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        逃走

「いたぞ!黒鬼だ!」


「『筒衣衆』も一緒だぞ!」


「女も逃げてるぞ!」


走り出して幾分もしない内に、俺たちは山賊たちに見つかった。


お堂から出ていった時より、人数こそ減っているものの、それでも厄介なことにかわりない。


「くそっ…、もう見つかったか」


ぼやいたからと言って、奴らが俺たちを見失うわけではない。


今もっとも先決なのは、


「皆!こっちだ!」


そう、逃げることだ。


俺たちは、宗也を先頭に走り出す。


向かうのは山の麓。


宗也の話では、人里のあるという方角だ。


「って、ちょっと待てよ!そっちは麓じゃないだろ!?」


しかし、宗也が走り出した先は、山を降る方向ではなかった。


「黙ってついてくるんだ」


走り出したのは、山を降るのではなく、高さをそのままに回る方向だった。


俺は、宗也の背中に追いつきながら、訊ねる。


「でも、早く人里に入った方が安全だろ?さすがのあいつらも、人里の中までは追ってこないんじゃないか?」


「彼らを振り切って、走り続けられるのなら、それでもいいんだが…。君たちは、それができるかい?」


一瞬だけ振り返って、それを訊ねる宗也。


俺もそれに倣って、後ろを走る二人に訊ねる。


「えっと…出来ますか?美景先輩、薫先生」


美景先輩は、口の端に僅かに笑みを浮かべながら答える。


「私は文系だぞ?できるはずがないだろう、晶君」


個人的には、美景先輩はバリバリの体育系だと思うのだが、状況が状況故に突っ込むのは止めておく。


続いて、答えをくれるのは薫先生。


薫先生は、絶望的な表情を浮かべていた。


「絶対に、無理です!そんなことしたら、死んじゃうかもしれません!」


と、言うことで、こちらも答えはノー。


「皆の意見は、聞いた通りだ。だったら、これからどうするんだ?」


「一度身を隠す。そして、頃合いを見計らって、今度こそ逃げるんだ」


そうなれば、気になるのは行き先だ。


一人ならともかく、四人が隠れるとなると、それなりの広さが必要となる。


「実は、ここを少し行くと、先ほどの寺院が食料庫に使っていた洞窟がある」


なるほど、洞窟の中に身を隠すわけか。


「補足すれば、さっきもそこに隠れて、連中が遠ざかるのを待ってたんだ。あそこを連中が知らないのは、実証済みだよ」


そうこうしている内に、目的の場所に着いたらしく、宗也は急に足をとめた。


「ここだ。急いで中に」


指さされるのは、斜面に生える茂みだった。


言葉と同時、宗也がその茂みを僅かに動かすことで、姿を現したのは洞窟の入り口。


「ここに入るのか…?」


その中の、あまりの暗さに尻込みする俺。


「ほら、さっさと入りたまえよ」


その背中を強引に押すのは、美景先輩だった。


「で、でも美景先輩?この中、そうとう暗いですよ?」


「それがどうした。ほら、早く入れ」


さらに強引に、中に突き入れられる俺。


そのすぐ後を、美景先輩が洞窟に入ってくる。


「確かに…暗いですよね…」


ビクビクしながらも、薫先生は中へ。


最後に、周囲に気を配りながら、宗也が入り、茂みを元にもどすことで、洞窟の入口を隠した。






俺の予想通り、洞窟の中は暗かった。


周囲を形作るのが、土や岩石のため光は一切通らず、まさしく一寸先は闇。


広さは、暗さで奥行きこそ判らないが、入口から推測すると、幅は大人三人が並んで座れるくらいだろう。


「暗いからといって、不埒なことは考えてはいないだろうな?晶君」


おそらく、側にいるのであろう美景先輩が、冗談めかして、そう言った。


「まさか。たとえ考えたとしても、暗すぎて何もできませんよ」


クスクスと笑いあう、俺と美景先輩。


「少し、冷えますね。この中」


そう言うのは薫先生だ。


声の聞こえる位置からすると、どうやら反対側の壁際にいるようだ。


確かに、薫先生の言う通り、洞窟の中はひんやりと肌寒い。


だが、動き回って火照った体を冷やすのには、丁度よい。


「ここは、さっきも言った通り、寺院の食料庫だった場所だからな。冷えてしまうのは、仕方がないことさ」


宗也の姿だけは、影として認識できる。


それは、宗也のいる位置が入口を隠す茂みの、ほんの少し入っただけの場所だからだ。


茂みから、僅かに入り込む月明かりが、宗也の姿をシルエット化している。


「連中が、もう少し離れるまで、休んでいるといい。機会がくれば合図をするよ」


それを聞いて、俺は壁づたいに座りこむ。


座り込んで、これまでにあったことを思い返す。


