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      発覚

「これで大丈夫だろう」


一通りの処置を終えて、鎧武者は立ち上がった。


「全身をこっぴどくやられたようだが、どれも打撲の域をでないものばかりだ」


鎧武者の言葉は、グラウンドにいた人間の中で唯一、動くことがままならない裕久に向けられたものだ。


「ただ、しばらくは横になって動かない方がいいと思う。それに、後で医者もよこそう。私の判断だけでは、心配だからな」


続けられたその言葉に、誰よりも安心していたのは、裕久がやられた現場に一緒にいた薫先生だ。


「よかったですね。山崎君」


鎧武者が傷の処置をしている間、薫先生はずっと裕久の側にいて、はらはらとその様子を見守っていた。


その出で立ちこそ恐ろしいものの、鎧武者の言葉は穏やかで、相手を威圧するものでは、決してなかった。


「あの…ありがとうございます」


裕久が、処置のために脱いでいた制服に袖を通しながら、礼を言う。


「あまり無理をしないほうがいい。喋るのも辛いんだろう?礼なら、傷が完治してからにしてくれ」


鬼の面で、表情は窺えないが、礼を言われて照れ臭かったのか、鎧武者の声は少しだけ笑っている気がした。


俺は、その鎧武者に向かって一度頭を下げる。


「ありがとうございます。友達の治療をしてくれて」


やはり、正面から礼を言われて照れ臭いらしい。


今度の鎧武者の声は、明らかに笑っていた。


「治療という程のことはしていないよ。私がしたのは、気休め程度のことだ。…おっと。自己紹介がまだだったな」


鎧武者の手が、ゆっくりと上にあがる。


その手で、やはりゆっくりと慌てることなく、兜と鬼の面が外された。


中から出てきた男の顔は、想像していた以上に若くかった。


おそらく、歳は俺たちとそう変わらないだろう。


「私は、ワタリ 宗也ソウヤと言う。以後、よろしく」


そう言って差し出されるのは、籠手に包まれた右手。


籠手を外さないのは、着脱が非常に手間だからだろう。


俺は、その右手をしっかりと握りかえして名乗る。


「俺は、宮前 晶。今治療をしてもらったのが、俺の友達の山崎 裕久」


俺の名乗りに、渡 宗也と名乗った鎧武者は力強く頷く。


「晶君に裕久君か。よろしく」


そう言うと、宗也は裕久の側にしゃがみこみ、今度は裕久の右手をがっしりと握った。


途端、裕久は痛そうに顔をしかめる。


それを見た宗也は、慌てて右手を放し、すまなさそうな表情になる。


「ああ、すまない。なにぶん、戦うしか能のないがさつな性格なものでね。なんというか、気遣いがうまくできないんだ。許してくれ」


裕久も、痛かったようではあるが特に気にする様子はなく、首を振ることでそれを表す。


「で、そちらの女性は、なんという方ですか?」


次に宗也が目を向けたのは、裕久の脇にいる薫先生だった。


その事に気付いた薫先生は、慌てて立ち上がって姿勢をただす。


「村上 薫と言います。えっと…渡さん…でしたよね。先ほどは、ありがとうございました」


自己紹介と同時に頭を深々と下げる薫先生。


「頭を上げてください、薫さん」


そう言われて、頭を上げる薫先生。


「私は特に何もしていない。連中が勝手に逃げ出しただけです。もっと早くに来ていれば、彼もあんな目には遭わずにすんだものを…」


そう言う宗也の表情は、本当に悔しそうだった。


俺はそれを見て、この人は相当なお人好しなんだと、感じずにはいられなかった。


「それよりも…」


訊きたいことがあったのを、忘れるところだった。


「さっきの連中は一体なんだったんだ?」


実際は、宗也自身も何者なのかはよく判ってはいないが、敵ではなく名前を名乗ったので、ここはよしとする。


「彼らは、この辺りを荒らし回ってる山賊だよ。実を言うと、私たちも手を焼いていた相手だ」


先ほどの彼らを、山賊、と言う宗也。


しかし、この学園の周辺にそんなものが出るなんて話を、俺は聞いたことがなかった。


すぐ側にいる裕久や薫先生も、それは同じことらしく、二人とも首をかしげている。


「俺たち、長い間ここに通っているけど、そんなものが出るなんて話、聞いたことはないぞ…」


俺は疑問を口にだす。


すると宗也は、そういうことか、と一人納得。


次に口にしたのは、信じられないことだった。


「まだ気づいていないようだね。


それについて簡単に説明すると、今いるここは、君たちが住んでいたのとは別の世界、と言うことになる」


突然のトンデモ話に、俺の時間は一瞬止まる。


