危機回避
「行くぞ!」
俺はかけ声と共に走り出す。
それに続いて、俺たちを取り囲む男たちに突っ込んで行くのは、手に武器としての掃除道具や部活の道具を持った男子生徒たち。
今まで、歯牙にもかけていなかった俺たちの奇襲に、男たちの反応は遅れ、それは結果としてこちらに有利に働く。
「叩き込め!」
俺の号令のもと、男子生徒たちは各々の全力を持ってして、男たちの武器を狙う。
武器さえ無くなれば、後は組み付いてでも何とかする。
それが、俺たち突撃組の覚悟だった。
俺が、戦うと決めたときにまず始めたのは、戦闘要員の確保だった。
幸い、男たちの包囲の中ならば行動の自由は制限されていなかったため、動くこと自体は簡単な事だ。
全員を逃がすために声をかけるのは、自力でこの場所まで避難してきた運動部連中。
彼らは対化け物鼠用に、掃除道具や金属バットと言った、刃物を相手にしても十分に渡り合える物を武器にしていた。
そして、それは今なお彼らの手の中にある。
何より嬉しいのは、彼らの人数だ。
全員を合わせれば、その人数は僅かながら、俺たちを取り囲む男たちの人数を上回る。
最初に避難してきたためか、彼らは生徒たちの中央にいた。
皆一様に戦う気力はあるらしく、周囲の男たちに視線をやり、今にも飛び出さん雰囲気だ。
「なあ、ちょっといいか?」
飛び出されない内に、俺は声をかける。
「なんだ?こっちは今忙しいんだ」
対応してくれたのは、リーダーとおぼしき三年生。
これは好都合と、俺は話を続ける。
「戦う気なんだろ?それについて話があるから、戦える連中を集めてくれないか?」
俺の申し出にその三年生は快諾。
ほどなくして、武器の有無に関わらず、戦う気力のある男女二十人程が集まった。
円を組んで俺たちは、作戦を立てる。
出来上がったそれは、作戦とも言えない拙いものだが、それに賭けるしか無事にすむ方法は無さそうだった。
内容はこうだ。
まず、打撃力のある武器を持った連中が、相手の武器を何らかの形で無力化させる。
次に、武器を無力化させた相手に対し、今度は素手の男子生徒や、部活帰りでその道具を持つ女子生徒が参戦。
後から参戦する彼らが加勢するのは、皆で話し合った時に、戦闘力が不安だと自ら、又は第三者から判断された場所だ。
そちらには、武器は持たないが戦う気と体格だけはある、体育教師が入ってくれた。
教師の参戦は突撃組を、口うるさい先生方から免罪符を与えられた気分にし、士気の向上に大きく役立ってくれた。
作戦の最終段階は、とにかく力任せ。
フェンスに囲まれたグラウンドの出口側の人間が、何がなんでも道を作る。
ただ、それだけだ。
男たちの包囲は小さく、油断している今ならば、作戦が成功する可能性は十分にある。
心配だったのは、動けない裕久だが、そちらは薫先生他、戦えない先生方が面倒を見てくれることとなり、一安心だ。
俺の役目はと言うと、作戦成功の要。
最初に斬り込む斬り込み隊長と、出口側の道を作る押し切り部隊の一員、となった。
チャンスは一度きり。
俺は、全員が配置に着いた事を確認の後、突撃の合図を出した。
ここまでの作戦経過は順調そのもの。
不意を突かれた男たちの手に、得物に、俺たちの全力を込めた一撃が炸裂。
それを喰らったものは、武器を取り落とし、破壊される。
「突撃!」
俺が出した、次の号令で最初に仕掛けた者はその相手に組み付き、打撃を加え、逃走組の生徒たちの中から幾人かが飛び出して、それに参戦する。
俺も、目の前にいる武器を取り落とした男に対して、木刀の柄で腹に一撃を加えて後退させる。
「押し切れ!」
号令のもと、俺たちは更なる勢いで男たちに攻撃を加え始める。
殴り、蹴り、突き込み、投げて、男たちの包囲を大きく拡げていく。
「あと一息だ!」
既に、逃げ道を確保する俺たち押し切り組の間には、数メートルの隙間が出来ている。
ここで、更に連撃をいれて確実な逃げ道を確保する!