〈短い間に…色々あったな…〉


『開かずの資料室』探検から始まった、一連の出来事。


その中でも、強烈に脳裏に焼きついてしまっているのは、つい先ほどのことだ。


〈俺…人を殺したんだよな…〉


どうしても思い返してしまう、手応えと赤い色。


これから先、何があろうとも、俺はそのことだけは忘れないだろう。


忘れちゃいけない気がする。


暗い考えの中に沈みこんでいく俺。


そのことを、知ってか知らずか、美景先輩が小声で俺に話しかけてくる。


「ところで、あの鎧武者は何者なんだ?敵ではないようだが…」


そういえば、美景先輩はグラウンドでの出来事を知らない。


宗也のことを説明するなら、美景先輩がいない間の出来事から話したほうがいい。


そう判断して、俺は美景先輩と別れてからの出来事を話し始める。


そして、話し終わった時の美景先輩の反応は実にシンプルだった。


「実に興味深い…」


そう言って、感動を言い表そうとする美景先輩。


しかし、それを止めたのは宗也だった。


「そろそろ頃合いだ。行くぞ」


その言葉に、俺は立ち上がり、美景先輩も立ち上がる。


「はぇぇ…。また走るんですね…」


今まで静かだった薫先生も、再びの持久走の始まりにため息をもらす。


「そう言ってくれるな。麓まで辿り着ければどうとでもなるから、それまで頑張ってくれ」


そう言って、宗也は再び茂みを動かす。


休憩の時間は終わりだ。






再度始まった逃走劇は、順調に進んでいるかと思えた。


麓まで、もう少しと言うところまでは、山賊たちに見つからずに走ることができたが、そこまでだった。


どうやら山賊たちは、俺たちの行く先を読んで、待ち伏せしていたらしい。


だが、幸いだったのは、見つかった時の位置関係だ。


俺たちが見つかった時、山賊たちは俺たちよりも、だいぶ頂上に近い側にいた。


そこからこれまで、俺たちはノンストップで走り続けている。


万が一追い付かれた時のことを考えて、俺と宗也が、美景先輩と薫先生を先に行かせたのも、随分と前のことに思える。


「まずいな…。かなり追いつかれてきたぞ」


山賊たちの怒号は、かなり近くで聞こえてきている。


たぶん、振り返ればその姿を視認できるだろう。


しかし、俺たちは振り向かない。


振り向けば速度がおちるし、なにより、それをするだけの体力的な余裕が、残されていないのだ。


もはや、宗也以外の三人は気力で走っている状態だ。


「見えた!あそこが麓だ!」


宗也の声に、俺たち三人は意識して前を見る。


ただ走っているだけの時は、認識できなかったが、俺たちの行く手に確かに存在する木々の切れ目。


そこから先は、草原になっているのが判る。


「最後の一踏ん張りだ。行けるな?皆」


「…何とか…頑張ってみよう…。…あそこまで…辿り着けば…何か…策が…あるんだろう…鎧武者君…?」


一番はじめに答えたのは、美景先輩だ。


息も絶え絶えに、しかし、口調だけは余裕をもって、美景先輩は答えた。


「はいぃ…。がんばって…みます…」


死にそうな声で答える薫先生。


後ろから見ていても、薫先生は今にも倒れふしそうだ。


「まあ…何とか…走りきるさ…」


俺は、最後に答えた。


正直に言えばもう限界だが、見えたゴールを前に諦めるのは、何だか癪だ。


俺たちは最後の力を振り絞り、ラストスパートをかける。


そして、俺たちは、木々の切れ目を、


抜けた。


「………?」


その先に俺が見たものは、こちら側を向いて並び立つ、幾十もの武装した人間からなる、小さいが紛れもない軍勢だった。


「後は、向こう側まで走りきれ」


宗也を最後尾に、俺たちは山を駆け降りた勢いをそのままに、走りきった。


「お疲れさまです、皆さん。ここまで来たならば、もう一安心ですよ」


そんな俺たちを迎えてくれたのは、白い上衣に赤い袴の、所謂巫女装束を着た若い女性だった。


「すまない。予定よりも、遅れてしまった」


「本当に遅いですよ。もう少しで、引き上げてしまうところでした」


宗也は、その女性と会話を交わす。


「意外と頭の回る連中だったものでね。…さて、件の者たちのお出ましだ」


山の麓。


木々の間からは、ちょうど山賊たちが出てきたところだった。


先ほどまで、頭に血を上らせて、俺たちを追っていた山賊たちだが、この軍勢を目の当たりにし、一気に顔を青くしていた。


「捕らえなさい」


女性の指示のもと、一斉に駆け出す軍勢。


山賊たちは、ものの数秒で鎮圧される。


俺たちの逃走劇は、空が白み始めたころに、幕を閉じた。

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