再び時間が動きだしたとき、俺の宗也を見る目は怪訝なものを見るそれだった。


「本気で言っているのか?」


「ああ、そうだとも」


悪びれる様子なく、言い切る宗也。


俺は、一度地面にしゃがみこみ、裕久と薫先生の二人と顔を寄せあう。


「どう思う?」


「どうって…言われても…」


俺の問いに、痛みを堪えながら答える裕久。


「頭のおかしな人にしか…見えなくなった…」


次に答えを求めるのは、薫先生だ。


薫先生は、チラリと宗也の方を窺うと、言いにくそうに口を開く。


「親切な人だと思ってたけど…そうじゃなかったんでしょうか…」


薫先生をもってしても、今の一言は信じられないもののようだ。


「信じられないのは無理もない」


そんな俺たちにかけられる、宗也の声。


「しかし、よく考えてもみてくれ。君たちの世界で、こんな出で立ちの者が、馬に跨がって闊歩しているか?」


間違いなく、時代劇の撮影でもないとしていない。


もし、していたならば、良くて警察による職務質問。悪ければ、その場で現行犯逮捕だ。


「それに、君たちはもう遭遇しただろう?君たちの世界では、有り得ない生き物に」


思い返されるのは、校舎の中で幾度となく苦しめられた、あの化け物鼠。


確かに、あんな大きさの鼠は、見たことも聞いたこともない。


「それは、アヤカシ、と言って、こちらの世界では当たり前のように跳梁跋扈する化け物の一種だ」


妖。実物を目の当たりにした後ならば、なるほどその呼び方はしっくりくる。


「決定的な証拠が見たいのならば、ついてくるといい」


そう言うと、宗也は歩き出した。


向かっているのは、校門のある方角。


「薫先生は、ここで裕久と待っていてください。俺が行ってきます」


「分かりました。気をつけてくださいね」


俺は、薫先生にその場を任せて、宗也の後についていく。


万が一の場合に備えて、武器である木刀も忘れずに携える。


「それにしても、先ほどとはうって変わって、随分と警戒されているな」


「当たり前だろ?あんな事を言ったんだから」


追いついてきた俺に話しかける宗也の口調には、先ほどから変化など微塵もない。


だが、今の俺には、それを信用することなどできなかった。


「君たちみたいな者は、たまにいるんだ」


俺の態度の変化など、少しも気にする様子もなく、宗也は話続ける。


「皆、最初は君たちみたいな反応をするよ。ここが異世界なんて、信じられない、と」


確かに信じることができない。


だからこそ、俺はこうやって宗也の後をついてきているのだ。


その話が、嘘か本当かを見極めるために。


「まあ、君たちの場合は仕方がないのかもしれないな。慣れ親しんだ場所と、慣れ親しんだ人たちと一緒に、こちらに来てしまったんだ」


建物ごと移動してきたのは初めてだよ、と、宗也は明るく笑う。


宗也の話を聞きながら、しばらく歩くと、不意に宗也の足が止まる。


「さあ、着いたぞ」


そこは校門だった。


そして、そこから見える風景に俺は愕然とする。


「果たして、ここから見える光景は、君が見慣れた光景と同じものだろうか」


そう、違っていた。


俺の知る、ここからの光景は、今見えているものとは全く違うものだ。


坂の上にあるこの学園の校門から見えるのは、建物が建ち並び、人や車が騒がしく行き来する街の様子。


ところが、今ここから見えるのは、遠くに見える山まで続く草原と、その草原に少しだけ見える茶色い建物。


「判ったかい?晶君。ここは、君たちが住んでいたのとは、別の世界なんだよ」


認めざるを得なかった。


ここまで、疑いようのない証拠を見せつけられてしまっては。


「この世界は、そちらの世界で言うところの、高天原や黄泉と呼ばれる場所。他には、常世の国なんて呼び方もあったかな」


呼び名なんてどうでもいい。


ここが異世界ならば、気になることは一つだけだ。


「もう帰れないのか?俺たちは」


俺はそれを口にした。


半ば諦めながら。半ば希望を込めて。


そして、宗也の口から答えが紡がれるのを待つ。


「帰れないことはないよ」


返ってきたのは、そうであって欲しいと、望んでいた答え。


「ただ、それが何時になるのかは判らない。こちらに来た者の中には、一日で帰れた者も十年経っても帰れていない者もいる」


宗也の口調は、僅かに沈んでいる。


おそらくは、俺の心中を考えてのことだろう。


が、俺の心は、宗也が思っているほどに沈んではいなかった。


「帰れるんなら、それでいいや」


俺は、そう言い放った。


それを聞いた宗也の顔は驚きに満ちていた。


