしも、ノーコメントです」
だが、二人に答える気はないようだ。
しかし、二人の態度や接し方を見る限り、相思相愛、とまではいかずとも、互いに絶対の信頼を置いているのは、間違いないだろう。
「それよりも、わたしは、みーちゃんの話を聞きたいんですけど」
「えっ…、私か?」
突然、話の矛先がかわり対応に焦る美景先輩。
「私の話など、大したことはない。今の学園に入った後は、生徒会長になったくらいしか、話すことはないからな」
それよりも、と美景先輩は話題を変える。
「二人とも、そろそろ私を『みーちゃん』と呼ぶのはよしてくれ。私も今年で十八だ。もう子供じゃない」
「『みーちゃん』、いけませんか。可愛いと思うんですけれど…」
心底残念そうな表情を浮かべる結衣さん。
それを見た美景先輩は、何だか気まずそうである。
対する宗也の反応は、至って淡白なものだった。
「まあ、そう言うなら別に呼び方を変えても構わないが…。美景。これでいいか?」
「そうしてくれると有り難いよ、宗兄。結衣姉の方は…」
視線を向けてくる美景先輩に、結衣さんは視線だけで、駄目?、と訊ねる。
その視線に、美景先輩、あえなく陥落。
「そのままでいいよ、結衣姉」
姉と慕っている人物には、かなわない美景先輩だった。
「さて、美景も、晶君も、薫さんも、明日は行くところがある。食べ終わると、早く休んだ方がいい」
「行くところ?」
それは初耳だった。
俺たち三人の中では、明日には学園に戻るつもりだったのだ。
「天ヶ原の領主のところだ。色々助けてくれる相手の顔を覚えておいて、損はないだろう?」
確かにその通りだ。
ならば、夕食の後は早い目に休ませてもらうことにしよう。
前日と違い、平穏なままに夜は更けてゆく。
だいぶ見えてきた当面の先行きに、俺の箸は進み、ご飯を二回おかわりしたのは、ちょっとした余談。