第三幕 異なる世 隠れ家
山賊たちの隠れ家。
それは、俺たちの学園と同様に、人気の全くない山の中にあった。
陽の暮れた木々の間に、ひっそりと佇む不気味な建物。
それこそが、山賊たちが隠れ家にしている場所らしい。
宗也の話では、もとは人の集まる寺院だったそうだが、つい半年ほど前に、もっと人の通いやすい人里近くに、寺院の機能を移したと言うことだ。
「残された建物は、あいつらからしてみれば、絶好のねぐらだったってわけか…」
「そういうことになるな」
俺たちが陣取ったのは、寺院跡が窺うことのできる、茂みの中だ。
ここからなら、寺院跡の様子はよく見えるし、行動を起こす際もその近さから、素早く接近することができる。
「奴らは中にいるようだな。大方、酒宴でもしているんだろうな」
宗也は、寺院跡の窓を見ながらそう言った。
確かに、ここから見える窓からは、明らかな炎の揺らぎが見え、耳を澄ませば微かながら、男たちが騒ぎ立てる音が聞こえる。
「深水さん…大丈夫でしょうか…」
不安そうな声をあげる薫先生。
「たしかに…。酷いことをされてなければいいんづすけど…」
俺も、美景先輩の安否は気になってはいた。
よく考えれば、あの乱暴な男たちの中に、美景先輩は一人で捕らわれているのだ。
それは、肉食獣の群の中に、小鹿を一匹で放すのと同じことではないだろうか。
「おそらくだが、大丈夫だと思う」
俺と薫先生の声に、宗也が反応する。
「奴らは、さらった子を『筒衣衆』だと知って、さらったはずだ」
更に、宗也は言葉を続ける。
「それならば目的は、その子を自分達でどうこうすることじゃなくて、平坂の領主の所に連れて行くことだ。
だとすれば、その子を傷物にするわけにはいかないさ」
「なあ、幾つか教えて欲しいんだけど…」
「なんだ?」
俺は、宗也が言葉を切るのを待って、話しかけた。
「山賊の連中も言ってた、その『筒衣衆』って何なんだ?」
それまで、引っかかっていた語だが、今まで訊く機会がなかった。
山賊の男は、俺たちを指して、その語を使っていた。
それに対する宗也の答えは、簡単明瞭。
「君たちのような、そちらから、こちらの世界に流れ着いた者のことだよ。ほら、着ているものが筒みたいに見えるだろう?」
言われて、俺は自分の服装を見てみる。
確かに洋服は、それを知らない者が見れば、筒のように見えるかもしれない。
「じゃあ、もう一つ。あんた、美景先輩は大丈夫だと言ったけど、どうしてそれが判る。
誰かに売るにしたって、自分達で好きなようにしてから売ればいいじゃないか」
宗也の言葉は信用に足る。
ごく短期間の付き合いだが、それくらいのことは俺にも判ってはいた。
しかし、だからと言って、その言葉を鵜呑みにできるわけではない。
「簡単なことだ。平坂の領主は、傷物を嫌うんだよ。
人を平坂の領主に売りたいのなら、何らかの形で傷物になるのはさけなくちゃならない。
やつらは、手を出したくてもだせないんだ」
寺院跡を窺いながら、宗也は言う。
「まあ、何にでも例外はある。助け出すのも、早い方がいいだろう。
今なら建物の脇まで近づける。行くぞ」
音をたてないように、注意を払いながら進みだす宗也。
俺と薫先生も、その後を倣う。
山賊たちに、気取られることなく、建物の脇に移動することに成功。
後は、どうやって美景先輩を助け出すか、だ。
「私が囮になろう」
最初に口を開いたのは、宗也だった。
「危なくないか?」
俺は、宗也の身を心配して、そう訊ねる。
だが、当の本人は、心配無用とばかりに言葉を続ける。
「大丈夫だよ、晶君。それに、私のなりでは建物の中での隠密は不可能だからな。囮役が、妥当なところだ」
宗也の言う通り、彼の出で立ちは、隠密行動には向かないものだ。
俺が、初めてその姿を見かけた時と同じ、黒の鎧兜と鬼の面。腰には刀、手には薙刀。
これでは、歩くだけでも音がするだろう。
正直な事を言うと、山賊たちに見つからず、この建物の脇まで移動できたのは、奇跡的なことだと思っている。
ふと、俺はあることに気づいた。
初めて見た姿とは、足りないものがあったのだ。
「あんた、馬はどうした?」
それは、あの逞しい馬だった。
逃走の時に、馬が一頭いれば何かと役に立ちそうでもある。
「ああ。あれなら、帰らせたよ」
聞こえたのは、意外な答え。
「帰らせた?馬が一人で帰るのか」
「ああ。よく訓練された、馬だからね。ついでに、私の住む拠点に頼みたいこともあったから、手紙もくくりつけておいた」
伝書鳩ならぬ、伝書馬だ。
「へぇぇ。馬って凄いんですね…」
薫先生なんか、驚きのあまりに開いた口が塞がらなくなっている。
「無駄話がすぎたな。では、行ってくる。君たちは、たぶん大きな騒ぎになるから、それが遠ざかってから突入してくれ」
それだけ言い残し、宗也は歩き出した。
と、思ったら、三歩ほど進んだ所で戻ってきた。
「晶君。武器はそれだけで、大丈夫かい?」
宗也が指すのは、学園からずっと握っていた、俺の木刀。
「これが、一番使い慣れてるからな。それに真剣なんて、俺は使ったことないし…」
俺にとって木刀は、一番頼りになる相棒だった。
真剣を相手にするには少し心許ないが、それでも無いよりはましだろう。
「そうか。だが、万が一の時の為に持っていてくれ」
渡されたのは、宗也が腰に差していた刀だった。
分類上では、打刀になるんだろう。
全長は一メートル強。
使い込まれている証として、柄や刀装具は、夜の暗がりでも分かるほどに色褪せている。
「いいのか?あんたの武器なんじゃ…」
俺の木刀と同じように、宗也がこの刀を頼りに思っているのではないかと思い、俺は確認をとる。
「構わないよ。私にはまだ、こいつがあるからね」
そう言って、指し示すのは、鎧の腰に佩いた太刀。
それならばと、俺は渡された刀を腰のベルトに差した。
「結構重いんだな…」
刀は、その存在を重さとして、俺に伝えてくる。
「それが、真剣を持つ重みだよ。後で、ちゃんと返してもらうよ」
それだけ言って、今度こそ、宗也は姿を消した。
残されたのは、俺と薫先生の二人だけ。
建物の影で息を潜めながら、俺は機会を待つ。