たぶん、今まではここで相手に食って掛かられたり、泣かれたりしたのだろう。


「帰れるなら、それまで待つよ。どんなにかかってもさ」


思いを口にするごとに、俺はいつもの調子を取り戻していく。


「あっ…。でも、問題はこの事をどうやって、皆に伝えるかだよな…」


「それについては、私も協力しよう。話しておきたいことも、あることだ」


宗也も、調子を取り戻したようだ。


「話しておきたいこと?」


「君たちの生活についてだよ。帰れる日まで、どうやって暮らしていくつもりだ?」


すっかり忘れていた。


と言うよりも、思い至らなかった、と言う方が正確だろうか。


「そっか…そういう問題もあるんだな…」


「取りあえず、皆の所に戻ろう。話はそれからだ」


またも、宗也が先を行く形で歩き出す。


俺もそれに続き、今度は並んで歩き出す。


今まで、大きいと思っていた宗也の身長だが、こうして見ると意外に小さかった。


たぶん、俺よりも少し高いくらい。


二人して、並んでグラウンドに帰る途中、そちら側から駆けてくる二つの人影があった。


「誰か来るぞ」


「あれは…薫先生と…なぎなた部の一年生の子だ」


駆けてくる人影の一つは、薫先生。もう一つは、俺たちが助けたなぎなた部一年生の一人だった。


二人は慌てた様子で、俺のもとに走りよってくる。


「何かあったんですか?」


訊ねる俺に、まず答えたのはなぎなた部一年生。


「み…宮前…先輩…。み…美景先輩…が…」


「美景先輩がどうかしたのか?」


そういえば、避難誘導のときに別れたきり、姿を見ていない。


その後を答えてくれたのは、薫先生だった。


「深水さんが…さらわれたらしいんです!」


もたらされたのは、またも信じられないような出来事。


「本当ですか!?」


俺は、思わず声をあらげる。


「は…はい。本当です」


再び答えるなぎなた部一年生。


続けて説明されるのは、その時の状況。


「避難誘導を終えた後、私たちもグラウンドに向かおうとしたんです。


そしたら、急におかしな格好をした男の人たちが現れて…」


おかしな格好をした男の人たちとは、おそらく先ほどの山賊のことだろう。


そこまで話して、ようやく宗也の存在に気付いたのか、なぎなた部一年生はギョッと目をむく。


それに対して、俺は手振りで、大丈夫だから続けて、と合図。


何とか気を取り戻したなぎなた部一年生は、続きを話す。


「その人たちは、刃物を持ってて…。私たちは怖くて…。そしたら、美景先輩が私たちを守ってくれたんです」


泣きそうになるのを抑えて、なぎなた部一年生の子は更に続ける。


「美景先輩は、男の人たち相手に一人で戦って…。私たちは、その間に隠れることができたんですけど、美景先輩は…」


多勢に無勢。


おそらくは気絶させられて、連れていかれた。


「大丈夫だよ。…えっと、君名前は?」


ここに来て、例の三人娘の名前を聞いていないことを、思い出した。


「狩野です。狩野カリノ 沙希サキ


名前を聞いたところで、もう一度。


「大丈夫だよ、狩野さん。美景先輩なら、俺が助けに行く」


「本当ですか?」


「ああ。任せてくれ」


俺はそう言って、小柄な彼女の頭に手を乗せて、


「だから、俺が美景先輩を助けにいっている間、俺ともう一人いた奴。裕久の面倒を見ていてくれないか?あいつ、今怪我して動けないからさ」


「はい!」


元気よく返事をして、狩野さんは再びグラウンドへと駆けていった。


仕事があった方が、彼女も気が楽だろう。


「とは言ったものの…。美景先輩、何処に連れていかれたんだろうか…」


狩野さんの手前、ああ言い切ったものの、実際に俺が出来ることは無いに等しい。


「さっきの連中の仲間なら、恐らくは隠れ家に向かったんだろう」


そんな時に、助け船になってくれたのは宗也だった。


「本当か?」


「ああ。場所も、大体でよければ判っている」


「よかった!案内してくれないか」


「承知した」


言って、俺たちは駆け出そうとする。


「待ってください!」


それを止めるのは薫先生。


「私も行きます」


「で、でも、薫先生?危ないですよ?」


「教師が、生徒を見捨てられますか!」


そう言い切る薫先生は真剣そのもの。


大丈夫かな?と、俺は宗也にアイコンタクト。


宗也はそれに対し、ただ頷いただけだった。


「わかりました、薫先生。一緒に行きましょう」


「はい!」


今度こそ俺たちは、美景先輩救出にむけて学園の外へと走り出したのだった。

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