その思いの元、俺は突きと前方への蹴りを主体とした攻撃を加速。
遂に、押し切り組の間に十分な隙間が出来る。
「今だ!」
目の前の男の腹に、強烈な蹴りを叩き込んで、指示を飛ばす。
それを合図に、逃走組の生徒たちが、一斉に出口に向かって走り出す。
「皆が逃げ終わるまで、何とかもたせろ!」
あとは、全員が逃げ終わるまで、この状況を保てばいい。
俺たちは、それまでの相手を退ける戦い方から、相手を倒す戦い方にシフト。
突き等の、前方に相手が動く攻撃が多かった、それまでとは明らかに違う、切り下ろしや締めなどの相手を地に沈める攻撃が多くなる。
「はぁっ!」
俺も、相手の肩に木刀を全力で叩き込む。
その隙に、逃走組の様子を確認。
先頭集団が、あと少しで出口に到達できそうだった。
しかし、そこで予想外の出来事が発生。
校舎の側から、新たに三人の男がやってきていたのだ。
その内の一人は、明らかに他の男とは出で立ちが違う。
他の男は、防具をつけていないのに対して、その男だけが簡素な鎧の胴だけだが、防具をつけている。
加えて、腰の帯に差した刀の鞘。
その装飾が、一見して他の物に比べて品格のあるものになっている。
あの男が、こいつらの首領格だろう。
「くそっ…こっちは手を放せないってのに…」
走り来るあの三人を倒さないと、このグラウンドから逃げ出すことは叶わない。
しかし、逃走組に戦闘力はほぼ零。
俺をはじめとする突撃組は、目の前の相手で手一杯。とてもじゃないが、逃走組の援護には向かえない。
〈どうすれば…〉
思考している内に、三人の男はグラウンドの出口に到達。
各々、武器を持って逃走組の足を止めた。
「そこまでだ!餓鬼ども!」
声を張り上げる首領格。
次いで、俺たち突撃組に目を向けた。
「お前たちも、そこまでにしな…。さもないと、こいつら一人ずつぶっ殺してやる!」
やむなく、俺たちは攻撃の手を止め、相手にしていた男から一歩距離をとる。
「まったく…餓鬼相手に情けない!てめぇら、それでも大の大人か!」
やられていた、部下たちを叱咤する首領格。
完全に、俺たちを相手にしていない証拠だが、今動くのはリスクが大きすぎる。
どんなに早く駆けたところで、こちらが首領格に到達するよりも、あちらが逃走組を傷つける方が、圧倒的に早い。
だからと言って、このまま彼らの言うことに従っても、俺たち突撃組は確実に無事では済まないだろう。
思考をフル回転させて、打開策を探してはみるものの、何一つとして出てくることはなかった。
〈ここで終わりか…〉
そう、諦めかけた時だった。
俺の目に、校舎の方向から駆けてくる影が映ったのは。
〈また新手か…〉
これで状況は絶望的。
ここに敵勢が増えたならば、更に逃走の可能性は低下する。
しかし、俺たちの敵である男たちにとっても、その影は予想外の出来事だったらしい。
「なんだ!?てめえは!」
首領格の男が、俺たちに背を向けて、その影に向き直る。
脇に控えた男たちも、それに倣いそれぞれの武器を構えた。
影は、それを無視して突き進み、ある程度の距離まで来たところで、
「はっ!」
大きく跳躍。
男たちを飛び越えて、逃走組との間に着地した。
突如現れたそれは、またも俺から見れば時代錯誤な格好をしていた。
「鎧武者?」
誰が呟く。
そう、それは鎧武者だった。
一目みて軍馬と判る逞しい馬に跨がって現れたのは、黒の鎧兜で全身を堅め、刀を腰に薙刀を手にした鎧武者だ。
何より特徴的なのは、その頭だ。
兜には、何でできているのかは判らないが、遠目にも角と判る装飾が。
そして、その顔は、世にも恐ろしい形相の鬼の面で隠されている。
「く…黒鬼の渡…」
男たちの一人が呟く。
その声音には、明らかな畏れが含まれていた。
さて、この鎧武者が敵なのか味方なのか。
俺が頭を悩ませ始めたときに聞こえた、鎧武者の一言。
それは、逃走組の前にいる男たちに放たれたものだ。
「貴様らの相手は、私がしよう…」
続いて言われるのは、忠告の言葉。
それは、逃走組に向かってなされたもの。
「少し離れてくれないか。危ないから」
言った直後、鎧武者は馬から飛び降りた。逃走組に背を向けて。
「何が『黒鬼の渡』、だ!てめえら、やっちまえ!」
首領格のその一言で、鎧武者と男三人が戦闘を始める。
これで、俺たちを縛る制約はなくなった。
「一気にたたむぞ、皆!」
訪れた好機を、俺は逃さない。
すぐさま、突撃組に指示を飛ばし、俺たちも戦闘を再開する。
鎧武者の登場に呆然としていた男たちは、またも不意を打たれる形で、俺たちの攻撃を喰らう。
今度は、完全に相手を倒すための戦いだ。
狙うのは急所。
しばらくは、まともに動けないくらいのダメージを負ってもらう。
「やあっ!」
気合と共に俺は、目の前の男の鳩尾や股間、向こう脛といった、防御の薄い場所に攻撃を叩き込む。
その合間に覗き見るのは、鎧武者の戦いだ。
鎧武者の戦い方は、逃走組に背を向けた、明らかに彼らを守るもの。
味方であるのは、明白だった。
そして、何より俺の目を引いたのは、その圧倒的な強さ。
三対一の不利な戦いの筈なのに、鎧武者は圧されるどころか、相手を圧倒。
俺の目から見ても、男たちとの腕の差は歴然だった。
「ちぃっ…。退くぞ!野郎ども!」
その事に、数合合わせて首領格は気付いたのか、戦闘開始早々に撤退を決めた。
「頭ぁ!待ってくださいよぉ!」
まるで、時代劇のような台詞を残して逃げ出す男たち。
俺たちも鎧武者も、逃げ出す背中を追うことはせず、黙ってその背中を見送った。
危機的だった状況は、たった一人の加勢によってひっくり返ってしまったのだった。